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アキレス腱としてのハブ港
混乱的状況に対するJITの脆弱さ、およびその経済的インパクトについては広く認知されている。1996年3月にDelphi Chassis Systems の United Auto Workers(UAW)組合がオハイオ州デトロイトのブレーキ工場で断行した17日間のストライキを例に挙げると、このストライキでジェネラルモーターズ全社が実質的に操業不能に陥った。米国およびカナダ国内に点在する29の組立工場のうち22工場でラインが停止し、メキシコ北部チワワ州、、オハイオ州ロースタウン、オンタリオ州オシャワなど部品工場や組立工場の75,000人の従業員に対して日当が支給されない事態となった。23そしてこのストライキの結果、1996年第1四半期のカナダのGDPは0.5%下落した。24
 
 自動車販売のAuto Pacific社の予測部長David Andrea氏は「JITには余裕がなさ過ぎる。何か不測の事態が起きたとき、JITを採用した組立工場はいまや高々2〜3週間すら操業を続けられない」と語った。25
 たしかに、デイトンのブレーキ工場や石油精製プラントと同様、ハブ港もまたグローバル輸送網のアキレス腱と言える。1995年1月17日の阪神淡路大震災では神戸港が壊滅的打撃を被ったが、この出来事は格好のケーススタディ材料を与えてくれる。震災当時、神戸港は日本最大の国際貿易ハブ港であり、同時に主要な生産/ロジスティックス基地でもあった。
 
・ アジア各国から北米および欧州へ向けた貿易全体の25%を取り扱っていた。26
・ 金額(円)ベースで日本の総輸出の17.8%、総輸入の14.5%を取り扱っていた。27
・ 日本の総海上輸送の10%以上を取り扱っていた。28
・ 神戸を含む京阪神は日本のGDPの20%を生み出しており29、神戸はパソコン用フラットパネルディスプレイの世界需要の半分を出荷していた。30
 
 この地震が世界経済におよぼした影響について、4日後のニューヨークタイムズ紙は1面で次のように報じている。「震災の日本:神戸地震で混乱する世界貿易」31この記事は「地震の影響で神戸港は操業不能に陥ったが、その余波は今も世界各地で体感することができる。日米の企業は製品出荷がおぼつかなくなり、神戸港の閉鎖そのもの、および代替ルートが未確定であるという事実がドミノ効果を発生している」32
 
 しかし実際には、神戸港の閉鎖がグローバル貿易を完全に麻痺させるという最悪の事態はかろうじて回避された。神戸行きの船舶を日本国内の大阪、名古屋、東京、横浜の各港および韓国のプサン港、台湾の高雄港といった地方港に分散させることができたからである。神戸港の業務の大きな部分がコンテナの積み替えであったことも、世界的インパクトを最小にくい止めることができた要因の一つである。日本のほとんどの港および太平洋岸諸国でコンテナ取り扱いインフラの規格が統一化されていたため、コンテナ船の回港に伴う振り分けは比較的簡単で、遅延も最小限にくい止めることができた。積み替え港の選択は物理的なインフラではなく、コスト面によって決定していたのである。
 
 しかしこうした状況は、6000TEUコンテナ船の登場によって全て塗り替えられようとしている。「6000-TEU」という名前が重要なのはこの巨大船も、そしてこれを取り扱うコンテナクレーンも、阪神淡路大震災以前には存在しなかったからである。初の6000-TEU船が就航したのは1996年1月で、震災よりも丸1年後の話である。また、地震が京阪神を襲った当時、専用クレーンはまだ青写真の段階であった。6000-TEU船の登場によって、汽船会社は競争相手との間の飽くなき「巨大化」戦争に突入せざるを得なくなった。2001年現在、最大級のコンテナ船に積載可能なコンテナは7400-TEUに到達している。
 
 汽船運行会社は、コストに関する限り「大きいことはいいことだ」というキャッチフレーズが正しいということを認識している。4000-TEU船2隻と比較して、8000-TEU船1隻の方が建造費を低く抑えることができ、かつ年間の操業コストも20%節約できる。こうした経費削減予測により、Ocean Shipping Consultants(OSC)は最近のレポートで「2010年には全ての取り引きで8000-TEU船が主流になる」33と宣言した。1997年にこの予測が発表されて以来、目標は18,000TEUに上方修正された。ちなみにこれは、アジア - 欧州コンテナ貿易の大動脈であるマラッカ海峡の喫水の限界値に達している。現在この巨大船は設計段階であるが、マラッカコンセプトの責任者チームに属するオランダDutch Maritime Network財団会長兼Delft University of Technology大学Marine Engineering科教授Niko Wijnolst氏とオランダ西部デルフトのNaval Architectureの学生Marco Scholtensがその著書「Malacca Max(2): Container Shipping Network Economy」で力説しているとおり、このような超貨物船は大方の予想よりも遙かに早期に実現するであろう。34
 
