日本財団 図書館


3. バージ・曳船の環境基準
3-1 環境問題概要
 
 1989年3月のエクソン・バルディーズ号のアラスカにおける1,100万ガロン(約41,600キロリットル)以上の油流出は米国民に衝撃を与え、これを契機に1990年8月、連邦議会はOPA90を公布した。OPA90は油濁防止について包括的規定を盛り込んでいるが、その一部としてタンカーの設計やオペレーション面の改良、油濁対応法の向上策等を示している。特に4115節にはタンカーのダブルハル化が規定され、シングルハル・タンクバージは2015年までにフェーズアウトされることになった。
 OPA90には油以外のケミカル・カーゴの汚染防止条項も含まれているが、油流出の防止には時間が定められているため、OPA90発効後の最初の5年間USCGは油流出防止に注力し、1990年代中頃になってケミカル・カーゴ汚染防止の基準作りに着手した。タンクバージとOPA90については3-3節で詳述する。
 前述のように、OPA90以降、油流出事故は激減し、1997年のタンクバージからの油流出量は輸送量17億バレルの0.00058%に相当する9,900バレル(1,600キロリットル)に過ぎなかったが、これは米国内陸水面が油流出問題で完全に安全となったことを意味しない。2000年11月28日、エクソン・バルディーズ号以来最大の油流出事故がミシシッピ川下流で発生した。ただし、これはバハマ船籍のタンカー「Westchester」(89,795dwt)によるもので、タンクバージによるものではなかったが、2000年7月本船がテキサスでUSCGのポート・ステート・コントロール検査を受けた直後の事故であったので、この事故はUSCGに衝撃を与えたのである。
 「Westchester」はエンジンのクランク・ケースが焼けついて浅瀬に乗り揚げ、567,000ガロンの原油を流失したが、油流出対応のチームワークや風向きの良さのおかげで怪我人もなく、被害は最小に抑えられた。「Westchester」はシングルハルであり、ダブルハルであればこの油流出は防げたとするのが一般的見方である。「Westchester」の船齢は19年であり、MARPOL73/78の規定により2004年にダブルハルに改造することが決まっていた矢先の出来事であった。
 米国が河川や湖の水質保全に着手したのは、第2次世界大戦直後からである。 1956年には、国内水資源を汚染から守る連邦水汚染防止法(Federal Water and Pollution Control Act of 1956: FWPCA)が成立した。1970年にはFWPCAを補強する法律である水質向上法(Water Quality Improvement Act of 1970: WQIA)が公布されている。
 WQIAに盛られたのは、船舶及びオフショア・陸上油田からの油流出コントロール、船舶の汚水排出コントロール、油以外の危険物質の排出コントロール、五大湖の汚染防止の研究開発、水資源確保に関する教育と補助、鉱山からの酸性排水をコントロールする技術のデモンストレーション等である。
 しかし米国の環境法が近代的体裁を整える契機となったのは、1969年の国家環境基本法(National Environmental Policy Act of 1969: NEPA)が成立し翌年環境庁(Environmental Protection Agency: EPA)が発足してからである。
 NEPAは、経済原理の中に環境問題に関する国家の立法による干渉を認めた。NEPA以前の科学技術の開発は、効率と性能向上を唯一の価値基準としたアダム・スミスの自由競争原理に支えられてきたが、NEPA以降、連邦の主要公共事業は事業実施前に環境に与える影響調査を実施し、これにパスすることが必要となった。
 NEPA成立の翌年には、大気浄化法(Clean Air Act: CAA)、1997 年には水質浄化法(Clean Water Act of 1997 : CWA)が成立している。CWAは従来の水質浄化関連法案以上の水質浄化を目的とした法律であり、特に都市の下水、船舶からの汚水処理に力点が置かれ、排水基準が定められている。河川の浄化に果たしたCWAの役割は大きい。OPA90は法律的にはFWPCAの補強改正(Amendment)であるが、いずれにせよバージ・曳船の環境問題ではCWA、CAA、OPA90が中心的連邦法となっている。
