日本財団 図書館


II うつ反応しやすい人への実際的対応と予防
1.対人関係は心理的抗うつ剤
 薬を飲むのはいやだと思うのは自然かもしれませんが,うつ病の場合は薬物療法が必要なことが多いといってよいでしょう。そして,必要な場合はしっかり飲むことが,逆に早く薬から解放される道でもあります。もちろん,抗うつ剤の代わりではありませんが,対人関係を良好につくることは心理的抗うつ剤といっても過言ではありません。うつ状態になりやすい人は,どちらかというと対人関係が苦手で,本人が望んでいる人間関係を築いていない傾向があります。それがまたうつになりやすい環境にしていることもあります。
 つまり,人は人間関係が十分にないとうつ的になるということです。1ヵ月もの間,誰とも話さずにいたらどうなるでしょうか。おそらくは,相当落ち込んでしまうでしょう。しかし,10分か15分間でも友達と話し始めるなら,もう顔つきが明るいほうに変わってくるでしょう。これがまさに抗うつ剤ということなのです。うつ的傾向があるとするならば,人間関係という抗うつ剤を処方してください。もちろん,内因性のうつ病の場合には,この抗うつ剤は直接的には効き目はあまりありませんが,ある程度回復した段階なら症状を安定的にしたり,また,再発予防にも大いに効果が期待できます。
 ですから,対人関係のスキルを磨いていく必要があるということです。うつ的な傾向のある人は自分の人間関係をいくつかチェックしていただきたいのです。
 まず第1は,人から遠のいていないかどうかです。仕事以外では自分の家に閉じこもってしまいがち,人から誘われても行きたくないとか,人から遠ざかってしまう人はうつになりやすいのです。もしそのような傾向があるとするならば,人との関わりをもつ努力をすることが大切です。なるべく定期的に関わることです。私たちは人間関係を築くためには,それなりのリスクも必要です。人間関係を正しく築いていない人の多くは,傷つけられるのが怖いからという理由があります。
 確かに,人間関係を築いていこうとすると傷つけられることがありますが,このリスクを犯さなければ人間関係は築けません。あまりにも危険なリスクは避けなければなりませんが,安全なリスクという言葉は矛盾するかもしれませんが,あえて使うなら自分はこのくらい傷つけられても立ち直れるというレベルのリスクといえるでしょう。
 ある新聞の投稿欄にこんな記事が載っていました。
 52歳くらいの離婚した女性からです。元の夫はお人好しでフィリピンバーに投資しました。この女性は投資はいやだと反対したのですが,融資先の銀行員は,「商売はお金を借りてするものだ」と言ったそうです。結局,その商売は失敗して,保証人になっていた妻は,離婚したにもかかわらず,そのお金を返さなければいけなくなったというのです。なぜそのときに「ノー」と言い切れなかったのか。確かに夫に頼まれたからだというのでしょうが,たとえ家族であっても自分が返せないほどの金額の保証人になってはいけないのではないでしょうか。
 人間関係における安全なリスクといったときに,保証人になるとしても,自分の返せる範囲のリスクで止めるべきなのだということです。それがなかなか歯止めがきかない場合は,自分ひとりでは決断をしないことです。特にうつのときには決断をしないほうが安全です。後悔することが多いように思います。ひとりではなかなかむずかしいときがありますが,何人かと関わることで,つまり,対人関係のスキルを改善することで本来の自分を取り戻していくことが可能なのです。
 人間関係のスキルとしての最後は,肯定的なフィードバックをもらうことで改善できます。たとえば,周りから誉められる,あるいは受け入れられるという肯定的なフィードバックをその人が受けているかどうかです。いつもネガティブな反応しか返ってこないような人間関係では,その人は心理的抗うつ剤がない状態ということになります。いつも自分のやったことに対して積極的・肯定的な反応を得られないような人間関係の中にいたら,私たちは落ち込むことになってしまうでしょう。
2.その日にできる実際的対処
 うつ状態が重いときには何かをすることは困難ですが,ある程度の回復の兆しが見えたならば,「こんなことに留意して生活していけば,更なる改善が可能です」というガイドラインをお話ししましょう。
 [1]その日のプランを定める
 その日の活動,つまり,やるべきことを具体的に定めることです。日々の生活の中で,その日にすべきことを決めて,毎日実行するようにするのです。ある程度,無理をしてもその日にやるべきことを実行することです。食欲のないこともあるでしょう。でも,時間がきたら,わずかでもいいから食べるようにするのです。朝は食べたくないと思っても,ヨーグルトとチーズだけは食べるとかです。掃除をすると決めたら,リビングルームだけはするというようにです。その日にしようと定めたものは確実にやるのです。ある場合には格好だけになるかもしれません。それでもいいですから,とにかくやることです。
 [2]寝床から離れる
 うつの人はまず間違いなく寝床から離れるのがいやです。起きるのはいやだということから,寝床に留まりたいという誘惑に負けてしまいます。そういうものに負けてはならないということです。あまり考えないで決まった時間にとにかく機械的でもいいですから起きることです。
 [3]家から出る
 必ず家から出ることです。短い時間でもいいから,散歩をするか,図書館に行くとか,とにかく家にずっといるのはよくありません。
 [4]人と会う
 なるべく家族や友人と会うようにします。それも短時間でいいです。あまり長くなるのはよくありません。疲れてしまうからです。
 [5]運動をする
 適当な運動をします。散歩でもいいでしょう。ある程度それができるようになったら,スポーツクラブにでも行って泳ぐとか。泳ぐとストレスも解消され,身体機能も活発になり,お腹も空きます。
 [6]気持ちを表現する
 うつの人はあまり話したくはないのですが,話すのがいやならばノートを書いて,自分の気持ちを表現することです。気持ちを外に出すことです。これは,人間としての本能ですし,うつの改善にも役立ちます。
 [7]周りに説明する
 うつ状態になって時間がたってしまうと,家族や友達は「ああしろ,こうしろ」とアドバイスしたり,「どうしてなまけているのか」と批判をしてきます。もしそういう人が周りにいたら,そういう人に対してはっきりと,自分が今,必要なのはサポートであって,そのような批判や命令ではないということを伝えます。うつ的になっていると,自分でもそういう思いがあるものですから,ますます自分からは言えなくなってしまい,それがまたうつを強めてしまうのです。ですから,自分のほうから説明することです。
 結婚している人であれば,伴侶に対して自分の今のフィーリングがどんなものであるかを伝えておくことで,知っていてもらうことが大事です。それを言わないと普通の状態にあるのだと思われてしまいますから,期待されたり,批判されたりしてしまいます。そうするとますますうつが進んでいくことになります。
 [8]怒りを表す
 うつ状態になると,いろいろなことを言われたりしますから,怒りが生じてしまいます。うつの人は,自分に怒りを向けるというように内向化していきます。その怒りを正しく表現することがうつからの改善につながります。
 人から言われたことに怒りを覚えたとします。その怒りを覚えることが悪いわけではありません。その怒りを自分の中に溜め込むのではなく,「私は今の言葉によって非常に傷つきました」「怒りさえ感じます」というような形で,正しく自分の怒りを表現することです。
 [9]名前をリストアップする
 サポートしてくれるような信頼できる人の名前をリストアップしておくことです。うつ状態になると,何かをするのがおっくうになってしまいます。そういうときに,リストがあるなら電話もしやすいのではないでしょうか。例えば,この人には病院について行ってもらおうとか,買い物をしてもらおうとかです。
 [10]必ず食べる
 食欲があまりないようであれば,少量の食べ物を何度も食べることです。そうすれば体力が落ちないですみます。うつ状態になると,“食べない”→“疲れる”の悪循環に陥り,自分でもうつになりすい環境をつくってしまいがちなので,この悪循環を断ち切るように少量でも食事をするようにすることです。
 [11]セルフトークを肯定的にする
 セルフトーク,つまり自分自身について語るメッセージを変えることです。うつ的な人は,セルフトークが非常に否定的であることが多いようです。無力感に陥ったり,また,罪悪感に悩むとするなら,まさにその人のセルフトークは否定的といって間違いありません。これを否定的なセルフトークから,肯定的なものへと変えていくことです。例えば,何かをする気になれないとき,「自分は何もできない」ではなく,「今は病気なのでゆっくり休むことが今の自分のできることだ」とセルフトークをすることです。
 [12]行動に焦点を合わせる
