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5月のセミナーから
第27回財団設立記念講演会
 料理研究家辰巳芳子先生と日野原理事長の対談
 伝えたい日本人の文化と心
 去る5月19日、第27回財団設立記念講演会が千代田区公会堂で開催されました。今回は、昨秋スタートした「新老人の運動」が掲げる「よい習慣を後世へ」の願いを込めて、料理研究家の辰巳芳子先生をお招きし、食の面からご発言をいただきました。辰巳先生と日野原先生の対談をご紹介いたします。
 
日野原: 辰巳先生は料理の研究家ですが、先生のお話を初めて聞かれた方は、普通の料理の先生方が話されることと随分違う印象をお受けになったのではないでしょうか。先生はNHK出版から「旬を味わう」という本を出されていますが、この本の副題には「いのちを養う家庭料理」とあります。食するということは、息を吸うことと同じで、生きる上でなくてはならないことです。そして先生のおっしゃる「いのちを養う家庭料理」というのは、どうよく食べるかという日々の鍛錬とか愛情などから生まれる見えない文化です。先生はそういう食文化を伝え遺していこうとしておられるわけです。
 ところで、先生は「旬を味わう」というこの「旬」を、どのようにとらえていらっしゃいますか。
辰巳: 日本という国は四季がございますから、どうしても10日目10日目で食材の様相が変わきます。細かく気候が変わってしまう春とか秋とかには、植物などは朝と晩では、もう様相が変わってまいります。朝と晩ではシソの葉の大きさが違いますし、朝は蕾であったものが、昼には咲いていたりします。そうなると使えるものと使えないものができてきてしまいます。ですから旬は、その日その日、毎日が旬といえるかもしれません。
日野原: そうですね。瞬間的な連続性、そしてタイミングということでしょうね。何かはじまりかけたというか、そのはしりをとらえるというか。
辰巳: おっしゃる通りです。そして、その旬をとらえようとすることで、日本人の感性は磨かれてきたともいえるのではないでしょうか。
日野原: お魚でも今が本当の旬というのがありますよね。
辰巳: ですから油断ができないというか。
日野原: そして料理をする人というのは、食べる時間を考えながら、その最もよいタイミングで用意されます。食べる方もそのことをよく心得ていないといけない。
辰巳: それは、つくる人も召し上がる人も1つの心得でございます。召し上がる方にとっても本当の意味でのお行儀かもしれません。
 
よく生きるために
 
日野原: 今、日本人の生活がとても忙しくなって、女性も仕事を持っていますから、「食べる」ということが「生きる」ということにあまり連動されていないように思います。
辰巳: それに加えて、いろいろなお料理の出版物や放送などを見ておりましても、食の安全というようなことまではいうのですが、「あなたのために」という実存全体を養うということまで言い及んでいないのです。今の食情報は満ち溢れていますけれども、その中味には浮薄なものもあるのではないでしょうか。そういう一面的な情報に惑わされてついていく大衆もいけないと思うのです。そこのところに気づいていただきたいと思います。
日野原: 私は今、実存の哲学をそのまま聞いているような、何かサルトルと対談しているような気がしてきました(笑い)。先生は食べるということは生きることに通じるとおっしゃっていますね。ソクラテスは「人はだだ生きるだけではなく、よく生きるということが宿題である」といっています。与えられた遺伝子と環境の中でどのようによく生き、老い、死んでいくかということは、一人一人が答えを出していくことだと思うのです。先生は食を通してそのようなことを訴えておられるのではないでしょうか。お腹がすいたから食べるというのではなくて、先生のように、どうよく自分は食べるかということを考えると、同じ時間の中にも、ゆとりとか深さというものがでてくるのではないかと思います。忙しい働きを持っている人でも、1日のうちにひととき、自分のために何かを調えるという中に、生きることの哲学的・内在的なものを感じることができれば素晴らしいことだと思います。
 
確かな仕事を積み重ねること
 
辰巳: 3日ほど前だと思いますが、「100万分の1ミリをつくる」という、レンズをつくる方のお話が放映されていました。その技術者の方は、よりよい平面をつくるために研磨していって、100パーセントの一歩手前でとめるという話をしておられました。その一歩手前の呼吸というのが大切で、私は、自分がものをゆでるとかだしをひくときと同じだなと思いました。それはどんな仕事にも通じるものだと思います。その呼吸を身につけますと、仕事に対して普遍的な力が出てくるのではないかと思います。特殊なことはしなくてもいいから、万全な洗い方をする、切る、ゆでる。そういうなんでもないことをきちんと繰り返しやっていく。そういう大人たちの後姿こそを、子供たちに見せていかなくてはならないと思います。
日野原: 先生はお母様も料理研究家の辰巳浜子さんですから、お母様からの手ほどきがおありだったのではないでしょうか。
辰巳: 母は52歳で亡くなったのですが、私はそれまで母にぴったりとくっついて生きてきました。なぜそうなったかというと、私は15年ほど結核を病んだからです。母は、それこそ確かな仕事を毎日していました。私にはあまりうるさいこともいいませんでしたが、見落とした仕事、仕事に不足がありますと「あなたはまごころの込め方を知らない人だ」というようなことを言われました。私がそれを言われたのは10代のことでしたが、その言葉は忘れられません。まごころが足らないとか、まごころがないとかそういういい方をしないで、込め方を知らないというのです。そしてことばの解説はしませんで、私にその意味を探らせるようにする人でした。
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舞台上で対談する辰巳先生と日野原先生
 
つくるプロセスを身につける
 
日野原: 先生の考える理想的な女性というのはどのような人ですか。
辰巳: そうですね。やはり大地のような包容力のある人ではないかと思います。
日野原: より添えるというか。支えをするような存在だということですか。
辰巳: それはもちろんだと思います。それから、その方が意識的に立つというよりは、あまり意識しなくても、いつのまにかしっかり立っている方ではないかと思います。
日野原: 先生はつゆとかスープなどをとても大切にされていますね。しかし今の世代は、できたものをスーパーやデパートで手軽に買うことができます。つくるということをしなくてもいいと思う世代になってしまうのではないかと危倶されませんか。
辰巳: 私はつくるというそのプロセスの中に身をおくことで、女は育つのだと思います。年をとるとだんだんと周りの人は注意をしてくれなくなるものです。けれども、ものは正直で、自分の仕事に対して、正直に返事をしてくれます。ですから、年を重ねれば重ねるほど、自分でつくったものと向き合っていらっしゃらないと、自分が見えなくなると思います。そういう意味においても出来上がったものは私たちの先生だと思いますし、ものに手引かれて私たちは成長するのだと思います。きちんと味噌汁をつくることで、なんでもないけれどもいつのまにかあるところに達するということを願いながらお仕事をなさるのとなさらないとではまったく違います。道元は禅宗の修行の中に、料理とお掃除を取り入れられました。これは、自分、我を落とす修行だと思います。お寺のような大所帯や昔のように大家族の料理をつくっていると、我を忘れてつくるしかありませんから、いつのまにか自分を落とすことができたのです。そういうところで女の受容力というのはついてきたのではないかと思います。けれども、今はそういう機会が乏しくなりましたから、こういうことはいいたくありませんが、自己中心的な女の方が増えたように思います。
 
天の恵みを家庭料理に
 
日野原: 私は、子どもごころに、うちで食べるものが一番おいしいなと感じていました。ことに母のつくるおつゆはおいしかったと思いますよ。大家族で、教会でつくったりしていましたから、分量なんかも頭に入っていたのでしょうね。
辰巳: 先生は先ほどから汁物を「つゆ」といっておられますが、日本人がいつ頃から汁に対してつゆと表現するようになったか、私はまだ調べておりませんが、おすましをつゆ、お味噌汁をおみおつけと表現しますね。それには何ともいえない自然と一体となった日本人の美しい感性が現れていると思います。そのつゆはまさに天の露を意味しているのではないかと思います。本当によいおみおつけをいただいた時、私たちはホッとして生き返るような感じがいたします。植物は夕方しおれていても、天の恵みの露を受けて、朝は生き返っています。その生き返る様を重ねて、日本人はつゆというようになったのではないかと思います。ですから、おつゆはそのようにつくっていただきたいと思います。そのようにつくりたいと望んでほしいと思います。
日野原: 私は外国へ行くと、親しい家庭に呼ばれるのですが、食べることのマナーの中で、子供がしつけられているということを感じます。しかし、日本の家庭ではそういう機会は少ないですね。
辰巳: 昔のように年中行事をきちんとしていれは、それを通して躾やしきたりが伝えられたのですけれど。
日野原: 音楽でも、料理でも、絵画でも、すべてアートといわれるようなものには共通して、原理原則があるように思います。先生は料理というアートの中に哲学が貫かれているように思います。今日は私も先生のお話の中から、いろいろと学ぶべきことがありました。会場の皆様も大きなお土産を持ってお帰りになれることと思います。
(文責 編集部)
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LPCコーラス「ポコアポコ」の歌声もお楽しみいただきました
新老人に聞く
座右の銘(その1)
○Change is challenge 青柳 一郎
○真実一路 赤津 武男
○一期一会 足利 量子
○人間万事塞翁が馬 東井 勉
○何事も一生懸命 阿竹 みゑ
○シュンペーターの革新 阿部 貞雄
○日に新たに、日に新たに 阿部 節子
○自然体。終りよければすべてよし 阿部 つね
○毎日を精いっぱい生きる 綱谷 ヨシ子
○永遠に立脚して殺那に生きる 荒井 猛彦
○かたよらない心、こだわらない心、とらわれない心 飯塚 庸
○天に宝を積む 五十嵐 文
○日々好日 猪狩 ジン
○健康と雄気と美を 伊川 澄子
○信仰のよき戦いをたたかえ、永遠のいのちをとらえよ 伊規 須太郎
○愛 井口 とも
○己に厳しく他人に優しく 池田 アヤ
  (50音順)








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