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私はこう考える【北朝鮮について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


朝日新聞夕刊 1971年11月24日
チュチェの国 北朝鮮:5
仁術
医師と患者も同志 ニ十六年も伸びた平均寿命
 
 共同農場で、工場で、どこへ行っても必ず見せられたのが、金日成首相の革命活動研究室、託児所、幼稚園、それに診療所だった。
 平壌から飛行機で約四十分、東海岸の工業都市咸興市の郊外にあるリョンソン共同農場の診療所には、内科、外科、小児科、産婦人科、耳鼻咽喉(いんこう)科があった。レントゲン室もあり、壁には「流行性肝臓病検診のお知らせ」が張ってあった。
 朝鮮戦争の停戦直後、一万六千個の爆撃の穴だけが残っていた、という隆仙製鋼所には自慢の六千トンプレスとともに、工業大学、専門学校、中学、人民学校、幼稚園、託児所、農園、そして病院が備わっていた。農場も、工場も、都市の洞と同じように独立した自給自足の生活圏を形成、そこには必ず医療施設があった。
 
 党と人民へ忠誠心
 
 平壌にある平安南道人民病院をたずねたとき、公園では、と見まちがえた。それほど木が多く、静かだった。二十三の科と百五十人の医師、ベッド数六百をもつ道の中央病院。小柄なリョム・ムソン副院長(四五)は、共和国の保健政策の特徴を次のように語った。まず、予防医学の徹底、次に一切の国庫負担。そして、保健部門の担当者は党と人民への忠誠心を持ち、人間愛をもって患者につくすこと。「医は『イン』(仁)である」といった。なつかしい言葉だった。
 どこにも「医師区域制」がしかれていた。市、郡の人民病院、工場病院、農村診療所の医師が、一人で約六百人の住民の健康管理に責任をもっていた。リョンソン共同農場の診療所には、生れた時からの病歴を記入した農場員全員のカルテが備えつけられていた。だれでもが、主治医をもっていた。
 医師の不足は、中学卒業後二年間の高等医学校教育で資格のとれる「準医」制で補っているときいた。
 
 血漿作れず見殺し
 
 解放直後、共和国には神経外科の医師が一人もいなかったという。朝鮮戦争中は、自力で血漿(けっしょう)をつくる技術がなく、負傷兵をみすみす死なせた。「くやしかったです」とリョム副院長はいった。
 いま、コレラ、日本脳炎、チフスは昔の話だときいた。性病も一九五八年までに根絶したといわれる。ハシカもほぼ退治した。結核は一九七五年までに根絶する自信をもち、平均寿命が解放後には二十六年のびた、ともきかされた。そして現在、死亡原因の五0%はガン。ついで心臓病、高血圧の順だった。
 治療方法は「薬物第一主義はとりません」。病気の原因を徹底的に患者に認識させ、生活環境、習慣を変えるよう教育することから治療は始る、ときいた。患者の生理機能増進のため、鉱泉、薬泉や治療体育も取入れ、漢方薬も使用されていた。平壌の工業農業展覧館(物産展)には、朝鮮ニンジンから作った丸薬や、シカの角からとった薬などもあった。
 とくに、患者と医師の関係については「革命的同志関係」と強調された。その実例として、今年一月にあった物語をきかされた。
 ロ・ヨンブクさんというニ十ニ歳の女性の患者。左足が十センチほど短かった。戦争中、北上してきた米軍に父親が「共産主義者」として銃殺された。処刑場で、ロさんをおぶった母親は大声で泣いた。それを見つかり、「共産主義の芽をつむ」とロさんは路上にたたきつけられた。そのとき、太ももの骨が折れ、十分な治療も受けられずに骨が折れ曲ったままくっつき、そのまま育ったというのだ。
 
 競って骨を差出す
 
 治療には、折れ曲った部分を一度切断、生きた人間の骨を継ぎ足しするよりなかった。執刀医たちが自分の腰の骨を提供する予定でいたところ、その話が従業員と患者に伝わり、手術直前に「自分の骨もとってくれ」と大勢が押しかけてきた。「十分足りる」「いや是非自分のを」と押問答、大混乱となり、手術室のガラスが割れた、とその時の写真も見せられた。
 結局三十七人の人から骨の提供をうけ、それをくだいてねり上げ、手術は成功した、という。「資本主義国の医学技術は進んでいるかもしれないが、一人の息者の治療に大衆がこのように参加する例はわが国だけでしょう」と、リョム副院長がいった。副院長の腰にも、骨をとった傷跡があった。「痛かったですがね」
 
 足を十センチものばすのだから、心臓移植もやるのか、ときいてみた。「あれは、人の死を待たなければ、できないんでしょう。そんなことは・・・・・・」。そして日本では医師会が二0%以上の医療費引上げを要求しているという話に、目をまるくしてこういった。
 「資本主義の医者は、公認されたドロボウですね」(宮田前特派員)
 
 
 
 
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