 自分のフィーリングにではなく,行動に焦点を合わせることです。何もしたくないとか,落ち込む,将来への希望がないというフィーリングに留まっていると,そこから逃れることはできません。したがって,それらのうつ的なフィーリングがあることを認めながらも,そこに留まるのではなく,何か行動することに焦点を合わせていくことです。
 例えば,ベッドから起きたくない悶々とした気持ち,このままうつらうつらしていたいというフィーリングがあることを理解します。しかし,今は起きるときで,起きるという行動に焦点を合わせてまず起きるのです。また,家から出たくない,何もしたくないというフィーリングに焦点を合わせるのではなく,今は家から出るという行動に焦点を合わせるのです。食べたくない,食べる気分ではないが,しかし,少しでも食べようとする行動に心を向けるのです。人間というものは,行動すると,その行動の結果に新しい感情が生まれてくるものなのです。
 [13]対人関係をキープする
 対人関係を維持することです。うつになっているときは,約束があっても断りたいかもしれませんが,短い時間でもよいのでなるべく会うことです。断るとますます人との関わりが薄くなり,うつになりやすくなります。対人関係は心理的な抗うつ剤です。無理をすることはよくありませんが,少しでも関わりを維持することです。
 [14]ストレス・マネジメントをする
 ストレスに対する健全な対応をすることが重要です。うつ的な傾向の人は非常にネガティブになります。ストレスがあるような状況に立たされると,非常に否定的な,非生産的な対応をしてしまいます。そうすると,環境そのものまでがうつ的になってしまいます。ストレスが溜まったときにどう対応するでしょうか。疲れた,頭が痛い,肩が凝るといったときに,ただじっとそのいやなフィーリングにフォーカスを当ててしまうと,ますますひどくなってしまいます。そうではなく,ストレスが溜まったときには,自分のほうから積極的に解決する方法を見つけなさいということです。散歩をするとか,休養をとるというように,建設的に,肯定的にストレスを自分で何とかしようという対策をとるのです。これはとても大事です。うつ的になりやすい人というのは,自分からは何もしないのです。どうせやってもだめだと思ってしまうのです。
 [15]サポートグループに入る
 互いにサポートし合えるグループのようなものがあればよいと思います。自分だけが問題を抱えているのではなく,同じように悩んでいる人もいて,互いに改善できるように努力をし,そして,よくなっているのを実際に見て,サポートし合うことです。
 [16]笑う
 笑うことを学ぶのです。深刻な状況では,言ってはならないジョークもありますが,人との関わりの中で健全な笑いを誘うようなスキルを学ばなくてはなりません。うつ的な人は何でも深刻にとりすぎてしまう傾向をもっています。解釈の仕方によっては受けるストレスの度合いがずいぶん違ってきます。
 [17]希望をもつ
 特にうつのときに大事なことは,希望を見失わないことです。どんな状況の中でも希望はあるのです。遅すぎるということはありません。いろいろなことを成し遂げた人たちでも,もうこれで一巻の終わりかというところを何回もくぐり抜けて今に至っていることが多いのです。日本には敗者復活戦はないとよくいわれます。一度失敗するとやり直しがきかない国だといわれていますが,現実には敗者復活の方法はいくらでもあるのです。
3.うつ状態から効果的に逃れるためのメンタル・トレーニング
 [1]原因探しは止める
 「IV うつ反応のサイクル」の中で,うつの原因を見出すことを勧めていますが,反応性の場合は,原因を探すことは可能ですが,内因性の場合はかえって混乱しますので,その理由を探すのは止めることです。なぜかといいますと,人はいろいろな原因でうつ状態になりますが,うつ状態になっている人が「なぜ」という理由を探しても必ずしもその理由がわかるわけではないということです。たとえ自分なりにこれが原因かもしれないと考えても,必ずしも当たっているわけではありません。
 その原因を取り除くために何らかの解決策を実行した場合,正しければ問題はないのですが,それがもし間違った判断で行動してしまうと,当然うまくいきません。そうなると,やっぱり自分は何をしても駄目だと考えて,もっと落ち込んでしまうことになります。不安が不安を呼び,うつ状態が悪化してしまうのです。ですから,「なぜ」という理由や原因を探そうとすることをまずストップすることです。
 [2]肯定的なものを見つける
