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1 島原街道筋の観察と町家の実測調査
調査研究目的
 島原で観光資源として注目されている茅葺屋根の武家屋敷と並んで、庶民住宅、ここでは特に商人の住宅「町家」も島原をあらわす文化のひとつである。しかし武家屋敷とは違って町家の建築史的立場からの調査研究は進んでいない現状にある。
 本研究では、島原町家の建築史の研究をO(ゼロ)から1にするために、基礎研究として編年研究をおこなう。また、島原は「島原の乱」でも知られるようにキリシタン弾圧という歴史を重く背負っている地域である。この歴史が島原の民家に何らかの影響を及ぼしているのではないか、といった観点から町家を考察することによって、日本さらには世界宗教史的に大変意義のある成果が期待できると考える。
 以上の問題意識のもとに、調査研究を進める。この研究によって島原の町家の重要性、貴重性を明らかにし、島原の文化的財産をもう一つ増やすことを眼前の目標とする。
調査研究対象
 対象地域は島原城近辺の白土町、桜町、加美町、上の町とし、基本的には島原街道沿いの町家を研究対象とする。本来、島原街道は大手門から南へ向かって万町、堀町を通り、中堀町で西に折れ白土町で再び南へ向かう南目道と、大手門から北へ向かって上の町を通る北目道に分かれている。しかし現在中堀町、堀町、万町にはアーケードが掛かり、町家の正面も看板が覆い、外観からの調査が困難であったため、万町から一本西に平行する桜町、加美町の道筋を調査対象地区とした。(下地図参照)
 
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調査対象地区地図
 
調査研究順序
 1 調査対象地域内の物件157軒について建物の外観調査を行い、台帳を作成する。
 2 作成した台帳をもとにして、町家を分類し、類型表を作成する。
 3 台帳と上記分類表を参考に実測調査する建物を選択する。
 4 実測した建物の構造形式をまとめる。
 5 1〜4により、編年指標を選び出す。
 6 編年考察をし、島原の町家の形式の変遷を追う。
 7 町家の変遷とその社会背景を考察し、島原の町家の特徴を明らかにする。
島原街道筋の外観調査
 まずは、われわれが定めた調査地区の、町なみを構成する町家の概要を把握するために、街道に面する全物件157軒に番号を付け、写真撮影し、調査台帳を作成した。番号は街道の西側を南端から北端へ進み、続けて東側を同じく南端から北端へ割り付ける。台帳には外観から確認することのできる主屋の建築形式を記入した。台帳の項目については以下に述べる。
台帳各項目の説明
台帳番号 この番号は街道に面して町なみを形成している建物に付けた。主屋とともに附属屋にも付けた。空地には付けてない。
所在地 ゼンリン住宅地図2001年版を参照。
所有者 ゼンリン住宅地図2001年版、2000〜2002年版のNTT電話帳を参照した所有者名。
用  途 聞取りや看板、ゼンリン住宅地図2001年版などを参照した、商店や事務所、住宅等、現在の用途。
建築年代 建物の建築年代とその根拠。年代不明なものは本研究調査結果や聞取りなどから総合的に推定した。
構造・階数 建物の主体部の構造で、木造、その他(RC等)に分類。階数は平屋建、つし二階建、本二階建に分類。
間  口 外観から、間数で数えた間口。なお1間=6尺5寸とする。
屋根形式 切妻、入母屋、寄席棟など屋根の形式および妻入・平入の別。
屋根葺材 桟瓦、トタンなどの分類。本瓦はない。なお、瓦屋根の場合は屋根漆喰を塗るか否か。
前面下屋 主屋の前面につく下屋の深さ。主屋背面にも下屋はつくが、街道からの今回の観察では主屋正面のみを対象とした。
壁  面 大壁、真壁、新建材など壁面の分類。一階部に改造が多いため、主に二階壁面とする。
軒塗込め 軒裏を塗込めているか、塗込めず垂木木部を見せているものに分類した。次に塗込めは、波うつように塗込めるものを波型、垂木を直角に塗り込めるものを角型、平らに塗込めるものをベタ塗りの3つに分類した。
正前坪庭 街道に面し坪庭を設けるか否か。坪庭は主屋正面上手側に設ける。坪庭を塀で囲み、街道側に門を開く形式もある。ただ、正面上手に部屋を突出させる町家は、この部屋と正面下手の下屋との間に坪庭を設ける。坪庭をもたない町家は、主屋正面の全面に下屋を下ろす形式のものである。
二階窓 二階壁面に虫籠窓があるか否か。虫籠窓の形式はもっこう型と角型があり、さらに鉄格子があるか否か。虫籠窓でない場合は、窓の枠が木枠かサッシか。
大棟端隠 大棟端隠の種類。鬼瓦、雲形、丸瓦など。鳥衾が付くか否か。
 
 なお、伝統的な形式の町家の一覧表は前述参照。
島原街道の町なみ構成要素
 以上、外観調査により町家一軒一軒を網羅し表にまとめることで、街道筋の町なみを構成する具体的要素をよみとることができる。島原街道に残る「伝統的町家」の姿が見えてきた。
 その特徴はまず、桟瓦葺き屋根で平入の主屋である。武家屋敷のように茅葺屋根の町家は残っておらず、桟瓦葺の町家が町なみの特徴である。
 加えてこの地方では、台風や雨が多いことから瓦の合わせ目に漆喰を塗りつめて施工する。雨漏りを防ぎ強風や振動で瓦が飛んだりずれ落ちるのを防ぐためであるが、黒い瓦屋根に白漆喰が映え、これも町なみの構成要素のひとつとなっている。なお寺院に見られるような本瓦葺の町家はみられない。
 もうひとつの特徴は、大壁造で白漆喰塗り仕上げの伝統的町家が多いことである。敷地いっぱいに建物を建て密集するこの地域において一番恐ろしいのは火事である。島原においても火事への対策として、外壁を大壁造に漆喰塗りで仕上げ、軒裏も同時に塗込めることで防火策とした。これも重要な町なみの特徴的な構成要素である。
 
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軒裏 波型塗込め
 
 また二階の窓が非常に小さいことも特徴である。つまり二階の高さが低いのである。一般的に、民家史において二階の発達は時代が下るとされており、二階の高さが低い町家は本二階建になる前の古い要素であることが想像できる。また大名が通る道として高い建物が制限されたという言い伝えもあり、社会背景も影響するだろう。
 さらに建物の正面に必ず下屋が付くのも特徴的である。その深さは半間程度から二間以上と深いものもあり、いずれにしても主屋前面に必ず付く。
 いくつか伝統的要素とその特徴をあげたが、これに当てはまらないものもある。たとえば、妻入の建物や、真壁の建物、本二階建の建物などである。これら新しい要素は、古い要素を考察するうえで参考になる。
 本研究では第二次世界大戦終戦以前(昭和20年以前)の建物を「伝統的町家」とし、江戸時代から明治・大正時代を経て昭和初期までの島原の町家の変遷を追う。
伝統的町家のタイプ分け
 実際に町なみを歩きながら観察を繰り返し、作成した台帳や表を検討する中で、島原の町家を分類することができた。まず、伝統的町家とそうでないものに分類する。次に伝統的町家は、平入と妻入に分け、平入はさらにA、B2種に分類できる。妻入をCとしてこの伝統的町家3タイプと、伝統的町家でないものDとあわせて4タイプに分類できた。
Aタイプ(正面坪庭付平入町家型)
 切妻あるいは入母屋造桟瓦葺き平入で、大壁造漆喰塗り。主屋の下手側半分に深い下屋を出し、この分主屋主体部分が街道面より後退する。上手側半分の前面には坪庭を設け、これを囲むかたちで、街道に沿って門や塀などが付く。
 
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伝統的町家Aタイプ 小松屋








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