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日本財団・海洋管理研究会
《日本の海洋政策の問題点》
1. 基本理念、政策について
[1]国連海洋法条約は「海洋の諸問題が相互に密接な関連を有し、かつ、全体として検討される必要がある。」とし、またリオの地球サミットは「持続可能な開発」を宣言し、そのための行動計画を定めている。しかしながら、わが国においては、これらの海洋管理の理念が欠如しており、そのため、大陸棚、排他的経済水域(EEZ)、領海、沿岸域のすべてを統合し、個別の海洋関連法令の上位規範となりうるような、海洋の管理の基本理念を踏まえた政策大綱が明示されていない。
[2]わが国は、平成8(1996)年に国連海洋法条約を批准して「排他的経済水域及び大陸棚法」の制定を行ったが、同法は、わずか4ケ条の、しかも条約文をなぞっただけの法律であって、わが国の200海里排他的経済水域をどのように調査、開発、利用、保全するのか、主権的権利および管轄権という権利の行使、および同時に課せられている環境の保護・保全など義務の履行について、国連海洋法条約やアジェンダ21を踏まえ、国としての基本方針、改策を示していない。
[3]海洋政策を審議する場が、旧海洋開発審議会から科学技術・学術審議会海洋開発分科会に改組され、総理大臣への答申提出であったものが、基本的には文部科学大臣に対してのみ(要すれば他の大臣に対しても提出できる)提出することとなった。しかし、もともと答申内容の拘束力はなく、関係省庁は道義的遵守義務を負うのみにとどまっている。
[4]総合科学技術会議の「フロンティア」において、海洋は、ITや宇宙、バイオ等と比較して十分な位置付けを与えられないままに扱われているのが実状である。にもかかわらず、同会議は、科学技術政策のみ扱う場であり、海洋政策全体を論じるのは上記の海洋開発分科会であるとの考え方もあって、国としての海洋科学技術、すなわち海洋をよく知るための基礎研究およびそれを実施するための工学的な研究開発の推進にかかわる国としての基本方針の策定が軽んじられているきらいがある。
[5]国と地方自治体の海の管理に関する役割分担、とりわけその問題が典型的に表れる沿岸域管理についての基本的考え方が明確にされないままに放置されている。また、実定法が存在しない海域、すなわち港湾区域、漁港区域、海岸保全区域などの指定海域以外の海域について、国と地方公共団体の管理権限の仕分けが明確となっていない。
2. 行政体制について
[1]2001年1月6日の中央省庁再編により、関係省庁の海洋関係部局にもまた歴史的変更が加えられたが、国としての省庁横断的かつ包括的な海洋政策の立案、調整、実施監督、評価等をおこなう権威ある常設機関が依然として存在しない。
[2]海洋開発関係省庁間連絡会議は旧審議会時代からずっと存続しているが、上記のような海洋政策の立案、調整等の機能と権限は付与されておらず、客観的な立場からの実施監督、評価等を行う機関は今日、存在しない。
3. 沿岸域総合管理について
[1]体系的な海洋管理がもっとも必要とされると考えられる利用密度の高い沿岸域について、総合的管理の考え方が法制度として確立されていない。(1.[5]参照)
[2]現在ある、沿岸域総合計画の立案、実施に向けた中央省庁のいくつかの指針は、海岸線の管理区分を巡ってバラバラの考え方により異なる区分を提示しており、結果として、統一的な指針となっておらず、そのため、包括的かつ総合的な国の基本政策の策定をむしろ阻害している。
[3]“沿岸域”を海陸一体の独立した生態系として認識し、総合的な環境保全のシステムを考慮した、開発と環境が両立した利用のためのメカニズムが存在しない。また、回避・最小化、代償措置を講じることを基本的考え方とするミチゲーションの制度について、海洋関係5省庁で平成6、7年度に画期的な省庁連携調査がなされた例はあるものの、国としての方針とその考え方が打ち出されていない。
