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IV おわりに
 うつのクライアントのカウンセリングをしていると,その人の歩んできた人生に向き合っているように感じてきます。もっと正確にいえば,そのクライアントが生まれる以前のこと,つまり,両親のことまで含めてその人と向き合うことを求められることがしばしばです。両親の性格や夫婦関係は,子どもの人格形成に大きな影響があり,かつ,うつになりやすくなるメカニズムについても親と深く関わっていることはすでに本書で述べました。
 うつが「特別な人生の状況に対する反応」であるなら,まさしくその人の人生に向き合うことをしないならばカウンセリングは成立しないでしょう。うつのクライアントの問題を扱っていると,カウンセリングに対する反応も非常にうつ的であることに気づくことがしばしばです。例えば,症状がなかなか改善しないともう駄目だとカウンセリングをあきらめてしまい,また,ある程度よくなるとストップしてしまうのです。このような対応ではうつを克服することは困難で,逆に慢性的にさえなるかもしれません。このようなカウンセリングに対する姿勢は,クライアントがこれまでの人生で直面してきた危機や問題への対応の仕方とほとんど同じであったのです。
 クライアントの人生に向き合うということは,カウンセリングや薬物療法も含めたうつの治療を効果的,継続的に受けられるように援助していくことが重要なのです。クライアントは治療を受けていく過程で何回となく落胆したり,疑問をもったりするでしょう。その背後にある家族関係を修復したり,過去のトラウマや喪失を扱ったり,また,傷ついたセルフイメージを改善したりする中で回復に望みをつなげていくのです。そのようなプロセスで回復に向かうなら,うつ的な生き方も改善されますから,再びうつに戻るリスクは大幅に軽減されるのです。
 ここで述べたうつについての理解と対応は,まさに私がうつのクライアントと向き合って,実践しているカウンセリングのシステムなので,本誌のタイトルを「うつのカウンセリング学」としました。
 うつの方も,それを援助する方も,参考にしていただければ幸いです。








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