 うつ状態になっているときには,なるべく肯定的なものを見出そうとすることです。人生は選択の連続といってよいでしょう。私たちは毎日何かを選択します。例えば,今日は何をしようかと考えるでしょう。また,私たちは周りの人々にどんな期待をすることができるかと考えるかもしれません。あの人はこうしてくれるかもしれないとか,逆に,こうしてはくれないだろう,というようにです。これらはすべて選択することなのです。それは人に対してばかりではなく,社会に対してということもあります。社会が自分にどんなことをしてくれるのかということを期待してしまうのです。私たちは,このような中で肯定的な選択もできるし,否定的な選択もすることができます。
 ところが,うつ状態の人は非常に否定的な選択をする傾向が強いので,自分の周りの環境がどうしても悲観的に見えてしまうのです。そうすると,結果もどうしても悲観的になってくるのです。逆に,肯定的なことを期待するならば,結果も明るいものになってくるのです。したがって,肯定的なことを求めていくと,肯定的な結果がついてくることが多くなります。肯定的な人は,相手がある程度否定的な態度をとっても,肯定的に解釈します。今はそうでも,それは一時的なことが原因でそうなっているのであって,また状況が変わると考えることができるからです。ところが,否定的な人はたとえよい結果が得られても,どうせまた駄目になってしまうと否定的に考えてしまいます。
 非常に落ち込みやすい人のもうひとつの傾向は,現実味のない肯定的な見方をすることです。例えば,新しい薬を服用したら気分がよくなったとき“もうこれで大丈夫だ”と思い込むようなことです。人は現実では否定的な結果も体験しなければならないからです。いつも思うようになるとは限りません。ですから,そのときにはそれを事実として受け止めて,ではそこからどうやって肯定的な結果を生むことができるようになるのかと,否定的な結果から段階的に肯定的な方向に変えていくように努力することです。つまり,現実的には失敗を繰り返しても,そこからのレッスンを学び,自らを向上させることができ,そして,より肯定的な結果を得られるようにすることです。このような姿勢こそ現実にあった正しい積極思考です。
 [3]他者を援助する
 他者を援助する努力をするということも大切です。うつ状態の人は,自分のことしか考えられないのです。自己憐憫とでもいうのでしょうか,そういう態度に陥りがちです。自分以外が見えないのです。自分は駄目なんだ,自分はこうなんだと,たえずフォーカスが自分に向けられているのです。周りにいる人たち,特に援助の必要な方々に対して援助しようとする,いわゆる他者にフォーカスを当てて何かをしていくということは,自己憐憫を変えていく上で,非常に大きな助けになります。自分の援助を必要としている人が周りにはいるはずなのです。そういう人を何らかの形で援助をするという行動をとることによって,自己憐憫から自らを解放していくことが可能になっていくのです。
 [4]記録をつける
 最後は,うつ状態の人に記録をつけさせることです。自分の思ったこと,感じたことを,そのまま書くということです。私はそれを持ってくるように言います。そして,見せてもらうこともありますし,あるいは1〜2週間つけたその記録から,自分は一体どんな感じを受けたか,何を考えたかということを話してもらいます。記録をつけることによって,自分を客観的に見られるようになります。自分の中で起こっていること,考えていることを,客観的に見せることができます。自分のことしか考えられなくなっている人が,自分の感情や心の動きを書き留め,それをあとで読むと,自分はどうしてこのように否定的に考えてしまうのだろうかということを客観視することができるようになるのです。この方法は,うつ的な傾向をもつ人には非常に効果があります。
4.うつに陥らないようにするための予防策
 長期的な視点からいいますと,うつ的な傾向のある人は,ライフスタイルそのものがうつ的になっています。何か少し生活を変えてもまた同じ状態に戻ってしまいます。ですから,うつ的な方向にいきやすいライフスタイルを変えるようにすることが再びうつに戻らない予防策になります。
 [1]人生には困難がある