 2-1節で述べたように、現在バージ・曳船業界は、州がバージや曳船の設計やオペレーションの分野に迄入り込んで規制し始めているので、非常に困惑している。元来CWA、CAA共に州独自の立法権を認めているが、CWAとCAAではそのニュアンスは大分異なる。
 CWAは、河川や湖等地域性の強い対象を規制しているので、CWAが州や地域の独自立法の妨げとならないこと、EPAを始めとする連邦政府機関は州等の独自立法に協力すべきことが明記されている。
 CAAの場合は、大気という境界を作りにくい対象に対する規制であり、カリフォルニア州、その他数少ない例外を除いては、立法の独自性は制限されたものになっている。各州はEPAの定めた環境排出基準に合うように、自州の大気排出の具体的方策を作成し、EPAの承認を得なければならない。このような状況で、各州がCWAに関連した独自立法をバージ・曳船産業に押し付けようとしているわけである。
 州の独自立法の傾向は定着してしまったようである。州が州ごとに独自の法規を作って強制した場合、州間の交易の妨げとなるのは明白である。この例としていつも引き合いに出されるのは、ロードアイランド州のタンク船安全法である。この法律は、リンカーン・アーモンド州知事が1996年6月にサインし、発効したものであり、同年10月1日までに、州の水域を航行するタンカーやタンクバージに対し、DGPSの設置、錨及びバージ回収システムの備え付け、25,000バレル(約4,000キロリットル)以上のタンクバージに対する2機2軸曳船の義務づけ、航行プランの作成等を要求するものであった。さらに、2001年1月1日までにロードアイランド州内を航行する7,500バレル(約1,200キロリットル)以上の油及び危険液体物質を運搬するタンクバージは全て、ダブルハルの上、エスコート・タグを必要とすることが義務づけられた。
 タンク船安全法はUSCG、産業界、環境団体が共同で作った「米国北東部水域における石油輸送に関するリスク評価」に盛られた勧告を取り入れたものである。イリノイ州でもタンクバージのダブルハル化とエスコート・タグが議論されたが、1997 年には成立しなかった。
 ウィスコンシン州では1996年にタンクバージの2重底構造、エスコートタグが取り上げられた。さらにUSCG規則で定められた衛生装置(Marine Sanitation Device: MSD)で処理した糞尿処理水の排出も禁止する非排出ゾーン(No Discharge Zone)の成立が議論されたが、非排出ゾーンの問題はEPAの承認が得られやすいシュぺリオール湖の連邦水路に限定された。なお、曳船とMSDの問題は曳船特有の環境問題を内包しているので、3-4節で詳述する。
 船舶の防汚塗料中に含まれる防汚剤として有機スズ化合物(Tributyl Tin: TBT)の使用が1980年代から急速に広まったが、TBTにはホルモンのバランスを崩す作用があることが問題にされていた。TBTの規制には日本が最も積極的であったが、米国もTBTの規制には積極的であり、国際的にTBT塗料の使用を禁止する方向で調整が進められている。もちろん、米国の塗料会社からも代替塗料は多数売り出されており、バージ・曳船のようにメインテナンスが容易で長期の塗装保証を必要としない小型船では大きな問題とはなっていない。
 米国では、連邦法及び州法による規制で、TBTはかつて予測された危険レベルよりずっと下回った値となっている。1997年、海軍は、議会に対する報告書の中で、海軍基地の海水中から採取した水サンプルの20%が暫定基準以上のTBTを含んでいたが、生態学的に重要な地域では5%のみであったと述べている。
3-2 バージの環境問題
 
 バージのもたらす環境問題でUSCGが現在一番頭を痛めているのは、不要になったバージの不法投棄問題である。USCGは本問題の解決の手始めとして、2001年1月11日、非登録バージに番号を付ける規則提案(Notice of Proposed Rule Making: NPRM)を発表した。
 本NPRMは米国水域内で稼動する100GT以上の非登録バージに、はっきりと識別できる番号をつけさせ、不法投棄した業者の身元がすぐ分かるようにしようというものである。
