日本財団 図書館

共通ヘッダを読みとばす


Top > 社会科学 > 政治 > 成果物情報

私はこう考える【北朝鮮について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


朝日新聞夕刊 1971年12月2日
チュチェの国 北朝鮮:10
清津の涙
祖国選んだ九万人 一切保護された職と生活
 
 みんな、ふ頭へと急いでいた。ブラスバンドが鳴り、旗がひらめいていた。一九七一年十月二十四日の清津港東岸壁は人で埋まっていた。午後三時、遠く南の海に、ポツンと白い船影が見えた。第百六十一次の日本からの帰国者二百五十四人を乗せたマンギョンボン(万景峰)号だった。
 
 再会を喜ぶ肉親
 
「金日成将軍の歌」が勇ましく響いた。沖から、潮の香とともに「マンセー」(万歳)のどよめきが伝わってきた。ふ頭の人がきから何人もが、岸壁のふちまで飛出し「オモニー」(おかあさん)、「アボジー」(おとうさん)。腰の曲った老婆が背伸びをし、若い夫婦が子どもを差上げ、学生服の兄弟が飛上がって、肉親の名を呼んだ。
 川崎市大師から帰国したミン・ジョンホさん(六八)は、奥さんと九年ぶり、二人の息子さんとは十一年ぶりの再会だった。そして、切めて孫の顔を見た。東京・江東区の焼肉屋のおかみ、キムさん(四五)は五年ぶりで夫と会った。
 これまで何度かみた、帰国船の出る新潟には涙があった。別れの涙が。帰国船の着く清津にも涙があった。再会の熱い涙が。
 在日朝鮮人の朝鮮民主主義共和国への帰還事業が始ったのは、一九五九年十二月。以来、十二年経ち、八万九干六百九十二人が社会主義を選んで日本海を渡った。
 元山で会ったチョン・ファボンさん(三七)、パク・ヨンジャさん(三四)夫婦は第六十一次船での帰国者だった。生後四カ月で海を渡った長男のタルス君は十歳になり、人民学校四年生だった。次男のジャンス君(八つ)、長女のキョンスクちゃん(五つ)は共和国生れだった。
 チョンさんはいった。「東京・荏原の大原国民学校(当時)では、朝鮮人だ、といじめられた」「就職しようとしても、朝鮮人だ、といって採用してくれなかった」「結婚して、新居を捜しても、朝鮮人には、と断られ、日本人の保証人をつけてやっと古い木造の六畳一間をみつけた」。いま、一家は四階建アパートの三階にいる。オンドルのよくきいた三DK。
 いくらよい成績をとっても、朝鮮人だからと級長をやらせてもらえず、「くやしかった」という妻のパクさんは、親バカといわれるかもしれませんが、と前置きしていった。「うちの男の子は二人とも、いま級長をしてるんです。肩身の狭い思いをして育った自分の子どものころを考えると、帰ってきて本当によかったと思います」。
 
 15日間、制度を説明
 
 帰国者が、まず荷物をほどく清津の「僑胞迎接局招待所」は鉄筋コンクリート四階建。家族別に生活できるよう六畳から八畳間ほどの部屋が八十室あった。食堂では、帰国祝いのモチが出された。売店には日用雑貨、子ども用衣料品、婦人服、そして金日成著作選集。三百人収容の講堂があり、理髪室があり、常駐の医者がいて、郵便局の出張所があった。「日本にいる親類や友人に手紙を出すため」と説明された。そして、到着後すぐに、子どもも含め、一人頭二十ウオンが当座の“小づかい”として渡される、ともきいた。僑胞事業総局のパク・セジン清津迎接局長は「祖国に足を踏入れた瞬間から、帰国同胞の生活は一切保障されます」といった。帰国者は十五日間、この招待所に滞在、健康診断と社会主義制度の基礎的説明を受け、祖国の朝鮮語を学び、そして希望ともっている技能によって職を選び、「祖国の社会主義建設に参加するのです」。
 
 元テレビ俳優も
 
 第百六十一次船の帰国者の団長キム・キハさん(五四)は東京・品川区のプラスチック成形加工業の社長だった。「祖国の山が見えたらとたんに涙が出てきて」といったリム・ジョンスンさん(四七)は、北九州市から三人の子どもを連れて帰った母親だった。福岡県鞍手町の炭鉱町から帰ったオ・リンハクさん(四九)の奥さんは、福岡教育大のそばでホルモン焼屋をしていた。「日本人の先生や学生さんたちが、わざわざ歓送会をしてくれて、うれしかったですね」。
 コン・ピョンスンさん(三六)もいた。NHKテレビの子ども番粗「ブーフーウー」のオオカミ役をしていた俳優。「日本では永山一夫と呼ばれていました。でも、もう永山一夫役は終りました。これからは朝鮮人コン・ピョンスンの始りです」。そして、コンさんはいった。
 「港についたら、うちの坊主がいうんですよ。アレ、あの人もチョソンサラム(朝鮮人)だ。この人も。チョソンサラムばっかしだよって。朝鮮は朝鮮人の国だという当り前のことが、日本生れの子どもには不思議なんですねぇ」。(宮田前特派員)
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。








サイトに関するご意見・ご質問・お問合せ   サイトマップ   個人情報保護

日本財団会長笹川陽平ブログはこちら



ランキング
注目度とは?
成果物アクセスランキング
12位
(28,647成果物中)

成果物アクセス数
461,633

集計期間:成果物公開〜現在
更新日: 2017年3月25日

関連する他の成果物

1.私はこう考える【中国について】
2.私はこう考える【ダム建設について】
3.私はこう考える【死刑廃止について】
4.私はこう考える【公営競技・ギャンブル】
5.私はこう考える【天皇制について】
6.私はこう考える【国連について】
7.私はこう考える【自衛隊について】
8.私はこう考える【憲法改正について】
9.私はこう考える【教育問題について】
10.私はこう考える【イラク戦争について】
  [ 同じカテゴリの成果物 ]


アンケートにご協力
御願いします

この成果物は
お役に立ちましたか?


とても役に立った
まあまあ
普通
いまいち
全く役に立たなかった


この成果物をどのような
目的でご覧になりましたか?


レポート等の作成の
参考資料として
研究の一助として
関係者として参照した
興味があったので
間違って辿り着いただけ


ご意見・ご感想

ここで入力されたご質問・資料請求には、ご回答できません。






その他・お問い合わせ
ご質問は こちら から