 この宣言で注目すべき点は、こうした巨大船が増加する一方、これらを取り扱える港の数は減少するという点である。たとえば、北米西海岸では、現在発注済みの最新世代コンテナ船を取り扱える港湾はノヴァスコシア州ハリファックス、バハマのフリーポート、バージニア州ハンプトンロード、サウスキャロライナ州チャールストンの4港に限定される。しかも600-TEU超級の船が満載貨物状態で入港できるのはハリファックスとフリーポートの2港だけである。したがって、万が一の場合に船と積荷を拡散させる能力については、阪神淡路の時ほどの柔軟性は期待できない。6000-TEU超級の船を扱う条件を満たす港湾は数が少ないだけでなく、世界各地に点在している。6000-TEU超級の船はグローバル規模での固定的かつ定期的な配送スケジュールの要(かなめ)的存在であるため、ハブ港に万が一の事態が発生した場合には、その影響がドミノ倒し的に地球の裏側まで瞬時に到達することを意味している。
 
 図10はインターネット網のグローバル分布を示すサイバーマップである。通信ネットワークの細い線がサイバーユニバース内で編み目のようにキーノードに集注する様子は、航空産業のハブ - スポークネットワークや、海上コンテナ輸送網に酷似している。2000年12月に、世界最長の海底ケーブルがマラッカ海峡で切断した。原因は依然として不明だが、何らかの「航行物との接触」と推測されている。このときオーストラリア、シンガポール、インドネシアのネットワーク内部、さらにこの地域のサーバーに接続しようと米国、欧州をはじめ世界中からアクセスが集注し、Web網が混乱した。ビジネス活動の中断によって、ケーブルが復旧するまでに毎日100万ドル単位の経済的損失が生じる結果となった。この事故では、電話通信網を介して別の海底ケーブルにインターネットトラヒックを回送させることができたが、それでもルーティングの構造上、当時世界中のインターネット接続で通信速度の低下が観測された。35
 
図10 : インターネット網のグローバル分布を示すサイバーマップ
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   情報提供 : www.cybergeography.com
 
 ここで、世界で最も忙しく、コンテナ取扱量も世界一を誇る香港に視点を移そう。香港では1.2分に1隻の割合で船舶が入港または出航し、2秒に1個のコンテナが積み降ろされ、2秒に1人の旅客がフェリーで乗降している。36高度な情報通信ネットワークを活用しないかぎり、このように大量かつ多種多様な貨物を一度にさばくことは不可能である。香港の情報システムが事故または何らかの策略によって破壊された場合に、世界のコンテナ輸送網が確実に被るであろうカオスを想像していただきたい。当然ではあるが、その際の経済的損失の規模は周辺の港がどれほど迅速に香港のトランジット業務を吸収できるか、そして製造業がどれほど機動的に製造スケジュールを調整できるかどうかにかかっている。
 現在、世界各地のグローバル港は開港準備が進行中であるが、「ハブ港」競争に最終的に残った勝者たちの上にも、上述したような海運保安上の大問題がのしかかってくる可能性がある。このような現象により、海運保安用語には「フォーカルポイント」という新たな一語が付け加えられた。チョークポイントの概念と同様、フォーカルポイントは自由かつ秩序のある海上経済を脅かす一つの弱点である。フォーカルポイントは以下のような点でチョークポイントとは異なっている。
 
・ チョークポイントとは異なり、ある一定の大きさ以上の船舶はフォーカルポイントを迂回することはできない(積み荷を積み降ろししなければならない)。
・ 戦略海域やチョークポイントでは「航行の自由」や「平和通行」といったことが問題になるのに対し、フォーカルポイントでは「主権問題」が主な議題になる。
・ 使用不能になった場合に企業の在庫サイクルが被るダメージは、チョークポイントよりもフォーカルポイントの方がはるかに甚大である。
・ チョークポイントが閉鎖された場合と比較して、フォーカルポイントが失われた場合に経済が被る影響は遙かに予測不能かつ緊急である。チョークポイントに危険をおよぼす可能性があるのは「物理的」要因だけであるが、フォーカルポイントの場合は「電子的」、「物理的」の両側面から常に危険にさらされている。
 
チョークポイントの相対的な後退
 
 世界の貿易の流れの推進役として、またグローバル経済のキー要素としてハブ港が重要性を増す一方で、従来の地理的「チョークポイント」はその重要性を失いつつあるのかも知れない。あるいは今までも、我々が考えていたほど致命的ではなかったのかもしれない。チョークポイント閉鎖のシナリオでは、周辺国が大きな影響を受けるであろうとする見方に対して異論は聞かれない。ただし、チョークポイントを開けておくことの重要性を、これら周辺国ほど痛感している国が他に無いのもまた事実である。従来の考え方が間違っている点は、チョークポイントが閉鎖された場合に、領域外の経済が同様に被害を被ると仮定している点である。たとえば、南シナ海について解説するほとんどの文献で、ペルシャ湾から日本、韓国、中国へ輸送される大量の原油について触れられている。このことをあまりにも強調するあまり、南シナ海は「戦略的」であるとする見方が疑う余地のない常識として通用してきた。しかし、本当にそうなのだろうか。
 
 National Defence University(NDU)発行のChokepoints : Maritime Economic Concerns in Southeast Asia37の研究結果によると、マラッカ、スンダ、ロンボク、マカッサルの全ての海峡に加えて南シナ海が封鎖され、船舶がオーストラリアを迂回することを余儀なくされた場合、よけいに必要となる運行費は毎年80億ドル程度となる。これは1993年の海上貿易に基づいて計算された値である。余剰コストを算出する際、東南アジアのチョークポイントが1年間丸々閉鎖された場合を想定していることに注目してほしい。一部のチョークポイントが再開したり(ロンボクおよびマカッサルのみ)、完全閉鎖が3ヶ月または20日間に短縮された場合、余計に必要な運行費は大幅に少なくて済む。最悪の場合を考慮しても、1992年に米国を直撃したアンドリュー台風による損失、海賊版ソフトウェアの流通により1995年内に世界中で生じた130億円の損害などと比較すると、80億ドルという値でさえはるか後方に霞んでしまう。38
 
 また、この文献によると国家レベルで見た場合、ペルシャ湾の原油および天然ガスの輸送がオーストラリアを迂回することを余儀なくされた場合でも、日本のエネルギーコストに追加される金額は年間15億円程度に抑えられる。一方、南シナ海ルートだけが封鎖された場合、ペルシャ湾産の原油代金として日本が余計に払う金額は年間2億円である。いずれにせよ、日本の総エネルギーコストと比較して、上乗せ分は微々たる金額である。実際、日本の年間の原油輸入額は原油価格や為替レートなどの変動で500〜1000億ドルの間で変動し、その値を予測することは困難である。1995年1月17日の阪神淡路大震災で日本が被った経済損失と比較しても、この値は霞んで行く。復旧費用は900〜1500億ドルと報告されているが、再建のための公共事業への歳出増加などで日本の工業生産およびGDPはむしろ上昇した。39
 
 NDUの研究結果はさらに、これら東南アジアのチョークポイントを通過する米国の直接貿易額がさほど大きな金額ではないことを指摘している。1993年に東南アジアのチョークポイントを通過した米国の輸入額は米国の商品貿易額の3.3%、輸出額は同4.5%であった。この値は2000年に至るまで比較的安定している。しかし、より特筆に値するのは、航路の迂回がこの地域の経済大国(すなわち日本、中国、韓国)におよぼす経済的インパクトが比較的小さく抑えられる点である。実際、こうしたコスト面での障害は、各国の関税、その他税金や外的要因と比較しても遙かに少額である。ただし、海峡閉鎖の経済的インパクトには耐えたとしても、たとえばASEAN加盟国間の安定といった間接的な経済利益には、介入に値する強力な根拠を見いだす可能性はある。少なくとも、ペルシャ湾から日本、中国、韓国への原油ルートを確保するために米国が直接介入に踏み切る可能性は極めて低いと言える。40
 
 従来型のその他チョークポイントについても同様のことが言える(パナマ運河、スエズ運河、ジブラルタル海峡など)。たとえば、穀物、鉄鉱石、石炭、原油といった「戦略物資」についてアフリカ大陸の南端、喜望峰を迂回する積み荷はスエズ運河を通過する量をすでに4:1で凌駕している。事実、北米、中南米、ヨーロッパ北部に向かうペルシャ湾産原油の実質的に全量が、VLCC(Very Large Crude Carriers - 超巨大原油タンカー)に積載され、喜望峰を迂回して目的地に向かっている。そもそも、これらVLCCは喫水制限のためスエズ運河を通過できないのである。41
 