 まず,人生には一般的に困難があるということを覚悟していることです。そのように覚悟している人と覚悟していない人との間には,困難にぶつかったときの対応がずいぶん違ってくるのです。「困難はない」と思っている人は,何か小さな困難にぶつかっても,それに対して非常にショックを受けます。「困難はあるものだ」と覚悟している人は,困難にぶつかっても,必ずしも立ち上がれないほどのショックにはなりません。それをどう乗り越えていくかという姿勢でそれに対応することが可能です。日本は,国としても,会社でも危機管理がとても弱いといわれています。それと同じように,日常の個人生活のレベルでもかなり危機管理が弱いのではないかと思います。
 人生には困難があるという事実をしっかりと受け止めて危機管理の準備をしておけば,たとえ問題が起こったとしても,私たちはそれに正しく対応することができるようになるのです。問題が起きないと思うことが問題なのです。今は問題がないとしても,必ず何か起こってくるのではないでしょうか。現在は健康かもしれませんが,年を重ねていくにつれ,どこか痛いとか,どこか具合が悪いというようになっていくのではないでしょうか。また,社会も絶えず変動,変化にさらされています。これからはますます変化が激しくなっていくと思いますが,その中でどうそれに対処していくのか,間違いのない判断をすることなどまずあり得ないと思っておくことです。失敗もするでしょう。これからの毎日の生活には困難があり得るのだというしっかりとした心構えをしておくことが必要です。
 [2]うつに陥るような環境を避ける
 うつ状態に陥らせるような環境に注意をすることも大事です。
 みなさんも経験しているかもしれませんが,過去における喪失,例えば愛する人を失った過去の喪失をそのままにしておくならば,人間関係で誤解されたり,あるいは友情にひびが入るようなことでも,深いうつに入り,なかなか回復がむずかしくなります。つまり,過去の喪失と重なって現れてくるために直接の原因を解決するだけではうつから解放されなくなります。もしこのような過去の喪失があるならば,適切に悲嘆のプロセスを辿っていくことです。
 レジャーシーズンなどに自殺をする人が多くなるのをご存知でしょうか。みんな楽しそうに旅行したり,遊びに出かけたりしますが,そのときに家族を失った人とか,あるいは,一緒に出かけられる友人がいないために楽しむことができないと孤立感や孤独感に陥るからです。しかし,このようなことは必ずくるわけですから,前もってそうしたことがあり得るのだということを,私たちはきちんと準備しておく必要があるのです。迎えたくはないと思っていても,その日は必ずくるからです。自分はまたそのときにあのような思いに襲われるのだということを自分の中で準備して迎えますと,極端に落ち込むことはなくてすみます。自分ひとりでそのような状況に立ち向かうのが大変だと思うのであれば,前もって友達を呼ぶなりしてそれに対処するなど,いろいろなことが考えられるのではないでしょうか。
 [3]怒りや罪悪感に対処する
 怒りや罪悪感をどのように取り扱うかを学ぶことです。これも過去のことと関係があるのですが,うつ状態の人は,過去において失敗したこと,あるいは過去のさまざまな人間関係などによる怒りが自分の中に蓄積されて,抑圧されていることがあります。そういったものがあると,うつ状態に陥りやすくなります。うつ状態になりやすい人は,怒りや罪悪感と正しく対決するよりも,それを避けて通るのです。抑圧してしまうのです。抑圧してそれを忘れようとするのです。抑圧してそれがなくなるのであればそれでもいいのですが,人間はそうはいかないものです。
 うつの問題を扱っていく過程で,過去において家族同士で相当喧嘩をして,憎しみ合って成長したことをほとんど忘れていて,家族と会ってもほとんど思い出さない,表面的にはうまくいっていても,相当根深いものをまだ内側にもっていることがわかることがあります。カウンセリングでその抑圧された怒りや罪悪感を扱うことで,うつ状態や不安な状態が消えていくというケースもあります。
 うつ状態になりやすい人は内向的な人が多いようです。内向的な人は,そうした問題を正面から扱うよりも,否定したり抑圧したりしてそれを乗り越えていきますから,その傾向をなるべく修正していくようにすることです。そこから逃げてはならないということ,それを正面から見据えて対応していくことが大事だということです。
 [4]セルフトークをチェックする
 自分自身について言っていることに注意を払うことです。これをセルフトークといいます。セルフトークというのは,私たちが自分について語るメッセージです。朝起きてから寝るまでどのくらいの回数かはわかりませんが,相当のセルフトークをしているはずです。
