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4 考察 
(1)実証分析の総括 
 本稿では、3つの手法により広島市の産業構造の分析を行った。まず、市内自給率・市内需要率により、域内・域外のある需要水準の生産のために各産業が域外の経済活動にどの程度依存しているかを見た。この結果から、域際構造を大きく変化させている産業は、電力・ガス・熱供給であり、他の産業は、あまり変化せず、安定的な関係にあった。次に、逆行列係数の列和・行和により、域内・域外のある需要水準が微小変化した場合に、ある産業が域内の各産業にどの程度の影響を与え、また、どの程度の影響を受けるかを見た。この結果から、列和については、各産業で数値の差はほとんどなく、また、変化も少ない。行和については、商業、金融・保険、運輸、対事業所サービスの4産業が2を超え、他と比較して大きく、また、対事業所サービスが数値を上昇させていた。これら2つの分析結果は、概ね当初の予想どおりであった。
 最後に、市内生産額の変動要因の分解で、域内・域外の需要水準、生産技術、移輸入の変化により、市内生産額の変化分がどの程度説明されるかを見た。この結果は、ほとんどの産業において、市内生産額の変化が需要の変化によるものであり、技術構造や移輸入構造の成長寄与度がある程度見られたのは、対事業所サービス、金融・保険、教育・研究の3産業であった。 

(2)変わらない生産構造 
 一般的に企業は環境変化に適応して生産活動を変化させるから、その集計である産業や産業間の相互依存関係も変化しているはずであると考えられる。しかし、計量的な分析結果からは、ほとんどの産業が需要の変化に対して生産額を変化させており、産業間の相互依存関係を変化させることにより、生産額を変化させている訳ではない。
 広島市の産業構造は、需要の変化に対して生産額を変化させる産業が経済全体の中で大きなシェアを占めていることから、需要が増大すれば、生産活動は活性化し、需要が下がれば、生産活動が停滞してしまうという傾向が強く出るのではないか。つまり、需要変動の影響を強く受ける構造が産業構造自体に内在しているのである。特に中間投入比率の高い製造業の一部の産業が大きなシェアを占めていることが変動を大きくする要因となっていると考えられる。
 一般に産業の特性として、製造業は、製品を製造するために必要な原材料が一旦決まってしまうと、投入構造が固定的になってしまう傾向がある。それは、製品の仕様が決まり、生産設備を一旦設置してしまうと、それを変更させるのには、大きな費用が必要となるからである。その意味で、製造業は生産構造が変わりにくい産業である。

(3)変わる生産構造 
 一方、原材料が固定的でない産業は、伸縮的に生産構造を変えることが可能であると考えられる。一般に第3次産業は、サービスの仕様が製造製品より柔軟で、生産設備などへの依存度が小さい。そのため、成長率の変動要因を分解すると、技術効果や移輸入効果の部分がある程度大きいのではないかとの予想があった。しかし、計算結果からは、第3次産業のうち、多くの産業において需要の変化により生産額を変化させる生産構造を持っていることが分かった。生産技術や移輸入といった面から生産構造を変化させている産業は、対事業所サービス、金融・保険、教育・研究の3産業にしか見られなかった。第3次産業が意外と固定的な技術構造の下で生産活動を行っているのではと考えさせられる結果であった。ただ、第3次産業は、中間投入比率が低いため、第2次産業と比較して、市内生産額の変動が安定的であるという特色がある。 

(4)結果の政策的意味 
 地域の人々の生活を支えているのは、9兆円を超える市内生産額を有している産業全体である。成長から安定へという経済活動の変化を是とする文脈の中では、域内産業が需要の変化に大きな影響を受けず、生産活動を行うといった特性を持つ産業のシェアを大きくしていくことが重要である。そのためには、産業レベルでどのような産業がそうした特性を持つのかを検証する必要がある。
 こうした考えに沿って、分析を進め、結果として、対事業所サービス、金融・保険、教育・研究の3産業を今後の産業振興の対象とするのが適切ではないかとの結論に至った。
 特に、産業の特性分析により今後の産業振興の対象として対事業所サービスと教育・研究が適切であることが指摘された今回の結果が全く別の分析によりサービス産業や研究開発の振興を主張する産業振興策の結論と合致したことは、全く意図しない結果であった。 
(参考文献)  国民経済計算 斎藤光雄 創文社 1991年11月
(参考資料)  昭和60年広島市産業連関表 広島市企画調整局情報統計課 平成3年3月  平成2年広島市産業連関表 広島市企画調整局情報統計課 平成8年3月  平成7年広島市産業連関表 広島市企画総務局企画調整課 平成13年3月
 
Ax+Y+e=x+M (Ax+Y)・・・[1] 
 
 [1]を、t−1期、t期について考える。単純化のため、市内最終需要行列Yは各行の和をとり、各産業の市内最終需要として、ベクトルyと表す。
 
t−1期  At-1 xt-1 + yt-1 + et-1 = xt-1 + Mt-1 (At-1 xt-1 + yt-1)・・・[2] 
 
t期  At xt + yt + et = xt + Mt (At xt + yt)・・・[3] 
 
 両式とも左辺が総需要、右辺が総供給を示している。t−1期とt期の間の市内生産額の変動△xは、両式を市内生産額Xt−1、Xtについて解き、t期からt−1期を減ずることにより求めることができる。
 
Δx={I− (I−Mt) At }-1 {(I−Mt ) yt +et }
   −{I−(I−Mt-1) At-1}-1{(I−Mt-1) yt-1+et-1}・・・[4] 
 
 市内生産額の変化分△Xは、Mt、At、yt、et、Mt−1、At−1、yt−1、et−1の8つの変数によって説明される。[4]式の右辺第1項及び第2項の逆行列は、投入係数行列Aと移輸入係数行列Mの関数と見ることができる。また、市内最終需要と移輸出の和は、最終需要である。そこで、式を簡略化するため、次のとおり表記する。
 
Δx=B(At, Mt )ft −B(At-1, Mt-1) ft-1・・・[5] 
 
ただし、
B (At, Mt ) = {I−(I−Mt ) At}-1 
B (At-1, Mt-1 ) = {I−(I−Mt-1 ) At-1}-1 
ft = (I−Mt ) yt+ et 
ft-1 = (I−Mt-1 ) yt-1+ et-1 
 
 さて、△Xの第j要素は、第j産業の市内生産額の変化分である。ここで、[7]式右辺の逆行列B(A.,M.)の第i行をbi(A.,M.)とすると、第j産業の市内最終需要の変化分△x jは、次のとおり表わされる。
 
Δxj = bi (At, Mt ) ftbi (At-1, Mt-1 ) ft-1 
  = {bi (At, Mt ) + bi (At, Mt )− bi (At-1, Mt-1)} 
   ・{ft-1 + (ft − ft-1)} − bi (At-1, Mt-1) ft-1 
  =Δbi (ft-1 + Δf ) + bi (At-1, Mt-1) Δf 
Δxj =Δbi Δft-1 + Δbi f + bi (At-1, Mt-1 ) Δf ・・・[6] 
 
ただし、
Δf = ft −ft-1、Δbi = bi (At, Mt ) − bi (At-1, Mt-1 ) 
 
 [6]式の右辺第2項△bi△fは、変化分と変化分の内積であり、変化分と水準の内積である第1項△bift−1及び第3項bi(At−1,Mt−1)△fと比較して、非常に小さいと考えられる。これから、第2項を無視すると、第j産業の市内生産額の変化分△xjは、逆行列係数の変化分△biで説明される部分と、最終需要の変化分△fで説明される部分の和で近似される。
 
Δxj ≒ Δbi ft-1 + bi (At-1, Mt-1 ) Δf ・・・[7] 
 
 [7]式の右辺第1項の△biは、移輸入係数は変化せず投入係数のみが変化した場合の逆行列係数の変化分と投入係数は変化せず移輸入係数のみが変化した場合の逆行列係数の変化分、投入係数の変化と移輸入係数の変化の交絡部分で前2つの項で説明できない部分を剰余項として、これら3つの部分の和として表すことができる。
 
Δbi = bi (At, Mt ) − bi (At-1, Mt-1 ) 
   = {bi (At, Mt-1 ) − bi (At-1, Mt-1 )} 
    + {bi (At-1, Mt ) − bi (At-1, Mt-1 )} +剰余項 ・・・[8]
 
 右辺の中括弧で囲まれた第1項は、移輸入係数は変化せず投入係数のみが変化した場合の逆行列係数の変化分であり、第2項は、投入係数は変化せず移輸入係数のみが変化した場合の逆行列係数の変化分である。また、最終需要の変化分△fjは、市内最終需要の変化分△yjと移輸出の変化分△ejの和である。
 以上から、第j産業の市内生産額の変化分は、次の各項の和で近似される。
 
Δx j ≒ {bi (At, Mt-1) −bi (At-1, Mt-1)} ft-1
 + {bi (At-1, Mt) − bi (At-1, Mt-1)} ft-1
 + bi (At-1, Mt-1) Δy + bi (At-1, Mt-1) Δe・・・[9] 
 
ただし、 
Δy = yt − yt-1  Δe = et − et-1 
 以上








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