日本財団 図書館


秋田市文化会館
安立 弘子 (報道広報班 記録係)
「綺麗なものとの出会いが」
 待ちに待っていたWG…。
 開会式だけは、どうしてもこの目で見たいと思い、子供と出掛けました。
 その日の空はまさに大会日和、灼熱の太陽の下、人々々で埋め尽くした競技場は、世界大会にふさわしい雰囲気で一杯でした。
 澄み切った青空に、まるで、トンボが飛び交う様に舞い降りて来たパラシューティングの選手達。そこで見た次から次へと繰り広げられる光景は、日常からかけ離れた華麗で重厚なもので胸が熱くなる程の感動を覚えました。
 私は、文化会館でボランティアをしました。業務上、本部でパソコンのそばにいる時間が多かったのですが、そこで、とても綺麗なものに出会いました。
 それは、大会2日目の事でした。メールで競技結果を送信していた人が、送信後、透きとおる様な綺麗な声で「ありがとうございました。」私はその音色の美しさに思わず振り返ると、そこにはアメリカのメディアの黒人男性がおりました。(何と綺麗な日本語なんだろう!!)彼の美しい日本語に心が洗われるのを覚えました。私は翌日も送信に来た彼に聞いてみました。「どうしてそんなに日本語がお上手なのですか?」…と。
 彼は日本に通算して8年在住し、大阪にも2年いて大阪弁も出来るという。3日目、その弁を聞きたくて彼の来室を待っていましたが、もう、文化会館に彼の姿はありませんでした。
 大会前、私は、‘楽しかったねっ!’‘ヤッタねっ!とみんなで喜び合えるような大会になることを願っておりました。その通りの世界大会であった事にとても喜びを感じております。
 この大会に携わった全ての皆さん、お疲れ様でした。
 そして、ステキな思い出をほんとうにありがとうございました。(^^)
黒崎 博正 (総務班 受付販売係)
「一致団結で」
振り返ってみると、受付担当9人、研修の度にこれで大丈夫かと心配したが、いざ本番になると一致団結で見事やり遂げたことが一番感動しました。
すばらしい仲間に感謝・ありがとう。
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N.S (総務班)
 私の配置場所が選手の練習場入口でした。とてもラッキーでした。
 ボランティアをやってるからこそここまで選手に近づけるのだと。最高ですよね。
斎藤 和子 (施設管理班)
「もっとPRして」
 ワールドゲームズがとてもよく出来て嬉しく思いました。
 開会式good。
 ボランティアand festival good。
 ただ、広報誌や何かでもっとPRしてほしかった。
 終わった後で、何処でやっているか知らなかったと申される方がだいぶおりましたので。
遠藤 おさむ (競技記録班 速報係)
「国籍を問わず「とにかくみんながんばれ」」
 献血以外にボランティアらしいものをしたことのなかった私にとって、地元で開かれるWGは、ボランティア参加の絶好の機会でした。たまたま、選手を間近で見ることのできる業務に配置されたのですが、おかげで、試合直前まで続けられる各選手の体力限界までの必死の調整、コーチらのサポート、そして試合後の喜びと悲しみの表情などを見ることができました。
 試合前は「がんばれニッポン」とか「ぜひ秋田の選手に優勝してほしい」という気持ちを人並みに持っており、実際日本人が優勝・入賞するとうれしかったのですが、あの舞台裏を見ると、国籍を問わず「とにかくみんながんばれ」という気持ちが自然にわいてきます。その後テレビ等で、日本の勝敗のみを強調した報道(WGでも、サッカーなどでも)を目にすると逆にしらけてしまうくらい、私の中のスポーツ観が変わってしまいました。ボランティアとしての私が大会に本当に役立ったかは大いに疑問ですが、個人的にはとても楽しませてもらい、「なんで応援しなかったの?」と職場の同僚に問いかけたいくらい、すばらしい経験でした。ぜひ2009年以降の大会も秋田に誘致して下さい。
 ところで、大会組織委員会でも魁新報社でもいいけど、スポーツグラフとか公式記録集のようなものは販売しないんですか。ぜひほしいです。
 ほしいと言えば、事前研修での弁当はいらなかったから、その分のお金で、青いアミのベストのようなヤツを全員に配ればよかったのに…と思った。
佐々木 礼子 (施設管理班 清掃美化係)
「ここちよい汗を流せた5日間」
 世界の多くの国々からやってくる選手や役員フォリナーと身近なところで触れ合いができる、一生のうちでもなかなか体験できないことをワールドゲームズのボランティア活動でさせていただきました。
 私共の担当は、文化会館の施設管理班清掃美化係でした。ボディビルディングとパワーリフティングの競技会場であり、いずれも筋骨たくましく、美しい肉体美を競う競技を清掃美化で各フロアをパトロールしたときに垣間見せていただきました。
 ボディビルディング2日目競技終了のあと、選手控室の清掃の折、入賞してメダルと花束をもっていた選手に“コングラッチレーション”と声をかけましたら、彼は無言で私の手にピンバッチを握らせてくれました。バッチをみたら何とスロバキアの旗のバッチで、彼はミドル級で銀メダルを獲得した選手でした。今回のボランティアで一番感激した出来事です。
 一緒に活動した班のチーフやメンバーの方、みんな一生懸命誠意をもって業務に取り組み、ここちよい汗を流せたこと、ほんとうに楽しい5日間でした。
森 綾子 (総務班 受付係)
「年齢、職業をこえた繋がりは財産」
 楽しかった秋田WGは、あっという間に閉会してしまいました。ボランティアとして大会のお手伝いをさせていただいたことは他では得られない貴重な経験です。
 また、大会を通して様々な人と出会いました。 年齢、職業を越えた繋がりは財産です。
 これらは糧となり、又、これからの私の前進に不可欠な原動力となることと思います。
 本当にありがとうございました。
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小林 裕紀 (総務班)
「国境をこえたたくさんの人達との交流は素晴らしい」
 私はパワーリフティング競技のボランティアをしました。仕事は選手や関係者のみなさんに弁当を配ることでしたが、笑顔で対応することができました。時々、選手や関係者のみなさんが伝えようとしていることが、言語の違いにより理解できない場面もありましたが、無事にボランティアをやり遂げることができてよかったです。
 このボランティアは私にとって、国境をこえたたくさんの人たちと交流できた、素晴らしい経験となりました。
 また、このような国際的な大会にボランティアとして参加できたことを光栄に思います。この経験をこれからの生活の中で活かすことができればよいと思います。
 とても楽しい、心に残る2日間となりました。みなさん、お疲れ様でした!!
武野 誠悦 (警備交通班)
「他のボランティアの生き生きした仕事を見て元気づけられた」
 私は警備交通班でした。最初は、駐車場の誘導の仕事をしていて、直接、選手と関わり合うことがなく、つまらないと思ったけれど、他のボランティアの人が生き生きして仕事をしているのを見て、元気づけられました。
 ボランティアをする前は、きっとみんな10代の人達だろうと思ったけれど、40代〜70代のボランティアがたくさんいてとても楽しかったです。
佐々木 奈緒子 (医事救護班)
 世界大会の現場でお手伝いできたことが嬉しかったのはもちろんですが、日常生活では出会うことのなかった人たちと一緒に活動できたことが一番心に残りました。
 石戸谷さん、加藤さん、お世話になりました。楽しかったです。
石垣 圭子 (清掃美化係)
 最初は不安だったが、やってみてとても楽しかった!
