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2 調査対象国の概要
2−1 南アフリカ共和国
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 南アフリカ共和国は、アフリカ大陸の最南端に位置し、国境の北側を、ナミビア、ボツワナ、ジンバブエ、モザンビークと接している。また、レソト、スワジランドの二つの小さな王国が南アフリカに包まれるように存在している。首都はプレトリアであるが、経済上の中心はヨハネスブルグである。南アフリカは、17世紀のオランダのケープ植民地時代に発展を遂げ、その後英国の支配下に入って、1910年に南アフリカ連邦として独立、その後共和制に移行して南アフリカ共和国が1961年に成立した。長くアパルトヘイト(人種隔離政策)により孤立状態にあったが、1994年の黒人政権発足以来、国際社会への復帰を果たし、現在では、その経済基盤の強固さからアフリカの中でもリーダー的存在になっている。
 アフリカ大陸の南端である喜望峰の発見が世界史の重要な出来事であることからも分かるように、南アフリカは大西洋とインド洋をつなぐ航路の要として重要な位置にある。また、豊かな漁場が近いことからケープタウンはこの地域で活動する世界の漁船の基地として繁栄を見せている。重要な港湾としては、ケープタウン、ポート・エリザベス、イーストロンドン、ダーバン等が挙げられる。
 南アフリカ共和国について特筆すべきことは、その海難事故の多さである。南アフリカの海事・漁業専門誌である"South African shipping news and fishing industry review"によると、1946年から1984年にかけて1,156件の海難事故が発生したということである。さらに驚くべきことはこのうちの多くは座礁、沈没等の比較的重大な事故であるということである。このため、ケープタウンにはいくつかの民間のサルベージ会社があり、ひとたび海難事故が発生すると、人命救助あるいは海洋汚染の防止のために出動するという体制が出来上がっている。このような事故処理活動がビジネスになりうるほど海難事故が一般化しているということである。
 このような事情から、海洋放置船についても多くの事例がある。例えば、ケープタウンから海岸沿いにケープ半島の先端にある喜望峰まで南下する間に5〜6隻の座礁船を見ることができる。中には、水面上の上部構造物を切断し、一見して船とは分からないもの、砂浜の中に半ば埋もれていて上空からしかよく見えないもの、最近の難破船で今にも動き出しそうなほどリアルなものなど、いろいろなパターンの海洋放置船を狭い地域で見ることができる。
 これらの放置船は海岸沿いの道路からは必ずしも見ることはできないため、空中からいくつかの事例を撮影してあるので、詳しくは第3章の「海洋放置船舶の事例」を参照されたい。
 ケープタウンからその南のケープ半島にかけて見られる放置船舶のうち、名前の分かっているものを以下に列挙する。
 「Antopolis」(1977)
 「Romelia」(1977)
 「Kakapo」(1900)
 「Tomas T. Tucker」(1942)
 「Phyllisia」(1968)
 「Clan Stuart」(1917)
 
 このように、ケープタウン周辺では船の残骸が完全に撤去されないまま放置されている事例が多く見られた。水中に没したものはさらに多数に上るであろう。
 記憶に新しいところでは、2000年6月にパナマ籍のケープサイズバルカー「Treasure(トレジャー)」号(143,731DWT)が沈没し、バンカーオイルの一部を流出するという事故があり、ペンギンや野鳥などに深刻な被害を与えた。
 必ずしも意図的なものとは限らないが、今後もこの海域での船舶事故、それに伴う放置船は増えていくものと思われる。
 
海洋放置船舶の観察スポット
(南アフリカ共和国)
 
● ケープ半島(ケープタウン近郊)
(この他、南アフリカ国内に多数の観察スポットがあるものと予想される。)








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