 NPRMは2つの方法でバージの内外両面に番号を付けることを求めている。1つは溶接、パンチ、彫刻のように永久に消えない方法で、他はペンキでの表示である。外部の表示は、船体上部あるいは上部構造がある場合は上部構造に施し、かつ、両舷から視認可能な位置でなければならない。
 前述のように、現在米国水域で100GT以上の非登録バージ20,000隻が存在し、そのうち89%がミシシッピ川流域及びGIWWで稼動しているが、NPRMはこれら既存のバージに対し、本規則発効後5年以内に識別番号をつけることを求めている。
 バージの不法投棄問題は1990年代初期から問題になっている。1992年、議会は不法投棄バージ法(Abandoned Barge Act of 1992: ABA)を可決している。ABAは当時一般会計局(General Accounting Office: GAO)の報告に基づいて立案されたものであるが、この報告では、米国内の航行可能水域で不法投棄された船は1,300隻であるが、そのうちバージが600隻を占め、航行の安全と河川の環境上から問題であるというものであった。
 USCGは1994年、本問題の立法化の予備調査として、関係各界の意見を求めている。また、1998年には先行規則提案(Advanced Notice of Proposed Rule Making: ANPRM)を出しているが、時間がかかりすぎるのが問題となっていた。USCGによれば、船舶の不法投棄問題を連邦政府と州政府のいずれかが処理するのかの決定と、不法投棄されたバージの情報の把握を確実にするのに時間がかかったと説明している。
 識別番号を付すことにより不法投棄を防止するのは一般的な方法であるが、特にバージは人の目につきやすい内陸水路を航行するため、識別番号の標示等は不法投棄防止以外の目的でも大きい効果があると考えられている。上記非登録バージの識別番号とは別に、1999年末USCGは46CFR 151「危険液体物質をバラ積み輸送するバージ」規則を変更し、鉄道やトラックで用いられているプラカード・システムにより運送している危険液体物質の内容を表示することについて業界の意見を求めている。この問題の出発点は1993年に化学物質輸送委員会(Chemical Transportation Advisory Committee: CTAC)が船体構造、ベント、ゲージ配置、貨物の分類等の変更提言をしたことに始まる。が、USCGはルイジアナ州知事の海事タスク・フォースが提言した、液体危険物質を輸送するバージに対する改正案である「貨物識別サインの表示」を改正案に盛込んでいる。
 USCGが46CFR 151の変更等につき、業界から意見を求めている事項は下記である。
* どのような変更をしたら海洋生物、財産等を守れるか。
* CATC提案のどの部分を受け入れるか、また、それを46CFR 151に取り入れた場合のコストはどうか。
* 現存のバージは改正の対象外として、新造バージからとすべきか。
* 危険液体物質を輸送するバージのプラカードは必要か。
* 規則に季節的、地理的要素を盛り込むべきか。
* 新しく出てくる化学物質に対する指定要求の手順を変更する必要があるか。
* 建設材料に関する現在の基準は業界のやり方を正しく表わしているか。表わしていないとすればどう変えるべきか。
 
 バージの洗浄水の投棄も環境に重大な影響を及ぼす。1998年6月中旬、EPAのOffice of Waterはタンクトラック、鉄道タンク車、バージからの洗浄水取扱いに関するガイドラインを提案した。
 この提案で影響を受けるのは独立のバージ・オペレーターである。その他の輸送用機材から排出される洗浄水の大部分は、既にCWAガイドラインより別途規制されており、受入れ企業等により処理されている。タンクトラックや鉄道タンク車からの洗浄水の95%は、CWAガイドラインに定められた処理装置で処理された後、河川に放流されてきた。しかしバージの場合は77%が洗浄水を未処理で放流しているのが現状である。
 バージの洗浄水と共に放流される内容は多岐である。タンクバージの残渣、予備洗浄汚水、化学洗剤溶液、最終リンス汚水、バージ外部洗浄汚水、機器洗浄汚水等、数え上げればきりがない。タンクバージの洗浄水が環境に与える影響が大きいと判断したEPAは、ケミカルバージ洗浄排水から危険物質の排出を減少する技術、及びそれらコストの比較検討をすすめ、2000年夏に各危険物質ごとに採用すべき技術のガイドラインを出している。