 世界的な造船技術の発達およびスケールメリットを重視する運行経済学を前にして、スエズ運河と同様、パナマ運河も地位を失いつつある。今日、アジア、欧州、および米国東海岸の主要商業航路を往来するバルクキャリアの17%、コンテナ船の47%はパナマ運河の水門を通過することができなくなっている。42さらに、1999年1月以降に発注されたコンテナ船の60%以上がパナマ運河を通過できない巨大船である。43
 
 過去のチョークポイントとなりつつある海峡や運河に代わって、インターネットやハブ港が将来のチョークポイントとして台頭している。すでに、世界の大国は情報システムおよびサイバースペースを管理、防衛するべくハイテク戦争を展開している。そして、米国はその経済力を背景に、他のどの国にも増して世界における地位を強化すべく奔走している。シンガポールのようにインターネットまたはハブ港が閉鎖された場合、経済および株式市場の混乱は必至だが、仮にパナマ運河またはスエズ運河が閉鎖されたとしても各経済指標はほとんど影響を受けないであろう。
 
 しかしこのような考え方には、経済的な理由からチョークポイントを開けておくことの重要性を説く一派からは反論もあるようである。そのような場合、彼らは必ずと言っていいほどホルムズ海峡を切り札として持ち出すが、世界の石油輸出の要として、ホルムズ海峡が海上貿易の重要なチョークポイントであることについて異論を唱える者はだれ一人としていないであろう。ただし、全世界の石油埋蔵量の2/3が集中する油田に近接している上、全世界の余剰生産力能力のうちペルシャ湾以外の地域が供給できる割合はわずか10〜20%である。このように、ホルムズ海峡が非常に特殊なチョークポイントであるということを忘れてはならない。これら2つの条件を抜きにして、ホルムズ海峡は現在のようにグローバル経済に影響のあるチョークポイントではあり得ない。
 
 さらに、ホルムズ海峡の「石油」というキーワードがあまりにも広く、かつオールマイティに用いられるために、大量の原油が関与するチョークポイントならばどこでもホルムズ海峡と同様の重要性があるはずだという錯覚を起こしがちである。まず第1に、この仮定ではホルムズ海峡の地理的な特殊性が考慮されていない。すなわち、毎日1800万バーレル(mbd)を超える量の原油がオイルタンカーに積み込まれ、この海峡を通ってペルシャ湾外へ運び出されているが、これらのうち65%または11〜12mbdについては、近隣の代替積み出し基地に振り分けることができない。このような特徴は、ここ以外どのチョークポイントにも見られない。第2に、石油と等しく重要であるにもかかわらず、原油の場合のような「政治的」扱いを受けていない鉱物、物資は他にも存在する。第3に、特定のチョークポイントを大量の積荷が行き来していたとしても、そのこと自体では、チョークポイントで何かが発生した場合に船主たちが対応を求めるとは限らない。理由は技術的、操業的、場合によっては安全上の拘束条件よりもむしろ市場の状況に関係している。チョークポイントを通過するかどうかの判断は、純粋に市場の要請次第である。たとえば次のような問題点のうちどれか一つまたはそれ以上が一度に発生したとする。
 
・ バンカー(海上輸送燃料)価格が一本調子に値下げ
・ 極東市場での原油需要の増大
・ 環境クリーンアップ作戦の資金を調達するため、マラッカ海峡を通行する船舶に対しASEANが新たな課税を決定
 
 上2つの項目が生じた場合、当然の判断として一部の船主はマラッカ海峡の喫水制限を超えるタンカーを他の航路からこちらへ回し、ロンボク海峡経由の遠回りで運行させるであろう。6ヶ月前と比較して中近東 - 極東航路はスポット用船料が上昇しているため(運送需要が高まっているため)、燃料費の多少の増加(航行日数が3〜4日延びる程度)は吸収可能と判断した結果である。第2は関税を高く設定しすぎた政治判断の結果で、この場合、より多くの船主がロンボク航路を選択せざるを得なくなる。いずれにせよ、船主は(自社の収支に直接影響する)市場の状況を見ながら航路の選択を行っている。ロンボク航路が閉鎖された場合も、同じ考え方が通用する。
 
 チョークポイントの経済的価値を算定する基準として、不測の事態が生じた場合、通過に要する時間が延びることにより単に貿易が遅れるだけで済むか、それとも全く市場に到達できなくなるかは、海上貿易コミュニティがいかに迅速に対処できるかにかかっている。ホルムズ海峡は例外として、その他のチョークポイントは通常、このうちの前者に分類される。東南アジアおよびその他のチョークポイントを通過して行われる貿易および海上運送に関する方法論の解析結果は、分散化シナリオで必要となる輸送力の増加分をさばくだけの十分な配船能力がある限り、閉鎖が実施されている地域以外の経済に対して航行日数の延長によるコストの増加がもたらす影響は無視できる程度である。輸送コストの増加が原因で貿易が完全にストップしてしまうというシナリオは考えられない。このことは、1956〜57年および1967〜75年にかけてのスエズ運河の閉鎖に実例を見ることができる。どちらの閉鎖時にも、経済的な理由から実力介入を行うような動きは見られなかった。何故か。理由は単純である。金銭的にも政治的にも、グローバル経済が負担するコストの上昇を最小限に抑えるため、海上輸送市場は船舶を大型化するという方法で対応したのである。
 
海軍に対する影響
 
 海上取り引きの安全確保および警察活動は歴史上、海軍の最も基本的な存在理由の一つであった。今日、船舶業界の多国籍化に歯止めがかからない状況下では、各国海軍は立場的に難しいところに置かれている。というのも国境の概念が薄れ、世界中でグローバル化が進行しているにもかかわらず、海軍は依然として国単位の政治任務を遂行する機関として機能しているからである。つまり、国の政策の関与する範囲が徐々に自国の領海から外へ移行しつつあり、その結果、領海外の要因やグローバル市場が国家の行動方針に影響することがますます増えている。44
 
 各国政府 -- すなわち海軍にとって困難な点は、上記のような状況の中、いまや自国の単独利益だけを行動の基準にすることが非現実的になりつつあると認めざるを得ないことである。これは全く異なる文化を受け入れることを意味しているが、改革に対する組織の抵抗は並大抵ではない。海軍がこのようなドラスティックな変化の波を乗り切るには、まず第1ステップとして「問題点」を認識すること。そしてそうした問題点の数々を組織に反映させるか、または取り込んで行くことである。そのためには、政治家や海軍首脳は従来型の危機 -- つまり政治的または軍事的な危機から、複数のシナリオが動的にかつ予測困難に絡み合った複合的危機に視点を移し、海軍的な危機以外の危機に対処できるようになる必要がある。このようなケースでは多くの場合、複数国、複数組織の共同作戦の中で海軍も作戦に参加することが必要になる。
 
 海上経済の国際化を考慮すると、自国の経済的利益を適切に防衛するためには、地球上の全ての国が地球上のあらゆる地点に戦力を投入できる海軍を持つことが必要になる。たとえば、全世界の原油輸出の約半分が中近東で船積みされていることを考えると、実質上すべての国がペルシャ湾発のタンカー貿易が破壊される危険にさらされていると言える。
 
 地球儀をざっと見回してみると、そのような海軍能力を保有する国は数ヶ国しかないことが分かる。実際には、従来の海軍力の理論に照らし合わせて現状で該当しているのはアメリカ海軍だけである。そのアメリカ海軍でさえ、予算の減額に直面している。各国海軍の選択肢は明確である。すなわち多国間協力の道を模索するか、戦力投入の基盤整備に予算を投入するかである。現実的な選択肢としては前者しかあり得ないことが明白である。というのも、真に地球的規模の海軍を建造し、かつ維持する経済力を持つ国は極めて限られているからである。
 
 このように、国益で一致するところの多い国同士が協力して、領海を遙かに越えた海域で海軍力を行使できるように協力シナリオを共同で策定することが必要になる。そのような取り組みを通じて交易の制限、港湾や海峡における機雷敷設、海賊行為、不法移民、麻薬密輸、武器拡散、漁業協定違反、核廃棄物の不法投棄等、さまざまな問題に対処することが可能になる。経済のグローバル統合が続く中、貿易内部だけに留まらず今日では銀行業、製造業、資本市場などがすべてリンクしているため、地球上のいかなる地点で発生した事件であっても、なだれ現象的に海上危機につながる恐れがある。21世紀に入っても有効なひとつの外交手段として海軍力を維持するには、各国は海軍同士を「水平連携」させることが必要不可欠である。
 








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