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訪問看護ステーション中井から [9]
在宅ホスピスケアの現場から見たケアマネジメント
所長 吉村 真由子
 
 介護保険が始まって以後,「ケアマネジメント」という言葉は,ケアマネジャーによっておこなわれる制度的経済的なものと思われる方が多いのではないでしょうか。しかし,この「マネジメント」という言葉は,身体的精神的苦痛に対するケアマネジメントという文脈で,ケアの現場から見た場合,ケアに関わる誰もが日常的に行っていることといえるでしょう。
 医療のみならず,看護や福祉の分野においても,一人の人間をより専門分化した対象としてみる傾向が浸透しつつあるのは気になるところですが,一方で在宅ケア産業の発達により,在宅療養がしゃすい環境が作られ,利用者にとってはケアの選択肢が増えてきています。それゆえ,現場においてはますます,制度的経済的,医療的,福祉的,などさまざまな観点からのケアを有機的につなげた,トータルケアマネジメントが求められてもいるのです。
末期患者さんへの入浴サービスの例
 ひとつ具体例をご紹介いたしましょう。これまで,訪問看護だけでは難しかった末期の方への入浴は,訪問入浴サービスの専門の方によって可能になりました。組み立て式のお風呂桶をベッドサイドに持ち込み,看護職と福祉職の3人一組で,対象者を寝かせたままの状態でリフトに乗せて浴槽につかってもらえるのです。先日も末期癌の方で,ひどいだるさと体動時の痛みで起き上がるのも大変という状態の方が,「お風呂に入りたい,できればその前に髪も切ってもらいたい」とご要望されました。訪問看護で行うには限界があると思い,訪問入浴の専門の方にお願いしたところ,すぐに予定を組んでくださいました。また,訪問で散髪してくれる方をお願いするために,行政機関でボランティア(有償)の登録をされている理容師を急いで探していただきました。散髪の後,訪問入浴でお風呂にも入れたことで「入っている間は,痛みやだるさから解放された感じをもてた。髪もさっぱりした」と喜ばれていました。なんとかまた入浴したいとおっしゃっていましたが,次の予定日には入れる状態ではなくなってしまいました。
ご利用者の意志を第一に
 訪問入浴の事業者の方に,一度しか利用できない方をお願いするのは心苦しいのですが,利用者の気持ちを尊重したいと思ってくださるかどうかを確認していくことから,チームケアが始まります。私たちは常に起こりうることを予測しながら,ご本人が苦痛のないように過ごせるよう一つ一つの症状について考えていくと同時に,生活する中で必要なケアを助言していきます。そのために,利用者ヘケアを提供しようとするさまざまな職種の方たちと話し合い,「利用者の意志を尊重することを第一に考えていこう」とする私たちの姿勢を,少しずつでも伝えています。そのことによって,よりよい地域ホスピス・チームケアが実現していくものと思います。
 ターミナルケアの現場では,この他にも,社会的な(例えば,人間関係や障害,性や差別,権力,環境等の),あるいは文化的な(例えば地域や国による死に対する考え方の違いや宗教等の)違いによって生じる個人の苦痛の固有性に直面することがあります。それらを私たちがすぐに解決しようとするのではなく,よい聴き手であること,相手の文脈によりそえる人であることによって,少しでもトータルな個々人の痛みを受けとめられるのではないかと思います。そのあとは個々の専門家に手渡したり,それらを少しずつ結びつけていくことで,単なる「マネジメント」ではなく,有機的でトータルなケアの"智"を求めていきたいと考えています。








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