 また、ケミカルタンクバージ以外のバージでも多くの汚染物質を環境中に排出しているが、CWA及びこれを受けた州法ともに、トイレ排水等の糞尿処理水以外の船舶からの排出について、明確な規定がないのが実情である。バージ・曳船とも船舶としては小さいが、生活汚水、糞尿処理水、ビルジ水、冷却水、バラスト水、ボイラー水、船体防汚塗料浸出液や上記洗浄水のような液体廃棄物を大量に河川に放流している。
 工場等のポイントソースからの液体汚染廃棄物の排出は、CWAの連邦汚染物質排出防止システム(National Pollutant Discharge Elimination System: NPDES)で規制されている。一方、CWAのポイントソースの定義の中に船舶は入っているが、NPDESを具体化しているEPAのガイドラインでは偶発的排出物についてはNPDESの許可を要しない規定となっている。(40CFR 123.3)
 偶発的排出物の中には、船舶のように動く発生源からの排出物が含まれる。つまり船舶はポイントソースの定義の中には入っているが、EPAは最近まで糞尿処理水以外の偶発的排出物は、環境に重大な影響を及ぼさないと認識していた。
 CWAのNPDES許可には、次の2つの排出管理方法が記載されなければならない。1つは、それが排出される水域の水質に関係のない、ポイントソースからの排出物の排出口における技術的排出基準であり、もう一つは排出される水域の水が続けてその使用目的を達成するための水質基準である。
 環境団体は、動くポイントソースとしての船舶の排出基準の不備について機会あるごとに指摘しているし、また、CWAのNPDESを船舶にも適用すべしとの声もあちこちで聞かれる。しかし船舶の場合、上記技術基準の作成は比較的容易であっても、水質基準を作るのはなかなか難しい。例えば港における任意時期の船舶の集中度は異なる上、港ごとに水質基準も異なるので、船がそれに応じて排出を抑制するのは不可能である。
 船舶の場合、まずCWAを離れて技術基準を作成し、せいぜい港ごとの排出限度のようなものを作成するのが精一杯であろう。技術基準も各州で異なるものではあまり意味がなく、連邦統一基準とする必要がある。1996年の国防承認法は、海軍がEPAと協力して、艦艇の連邦統一排出基準(Uniform National Discharge Standard: USDS)を作ることを求めている。このためCWAの一部が改正された。USDSの適用は当面、海軍艦艇とUSCGの巡視船に限定されているが、将来、タグやバージを含めた商船にも適用される可能性は高い。
3-3 OPA90とタンクバージ
 
 前述のように、OPA90は1990年8月に発効し、タンク船のダブルハル化、タンク船の油流出や危険液体物質の汚染に対する対応及び訓練、事故を起こした船主やオペレーターに対する賠償責任、その他これら環境汚染に対する研究調査を実施すべきことを規定している。これら研究調査の内容は、IMO実施と同じレベルのOPA90の影響調査、タンカー・エスコート、危機管理対応、外国船に対するポート・ステート・コントロール、VTS(Vessel Traffic Service)等であった。
 OPA90の油流出に関する部分は、達成期限が定められているので、1990年代前半にUSCGはOPA90の対応プロジェクト、即ちタンク船のダブルハル化に関連するCFRの作成、油流出対応に関連して、外国船も含む数千の船の対応プランの承認、訓練手順の作成、ポート・ステート・コントロール・イニシアティブの作成、VTS−2000プロジェクト等で大忙しであった。OPA90の影響調査についてはNRC(National Research Council)から1997年に、包括的報告書が出された。
 OPA90が発効してから10年を経た2000年、連邦議会ではタンク船のダブルハル化要求によるタンク船の供給が問題となった。米国造船業のOPA90対応能力は、OPA90発効直後から危ぶまれていたが、ニュージャージー州選出の共和党下院議員2人は、GAOに対し改めてこの問題を調査するよう要求した。調査の要点は下記3点である。
* 5,000GT以上のタンク船に対するUSCGのOPA90のシングルハル・フェーズアウトの実施方法
* シングルハル・タンカーの寿命延長あるいは退役の実態(本調査を命じた議員の一人は1998年に船舶のGTを再計測(GTを小さくする)することにより、OPA90で定められたフェーズアウト期限を延長する行為を禁止する法案の提案者であった。)
* シングルハル船の改造、代替状況とそれが国内石油輸送に及ぼす影響
 
 調査時点で194隻の米国建造タンク船が石油輸送に従事しており、144隻はシングルハル、50隻はダブルハルであった。しかしシングルハルは2005年までに60%、2011年までに90%がフェーズアウトされる。総トン数を再計測してフェーズアウト期限を延長した船は17隻あるが、このうち5隻は調査時点で石油輸送から離れている。この延長は1〜12年の範囲であるが、当然2015年を超えての延長はない。GAOは22の船主と面談し、タンク船が供給過剰となっており、レートが低く運航しても引き合わないので、シングルハル・タンカーの改造や代替に対して「待ち」の状況であると証言している。
 GAOは次の5年間はこの「待ち」の状況は変わらないであろうが、将来ダブルハル船の注文が急増した場合の造船業の供給能力には疑問を抱かざるをえないと結論している。GAOの報告は、内陸タンクバージについてはあまり問題にしていない。それは内陸タンクバージのダブルハル化が急速に進んでいるからである。表II-5は1969年から2000年迄のミシシッピー川水系のダブルハル・タンクバージの建造年を示した表である。ミシシッピ川水系では2,530隻のダブルハル・タンクバージと381隻のシングルハル・タンクバージが稼動しており、最後にシングルハル・タンクバージが建造されたのは1998年である。表II-5で興味あるのは、OPA90が発効した1990年以前に1,863隻のダブルハル・タンクバージが建造されている事実である。
 
表II-5 ダブルハル・タンクバージの建造年
  小型 ジャンボ Unit Tow その他 合計
1969 32 222 95 106 455
1970 5 18 19 3 45
1971 0 20 43 4 67
1972 0 16 40 4 60
1973 0 32 65 4 101
1974 0 52 72 11 135
1975 0 57 56 9 122
1976 0 25 60 5 90
1977 11 32 52 10 105
1978 0 84 33 5 122
1979 1 61 13 9 84
1980 12 143 64 7 226
1981 3 73 49 7 132
1982 0 1 18 4 23
1983 1 18 5 4 28
1984 0 6 3 0 9
1985 0 1 0 0 1
1986 0 2 0 0 2
1987 0 0 2 0 2
1988 0 0 0 0 0
1989 0 1 6 4 11
1990 0 31 8 4 43
1991 0 43 18 4 65
1992 0 67 15 9 91
1993 0 13 15 6 34
1994 0 14 25 2 41
1995 0 16 61 7 84
1996 0 26 65 8 99
1997 0 14 29 5 48
1998 1 22 36 1 60
1999 0 35 45 9 89
2000 0 17 31 8 56
合計 66 1,162 1,043 259 2,530
ミシシッピ河川系及び連絡水路における内陸河川バージの2001年バージ船腹プロファイルによる
 
 USCGがシングルハル・タンク船のフェーズアウト・スケジュールの除外規定の最終規則を出したのは比較的最近である。OPA90では、ダブルボトムあるいはダブルサイドのみを有するタンク船の5年延長を認めているが「いつの時点でこれらの工事を実施した船」なのかは規定がなかった。USCGは1998年11月11日、NPRMを出したが、これに対し32のコメントを受け、1999年4月21日、最終規則で1990年8月18日(OPA90の発効日)以降の改造船は延長を認めないと決定した。(33CFR 157)
 OPA90の油流出対応では、費用対効果の大きさ及び油流出に関連する「罰」が問題となっている。OPA90の油流出対応では、RP(Responsible Party: 油流出に対し責任を有すると指定された事業者)は除去費とモニター費の両方を払わなければならない。モニター費は、例えばUSCGのヘリコプター費用、事故調査費、除去の監督費用といったものである。RPのコストを最小にするためには、事故前に除去費とモニター費に関するコストが最小となる対応プランを作成しておくことが重要である。また、USCGとの間で使用ヘリコプターの種類を決め、民間との共用を約束しておくことも必要となる。事故が起こってから対応会社と契約することは、コスト的に非常に不利となる。
 事故後の処置もコストに大幅に影響する。まず対応会社が契約に基づいた会社であるかを確認し、対応チームの質と有効性をチェックし、作業機器についてのレポートを提出させ、それらに基づいて支払いをチェックする。待機期間は全額を請求されるので、その日の作業手順を早急に決め不要チームは直ちに帰し、その日のアクション・プランをP&I保険の代表者と協議して保険の支払い額を調整することが重要である。
 2000年に、ジョン・ブロー上院議員はOPA90の油流出責任を制限する法案(S.2944)を提出した。OPA90は、全ての油流出を刑法上の責任行為とし賠償すべきことを定めている。S.2944は油流出による責任を民法上の過失と刑法上の犯意行為に分け、OPA90の厳しさを保ちながら、オペレーターの負担を軽くしようとするものである。
 AWOはS.2944に対し、直ちに歓迎の意向を表明している。確かに油流出を起こしたからといって、高額の罰金を支払い、上記の除去費・モニター費を払った上、最悪の場合は刑務所に入るという法律はあまり良くない。オペレーターが油流出防止に最大の努力を払っても、油が流出したのみで犯罪者扱いにするのは不合理であり、油の輸送が忌避され、油を安全に輸送するというOPA90の基本精神から離れたものになる。
 USCGは1991年9月、OPA90が求める船主の事故賠償限度額を高める規則のNPRMを出し、1994年7月、最終規則を出している。これによれば6,500GT以上のタンカーに$1,500/GTの経済的保証状を持つことを義務づけている。前述のNRC報告書は、このように高額の賠償責任を求めたことが油流出事故防止につながったとしているが、油流出賠償責任の問題は、業界がOPA90施行後最も困惑していた問題であり、S.2944による改善が期待されている。
 油流出問題が一段落した1996年5月、USCGはケミカル・カーゴに対する基準作りに着手し、1999年3月22日、ケミカルタンク船からの汚染対応に関するNPRMを発表した。本NPRMでは規制対象の化学物質を、CWAで危険物質と定められ40CFR 116.4に記される175種に限定している。本基準は、米国籍タンク船及び米国海域に入る全ての外国籍タンク船に適用される。
 上記175種の危険物質を輸送するタンク船は、全て輸送計画書を提出しなければならない。基準そのものはOPA90の油流出に対するものと同様であるが、化学物質に対する対応は、個々の物質に対して専門の知識が必要であり、NPRMの中でも各物質特有のQI(Qualified Individual)と対応現場で総指揮をとるIC(Incident Commander)を要求し、さらに船会社が輸送開始前に汚染対応会社と契約を結ぶことを求めている。
 このNPRMで最も大切な点は、汚染対応に関しリスクを考慮した決定支援手順(Risk Based Decision Support Process: RBDSP)の提出を求めていることである。RBDSPの形式は自由で意志決定フロー(Decision Tree)のようなものでも良いし、自動化された支援システムのようなものでも良いが、下記4点が盛り込まれていなければならない。
* リスクの識別(Risk Identification)
* リスクの評価(Risk Evaluation)
* リスクの管理(Risk Control)
* リスクの交信(Risk Communication)
 船会社にとって、独自のRBDSPを作ることは大きな負担であり、USCGがモデルRBDSPを作るべきとの声があがっている。(USCG側にとっても、各船会社が個々に提出するRBDSPの承認作業は膨大なものとなろう。)
3-4 曳船の環境問題
 
