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私はこう考える【北朝鮮について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


朝日新聞朝刊 1960年2月26日
北朝鮮帰還三ヵ月の表情 =きょう第十船が出る=
希望者ふえる一方 民団側は“韓国視察”で対抗
 
去年十二月十四日の第一船を皮切りに始まった北朝鮮帰還は順調に進み、二十六日、第十次船が千二十四人の帰還者を乗せて新潟を出港する。これで、ざっと一万人が日本を離れて北朝鮮に帰るわけだ。「自由圏から共産圏への集団大移住」として世界の注目を浴びて来たこの帰還、最近は帰還希望者が急増したといわれるので、いつ終わるのか見当もつかないありさまだが、第十船の出港を機会に、これからの見通し、最近の各地の動き、話題などを集めてみた――
 
○・・・第一船が出港してから帰還希望者はふえる一方だという。愛知県の場合、県内約四万七千人の朝鮮人のうち第一船出発までに朝鮮総連愛知支部へ帰還希望の登録をしていたものは約一万二千人だった。ところがその後ぐんぐんふえて、いまでは約二万人、「県内の朝鮮人の八割までは帰るだろう」と同支部はみている。愛知ほどではなくとも、全国ほとんど同じ傾向だ。そこで総連本部では帰還が始まったときに発表した「帰還希望者十一万七千人」をそのあと十三万人に訂正、いまでは「これをはるかに上回る数」と言い直している。
日赤の帰還対策中央本部に集まった登録申請数は今月十五日現在で一万六千七百十五人、つまり十六、七船分だが、これからもこの調子で申請が出ると仮定すると、十万人を下ることはあるまい、との見通し。警察庁では内輪に見ても六万人といっている。
○・・・帰還希望者がふえたのはなんといっても「完全就職、生活保障」と伝えられた北朝鮮の魅力らしい。各地の在日朝鮮人の多くは帰還実施まで、将来に希望の少ない日本の生活にアイソをつかしながらも、二度と戻れぬ日本を去って“未知の故国”へ渡るフンギリをつけかねていたらしい。ところが、第一船で帰った人たちに対する歓迎ぶりや、完備した受け入れ態勢、目覚ましい復興ぶり、などが報道され、さらに「明るい毎日の生活」を伝える帰還者たちの手紙が届いたため、帰還へ踏みきったようだ。手紙といえば帰還者たちの中には、日本に残る人との間に暗号で手紙を出す約束をしていた人がある。「北朝鮮の実情が期待に反した場合、あからさまに書くと検閲でカットされるかもしれない」という心配からだろうが、残留者の受け取った手紙は、ほとんどが暗号、伏字なし。苦情といえば日用品が日本に比べて少ないということぐらい。これらの不満もはっきりと書かれていたという。これらの手紙は総連を通じ、各地で回覧されているが、総連の各種のPRをはるかに越える強さで在日朝鮮人の気持ちを北へ向けるキキメがあったようだ。
○・・・帰還者の数が、このようにふえて来たため日赤、厚生省あたりでは早くも帰還船の増加などを検討しようという動きが出てきた。日朝帰還協定によると、帰還船は毎週一回配船、千人前後を収容し、協定調印後一年三カ月で一応終了、これで終わらないときは協定を更新することになっている。ところが、いまのように一週間に千人ぐらいの帰還では、一年でやっと、四万八千人しか帰れず、総連のいうように十三万人以上だとすると三年もかかることになり費用も大変だ。このため日赤では、現在のセンターに入ってから三泊四日で乗船の仕組みを二泊三日にして、送り出しの間隔を縮める、集結所を増設し、配船数をふやしてもらう、などの案が出ている。北朝鮮赤十字社からまだ協定修正の申し入れがないので、日赤側も、はっきりした態度はとっていないが、期間の延長、スピードアップの行なわれるのは、まず間違いないところ。
○・・・第一船当時「北送実力阻止」と騒いだ韓国居留民団はこのところ非常に低姿勢。もっぱら機関紙を通じての情宣活動や個人説得に力を入れており、本国の韓国では韓国日報が先月十六日「赤十字国際委の総撤収不可避。第六船で事実上中断か――」などと書いて側面援助している。しかし民団も末端になると佐賀などでは「食えないから帰るという人を無理にはとめない」という傍観的態度だし、京都では、千二百人が民団を集団離脱して国籍を「韓国」から「朝鮮」に替えてほしいと府へ申し出ているという。
だが、押され気味とはいえ、民団は巻き返しの手も考えているようだ。その一つは、民団系の人たちを韓国に招待して「韓国の復興ぶり、自由な生活」を見せる計画だ。「近く全国で六百人を選び、韓国を視察してもらうが、いつも監視の目が光る“北韓”よりはるかに自由な生活ということがよく分かるだろうし、視察団の話しを聞けば“北韓”へ行こうと思い立った人たちも考え直すだろう」と民団総本部の幹部はいっている。
○・・・帰還風景ははじめのころとずいぶん変わった。第一船から三船ごろまでは、歌といえば「金日成将軍」オンリー、それにブラスバンド、スピーカーの演奏が加わって、“出征兵士”見送りさながら。ところが、最近は赤十字国際委の「政治的歓送迎禁止」の助言がきいたのか、ぐっと落ちつき、出港する「トボリスク」「クリリオン」両号の見送りには「ホタルの光」や「佐渡おけさ」のメロディーが流れるようになった。このあたり“新潟−清津定期航路”がイタについて来たといった感じだ。
 
 
 
 
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