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地域医療と福祉のトピックス その42
海を越えて,これからの人生を豊かな意義あるものに
(財)日本シルバーボランティアズ 理事  羽賀 慧
定年前の決意と脱皮
 私が36年間勤めた会社を定年退職してから,早いもので7年が経過した。定年前に私が思考したことは,自分に残された人生の月日,およそ20年間をいかに有意義に過ごすべきかということであった。余生を悠々自適とやらで無為に過ごせば,おそらく頭が老化してボケか,身体が鈍って不自由になるか,目的のない生活で気力を失い死ぬか,三つのうちのどれかになるとの恐れがあった。
 人間は血縁,地縁,職縁,同好の人達と関わって生活をする生きものである。集合・集団への帰属を求める意識は,持続的な相互関係を維持することによって安定を図ろうとする自己防衛本能の働きだと思う。そこで,新たに地域の人達や集団に加わり,自己実現を目指して我が人生の完成期を充実させようと決意した。
 自然界の爬虫類・昆虫類などが成長するにつれて脱皮をするとき,新しい皮や羽は古い皮の下に既に準備されている。目的と時間をかけて周到な準備がなければ,人間も新しい環境に適合することは難しい。
 会社では,入社時から一貫して営業部門に所属していたので,特に人に教える専門技術も特技もなかった。あえて資格と言うならば,学生時代に取得した教員免許状ぐらいであった。若き頃に一旦は教師を志したこともあり,それと関心を持っていた国際交流での仕事と重ね合わせて,日本語教師のライセンスを取得しようと決意した。
 都内にあるS日本語学校に入学したが,まだ定年前で,毎週土曜日だけの集中講座に出席し,日本語教授法を履修して教師の資格を得た。
シニアの海外ボランティア活動
 私は定年退職したその月のうちに,東京神田にある(財)日本シルバーボランティアズ(JSV)を訪れて,日本語教師としての会員登録を済ませた。そのときにJSVが事務局スタッフの募集を行っていたので,後方支援も悪くないと考え同時に応募した。その結果,縁あってこの団体の参与として一歩を踏み出した。
 JSVは,アジア開発銀行の初代総裁・渡辺武氏の提唱で,今から23年前に設立された外務省所管のNGO(非政府組織)である。同氏がこの構想を考えたのは,二つの動機があった。その第一は,途上地域への国際支援の手段に,技術移転がいかに有効かということであった。技術を移転する仕事は,その効果が持続する上に,相手国の人々との接触を伴い,お互いに友好親善と理解を深めることが出来る。第二は,我が国も高齢社会を迎え,健康でありながら「生きがい」失なった日々を送っているベテランが増加していたことである。まだ当時は企業の定年退職年齢が55歳であった。
 今では広くボランティアの標語になっている言葉「魚を与えて一日を養い,漁法を伝えて一生を養う」をモットーに,活動の規模も年々拡大して,この23年間に派遣されたボランティアは3,000名を超えて,派遣先も64カ国となった。この数年間では,毎年250名前後の人々が世界各地に派遣されている。指導内容も農林・水産,医療,福祉,工業,建築土木,日本語教育,手工業,その他分野と幅広い。現在の登録者数は810名,平均年齢は66歳である。派遣期間は通常1〜3ヵ月,日本語教育は1年になる。中国では通訳が付くが,その他の国では指導の徹底やコミュニケーションのために多少の英語力があると便利である。多くの場合はJSVが国際運賃を負担する(自己負担のケースもある)。滞在費用は要請国で負担する。また,派遣にあたっては家族の同意と医師の診断書が必要となる。
 私は現在JSVで広報・渉外の仕事をしている。一昨年は国連で定めた国際高齢者年であったが,その頃から,「熟年者の海外ボランティア活動」を取材目的としたマスコミ関係者の訪問が頻繁になった。私は派遣会員の活動を正しく伝えるために,会員からのリポートを読み,体験談を聴き,現地の成果も含めて情報収集に努めている。
 その国際協力の活動の中から,「ちょっといい話」を2〜3紹介したい。
 伊藤喜隆(72歳)さんは,リンゴの剪定指導に中国・河北省へ赴任した折り,初めて順平県のりんご栽培を見て,「このままでは何年経ってもろくなリンゴは出来ない。黙って3年間私に任せて下さい」と大勢の農民の前で意見を述べた。密植栽培を指導している現地の大学教授も,お手並み拝見と冷ややかな態度であった。最初の1年目はリンゴの枝を思いきり剪定,2年目は咲いた花を半分ほどむしり取ってしまった。怒って取り巻く農民たちを何とかなだめた。約束した3年目の10月が来て,リンゴの木の前に立つや,村中の人達から「やった,やった」と背中を叩かれ,満面の笑顔と大きな拍手で歓迎された。そこには,立派なリンゴがたわわに結実していた。
 古藤実(72歳)さんは,中国・江西省へ南豊ミカン再植,復興援助事業に参加した。中国では「南豊ミカン」として著名であり1700年の歴史がある。運悪く10年前に記録的な寒波に襲われ,ミカンの木の8割が枯れてしまう被害が発生した。
 唯一の換金作物を失った困窮農民を助けるため,古藤さんが赴任したのである。中国側からの「良い品種を外国から持ってきたい」との質問を多く受けたときに,古藤さんは,「世界の7割を誇るスイートオレンジの起源は,唐の時代にポルトガルに導入され,現在の地中海品種,アメリカ大陸に分化されたもので,この遠因は唐時代の中国品種群の選抜の功績である」と説明し,「優良なミカンを作るのには他国からの借り物ではなく,中国で発見して唐代に追いつき,追い越さなければならない」と力説したのである。南豊ミカンは,7年後に見事に復旧した。
 当時の中国の新聞は,次のような見出しを付けて報道した。「親孝行の子孫が,700年振りに日本から帰って来た」。南豊ミカン(温州ミカン)は,鎌倉時代に渡来し,紀州ミカンとして日本に普及したのである。その他,フィリピンのピナツボ火山被災地に赴き,ミシンを一回も踏んだことのない女性たちに,縫製のイロハから教え,ワンピースやブラウスを自分で仕立てるレベルまで指導し,彼女たちに自活の道を与えた中城茂登子(71歳)さんなど枚挙にいとまがない。
ボランティアの起源と精神
 平成7年に起きた阪神・淡路大震災の時に,全国から大勢の人達が救援に駆けつけたのが,日本のボランティア元年だと言われている。このような助け合いの精神は,昔から当然あったが,広範な地域からの組織だった支援活動は初めてであったと思う。
 ボランティアの起源は,およそ30年前にヨーロッパの国々で起こった開発教育に端を発した活動である。開発教育とは,途上国の人達が自国の向上と発展のために,自ら受ける教育である。そして,先進国の人達は地球家族を一単位として考え,どんな地域であっても平等で均質的な発展だけが,人類生存の唯一の道であることを悟り,その実現に向かって行動する人間を育てる思想こそが,開発教育の根源とされている。
 デベロップメント(開発)というのは,経済や産業用語だけではなく,隠されたものを発現させたり,さなぎが脱皮して蝶に変わるとき,花が咲き開くときにも使う言葉である。ボランティアとは,地域の人々と互恵の精神で接し,平等と共生を目指して交流し,自発性,奉仕性,自己修養の精神をもって無報酬で行動することである。ボランティアで得られる心の潤いは,お金では決して得られない最高の報酬であり,人を愛し人に尽くすことは,自分自身をも愛することであると思う。
生涯現役を目指して
 定年というのは,手元で操られていた凧糸を切られることである。何も考えていなければ,墜落するか,風に吹き飛ばされることになる。浮き沈みがあっても空高く上がっている時に,自分の着地点を決めることが肝要である。
 年金によって基礎的な経済生活は保証されるが,くれぐれも“もう何もしないで暮らず”などと考えない方がよいと思う。そのような人達の平均寿命は64歳と聞く。はっきりとは分からないが,人間の潜在意識の中で,常に進歩と成長を望む心の存在があり,その努力する過程を喜び,生きがいとするものがあると思う。
 昨今,シニアのボランティア希望者が増えつつあるが,参加をするためには,一定の条件を満たさなくてはならない。格言にも「恒産なければ,因って恒心なし」という言葉どおり,[1]年金や貯蓄で経済的に安定していること,[2]心身ともに健康であること,[3]人の役に立つ知識や技術を提供できるかどうか,である。また,根底にある志しとして,誰が何と言おうと"俺はやる"という覚悟が基本である。人間は決して一人では生きていけないのだから,ネットワークを広げて,そこでの更なる存在と役割を果たすべきである。
 人生は,死ぬまで現役が一番よいと思う。足腰が立たなくなるその日まで,いや,たとえ歩けなくても頭が機能している限り。
 終わりにJSVの冊子に書かれている言葉を紹介する。
“老騎は厩に伏すとも志しは千里にあり,烈志は暮年にも壮心やまず”
“人が新たな志しを立て行動するとき,その人は正に青春の真っ只中にある”
 
財団法人日本シルバーボランティアズ
JAPAN SILVER VOLUNTEERS INC
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AKビル5階 TEL(03)3254-5735
ボランティア アドバンスト 講座
プログラム
1回 10月3日(水) 10:00−15:30
「ボランティアとコミュニケーション」
講師 丸屋 真也 (財)ライフ・プランニング・センター 臨床ファミリー相談室長
「ホスピスケアとボランティア」
講師 岡安 大仁 ピースハウス最高顧問
講師 北川 輝子 (財)ライフ・プランニング・センター ボランティアコーディネイター
2回 10月10日(水) 10:00-15:30
「ボランティアとコミュニケーション」
講師 丸屋 真也
「病院が変わる, ボランティアが変える」
講師 隅 恵子 フリーライター
講師 羽賀 慧 日本シルバーボランティアズ
3回 10月17日(水) 10:00-15:30
「アメリカホスピス最新情報−スピリチュアルケアを中心に」
講師 藤井 浩 ピースハウス チャプレン
講師 小沼 美奈子 都立北療育センター 理学療法士
参加費
LPC会員3000円/非会員4000円
会費は当日いただきます
会場
健康教育サービスセンター(地下鉄/永田町下車)








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