 自分自身についてばかりではなく,他の人についてもセルフトークをしています。たとえば,「今日は寝不足だ」とか,「隣に座っている人のお化粧がおかしい」とか,みなさんは自分に関して,あるいは周りの人に対して,もしくは環境に対して,社会に対して,自分自身にメッセージを送っているのです。これはほとんど無意識的です。うつ状態になる人は,これが非常に否定的です。90%はよくやったとしても,残りの10%がうまくいかないと,その10%のほうにフォーカスを当てて,あの失敗で自分は駄目なんだと考えてしまうのです。ある場合には99%うまくいっていても,1%のために自分は駄目だと思い,そのように自分に語るのです。
 では,どのようにすればこれを変えていくことができるでしょうか。みなさんは自分についてどのようなセルフトークをしているのかを考えてみてください。自分とはどんな人間なのか,自分の能力について,あるいは自分の容姿とか年齢についてです、セルフトークがネガティブな人は,自分が今50歳であれば,もう50歳になってしまったと思ってしまうのです。50歳をどう見るかということです。最初にもお話ししたように平均寿命までまだ30年も生きられるとすれば,これはとても長いといえるのではないでしょうか。自分自身のもっている能力を自分ではどう評価しているかということはとても大事なことだと思います。人は多種多様な能力をもっているはずです。学校や会社で発揮できる能力だけではなく,家事や育児などの家庭内での能力,あるいは,他人の話を聞いてあげられることや細やかな配慮ができるなど対人関係で発揮できるスキルも立派な能力です。これらの能力も自分で自覚していることが重要で,自覚しているならそれをどのように用いればそれを生かしていけるのかと考えることが可能となり,人生の目標とか生きがいにつなげていけるようになります。そうすると,自らに対するメッセージもおのずと肯定的になるのではないでしょうか。
 [5]ストレスを解消する
 ストレスに対処するスキルを身につけることです。
 これもライフスタイルという面ではとても大事です。仕事などで非常に忙しいとします。仕事と家庭を両立させなければならないとか,仕事自体がとても忙しいなど,ストレスの高い状態にいるとします。みなさんはその状況をどう把握するかということです。その把握の仕方いかんによって,ストレスに対処できる人なのかそうでない人なのかがわかります。「忙しくてどうなるかわからない」というような方は,自らの環境に支配されて忙しくしているのだということなのです。つまり,自分というものがその環境をコントロールすることができないと考えているのです。こういう人はストレスが解消できずに蓄積していきます。「上司が仕事をいつも自分にたくさん与えるので」という見方をしているのです。あるいは「夫が全然協力してくれないので」とか,つまり,原因を周りになすりつけるのです。これは自分が周りをコントロールしていない状態です。こういう人はストレスに対して非常に弱い人といえます。
 では,一体どうしたらいいのでしょうか。たとえば非常に忙しいとします。その忙しさの責任は自分にあると考えることです。責任が自分にあるのであれば,自分自身でその忙しさをコントロールすることができるということです。自分にふさわしい仕事の量に変えていくことが可能になるのです。これまでは考えられなかったような工夫ができるようになります。こういう人はストレスを正しく解消できるのです。
 職場の中で,あるいは家庭の中で,周りがそうだからとか,誰もしないから,あの人がいつもさぼっているからなどと,いろいろな理由をみなさんは見つけるのです。会社で上司がこうだから,自分としてはどうしようもないのだと思い込みます。あるいは家庭で子どもと夫,あるいは夫の両親がいて,子どもたちは何もしないし,夫も仕事ばかりだし,舅姑は何もできない状態だとします。このような状況でもストレスに正しく対処できるようにするためには,まずストレスの状況にあるのは自分の責任だと考えることです。舅姑が何もできないとはいっても,決してそうではないのです。舅姑に合った責任を与えればいいのです。もちろんその戦略は練らなければいけません。だからこそみなさん方の責任だというのです。どのように言うかは相手に合わせて前もってちゃんと考えなければいけないからです。言い方によって大分違ってきます。それは夫や子どもたちの場合も同じです。それなりに分担は可能です。ある人は,そんなことを言うのだったら,自分でやったほうがいいと思うかもしれませんが,そういう見方をするからどんどん自分に仕事が回ってきてしまうのです。
 しかし,子どもに分担をしてもらう場合にはある程度トレーニングが必要でしょう。訓練すれば相当のことまでできるようになります。夫でも同じです。「いくら言っても駄目なのです」とおおかたの主婦たちは言います。言われれば渋々やりはするけれども,長つづきはしないとかです。「背広は脱ぎっぱなしで,自分では何もしないのです」と。私はその方に「結局,あなたはガミガミ言いながら片づけてしまうのではないでしょうか。だから彼はしなくなるのですよ」と言います。「では,どうしたらいいのでしょうか」と言われるなら,私は即座に「ほっといて,片づけてあげるのはやめなさい」と答えます。「そんなことをしたら洋服がしわだらけになってしまうでしょう」と返ってきますが,「それでいいのではないですか」と。翌日そのしわだらけの洋服を着ていかなければならないように何もしなければ,次の日から確実に片づけるようになります。別の主婦は,「そんな夫の姿を見ていられません。耐えられません」と言うのですが,実はそれが問題なのです。ご主人はそれをわかっていますから,何もしないのです。そうすれば妻のほうが我慢できずにやってあげるようになってしまうのです。
 職場ではどうでしょうか。上司から仕事を与えられたときに,「今,私はしなければならない仕事があります。その仕事はこのあとにしかできませんが,それでもよろしいでしょうか」と聞けばいいのです。断りなさいとは言いません。相手は上司ですからね。仕事はしなければなりません。自分の今の状況を説明すればいいのです。例えば,「私がしている現在の仕事は少なくても2日はかかります。ですから,それは2,3日後でなければやれません。それでもよろしいでしょうか」と。それでもいいとなったら,何も問題がないのではないでしょうか。そのような姿勢で対応していると,上司のほうからは何か頼むときには,「あなたは今これができますか」と聞いてから頼むようになるでしょう。
 もし一時的にどうしてもいくつかの仕事が重なって超多忙ということになったとします。そのときは,自分の意思で,決して周りから強いられてではなく,自分から残業もあるいは眠る時間も削ってやるのです。確かに精神的・肉体的には大変かもしれませんが,ストレスは最低限に抑えることができるでしょう。やらされているという気持ちがないからです。自分の意思でやっているとうつ状態にはならないのです。
 つまり,ストレスに対処するスキルを身につけていくということが大事だということです。そういう意味でのライフスタイルができると,とても楽になります。それには知恵を使わなければなりません。努力も必要だということは言をまつまでもありません。
 [6]サポート得る
 サポートを得ることも忘れてはいけません。他者から援助を受けるならば,最悪の結果に陥ることが少なくなります。うつ状態になりやすい人は,どうせ話しても何もやってもらえないのだからと考えてしまうのです。だから,話してもしようがない,話すのが面倒だということになりますから,その人たちはどんどんと人から離れていってしまいます。
 人間というのは,問題があると友人からも離れていきます。そして,もっと問題が大きくなります。問題があればあるほど,人との関わりをもつことが大事なのです。問題が雪だるま式に大きくなる人というのは,人から離れていきます。離れていけばいくほど,その雪だるまも大きくなっていきます。隠れてお金を借りたりします。そのときに他者からのサポートや知恵をもらえば,確かにその人たちが全部解決してくれるわけではありませんが,最悪の状態にはならないのではないでしょうか。
 [7]他人の痛みを援助する
 他人の痛みを援助することです。自分のできる範囲で援助することです。自分だけではなく,他の人にフォーカスを当てると,うつ的な傾向が少なくなります。これをライフスタイルとしてもつようにすればいいと思います。
 [8]規則正しい運動と食事をする
 正しい食事と適切な運動をすることです。うつ的な人は家に閉じこもりがちになりますし,食べるのも面倒になって,生活自体が単調になりがちです。栄養のバランスがとりにくくなります。特に運動は大事です。落ち込んでいる状態のときには外に散歩に行くことで,軽いうつは治ることがあります。食事もバランスのとれたものをとることです。それをライフスタイルとしてつづけていくことです。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION