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「悲嘆」ということ
 数年前に姉妹ホスピスであるコッテージホスピス(西オーストラリア州パース)をたずねたとき,ホスピスの入り口に,沢山のリーフレットが置かれており,その中に,Grief Support Service(グリーフ サポート サービス)と書かれたリーフレットがありました。Griefとは,「悲嘆・深い悲しみ・深い苦悩」を意味します。
 私どもピースハウスホスピスでも「愛する人を失う悲しみや,その時起こる思いもよらない心身の反応は自然なことと受けとめ,ケアを始めたときから死別後まで,患者の家族へ支援を行う」と考え,「悲嘆」に対するケアを1つの大きな柱としています。
 しかし,日本語の「悲嘆」という言葉が,私たちの日常生活であまりなじみのないことからもおわかりのように,「悲嘆へのケア」が日本の社会の中でどのようになしえるのか,私たちも試行錯誤をしています。
 それでも昨今は,阪神・淡路大震災や,神戸の小学生殺害事件,西鉄バスのバスジャック事件など,大きな災害や残忍な殺害事件などの強い精神的なストレスに,「心のケアが必要である」といわれ,さまざまな原因による「悲嘆」のケアの必要性が認識されるようになってきました。
 人は悲嘆に際したとき,喪ったことに対して認めない,怒りの気持ち,泣く,悲しむ,引きこもる,失われた対象のことばかり考えている,絶望感など,さまざまな心理的な動きが生じます。そして,自分自身のことや社会的および仕事上の責任を遂行できなくなり,身体的には消化不良,吐気,食欲不振,体重増加または減少,便秘や下痢などの消化器症状,不眠,常に眠い状態,だるさを感じるなどがよくおこる反応としてあげられます。そして,大事なことは,それらの反応のほとんどが「自然な反応である」ということです。
 評論家の故江藤淳氏が奥様を亡くされた後に「妻と私」を著し,翌年,自らも命を絶たれたという出来事は,記憶に新しいと思います。またNHKで数名の中高年男性の「妻を亡くした悲しみ・辛さ・思い」をかなり率直に伝えたドキュメンタリー番組が放映されたのをご覧になった方もおいででしょう。「悲嘆」という言葉は,先に述べたように,なじみの薄い言葉ではありますが,実のところ,私たちの周りで日常的に起こっていることなのです。ただ,それが,あまり表沙汰にされたくないという強い意志が働きがちな現象なのだと思います。それだけに,当事者は,孤独のうちに悩んだり苦しんだりしていることも多いのではないでしょうか。そのような方々に「何か援助の手を!」と叫ぶつもりはありませんが,私たちの誰もが,「悲嘆」の問題に直面するのです。そのときには,自分でも想像もつかないような心身の反応が起こることもあります。しかし,その多くは自然な反応であること,もし,誰かにそのことを話したいと思うときは,ホスピスのスタッフ,カウンセラー,心療内科などの専門医,宗教家,地域の生と死を考える会などが助けになるらしい,ということをひとまず知っておくと何かの助けとなるのではないでしょうか。
ピースハウスホスピス看護部長 二見 典子








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