日本財団 図書館


4 まとめ
 今回の調査では、ごく一部の国の事例を見ただけであるが、アフリカ諸国において多くの海洋放置船舶の事例があることが分かった。一方で、これらの国ではそれほど問題が顕在化していないようにも思われる。理由としては、日本と違い十分なスペースがあること、撤去に費用がかかるため、よほどのインセンティブがないと取り掛かれないこと、この問題以外に深刻な問題を多く抱えていること、このような不法な放置・廃棄の問題は船舶に限ったものではないこと、などが挙げられるであろう。
 残念ながら、もともと不法な行為であるため、当事者にインタビューをして状況を調べるという方法が取りにくく、また、まとまった文献があるわけでもないため、どうしても現場の外見的な状況を観察した結果をまとめることが調査の中心とならざるを得なかったが、あえて今回知り得た事項を以下に整理してみたいと思う。
 
 いろいろな国の事例を見てみると、放置船のパターンは大きく2つに分かれるようである。第一は、海域の特殊性から海難事故が多く、それに伴いやむを得ず放置船が生じてしまうケース、第二は、港の近くに人為的ないわゆる「廃船置き場」のようなものができてしまうケースである。
 前者については、南アフリカ共和国(ケープ半島)、ナミビア共和国(スケルトンコースト)が代表的な例である。後者については、その他多くの国で見られるが、今回の調査対象国の中では、タンザニア連合共和国、マダガスカル共和国、サントメ・プリンシペ民主共和国、ガボン共和国、ガンビア共和国がその例となっている。
 第一のケースについては、改善すべき放置行為という点では、意図的な放置ではないので、ある程度やむを得ないものと言えるかも知れないが、次の2点について注意を払う必要があると考える。
 1点目は、放置船という次元の話としては問題が少ないとしても、そもそも海難事故が起こりやすいという状況は決して好ましいものではなく、何らかの改善が必要であるということである。ケープタウンのサルベージ会社において、同社スタッフが撮影したいくつかの海難事故をビデオで見る機会があったが、非常時の現場の混乱が不必要な損害を引き起こしている例もあるように思われた。2000年に起きた「トレジャー」号の油流出事故にしても、結果論と言われるかも知れないが、事故処理のオペレーションがうまく行けば無駄なえい航作業がなくなり、損害も少なかったかも知れない。そう言う意味で、事故が起こった後の救助活動・事故処理活動全体のオペレーションについては、改善ための議論の余地があるように思える。
 2点目は、このような海難事故はもともとは意図的ではなくても、人為的な要素も無視できないということである。例えば、悪質なものとしては、廃船間近の船を意図的に海難を装って沈めてしまうことや保険など後々の問題解消のために中途半端に船体を保全するよりも、むしろ沈没することを望む意識が働きやすいということ、などである。前述のサルベージ会社に聞いたところによると、海難の知らせを受けて救助のために出動し、現場にたどり着いた際に、船員が脱出のための準備を万全に整えて待っていたというケースがあり、はっきりと断言できないにしても、中には意図的な海難事故(又は意図的な沈没)と疑われるケースが少なからずあるということであった。
 第2のケースである港の一部が廃船置き場化しているという問題については、それぞれの国の事情があるので、一方的に問題であると指摘することは適当ではないが、少なくとも、港湾や航路の機能を損ねることは経済的に見てその国にとってマイナスであるのは間違いないと考える。また、実害の生じない海域を意図的に「廃船置き場」とすることも将来のことを考えると必ずスペース不足の問題が生じるであろう。造船国である日本としては、船舶の世代交代がスムーズに進み、劣悪な船がなくなっていくことを望む立場であるが、このような廃船の処分、解撤の推進に何らかの形で協力していくことが今後求められるのではないかと思う。ただし、前に述べたように、日本であれば社会問題化すると思われるほどスペースの無駄遣いをしているこのような行為は、船舶に限った現象ではなく、例えば、空港においても古くなって使用に耐えなくなった航空機が空港の片隅に放置されているなど、アフリカでは古くなった機械類を適当なスペースに放置するという行為は一般的なことであることも留意しなければならない。
 
 放置船問題で注意すべき点は、人為的な要素がどの程度あるかということ、その放置船が航行安全、環境保全の点でどの程度有害であるかということ、そして、放置船は一方的に有害なものと決め付けることができないという点である。
 例えば、ナミビアにおける難破船のように、何もない広大な風景(日本人としてはむしろこのことに価値を見出すのであるが)にアクセントを添えるものとして、むしろ観光資源として価値を有しているという考え方がある。また、今回の報告の対象にはなっていないが、セネガル沖の島国であるカーボヴェルデ共和国にも絵葉書に採用されている放置船の写真などがあり、観光に利用されていると言えるし、カリブ海の島ケイマン諸島にも同様の例がある。ダイビングの分野でも、沈船には魚が多く集まっていること、海底の景色に魅力を添えるものとして観光スポットになっていることが多い。例えば、エジプトの紅海はダイビングスポットとして有名であるが、そのためのガイドブックには、多くの沈船の位置と沈没している状態(ダイビング時の見所)が詳しく解説されていたりする。また、魚の住みかとしての魚礁として船を計画的に沈めるケースもある。
 このように、海洋放置が必ずしも害を及ぼしていると言い切れないこともある点が問題を若干複雑にしていると思われる。
 
 そもそも筆者が船舶の海洋放置の問題を意識し始めたのは、1998年8月にエジプトのアレクサンドリア港を訪問した際である。同港の港湾当局の案内で港内を見渡せる監視塔を見学し、小型船で港内を見回った時に、防波堤内側に比較的大きな貨物船が船体を傾けて半ば沈んだ状態に置かれて放置されている光景を見た。港湾関係者に聞くと、この船は意図的に沈められ、船主は逃避しているとのことであり、港としては撤去の方策を検討中とのことであった。ただし、真偽の程は明らかでなく説明の歯切れも悪かったと記憶している。
 その後、ジェトロ・パリセンター船舶部として、1999年11月より造船需要調査等のためにアフリカ諸国への出張を重ねるにつれ、多くの地域で海洋放置船舶を見かけることになった。このような背景から、2001年度(平成13年度)の特別調査事業として「アフリカにおける海洋放置船舶の実態」について調査を行うことを企画した訳である。
 調査を進めていくうちに、現時点で何らかの取りまとめや総括を行い、対策を検討するということは時期尚早であると考えるようになった。一つには、放置されている船の個々の詳しい事情まで調査することができなかったこと、もう一つは、日本の常識で判断することが妥当であるかどうか疑問も持つようになったことである。
 今回の調査は、むしろ中間段階のものと受け止めていただき、今後この分野での問題提起がなされた際の基礎資料として活用いただければ幸いである。
 
*  *  *
 
 今回の調査に当たっては、もともと情報の少ないアフリカ諸国を対象としていたために、多くの方々のご協力をいただきました。この場を借りてお礼申し上げます。特に、南アフリカ共和国における、ジャパン・マリン・サプライズ・アンド・サービシズ社(JMSS)(神宮司治幸総支配人)、タンザニア連合共和国における、西澤(株)東アフリカ駐在員事務所(谷所清雅主席駐在員)、ガンビア共和国、マダガスカル共和国他における、守谷商会(難波靖史マネージャー(ダカール駐在員事務所)、永田和弘マネージャー(アンタナナリボ駐在員事務所)他)からは、現地情報に関する貴重なアドバイスをいただき、調査報告書に活かすことができました。ここに重ねてお礼を申し上げたいと思います。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION