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第1章 総論
いま、なぜ新産業の振興が求められているのか 
 大都市においても、日本全国を被う産業空洞化と経済停滞の影響で、新しい産業の育成が求められている。また、IT化の進展による経済のグローバル化によって、日本を代表する各都市は、世界的な都市間競争に巻き込まれている。 本章では、こうした全国的規模で起こっている産業の空洞化や、新産業の振興の可能性について概観する。 
○産業構造の空洞化が進行、日本経済の低迷つづく
 1980年代、急激な円高傾向や貿易摩擦の激化などによって、様々な産業分野で輸出が停滞するなか、自動車、エレクトロニクスなどのハイテク産業の現地生産化が進んだ。また、NIESと呼ばれた韓国、シンガポール、台湾、香港が輸出指向型の製造業を発展させ、日本の輸出産業のライバルとなった。
 1990年代にはいり、さらにタイ、インドネシア、マレーシアなどのASEAN各国がNIESと同様の道をたどり製造業を発展させた。さらに近年、改革・開放政策下の中国が、工業化に成功し、ユニクロに代表されるように、進出した日本企業の生産拠点などから安価で品質のよい製品が逆輸入によって大量に流入している。
 これらの国々はいずれも日本との労働者の賃金の開きが大きく、日本において労働集約的な生産過程をもつ多くの産業で、廃業に追い込まれたり、製造拠点を海外へ移転するものもある。すでに、中国は粗鋼生産量で日本を上回り、カラーテレビ、VTR、エアコンなどの家電分野の生産量では、はるかにしのいでいる。これら産業はかつてリーディングインダストリーとして日本経済を引っ張ってきたため、その空洞化は、深刻な打撃を与えており、日本経済を再び浮揚させるには、新たな起爆剤となる産業が必要である。
 また、バブルの崩壊以降、低迷する日本経済は、加速する産業の空洞化もあいまって、長いトンネルから脱し切れないでいる。そのため業績が低迷している企業も多く、大規模なリストラに取組むものや、倒産にいたるものもあり、多くの失業者が発生している。平成3年には2%そこそこだった完全失業率もじりじり上がり、平成10年には4%台に乗り、とうとう昨年7月には、昭和28年に同内容の調査が始まって以来はじめて5%台となった。深刻化する失業問題に対応するため、こうした労働力の受け皿となる新たな産業が求められている。 
○IT革命による経済のグローバル化、都市間競争の時代へ
 IT革命により、経済・産業分野の全般で世界は大きくかつ急速に変化を迎えている。インターネットの導入とともに、これをベースとした新たな活動と組織が芽生え、急速に発達し、複雑で多様な関係が地球規模で広がり、形づくられつつある。こうした情報ネットワークを活用することによって経済、行政、地域社会など様々な領域において相互作用が生まれ、社会システムは根幹から変ろうとしている。
 誰とでも電子メールの交換ができ、大量の情報を短時間・低コストで流通させることが可能となった。銀行、証券などの金融取引はもちろんのこと、酒類販売店や書籍販売店なども電子取引を導入するようになっている。国境や距離を越えボーダーレスに情報が飛び交い、商取引が行われる。このため、企業間や都市間の競争も特定産業内や国内にとどまらず、グローバル化してメガコンペティションと呼ぶべき状態が到来した。
 各企業、個人ともこうしたIT革命について行かなければ、競争相手に置いて行かれてしまう。こうしたIT関連のニーズを背景に新たなビジネスチャンスが生まれ、e−ビジネス等のIT産業が誕生している。そしてニューヨークのシリコンアレーのようにコンテンツ製作などのソフト情報産業を集積し、地域産業に大きな経済効果をもたらす町も出現しており、グローバルな都市間競争を勝ち抜くため、産業・経済の新たな基盤となりつつあるIT関連の産業に、各都市の政策担当者の熱い視線が注がれている。 
○命運を握る科学技術の振興
 近年、特に1990年代に入って、世界各国は競って科学技術の振興を重要課題として取り上げ、政府による積極的な政策展開を図ってきている。欧米各国では、政府が戦略的に取組むべき技術を「国家重要技術」と位置付け重点化を図るとともに、リストアップ作業を通じて、大学、公的研究機関等の研究開発を実施する側と研究成果のユーザー側である産業界とのコンセンサス・協力関係づくりをおこなっている。これは科学技術の進展が産業動向に大きく関わり、世界的な大競争時代で優位に立つために必要不可欠との認識があるからである。そして、その背景として、社会全体が知識を基盤とする社会に移行していることがある。