 カリフォルニア州当局が、ディーゼル・エンジンのNOxを減らすためのイニシアティブとしてCarl Moyerプログラムを発表したとき、曳船「Jerico Spirit」の船主、アーロン・リンドは、このプログラムの資金によって「Jerico Spirit」のエンジンを取り替える決心をした。このプログラムは2000〜01年にわたり、5,000万ドルの基金を道路、非道路及びマリン用のヘビーデューティ・ディーゼル・エンジンからのNOx及び粒子を減らすために使おうというものであり、1999年夏から各地の大気汚染コントロール及び大気基準管理委員会を通じて交付されている。
 「Jerico Spirit」はアーロン・リンドの父親、マイク・リンドが、20年前にテネシーで購入し、バージに載せてサンフランシスコ湾の北部のサンパブロ河口から27.4km川を遡ったPetalumaまで運んできたものである。同船は1948年製であったが、マイク・リンドは曳船を船体中央で縦方向に切断し、幅を10フィート(約3m)広くし、全長76フィート(約23.2m)、型幅32フィート(約9.8m)とし、主機もFairbanks Morse製の600PS 2サイクル対向ピストン型エンジン2基と入れ替えた。現在では、2サイクルエンジンは、大量の不完全燃焼ガスを大気中に放出するため、環境上好ましくないことは常識となっているが、当時はそこまでの配慮はされなかった。このため、アーロン・リンドは、他の曳船で経験のあるCumminsの600PS KTA19M3と換装することに決定した。上記のエピソードは、今でも家族経営会社の曳船が多く残っており、曳船を含む内陸水運のインフラストラクチャーの老朽化が問題であることを示している。
 EPAのディーゼル・エンジンからの排気ガス規制の動きは1994年から始まっている。1994年、EPAは舶用内燃機関(ディーゼル及びガソリン・エンジン)からの排気ガス規則のNPRMを出し、各界の意見を聴取したが、舶用ディーゼル・エンジンに対する規則の制定は時期尚早であるとの結論に達し、上記NPRMのガソリン・エンジンの部分のみをさらに補足して、1996年10月4日スパーク点火舶用ガソリン・エンジンの排気ガス規制基準を公布した。ディーゼル・エンジンについての排気ガス規制最終規則が公布されたのは1999年12月29日になってからであった。ただし本最終規則も舶用ディーゼル・エンジンの全てを網羅したものではなく、37kW以上の商業用船舶の主機及び補機に使用される、カテゴリー1及び2のエンジンの2004モデル年からの製品を対象としており、2004モデル年以前の製品には適用されないことになっている。ただし、各エンジンメーカは早々とこれらの基準に適合したエンジンをマーケットに出している。
 EPAは舶用ディーゼル・エンジンからの排気ガス規制を、時期と技術内容から3段階に分けて進めるとしている。第1段階はMARPOL 73/78付属書VIの適用であり、第2段階は上記1999年12月の最終規則、第3段階は将来ディーゼル・エンジンの排気ガス技術がさらに進んだ場合の技術段階である。1999年12月の最終規則で、EPAはエンジンを表II-6に示す2つのカテゴリーに分け、そのカテゴリーを更に幾つかのサブカテゴリーに細分して、その各々に対して表II-6に示すようにNOx+HC、浮遊性粒子状物質、COの規制値を規制開始年と共に示している。
 本基準設定にあたり、EPAはCAA 213(a)(3)に盛られた精神を充分に踏襲して、業界とのやりとりの中で規制値を設定している。すなわち、可能な技術で特定期間内に最高の削減達成を目指すが、費用対効果の高い規制値を選び、かつ採用する技術が音、燃料消費量、安全率といった普遍的技術項目にマイナスとならないポイントを選んでいる。
 例えばNOxのみを規制すると効果の割にコストが高くなるので、NOx+HCを規制している。いずれにせよ内陸水運の曳船も、2004年以降、表II-6に示す排出規制に従うことになる。
 
表II-6 EPA舶用ディーゼル・エンジンの排気ガス規制値
出典: 40 CFR 94
 
エンジンのサイズ カテゴリー モデル年* THC+ CO PM
liters / cylinder , rated power NOx** ** **
disp.<0.9 及び出力≧37kW Category 1 2005 7.5 5.0 0.40
0.9≦disp.<1.2 全出力レベル Category 1 2004 7.2 5.0 0.30
1.2≦disp.<2.5 全出力レベル Category 1 2004 7.2 5.0 0.20
