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私はこう考える【北朝鮮について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


朝日新聞夕刊 1971年12月3日
チュチェの国 北朝鮮:11
訓民正音
漢字やめ文盲退治 まず民族性の堅持うたう
 
 平壌でラジオのダイヤルを回していたら、英語が飛込んできた。「ランナー××、ピッチャー×××、ワンナッシング×××…」。南の放送の野球中継だった。電話リクエストもきいた。女性アナウンサーと電話の向うの若い男の子の会話が続いたあと、かかったレコードは、日本の歌謡曲そっくりだった。
 
 南の音楽を批判
 
 南の放送にはゴーゴーのリズムがあり、恋と別れと涙の、日本調があった。金日成総合大学歴史学科四年の女子学生チュー・クヮンスンさん(二二)によれば「南の音楽の六、七0%はアメリカ文化や日本文化の侵略で、民族性をまっ殺され、とてもきいていられません」
 芸術・文化のあらゆる面で、民族性の堅持がうたわれていた。チュチェ(主体)思想の根幹であるかのように――。
 その第一は、言語政策。新聞を開いても、映画を見ても、商品の説明書も、十個の母音、十四個の子音を組合わせた朝鮮文字だけだった。五百年前の李朝、世宗の代に創造された固有の文字。韓国ではハングルというが、共和国ではウリマル(国語)といい、「民を訓し、音を正す」からきた「訓民正音」をそのまま使っていた。
 漢字を見ることができたのは、外国人の泊る旅館のメニューと、昔の豪族などが岩に彫込んだ「弥勒仏」ぐらいだった。一九四九年までに全廃になっていた。社会科学院言語学研究所のチュー・ジョンフ副所長(四九)によれば「日帝の支配は民族の言葉も奪い、解放直後は北半部だけで二百三十万人の文盲がいた。全群衆的運動で文盲退治を行なったが、漢字を残して置くと二重の文盲退治が必要だった」
 しかし、長い歴史をもつ漢字文化圏からの離脱は、混乱を起さなかったか、ときいてみた。だが、返ってきた言葉は、まず、民族の文字を使うことで民族的自負心、主体性が高まった。二重の文字生活から解放された。そして、文盲退治の成果を強固にし、勤労大衆の政治文化水準を急速に高めた、というものだった。
 
 朝鮮語へ置換え
 
 漢字廃止は、単に表記を朝鮮文字に変えただけにとどまっていなかった。漢字系統語をやめ、固有の朝鮮語への置換えも行われていた。例えば「セウ」(細雨)という“気どった連中”の言葉は「ポスルビ」(しぐれ)という「人民語」に。「ソッキョウ」(石橋)は「トルタリ」(いしの橋)にと。労働者階級の生活感覚に合う言語の創造、といわれた。
 「国語浄化」の欄が新聞に設けられていた。十月二十七日付労働新聞の四百九回目紙上討論欄では、鉱業用語分科委員会が「防じんマスクは、ほこりマスク、と変えてはどうか。マスクについても良い案があったら、出して下さい」と提案していた。
 漢字は一部支配者階級の象徴、だともいわれた。労働者、農民は漢字を解さなかったし、学ぶ余裕もなかった、と。「立派な訓民正音ができたのに、封建支配者階級は事大主義に陥っていた」ともいわれた。漢字は、自民族の文化をかえりみず、外国文化にかぶれる「事大主義の象徴」でもあった。「漢字を作った中国人自身が、いま、不便を感じ、改良しようとしているのに、外国人である我我がなぜ使う必要があるのか」というのが金日成首相の「教え」であった。
 芸術面でも、民族性堅持はうたわれていた。朝鮮労働党中央委員会委員、朝鮮文学芸術総同盟副委員長、朝鮮音楽家同盟委員長の肩書を持つ人民芸術家リ・ミョンサン氏(六五)によると、共和国の芸術建設は「悠久(ゆうきゅう)の民族的伝統を批判的に継承し、新しい社会主義的民族文化を築く」こと。解放直後は、日帝の民族文化まっ殺政策への反動で復古主義があった、ときいた。また、ヨーロッパ文化を絶対視した事大主義、教条主義もあり、さらには、党と人民への奉仕を忘れ「創作の自由」「芸術の自由」を叫ぶ修正主義分子もいたが、いずれも、すでに打倒した、ともきいた。
 
 民族統一の願い
 
 そして、民族文化を受継いだ革命的芸術作品の代表として、抗日パルチザンの闘争をテーマにした舞踊「雪が降る」があり、民族楽器のカヤグン(朝鮮琴)やドラも導入、共同農場をたたえた交響曲「青山里が原に豊作がおとずれた」があった。外国直輸入の音楽を耳にできたのは、インタナショナルだけだった。
 
 活字組みのスピードアッブ、タイプ化のため、文字改革論もあった。だが、当分はおあずけになっていた。「いま、北半部だけで文字改革を断行すれば、それこそ民族の単一性が失われ、民族の分裂をまねく」と。まるや四角やかぎや棒の組合わさった朝鮮文字に、統一への願いがあった。(宮田前特派員)
 
 
 
 
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