 我が国においては、平成7年11月「産業の空洞化、社会の活力の喪失、生活水準の低下といった事態を回避し、明るい未来を切り拓いていくためには、独創的、先端的な科学技術を開発し、これによって新産業を創出することが不可欠」との認識のもとに、科学技術基本法が制定されている。この法律に基づいて策定された第2次科学技術基本計画において、21世紀初頭に政府の研究開発投資を欧米先進国なみの国内総生産比率1%(平成13年から17年で24兆円)に引き上げることを目指している。
 同基本計画では、「国家的・社会的課題に対応した研究開発の重点化」として、
 [1]少子高齢社会における疾病の予防・治療や食料問題の解決に寄与するライフサイエンス分野
 [2]急速に進展し、高度情報通信社会の構築と情報通信産業やハイテク産業の拡大に直結する情報通信分野
 [3]人の健康維持や生活環境の保全に加え、人類の生存基盤の維持に不可欠な環境分野
 [4]広範囲な分野に大きな波及効果を及ぼす基盤であり 、我が国が優勢であるナノテクノロジー・材料分野
 の4分野に対して、特に重点を置き、優先的に研究開発資源を配分することとしている。 
○日本経済をリードする新産業創出を
 以上に見てきたように、日本の多くの地域において、かつて地域経済をリードした基幹産業の空洞化が進んでおり、これに替わりうる産業の萌芽が期待される。IT革命によって経済のグローバル化がさらに進展するなか、日本は、技術集積などの特色を生かして資源の重点配分を行い研究技術開発等の支援を行うとともに、ベンチャービジネス等の創業環境を整え、21世紀をきりひらく科学技術シーズの中から生まれつつある新産業を育成して行くことが重要な課題となっている。 
大都市における新産業の育成施策について 
 企業成長の必須条件はヒト、モノ、金、情報であり、行政はあくまでもプレーヤーではなく、育成・支援する立場である以上、これらの経営資源の中で足りないものが整いやすい環境をつくるのが、その役割ということが言える。かつて都市の産業育成策と言えば、「○○テクノパーク」という名の工業団地分譲・産業誘致型であった。各都市が競って同様の施策をおこなった結果、全国に未利用の工業用地があふれるに至った。これは経営資源のモノの一種である工業用地が供給過剰となった結果であった。
 近年の新産業育成策は、誘致型から内発型に変り多少事情は異なるが、人材の流動化を考えると、やはりここで得られる教訓は、他市と同様の施策では、遅れをとるということであろう。
 前章で述べたように、都市において新産業の育成が求められており、各都市は競い合って、育成策を講じており、大別すると[1]IT産業の集積の促進[2]ベンチャー企業の育成[3]科学技術拠点の整備、科学技術の移転促進、に分けることができる。そして、その内容を見ると、既存の産業集積や人材の集積など各都市の特色を生かしたものとなっており、各施策担当者がかつての「誘致型」施策による学習によって、創意工夫のうえ、各施策プログラムを構築していることが分かる。以下、各分野ごとに概観する。 
[1]IT産業の集積の促進
 インターネットによるネットワークは新しい社会基盤であり、都市に集積しつつあるIT産業はその関連産業である。新聞が登場したときに広告業や風刺漫画家が商売として成立し、テレビの登場で番組製作会社ができたように、自然発生的なものとみることもできる。しかしネット社会のことわりとして、需要の所在から遠距離に立地することも可能で、無策によってIT産業の集積が生まれなければ、みすみす自都市のニーズが他都市のIT企業により満たされることになる。
 たとえば、仙台市においては、「仙台ITアベニュー構想」によって、拠点施設「仙台市情報産業プラザ(ネ!ットU)」「仙台ソフトウェアセンター(NAVis)」を整備し、フェイスtoフェイスの交流の場、経営情報の提供や地域のIT関連プロジェクトの受託などを行っている。本調査では現地視察を行ったが、大学病院と地域の医療機関の医療情報システムの構築を第3セクターの(株)仙台ソフトウェアセンターが受託していた。これは地域の医療機関における情報サービスを飛躍的に向上させる社会実験としても評価でき、仙台地域のIT化を進めるものであると同時にIT先進地域としてのイメージ向上にもつながるものであろう。