2.5≦disp.<5.0 全出力レベル Category 1 2007 7.2 5.0 0.20
5.0≦disp.<15.0 全出力レベル Category 2 2007 7.8 5.0 0.27
15.0≦disp.<20.0 < 3,300kW Category 2 2007 8.7 5.0 0.50
15.0≦disp.<20.0 ≧3,300kW Category 2 2007 9.8 5.0 0.50
20.0≦disp.<25.0 全出力レベル Category 2 2007 9.8 5.0 0.50
25.0≦disp.<30.0 全出力レベル Category 2 2007 11.0 5.0 0.50
*モデル年は、特定の基準が施行されるモデル年を示す
** 単位:g/kW-時
 
 曳船の環境上の第2の問題は、3-1節で述べた糞尿処理の問題であり、ロードアイランド州やウィスコンシン州等が自州の水域を非排出域と決定したことに対する対処である。大部分の内陸水運用曳船はホールディング・タンクを有せず、また、小型曳船ではホールディング・タンクを装備するスペースもないと言うのが本問題の出発点である。
 州が自州の水域を非排出域とするのは合法的であるが、それにはEPAの許可が必要である。CWAの指示に基づき、第1次具体的環境方針を立案する権限を与えられているのはEPAであり、EPAが示す基本方針に基づき、さらに細かい具体的方針、即ち舶用機器であれば仕様、設計、検査といったレベルの規則を作成するのはUSCGの役目である。(ただし大気汚染防止については最終規則までをEPAが作成し、USCGはEPAの型式承認を得たエンジンについて搭載後の検査を所管するに留まっている。)
 糞尿処理水のMSDについてのEPAの第1次方針は40CFR「環境保全」に記されている。40CFR 140の冒頭で、EPAは船舶にMSDを強制しないとしながらも、搭載するならばUSCGが33CFR 159で定める基準に合格するMSDを搭載することを求めている。
 40CFRでEPAが示している糞尿処理水の排出基準は下記である。
* 河川・湖等の淡水中にあっては、USCGのMSDは処理、未処理に拘わらず一切の排出を防止するものでなければならない。
* 上記以外の水面においては、USCGのMSDは貯溜、処理、排出の何れかの機能を持つものでなければならない。1980年1月30日以降、糞便性大腸菌が100ミリリットル中200個未満であり、見える粒子が1リットル中150mg未満であること。
* CWA 312に従って州は処理、未処理にかかわらず、完全排出禁止水面を設定することができる。この場合州は充分な陸上処理設備を有することを証する書面を添えてEPAに申請しなければならない。
 
 40CFR140を受けてUSCGは33CFR 159でタイプI、II、IIIのMSDを規定している。
 タイプIは33CFR 159の検査基準に従って検査したMSDからの排水の糞便性大腸菌が、100ミリリットル中1,000個未満であること、タイプIIは糞便性大腸菌が100ミリリットル中200個を超えず、目に見える粒子が1リットル中150mg以下であること、タイプIIIは処理、未処理にかかわらず、糞尿処理水を船外に排出しないことを条件に設計されたシステムと定義されている。
 さらに33CFR 159で、USCGはタイプI、II、IIIを備えた船舶が河川、湖等の淡水域及び完全排出禁止海面に入る場合は、排出を不可能とする装置を備えることを定め、その装置の詳細についても示している。
 タイプIとIIは処理程度の差であり、処理程度の高いタイプIIは化学的、生物学的処理装置あるいは燃焼機と組み合わされ、排出に際しては塩素その他の消毒剤を用いるものである。
 タイプIIIは船舶からの排出がない再循環式、燃焼式あるいはホールディング・タンク式であるが、最も一般的なのはホールディング・タンク式である。
 州がEPAに申請して、自州の非排出ゾーンが許可されれば、従来ホールディング・タンクを有しなかった曳船にもホールディング・タンクが必要になり、産業界に与える影響が大きいことは3-1節で述べた通りである。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION