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同時多発テロに思うこと
佐々木 悦子
 
 アメリカ合衆国で同時多発テロが勃発しました。乗客を乗せた民間航空機をハイジャックして、高層ビルに激突するという神風特攻隊を想起させるような事件です。アメリカの物質文明の象徴ともいえる貿易センタービルが、眼の前で崩壊していく映画顔負けの映像は世界の人々の心を奪い、冷静な判断力をかき消してしまっているようです。西側諸国は、いち早くアメリカの"報復攻撃"という名の"戦争"(実際、アメリカの大統領はこれは戦争なのだと明言しています)を支持し、活動を開始しています。戦争放棄を掲げていた日本も、国際社会の仲間はずれになりたくないと言う"大義名分"のもと、十分な議論のないまま、驚くほどのスピードで自衛隊派遣をきめようとしています。戦争が始まるのでしょうか。あれほど懲りていたはずの戦争に、日本は当たり前のように、乗り遅れじと参加してしまうのでしょうか。すこし不安です。私は、政治的なことや憲法の論議を十分には理解していません。まして、宗教や中東地域の複雑な歴史的抗争は難しすぎます。もちろんテロは許されないし、瓦礫の下に行方不明となった人々の無念、家族の悲しみの前には言葉がありません。それにしても、"報復"という行為はそれ程当たり前のことだったのでしょうか。報復攻撃は、また新たな犠牲者と、悲しみと憎しみを生み出すことは皆わかっているはずなのに。
 テロと、現代の社会の中で起きる犯罪事件は同じではないのかもしれません。でも、多くのふつうの生活を送る人々にとって、日常の平穏が突然に、いわれもなく一方的に奪われるという点では同じでしょう。いったいなぜ?というくり返し湧いてくる疑問と、加害者に対する激しい憤り。現代社会の中では、これを"報復"という形で加害者にぶつけることは許されません。犯罪にあわれたかたたちの苦しみや、悲しみや、憤りはどこへいくのでしょうか。やり場のない思いをどうしたらいいのでしょうか。最近多発する児童虐待や家庭内暴力も含め、被害に遭うかたの多くは、もの言わぬ善良なひとびとなのです。この一連のテロ報道の中で、地下鉄サリン事件で被害にあわれた地下鉄職員の妻へのインタビューがありました。アメリカの報復攻撃をどう思いますか、との問いかけに対する妻の言葉が、ひとすじの光明を与えてくれます。「報復はよいと思いません。その事件のことについてたくさんのことを知り、いろいろなかたとそのことについて話をしたり、考えていくうちに、気持ちが安らいできました。」事件当時、オウムへの激しい怒りで修羅のようであった妻の口調は静かでした。犯罪被害者支援センターが、犯罪にあわれたかたのこの癒しの過程を底辺で支える力でありたい、と思ったのです。
(産婦人科医)








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