佐藤 秋栄 (広報班)
「大阪の人と今もEメールで」
 ワールドゲームズ秋田大会無事閉幕おめでとうございます。早くも1ヵ月経過しました。又、私を含め大勢のボランティアの皆さん、大変ごくろう様でした。遠くは、外国から、又、私と同じ班には、大阪からいらした会社員がおりました。あの熱意には感服しました。今は電子メールにて連絡を取り合ってます。
 これもワールドゲームズのボランティアに参加したおかげです。満足してますと共に、別の機会に、再度ボランティア活動に参加したいと思ってます。
佐藤 由美子 (受付係)
「日常生活にはないおもしろさ」
 私は、今回初めてボランティアに参加しました。 知らない人たちの中でやっていけるだろうかと心配しましたが、私の班の人たちはみんないい人ばかりで最後まで仲良くすることができました。
 受付係という常に人前にいる仕事も慣れてくると自信も出てきて、日常生活にはないおもしろさを感じました。
 心残りといえば、英語が話せないため外国の方々と交流を深めることがいまいちできなかったことです。私の班は受付で語学ボランティアの人が多く、話をしている姿を見て「かっこいいなー、すごいなー、うらやましー」とずっと思っていました。自分も話せたらボランティアの幅も広がったのではないかと思いました。
 最後まで参加できて本当によかったです。楽しい思い出をありがとう。
 これからもいろいろなボランティアに協力できたらうれしいです。
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阿部 秀一 (警備交通班)
「秋田ワールドゲームズ2001に参加して」
 私が、ワールドゲームズ2001のボランティアに応募したのは、平成11年であったと思います。事故に遭い、車いすでの生活で障害があるので、ふだんはボランティアの方々の手助けやお世話を必要とすることがあり、自分にできるボランティの機会があれば挑戦してみる、と心に決めていたので申し込みをしました。
 開会式では総合案内係で、目の回る忙しさとはこのことだと思いました。仲間の人たちが交替して、案内係をしていたので楽しく和気あいあい、笑顔を忘れず、秋田県民にも外国人にも県外の人にも良い印象を与えたのではないでしょうか。開会式が始まる時間には、総合案内役も交替で開会式を見に行くことができ、あの会場の開会式のすばらしさは言葉や文章では表すことができない感動でした(えがったしなあ)。
 文化会館でのボランティアは、4日間でしたので気分的にゆっくりと肩を張らずにできたと思います。会館では、外国の方にまず「ハロー」と手をあげながら、片言の話や握手ができました。自分が知っている外国語はあまり通じないので、身振り手振りで意志が通じたようでした。やはり良い思い出になりました。
 私の場合、車いすでのボランティアなので、テレビや新聞社の取材が多く、ラジオにも後日放送に出て思い出の多いボランティア活動でした、我が人生最良の日々であったと思っております。
 私は、現在60代後半の年代ですが4年後のドイツ開催のワールドゲームズに観客として行きたいと思っています。この思い出とワールドゲームズのボランティア仲間との今後の交流を大切にして、これからも元気で生き生きと生涯現役でいきます。
 車いす障害者ボランティア・秋田ワールドゲームズ万歳です。
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まあちゃん (競技記録班)
「秋田が大好きに」
 5日間のボランティア活動の最終日、最後に会場全体のボランティアで集まったときに、「終わってホッとした。」というよリも「もう終わってしまったのか。」と少し寂しくなりました。それくらい今回のボランティアは私にとって充実したものでした。
 私は県外からの参加だったのですが、今回の大会は「秋田みんなで盛り上げていこう!」といった大会だったと思います。ボランティアの方だけではなく、街を歩いていてもそのことが伝わってきました。非常に素晴らしいことです。
 ほんの一部ではあるけれども、自分もそこに関わることができたことを嬉しく思っています。秋田が大好きになりました。
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池田 里美 (警備交通班 観客整理係)
「たくさんの人に出会えて良かった」
 私はこのワールドゲームズのボランティアに参加して、色々な経験をすることができました。その中で一番よかったことは、沢山の人に出会えたということでした。
 同じボランティアの皆さんや選手の方など、数日間で多くの人と友達になることができました。年齢がだいぶ上の方や選手の方で言葉が通じない方もいましたが、なんとかすれば自分の思いが伝わるということが分かりました。お会いした皆さんがとても親切で優しく、活動していてとても楽しかったです。
 また、世界で活躍している選手の競技を目の前で見ることができ、とても幸せだと思いました。私はとても興奮していてサインもお願いしてしまいましたが、快く微笑んで対応してもらい感動しました。
 ワールドゲームズのおかげで、前よりも「秋田」が有名になったと思いました。
 でも、秋田の人はワールドゲームズがどれほどすごい大会なのかあまり知らないので、それが少し残念でした。
 最後に、このボランティアに参加でき、本当によかったと思いました。
 事務局の皆さんは何かと大変だったと思います。本当にお疲れさまでした。ありがとうございました。








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