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4-2. 日本の海洋政策の現状分析
日本財団・海洋管理研究会
1 国際的な体制と日本の海洋管理の現状認識
1.1 国連海洋法条約の批准前段階における海洋政策
[1] わが国の近代国家としての海洋政策は、明治維新政府の国際舞台への登場時点からただちに策定を要請されてスタートした。それは、明治3(1871)年、ヨーロッパで起こった普仏戦争に際して局外中立を宣言したのち、明治5(1873)年に次のような太政官達を発布して、わが国の領海を3海里と定めた。「諸港湾並諸湾内ハ勿論周囲ノ外海島嶼岬角ヨリ以外三海里は我所轄卜相心得可申事」
[2] それにより、領海が国家統治権の範囲であることが確認されたが、領海内の海面が自治体の区域に属するかどうか、すなわち海の管理権がどうであるかについての法理論的解釈は判然としないままにおかれた。
[3] この太政官達に続いて、明治7(1875)年に民有地と官有地を明確にするために出した太政官布告120号「地所名称区別」において、海は第三種官有地の一つとしている。なお、同布告を受けて明治9(1877)年に出された「地所名称区別細目」で海の定義が試みられ、続いて海の所有権や国と自治体の関係が論じられていくことになるが、ここではこれ以上触れない。
[4] 上記の太政官達が、後に、第三次国連海洋法会議(UNCLOSIII、1973-82年)が進行途上の昭和52(1977)年の「領海法」の公布、施行による領海12海里の立場を取るに至るまでの長い間、日本の3海里領海の根拠となっていた。
[5] 国連海洋法会議は第一次(UNCLOS I)が1958年に開催され、海洋法4条約案が採択された。「公海条約」「公海漁業に関する条約」「領海条約」「大陸棚条約」がそれであるが、領海の幅に関して最終的合意に達せず、改めて1960年に第二次国連海洋法会議(UNCLOSII)が開催されたにもかかわらず、ここでも僅少さで合意、決定に至らなかった。しかし、わが国はすでにそれ以前より領海を越える大陸棚についても「鉱業法」を適用し、石油開発業者に鉱区権の設定を認めている。また、東シナ海では昭和53(1978)年の「日韓大陸棚協定にもとづく特別措置法」を制定している。
[6] これにともなって、「地方税法」に定める鉱区税を都道府県が鉱業権者から徴収することを認めてきており、したがって、領海外の区域に国内法を域外適用する事例として、「鉱業法」「地方税法」が存在する。
[7] このような鉱業法関係での国内法の域外適用の根拠について、わが国政府は、「大陸棚における資源の探査、開発は沿岸国の主権的権利のもとにあることが国際慣習として確立していることは明らかである」としていた。
[8] 昭和48(1973)年にUNCLOSIIIが正式にスタートする契機となった重要なものの一つに、昭和42(1967)年の国連におけるマルタ国大使Arvid Pardoによる演説があるが、そのなかで強調された“海洋は人類共同の財産(Common Heritage of Mankind)”の理念は、その後、普遍的理念として浸透していった。国連はその後、昭和45(1970)年、海底の利用は平和目的に徹するべきであるとの「原則宣言」を採択、包括的な海洋法の検討にいたる土壌が形成されていった。
[9]UNCLOSIIIの審議においては、わが国はアメリカと共同歩調を取りながら、また、同時にわが国の遠洋漁業の権益を最大限に確保することをねらいとして、「狭い領海、広い公海」の考え方にたつとともに、条約案に盛り込まれることが確実になりつつあった200海里排他的経済水域(EEZ:Exclusive Economic Zone)の考え方にも反対の立場に固執したため、こうした姿勢をとるわが国をEXCEPT ONEと揶揄した報道も見受けられた。
[10] しかし、アメリカならびに旧ソ連が、海洋法条約草案の一部先取りによる国内法制化として200海里の漁業水域を設定したため、米国およびソ連と、とりわけ日ソ漁業交渉において同一の土俵にたった交渉立場を確保するため、「領海法」と同時に昭和52(1977)年に「漁業水域暫定措置法」を制定し、変則型の200海里水域を設定した。
[11] 「漁業水域暫定措置法」では、東経135度以西の日本海ならびに東シナ海にはこれを適用しないこと(したがって、これら海域においては12海里領海のみが設定)、また名称からも判読できるように、あくまで漁業資源についての管轄権のみを行使するという内容であった。
[12] しかし、同法の実施にあたり、韓国及び中国の国民には200海里漁業水域内での対外国人漁業規制を適用しないこととしたため、韓国漁船や中国漁船によるわが国200海里漁業水域内における漁業操業をもたらし、わが国の沿岸・沖合漁業との関係や漁業資源管理のうえで大きな問題となった。
1.2 国連海洋法条約の批准とその後の海洋政策
[1]10年の歳月をかけてUNCLOSIIIの大勢が決したのち、昭和57(1982)年に海洋法条約が採択され、各国の署名のもとに、全国の批准を待つことになった。その前文は、「海洋の諸問題が相互密接な関連を有し、全体として検討される必要がある」と明記している。当時、先進国でこの条約に署名したのはフランスと日本のみであったが、当初わが国を含め、主要先進国は同条約の深海底条項が途上国寄りであるとして、積極的な批准に動かなかった。
[2] 同条約の採択にともない、将来の深海底におけるわが国の鉱物資源開発の権益を確保するための国内法として、同じ昭和57(1982)年に「深海底鉱物資源開発暫定措置法」を制定した。
[3] 同条約は、60番目の批准国の批准書が国連事務局に寄託された日から1年後に発効することになっていたが、ついに採択後12年を経て、平成6(1994)年に発効するに至った。なお、発効が確実視されるようになった段階から、ガリ事務総長のとりなしによる深海底関係条項についての実施協定が締結され、先進国と途上国とのバランスが確保されることとなった。
[4] これに先立つ平成4(1992)年、国連環境開発会議(UNCED:UN Conference on Environment&Development)がリオデジャネイロで開催され、行動計画「AGENDA21」を採択したが、その第17章は海洋の総合的管理の重要性を取り上げ、各国のとるべき行動を定めている。その冒頭には「海洋環境(隣接する沿岸域を含む)は、地球の生命支持システムに不可欠な構成部分であり、持続可能な開発の機会を提供する資産である。・・・各国、地域及び全地球レベルで、海洋及び沿岸域の管理と開発に対する新しいアプローチ、内容において統合され、範囲においは、将来を先取りした予防的アプローチが必要である。」と書かれている。また、この会議で掲げられた「環境と共存した開発」との理念が国際的に浸透し、“持続可能な開発”(Sustainable Development)という原則は、それ自体確立した理念として受け継がれていった。なお、翌、平成5(1993)年に発効した生物多様性条約もまた、環境の重要性を強く訴えるものとして位置付けられるが、わが国もこの条約の当事国となっている。
[5] さらに陸域に起因する汚染が海洋汚染の70%を占めると言われていることに対して、1995年11月に陸上活動からの海洋環境の保護に関する世界行動計画(GPA)が採択された。各国は、この世界行動計画に基づき関連する対策を統合的に取りまとめた地域行動計画(共同して作成)及び国内行動計画を策定することになっているが、わが国では積極的な対応は見られない。
[6] わが国も平成8(1996)年に95番目の批准国として国連海洋法条約を批准し、同時に国内法制を整備し、「領海法の一部改正」(接続水域の設定、直線基線の採用)を行うとともに、旧暫定措置法に代わって「排他的経済水域及び大陸棚法」を制定した。条約の批准は同年3月26日国会提出、衆参両議院審議を経て6月7日承認、6月18日閣議決定し、7月20日に国連事務総長に批准書を寄託したので、奇しくもこの年から国民の祝日となった海の日の7月20日にわが国について効力が生じた。
[7] 「排他的経済水域及び大陸棚法」の制定にともない、新たに関連法として「排他的経済水域における漁業等に関する主権的権利の行使に関する法律」「海洋生物資源の保存及び管理に関する法律」(いわゆるTAC法)を制定し、海上保安庁法、水産資源保護法、海洋汚染防止及び海上災害に関する法律、原子炉規正法及び放射線障害防止法の一部改正を行った。
[8] 新たに200海里排他的経済水域(EEZ)を設定したが、隣接国ならびに相対国とのあいだの境界については、わが国は等距離線を主張しているが、韓国および中国は海洋法条約の規定する「相互に合意された境界線」を主張し、まだその合意がなされていない。したがって日本海と東シナ海での境界は未確定との立場を取っている。
[9]その背景には、韓国との間では竹島、中国との間では尖閣諸島の領土帰属問題が存在することもあげられる。
[10] そうした国際的な対応のプロセスの中で、わが国は平成8(1996)年以降は具体的な海洋政策を打ち出していない。上記の「排他的経済水域及び大陸棚法」にしても、わずか4条で構成されるのみで、条文は条約の該当条項をなぞっただけのものである。
[11] ただ、条約の定める大陸棚の範囲について、最大350海里が認められることを念頭に、200海里を超えた海域での地質調査を国として実施中で、これは平成21(2009)年までに大陸棚境界委員会に国としての立場、請求とその根拠となる資料の提出が求められているからである。
[12] この大陸棚の範囲についての請求に関連した調査以外では、わが国の大陸棚およびEEZをどのように管理(調査、開発、利用、保全等全ての側面について)していくのかについて、国としての理念も基本政策も国内法制の点検、整備もまだ打ち出されていない。
[13] この関係では、唯一、経団連が平成12(2000)年6月に、海洋産業の活性化をねらいとして国家的プロジェクトの策定、実行をもとめる意見書「21世紀の海洋のグランドデザイン」が提言として投げかけられたところである。
[14] 21世紀に向かって海外諸国もそれぞれの海洋政策、海洋戦略とでもいうべきものを策定して取組みをはじめている。アメリカではクリントン政権時代に、「Turning to the Sea」と題する海洋政策に関する大部の報告書を、発表したが、さらに米国議会はOceans Act of 2000という法律を制定して、国家海洋政策を策定する機関を設置して、海洋政策の策定に着手した。また、カナダでは1996年に「Oceans Act(海洋基本法)」を制定、翌97年に施行し、同年「Toward Canada’s ocean strategy」を発表、中国では「China Ocean Agenda 21」を、韓国では「海洋開発基本法」ならびに「沿岸域管理法」も制定のうえ、「Ocean Korea 21」(1999年)を発表、オーストラリアでも「Oceans Policy」(1999年)を発表するなど諸外国の海洋管理の取組みは急ピッチで進んでいる。
2. 国内の海洋管理の現状認識
2.1 管理制度
[1] 明治以降、海面と海底の土地と海水で構成される海(領海)は国有を原則とするものと観念されている(一部海底下の土地に私的所有が認められることはある)。
[2] わが国の海洋管理は、i)海に関連する公物管理実定法(海岸法、港湾法等)、ii)海に関連する人間活動を規制する行為規制法(漁業法、公有水面埋立法、航路法等)によることを原則とし、そのような実定法が存在しない場合には、iii)海が国有であることから、国の所有権に基づく管理(国有財産法)が行われると考えるのが常識的な理解である。
[3] しかし、これまで、海の国有性の意味はかならずしも明確にされてきていない。国有財産法上の行政財産として、所管官庁が海を管理してきた方法はまちまちである。漁業免許、公有水面埋立に関しては、国有財産としての使用料は徴収しておらず、国有財産法上の払下げ、貸し付け手続もとられていない。旧建設省は、法定外公共用物(実定公物管理法の適用を受けない公共用物)である海は建設省所管の国有財産であるとの前提の下で、「建設省所管国有財産取扱規則」(昭和30年建設省令1号)に基づき、都道府県知事の機関委任事務として、知事が規則を策定して管理するものと理解していた。これに対して、旧自治省は、機関委任事務となすためには、旧地方自治法184条1項2号により、法律または政令による根拠が必要であるのに対して、訓令に基づく事務委任は機関委任事務の根拠とならないとの認識もあり、原則論に立ち返って、海域は地方公共団体の自治権の内容としての一般管理権に基づいて、地方公共団体が公共事務として条例によって管理すべきものと考えていた。地方公共団体の対応も、建設省の考えに従うもの、自治省の考えに従うもの、一切の対応をしないもの等まちまちであった。
[4] 以上が意味するところは、わが国においては、従来、国有と観念される海について、国有財産としての管理をいかになすべきかの統一的考えがなく、問題が起きるのに対応して、個別に管理が試みられてきたということである。具体的には、新たな問題に対応して、実定公物管理法や行為規制政法が立法され、それぞれの適用海域で、当該実定法による個別管理が行われてきたということである。
[5] 個別の実定法にはそれぞれの対象毎の政策理念や管理の理念が定められているが、全体を統合する上位規範、ないしは規範相互の矛盾を調整する上位規範が存在していない。公有水面埋立法の水面に関し権利を有する者の同意制度(4条3項、5条)のように、部分的には異なる実定法制度を調整する法規定は存在するが、すべての場合にそのような規定が存在するわけではないし、実定法による規制の対象となっていない、国有財産としての海の管理部分では、そのような調整のルールも形式上は存在しない。
[6] 海は陸上での活動の影響を大きく受けるが、陸の活動が海に及ぼす影響を直接問題とする法制度は存在しない。陸と海を一体的に捉え、管理する制度は、海岸法の海岸保全区域制度と一般公共海岸制度とがあるが、これらの制度は機能的な限界を有しており、沿岸域全体の管理には充分な制度とはなっていない。
[7] 排他的経済水域や、大陸棚に関して、平成8年に「排他的経済水域及び大陸棚に関する法律」が制定され、国連海洋法条約に定める排他的経済水域と大陸棚に関する沿岸国の主権的権利その他の権利を、わが国が行使することは立法的に宣言された。しかし、そこで規定されているのは、i) 天然資源の探査、開発、保存及び管理、人工島、施設及び構築物の設置、建設、運用及び利用、海洋環境の反故及び保全並びに海洋の科学的調査、ii) i)を除いた、排他的経済水域における経済的目的で行われる探査及び開発のための活動、iii) i)を除いた、大陸棚の掘削、等についてわが国の法令を適用するということだけである。
[8] このような原則の宣言との関係で、実定法として規定されているのは、排他的経済水域における海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律等の適用関係の整理に関する政令、排他的経済水域における漁業等に関する主権的権利の行使等に関する法律、海洋生物の資源の保存及び管理に関する法律と、日ソ、日韓、日中の漁業に関する協定だけである。
2.2 計画制度
[1] 沿岸域に関する計画が多様な形で存在しており、陸上の国土総合開発計画制度や、国土利用計画制度のように、計画制度が法定され、体系化されたものになっていない。
[2] 国土利用計画においては、沿岸域の利用の長期方向が定められている。第5次全国総合開発計画である「21世紀の国土のグランドデザイン」(平成10年3月31日閣議決定)で、沿岸域圏を自然の系として適切に捉え、地方公共団体が主体となり沿岸域圏の総合的な管理計画を策定することとされており、国は計画策定の指針を明らかにすることとされている。これを受けて、平成12年2月23日、「沿岸域総合管理計画策定のための指針」が策定されている。これによれば、全国48区分の沿岸域圏に関し、良好な環境の形成、安全の確保、多面的な利用に関する10年を目安とする期間の基本方針を定めるマスタープランとしての沿岸域総合管理計画が、関係地方公共団体(都道府県及び政令指定都市等)を中心に、他の行政機関、企業、地域住民、NPO等の多様な関係者の代表者を構成員とする沿岸域圏総合管理協議会によって策定され、それを関係地方公共団体の長が認定し、その円滑かつ確実な実施について指示することが想定されている。
 沿岸域の中でも利用の密度の高い東京湾、大阪湾、伊勢湾に関しては、首都圏基本計画、近畿圏基本整備計画、中部圏基本開発整備計画が沿岸域の総合的な利用と保全の方策を示している。
[3] 国土交通省河川局に設置された沿岸域管理研究会(平成13年6月)提言では、国として沿岸域の管理のあるべき基本方針を策定し、各地域で、都道府県を基本とする地方公共団体が、関係する市町村・都道府県と連携しながら、自然の区分を一定の系として、国が策定する基本方針に基づき手各地域における総合的な基本計画を策定することが必要との提言をなしている。
[4] 海岸法は主務大臣及び都道府県知事が海岸保全区域等にかかる海岸の保全に関する海岸保全基本方針、海岸保全基本計画の制度を定める。
[5] 都道府県レベルで、海域利用に関する基本的な計画・構想を策定するところは多い。その一つの系は、昭和63年3月、建設技術開発会議海洋開発部会が「沿岸域の総合的な利用方策について」を提言し、そこで「沿岸域総合利用指針」を策定すべきとの提言が行われたことを前提に、都道府県のいくつかが策定したものである1。具体的には、仙台湾沿岸域総合利用指針(平成元年3月)、島根沿岸域の総合利用指針(平成元年3月)、日向灘沿岸域総合理吉新、(平成元年3月)、若狭湾沿岸域総合利用の指針(平成2年3月)、東京湾沿岸域総合利用指針(平成2年4月)、駿河湾沿岸域総合利用指針(平成2年9月)、高知県沿岸域総合離床指針(平成3年3月)、新潟沿岸域の総合保全利用指針(平成3年3月)、茨城県沿岸域保全利用指針(平成3年3月)、京都府沿岸域保全利用指針(平成4年3月)、長門沿岸域保全利用指針(平成4年3月)、陸奥湾岸保全利用の指針(平成4年3月)等である2
 
1 平成12年までに27県38沿岸について調査が実施されている。
2 梅田和男「沿岸域及び海域にかかる管理法制について──沿岸域保全(総合)利用指針を中心として──」成田頼明 西谷剛編「海と川をめぐる法律問題」(河中自治振興財団1996)33〜44頁
 
[6] その他の地方公共団体の沿岸域関連の構想・計画としては、長崎県海洋利用基本構想、その下の大村湾海域利用構想、山形県沿岸域総合利用構想、福島県沿岸域総合利用構想、富山21世紀海ビジョン、鹿児島ウォーターフロントプラン、その下での錦江湾ウォーターフロント整備基本構想等々がある。
[7] 都道府県レベルで、環境基本計画を策定し、それに関連して海域環境の保全を取り上げるものも多い。神奈川県環境基本計画中の海域環境保全の総合的推進等。
[8] 下水道法は都道府県が流域別下水道整備総合計画を定めることとしており、沿岸域の水質保全にかかわる事項を定める。
[9] 港湾法は、港湾の開発、利用及び保全並びに開発保全航路の開発に関する基本指針(大臣)の下で、重要港湾については港湾計画を定めることとしている。
[10] 水産基本法は水産に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るために、政府が水産基本計画を策定することを定めている(11条)。水産資源保護法は保護水面の管理計画制度を設け、都道府県知事が保護水面における水産動植物の採捕の制限・禁止をすることを定める。TAC法(海洋生物資源の保存及び管理に関する法律)は資源動向、TACの基本事項について大臣が基本計画を定め(3条)、その下で都道府県が都道府県計画を策定する(4条)こととしている。
2.3 管理主体
[1] 国の管理する部分と地方公共団体の管理する部分の区別が、さまざまな意味で明確ではない。
[2] そもそも、自治体の区域が海域に及ぶかについて明治憲法時代からの議論の対立があった。戦後、昭和36年の地方自治法改正によって、公有水面と埋立地と市町村の区域に新たに生じた土地について、境界変更や所属の確認をなす規定(旧規定9条の3、9条の4、9条の5)が設けられ、その後は海域が地方公共団体の区域に属することは立法的に明白となったと解されている。
[3] 海岸法の改正、地方自治法の改正等があり、ここ数年の制度変化が激しいので、全体を再整理しておく。
 まず、地方自治法の改正により機関委任事務は廃止されたが、それに代わって「法律またはこれに基づく政令により都道府県、市町村または特別区が処理することとされる事務のうち、国が本来なすべき役割にかかるものであって、国においてその適正な処理を特に確保する必要があるものとして、法律またはこれに基づく政令に特に定めるもの」は、第1号法定受託事務とされた(2条9項)。国有財産法についてみれば、9条3項は「国有財産に関する事務の一部は、政令で定めるところにより都道府県または市町村が行うことができる」と定めており、9条3項により都道府県または市町村が行うこととされる事務は、第一号法定受託事務とされている(9条4項)。
 法定外公共用物としての海についての旧建設省の見解は、今日でも海に関しては、第一号法定受託事務として地方公共団体が海を管理すべきという形で生きることとなる。
[4] 新海岸法は、海岸保全区域に加えて、これまで海岸法の対象となっていなかった公共海岸全体を一般公共海岸区域として管理対象とした。これによって、国有海浜地全体の適正な管理を推進する体制が整備され、事務区分として海岸法7条の海岸保全区域の占用許可、8条の海岸保全区域における行為制限にかかる許可、一般公共海岸区域の占用許可、行為の制限似かかる許可等は第一号法定受託事務からはずされ、自治事務とされた(40条の4)。海岸については地方公共団体の管理主体性が実定法上で明らかになった。
[5] しかし、海岸法の適用を受けない沿岸域の海域に関しては法定外公共用物が残っており、それに関する海の管理主体については、既に見たような旧建設省と自治省との見解の対立が未だに解消していない。法定外公共用物である海の部分を管理する実定法が制定されれば問題は解決するが、それがない場合には、唯一の公的管理の手がかりとしての財産管理の主体性と、問題となっている海域の性格にふさわしい管理主体の合理的判断の総合的考慮が必要である状況は依然として変わらない。後者については、改正地方自治法は海の管理を直接念頭に置くものではないが、海が地方公共団体の区域として観念される以上、同法で示された国と地方公共団体の役割分担の理念を無視することはできない。
 地方自治法1条の2第2項は、国においては「国際社会における国家としての存立にかかわる事務、全国的に統一して定めることが望ましい国民の諸活動若しくは地方自治に関する基本的な準則に関する事務又は全国的な規模で若しくは全国的な視点にたって行わなければならない施策及び事業の実施その他の国が本来果たすべき役割を重点的に行う」こととし、「住民に身近な行政はできるだけ地方公共団体に委ねることを基本として、地方公共団体との間で適切に役割を分担するとともに、地方公共団体に関する制度の策定および市策の実施にあたって、地方公共団体の自主性及び自立性が十分に発揮されるようにしなければならない」と定める。
 この規定による国と地方公共団体との役割分担の理念と、国有財産管理に関する法定受託事務との関係をどのように解すべきであろうか。
 沿岸域の住民とのかかわりの強さとを考えると、旧自治省の指摘するように、海域は地方公共団体の自治権の内容としての一般管理権に基づいて、地方公共団体が管理すべきものという側面が、新地方自治法の下ではよりいっそう強調される可能性も高い。沿岸域における海の利用については、まさに「住民に身近な行政の対象」であることも明白な事実であり、自治法改正以前から有力に主張されたように、「法定外公共用物の管理は、その利用及び管理の地域密着性に鑑み、財産的帰属とは別に」その管理を考えるべきという整理は3、改正地方自治法の下ではよりいっそう強調される可能性がある。
 しかし、法定外公共用物である海について、国有財産法による管理を前提とするならば、本来、地方公共団体が所有しない海面、海底等の物としての管理──その物の使用を他人に許可したり、制限したりする公物の機能管理──は、第一号法定受託事務であり、実定公物管理法が自治事務としない限りは、地方公共団体が自治事務としてその管理を積極的に行うことはできないとの結論が導かれることとなる。
 法定外公共用物としての海に関して、その管理を地方公共団体が条例を策定して行えるか、第一号法定受託事務の範囲で行うかの問題は、今日でも依然として解決していないのである。
 
3 塩野宏「法定外公共用物とその管理権」争点161頁
 
2.4 行為規制と調整手続
[1] 沿岸域における人間の諸活動を規制する法律(条例を含む)の中で、漁業法による漁業権に裏打ちされた漁業活動が他の海洋利用との調整問題を生じさせることが多い。
[2] 公有水面の埋立免許は、事前に、漁業権者の同意を必要とする(公有水面埋立法3条1項)。漁業権者の同意に関しては、漁業権消滅補償が行われるが、補償基準よりはるかに高い価格が支払われていることはよく知られている。
[3] 補償金額の大きさ、特定海面で一度消滅した漁業権が、他の漁業権として復活しうること等、漁業権補償については非漁民からの批判も多い。
[4] 漁業権の消滅に至らない場合でも、海の新たな利用を試みる場合には、漁業に対する影響が常に漁業者との間で問題になり、一定の金銭の支払が行われることが常態となっている。
[5] 漁業権者と釣りやダイビング等の海のプレジャー利用者との利用調整が、漁業権者に対する金銭の支払を前提とする契約(合意)で行われる例も多く、裁判でその正当性が争われた事例もある。
[6] 他方で、排他的経済水域のみならず、日本全体での漁業が資源管理型漁業に移行する傾向が強まっており、そのような中で、レジャー活動と漁業資源の管理の問題が生じている。
[7] 異なるレジャー相互間でも特定海域の利用に関して利害の対立が生じており、それがかならずしも充分に調整されていない。
[8] 瀬戸内海等の閉鎖性水域を例外として、一般には、海洋環境の保全が個別の開発行為、利用行為との関係でしか問題とされず、集積的な効果による環境悪化に対して、事前に検討をするメカニズムが存在していない。
[9] 鉱山保安法、深海底鉱業暫定措置法は、鉱物資源の開発行為規制にかかわる法制度である。
[10] 自然保護・種の多様性保護等について、1980年ワシントン条約加盟との関係で、条約の国内における実施のために、日本は「絶滅のおそれのある野生動植物の譲渡の規制等に関する法律」を1987年に制定した。これは国内の固有種・依存種の保護よりは、国際的に絶滅に瀕した種の保護を目的とする取引規制の法律であった。
 その後、1992年3月、ワシントン条約第8回締約国会議の京都開催が決まり、同年の地球サミットにおける生物多様性条約の採択が確実になったために、日本政府はそれにあわせて何らかの対策を示さざるを得なくなり、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」が1992年に制定された。
 この法律は、国内希少野生動植物種、特定国内希少野生動植物種の指定をして、捕獲、採取、殺傷、損傷を禁じ、生息地等保護区を指定することができる。生息地等保護区は管理地区と監視地区に分かれ水面埋立、土石採取、干拓、水位・水量の増減等を許可制にしている。
 法制度としては一応このような整備がされたが、保護対象種の指定は進んでいない。また、生息地等保護区の指定も7箇所程度で、充分に行われていない。








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