 地域社会のIT化を促進することで需要を喚起するとともに、様々な技術者が協業体制をとるIT産業にとって、“住み良い“都市イメージ(経営資源である協業相手と情報がありそうな)を作り上げることが、IT産業集積を促進するものと思われる。 
[2]ベンチャー企業の育成
 行政はプレイヤーでないのは前述したとおりであるが、各都市が進めるインキュベーション施設を高校の陸上部にたとえると、行政は各選手(ベンチャー企業)が活躍できるようにグラウンドや合宿所などを手配して、ハラハラドキドキ見守るマネージャーである。選手の中からオリンピック選手を育てるには、素質を見抜いてスカウトする監督やトレーニングを指導するプロのコーチも必要であろう。インキュベーション施設の運営の難しさは、こうした優秀な「監督」や「コーチ」などのスタッフ体制をつくることである。
 本調査にてご講演いただいた滋賀大学の大村和夫教授によると、とあるベンチャー支援財団の投資したベンチャー企業の中で、倒産事例10例を分析したところ、投資から破産までの期間は平均13.1月で、その半数は経営者の経営能力の欠如等の放漫経営が原因であり、3件がマーケッティングの能力不足が原因と見られる、とのことであった。もとより投資的危険が伴うのは当然であるが、特に公的資金を使って、ベンチャーの育成を図る自治体系インキュベーション施設では、ドロップアウトして“退部”というものをできるだけ少なくするよう、融資や投資時の審査やその後の経営指導の体制が重要と思われる。
 たとえば、京都市が助成を行うベンチャー企業の審査を行うため立ち上げている「京都市ベンチャー企業目利き委員会」は注目に値する。この「目利き委員会」は、京都のベンチャー企業の草分けであり、現在は京都経済界の重鎮となっている経済人と学識経験者8名で構成され、行政マンは入っていない。審査は書面審査である一次審査から全委員がすべての案件に目を通すという徹底振りである。そして、大学の研究者等である専門調査員の面談調査、「目利き委員会」におけるプレゼンテーションによる最終審査となり、このサイクルを年3回も行っているという。
 本調査において、ご講演いただいた日本政策投資銀行の藻谷浩介調査役によると、日本において経営技術を供給できる経営系人材は不足している。そうならば、こうした専門家を質と量(時間)確保することは、かなり困難なものと考えられ、各都市のインキュベーション施策の成否はこうした人材の確保が握っているとも言えよう。 
[3]科学技術拠点の整備、科学技術の移転促進
 21世紀は、科学技術の世紀である、と言われる。先に述べた重点4分野に係る基礎研究等の中から、産業・社会に有用な技術が生まれ、ビジネスシーズになるものと考えられる。しかしながら、基礎研究の成果が必ずしも起業の成功へと結びつかないと思われ、基礎研究等の拠点の整備は、世界レベルの研究設備や人材の招致など個別の自治体にとっては、荷が重いものであろう。
 その中で、神戸市の「神戸医療産業都市構想」は、神戸のみならず、京都大学、大阪大学等の学術機関と連携し、国家的プロジェクト等の活用などにより、ライフサイエンスに特化した科学技術の一大拠点都市となろうとする意欲的取組である。また、単に研究拠点をつくるだけでなく、地元産業界と連携して研究成果を活用して医療機器等の開発につなげるしくみづくりも行っている。
 また、大学等既存の学術研究機関から発明等の権利を民間企業等へ移転するTLOについては、既に全国に20以上が設立されている。具体の評価は今後の成果を待つ必要があると思われるが、技術シーズから起業に結びつきにくいことを考えると、逆に市場ニーズから学術研究機関へ研究テーマを提示する取組みなど、新たな展開が求められるものと考えられる。 
 以上、各大都市の様々な取組みについて言及したが、新産業の育成は、厳しい都市間競争にあることは言うまでもなく、他の都市といかに個別化した施策を講じうるかが問われている。従来の経済的な助成やインキュベーション施設・サービスの提供については、本書の各論部分で触れられるように各都市は知恵を絞って取組んでいる。今後は、法律の枠組みの中ではあるにせよ、各自治体でできる規制緩和や減税などの施策も検討されるべきであろう。








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