朝日新聞夕刊 1978年12月2日
'78初冬・北朝鮮:6
涙
肉親の安否を気遣う
この国の人びとの最大の念願は、やはり祖国の統一だろう。「朝鮮民族は一つの言葉、一つの風習、一つの国土で結ばれてきた民族です」「それが、南北に分断されているのは悲しいことです」。人びとは話の最後に必ずそう付け加えた。
こうした思いは、とりわけ、離散家族に強い。家族が「北」と「南」に離れ離れになっている人びとのことだが、軍事分界線に近い開城市は、離散家族が市民二十五万の七0%にも達するという。このあたりは朝鮮戦争前は「南」に属し、戦争中は激しい攻防の舞台となり、戦後は「北」に属するようになったためだ。市内で離散家族に会ったが、生き別れの肉親の安否を確かめるすべもないという訴えを聞くのはつらかった。その一人、織物工場に勤めるウ・ウンボクさん(三0)の身の上はこうだ。
「父母と姉、兄が南のソウルに住んでいたが、母が妊娠し、開城にあった実家に帰り、わたしを産んだ。ソウルに戻ろうとした時、アメリカが戦争を起こし、母とわたしは帰れなくなった。それで、父、姉、兄と離ればなれになってしまったんです」
大きくなるにつれて、どうして父がいないのだろうと考えるようになった。同じ年ごろの友人が父親と手をとって遊んでいるのを見て、自分も父親と遊びたいと思った。他人がいない時、まだ見ぬ父に向かって「お父さん」と叫んでみたこともある。「父にひと目あいたい」。彼女はそういって涙ぐんだ。
平壌の国立歴史博物館の説明員の訴えにも、切実な響きがあった。「ここには百済、新羅の資料が少ないんです。その時代の遺跡は南にあるから、われわれには発掘したくてもできないんです。で、やむなく模造品で間に合わせているが、朝鮮の全歴史を展示した博物館をつくるためにも統一は必要です」
統一を心から願う点では、韓国の民衆もまた同じであろう。「北」と「南」を隔てる分界線がなくなるのは果たしていつの日であろうか。
(おわり)(文・岩垂 弘編集委員)
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。