[4]沿岸域の調査、開発、利用、保全のいずれの場合にあっても、当該海域に漁業権が設定されている場合には複雑かつ困難な合意形成と漁業補償が避けられないのが現状である。また、補償額の決定プロセスが不透明で額も高いレベルにあり、非合理的であるとの議論がある。他方、沿岸漁業の振興は、今後の食糧危機が予測される世紀にあって、わが国海洋政策のうえでも重要な課題であることも事実である。にもかかわらず、合理的な漁業補償、漁業協調の法制度の在り方についての真摯な議論が正面からなされていない。
[5]沿岸域というもっとも利用が錯綜する海域での競合問題が発生した場合、利害対立の調整制度が十分に機能していない。とりわけ、計画立案の過程に関係者をすべて網羅した参加システムが整備されていない。
4. 海に対する国民認識の向上と人材育成について
[1]海との共生に不可欠な国民の海洋に対する認識の向上並びに人材育成の基礎となる小中学校の義務教育ならびに高等学校教育における海洋の取り上げ方がきわめて貧弱であり、国としてその改善の方向がまったく打ち出されていない。したがって、海洋に関するジェネラリスト、スペシャリスト育成のための底辺拡充に関する教育システムが整備されていない。
[2]大学以上の高等教育や試験研究機関においては、自然科学系の専門教育、試験研究については世界レベルのものが達成されつつあるが、「海洋の管理」という視点に立った自然科学系と社会科学、人文科学系との相互間を含む学際的教育・研究が進んでいない。また、各分野の総合化を前提とした大学院レベルでの海洋管理に関する体系的な専門教育がさなれていない。
以上の他に、「海上交通の安全」、「海と安全保障」、「国際交流・国際協力」、「海洋関連産業の振興」等々、多くの問題点も残されていると考えられるが、ここではとりあえず、上記のような問題点を指摘したうえで、次のような提案をタタキ台として作成した。したがって、さらなる提案を検討する一助とするために、アンケート回答においては、ここで触れていない問題点についても積極的な新規提案の記入もお願いできれば幸いである。
《わが国の海洋政策に関する提案》
(提案1)
わが国としての海洋管理に関する基本理念を明示的なかたちで盛り込んだ政策大綱を策定し、内外に表明すべきである。その策定にあたっては、国連海洋法条約や国連環境開発会議等に掲げられた国際的な海洋管理の理念をとりこみ、かつ、わが国200海里排他的経済水域(EEZ)から沿岸域までを含むすべての海の範囲をカバーするべきである。
(提案2)
海洋は地球の生命維持システムの不可欠な構成要素であり、その開発利用にあたっては環境に十分配慮した持続可能な開発利用を目指すことが重要である。そのため、上記のような海洋管理の理念に沿って政策実行がなされるように、関係する多数の省庁にまたがった海洋政策の総合的検討、策定とその推進のための任務と権限を有する有効な行政機構を整備すべきである。
(提案3)
“沿岸域”を海陸一体の独立した生態系として認識し、総合的な環境保全のシステムを考慮した、開発と環境の両立を目指す総合的沿岸域管理について、必要な法制整備を検討すべきである。また、沿岸域の開発、利用、保全の当事者、受益者として、これまでその役割を充分に評価されていなかった地域住民の役割を積極的に評価し、沿岸域管理政策の立案、実施、評価、再実施のサイクル的プロセスに積極的な市民参加を実現すべきである。
(提案4)
漁業と他の海洋利用との競合問題の調整、ならびに漁業振興、漁業協調を一層図るための合理的な法制度の確立を急ぐべきである。その場合、漁業補償問題についても抜本的な改革を講じることが望ましい。
(提案5)
国民の海に対する知識や理解の向上を図り、海との共生についてその積極的関心を喚起するため、海洋に関する教育・啓発、特に青少年に対する海洋教育の拡充を図るべきである。また、海洋問題に総合的視点で取り組むため、自然科学系と社会科学、人文科学系の相互間を含む各分野の学際的研究と交流を促進するとともに、大学院レベルでの海洋管理に関する総合的な研究、教育システムを整備すべきである。








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