日本財団 図書館


2 小国町の集落再編整備事業
(1)小国町の集落再編整備の背景
[1]昭和38年の豪雪と町民全世帯調査
 小国町は「鳥居はまたぐもの」と言われるほどの我が国有数の豪雪地帯であり、雪との闘いが生活の最大の課題であった。昭和38年の豪雪では冬季間の唯一の交通手段であった国鉄(当時)米坂線が10日間ストップし生鮮食料品、医薬品、金融機関の現金まで不足をきたす未曾有の豪雪災害に見舞われた。
 
(総合世論調査(昭和40年)の実施)
 このような中、小国町では、全世帯と中高生全員を対象とした総合世論調査を実施、当時は、小国町にテレビ塔が建った直後であり、都会の生活の姿が集落の住民にブラウン管を通じて伝わることとなり、集落住民の意識の変革が進んでいることが調査を通じて浮き彫りになった。結果は下記のとおりであった。
 
イ 先端の集落においては、今後地すべり的な構造変化、集落の崩壊が必至の見通しにある。反面、資源の保全活用に対応する有効な労働力の確保が必要である。
ロ 住民の生活欲求を充足させるためには、個々の集落単位で自己完結的に解決することはきわめて困難である。
ハ 先端集落まで公共施設を整備することは財政的にも不可能に近く、投資効果を度外視したとしても、将来にわたって住民の福祉に結びつくかどうかは疑問である。
二 住民の生活意識が低く、無気力な諦観と依頼性が強く、自立的発展の意欲にかけるところがある。
ホ 若年層やリーダー層の流動要因は、所得や生活便益に対する格差意識が強いことにある。
へ 山村特有の閉鎖的な社会構造が情報の不足をもたらし、他との接触を妨げていることから、この面の改善が必要である。
[2]拠点開発構想と豪雪山村開発総合センター
 小国町は、道路、医療、教育文化施設等の生活基盤の整備を図るため、昭和40年の山村振興法の制定、昭和41年の振興山村の指定を受けて、振興方針として「生活圏整備構想」を打ち出した。
※小国町の「生活圏整備構想」(昭和40年)〜拠点開発方式
(母都市と一次生活圏)
○町中心部を母都市とし、東、南、北にそれぞれ一次生活圏を形成する。
 
(母都市の整備「開発総合センター」)
○母都市となる中心部は都市的利便性を享受できる空間として位置付け、都市的機能を有する施設群を整備することとし、まちづくりのシンボルとして、図書館、研修施設、結婚式場等複合的な機能を有する「おぐに開発総合センター」を建設した。なお、この開発総合センターは町から国・県への提言に問題提起に端を発し実現したプロジェクトであり、国の縦割り行政の弊害を地方の知恵で克服した例として知られている。
 
(一次生活圏への拠点的な集落の設定と生活環境の整備)
○一次生活圏に背後集落をかかえた拠点的な集落を設定し、町中心部と拠点を結ぶ道路は冬季でも交通可能となるよう優先的に整備を行い、母都市とのネットワークを強化するとともに、拠点的な集落には統合小学校、基幹集落センター(開発総合センターの分館的役割)、児童館、診療所、農協の支所、駐在所などの施設群を意図的に、集中して整備し、新しい生活圏を構成することとした。
 拠点的な集落として設定されたのは、長沢(北部)、玉川(南部)、叶水(東部)である。
 
[3]昭和42年の羽越水害と住民からの集落移転の要望
(昭和42年羽越水害)
昭和42年8月28日から29日にかけて小国町は500ミリを超える豪雨(日量532ミリ)に見舞われ、被害総額は76億円、米坂線は復旧までに89日間を要す大水害であった。
 特に山間部の田畑の被害と復旧の遅れは深刻で、羽越水害は山村集落の住民から生産と生活の基盤を奪った。
 こうした状況下で実際に「挙家離村」するものも出始め、集落住民の間に、「移転」の声が出るようになった。また、昭和43年の12月には新潟県境にあった越戸集落の全戸(4世帯、18人)が自主的に町に下りてくるという事態に至った。
(農村計画研究会と移転3原則)
 小国町では、このような集落住民からの移転の要望に対して慎重な対応をとっていたが、要望の増加を踏まえ、集落の実態を詳細に調査すべく学識経験者、建設省、農林省、経済企画庁などの専門家で構成する「小国町農村計画研究会」を昭和43年10月に設置した。ここで設定した移転3原則は下記のとおりであった。
 
※移転3原則
[1]いままでそこに住んでいた人が、そこに住んでいたときよりも豊かにならなければならない。その豊かさは、金の面だけでなく、人間的な豊かさでなければならない。
[2]移転跡地が有効に利用できなければならない。廃村の状態をつくってはならない。
[3]移転した先でも、人間関係を含めて、いままでもっていた「むら」としての機能を保てるような状態でなければならない。
 
(居住限界集落の基準設定)
 農村計画研究会では、移転を要する集落の設定に当たり、町内117の全集落について調査を実施、その結果として社会生活上問題が多く、将来にわたり生活の維持が困難とする集落=「居住限界集落」の診断要件を下記のように定め、7つの診断要件のすべて又は[1]及び他の6つの条件のうち4つ以上に当てはまる集落を、「居住限界集落」とすることとした。
 診断の結果、全117集落のうちの25集落、206世帯が居住限界集落とされ、当該集落において地域住民の意思決定があれば、行政が支援するかたちで集落再編整備を行い、新天地におけるコミュニティの再編を試みることとした。
 
○「居住限界集落」の設定基準
1 地すべり、なだれ危険地帯
2 積雪が4.5m以上の集落
3 町中心部までの距離が20km以上、又は、拠点的な集落までの冬季の時間距離が1時間以上
4 集落の規模が30戸未満
5 冬季分校区、又は、へき地級3級以上の分校区内の集落
6 水田面積が10ha未満、反当たり収量390kg未満で、所得150万円の生産基盤が開発不能の集落
7 最近8年間の人口減少率が20%
 
[4]集落移転の実績
 結果、町全体で10集落、70戸が集落移転を行った。
(内訳)
昭和43年 越戸 5戸  
昭和45年 綱木 9戸  
  上滝 16戸  
  下滝 20戸  
昭和46年 豆納 2戸  
  赤沢 4戸  
  高野 3戸  
昭和48年 綱川 3戸  
  屋敷 5戸  
昭和52年 森残 3戸  
  計10集落 70戸  








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION