朝日新聞夕刊 1971年12月6日
チュチェの国 北朝鮮:12
指導者
現場で大衆に学ぶ 統一の祖国を次の世代に
平壌で見た朝鮮労働党第五回大会(昨年十一月)の記録映画で、金日成首相の演説は「トンジドル」(同志のみなさん)で始った。張りのあるバリトンだった。そして、一斉に「マンセー」の歓声と拍手。首相が何度手を振っても、拍手はなかなか鳴りやまなかった。演壇のメガネをかけた首相のうしろには、優に三メートルの高さはあるメガネなしの首相の写真が飾ってあった。
吹飛んだ難聴症
どこへいっても「朝鮮労働党万歳」と並んで、「金日成同志万歳」の看板があった。首相が生れ、幼少時代を過ごした万景台は「朝鮮革命の揺らんの地」として、わらぶきの生家が丁重に保存されていた。首相の「尊父キム・ヒョンジク先生が革命活勧をやっておられた」ボンファ里も革命史跡として保存されていた。
共和国の外国文出版社が発行した日本語版「キム・イルソン同志の革命活動略歴」の出だしは、「絶世の愛国者であり、民族の英雄であり、百戦百勝の鋼鉄の霊将であり、国際共産主義運動と労働運動の卓越した指導者のひとりである、四千万チョソン人民の偉大な首領キム・イルソン同志は…」だった。
咸興の工作機械工場では、首相が工場をたずねた際にすわった机、いすが保存されていた。元山農業大学では灰ざらも。
正直いって、いささか抵抗があった。どこへいっても、説明はまず「敬愛する首領」から始った。とたんに、一時的難聴症状に陥ることがあった。
だが、直接首相に会って、この症状は吹飛んだ。大きな人だった。体格がよいというだけではなく、大きかった。
後藤朝日新聞東京本社編集局長との会見で、「日本軍国主義を繰返し批判していると、それなりの効果もあるんですな。日本軍国主義批判の朝中共同声明を出したら、大阪の万国博へ行く予定だった友好国の議長が、行くのを取りやめてしまった。腹痛が理田でしたが・・・・・・」
「よど」号の学生たちについて――「ああ、われわれで保管してますよ」
美濃部東京都知事との会談で、「ボク、一度きいてみたいと思ったんですが、戦争の時、最初から勝つと自信もってましたか」という同知事の質問に、「いくさというものは、相手のあるものですからなぁ、アハハハ」
いたってざっくばらんだった。
明星から太陽に
平壌の最高人民会議常任委員会の建物の向いに、朝鮮労働党の創建記念館がある。以前は日本の税務署だったこの建物に、解放直後の首相の執務室が保存されている。そこの書架には、日本語の「広辞林」「マルクス・エンゲルス選集」「朝鮮総督府年報」。そして、党の歴史を陳列した部屋で見た日本の特高警察の資料に「金日成こと金誠柱」とあった。
一九一二年四月十五日生れ、本名金成柱。「同志たちが、朝鮮解放の明星となってほしい、と最初は『一星』(イルソン)と呼んだのです。しかし、星では物足りない、太陽になってほしいと『日成』(イルソン)となったのです」と説明された。妻のキム・ソンエ女史は今年十月の第四回朝鮮民主女性同盟の大会で委員長に選ばれていた。
現実主義を貫く
一番の楽しみは、「地方を歩くこと」と首相はいった。「大衆の中にはいり、意見をきくことによって、われわれのやっていることの欠陥を知ることができる。平壌にすわってばかりいては、いい知恵はでて来ないものです」ともいった。
工場でも、共同農場でも、学校でも、どこでも首相の「現地指導」の回数を誇らしげに説明された。黄海製鉄所では「二十五回の現地指導、百四十回余の指示を与えていただきました」。山奥の延豊貯水池では「直接山を歩かれ、堤防の位置を決めていただきました」。各地できいた現地指導の日数を足すと、一年は三百六十五日では足りないと思われるほど、全国にくまなく首相の足跡があった。
大衆に学ぶという、首相の徹底した現場主義、大衆路線が、この国の指導者と人民の確固たる信頼関係を生んでいる、と感じた。
幹部の養成機関である人民経済大学のチュー・ボンリョル哲学科教授(四〇)は「社会主義革命は人民のたたかいだけでは成功しません。偉大な指導者がいて、はじめて可能なのです」といった。通訳のキム・ソクチョンさん(四二)がニヤリとしていった。「日本にも、いますかな」
そして、その「偉大な首領」の指導下にある共和国が、一貫して民族の一番の課題として掲げているのが、祖国の統一。首相の「教え」には、こうあった。
「われわれの世代にかならす統一を達成しなければならない。統一されない祖国をわれわれがどうしてつぎの世代にひきつがせますか。地主も資本家も知らず、苦労も味わったことのないつぎの世代に、分断された祖国をひきつがせることはできない・・・・・・」
(宮田前特派員)=おわり
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