日本財団 図書館


(3)P号事件の処理の経過について
 この事件に関し、韓国政府は8月25日、P号を発見した日本側関係当局に、乗組員救助や正確な原因把握などでの協力を要請するよう、駐日大使館に緊急指示をだしたとされている。そして、事件当時の8月26日付の新聞は大きくこの事件を報道している。問題情況把握の一手段として引用すると(読売新聞)、その見出しは「漁船反乱事件、領海外で発生、領海内を漂流、救助は?曳航は?対応に苦慮の海保」というもので、本文は、「韓国のマグロ漁船「ペスカ・マー15号」(254トン)で乗組員同士の争いから11人が死亡したとされる事件は今月2日、日本領海外のポリネシア諸島付近で起きた。発生海域は捜査権が及ばない領海外だが、P号が燃料切れで救難信号を発信して領海内を漂流しているため、第3管区海上保安本部(横浜)は、救助して国内の港に曳航するかどうかなどを含めて対応に苦慮している。P号からの救難信号は、24日午前11時ごろ、東京の南西550キロの鳥島付近を航行していた東京都漁業指導船「みやこ」が、最初に受信した。連絡を受けた3管は航空機と巡視船「うらが」「しきしま」を現場に向かわせた。無線でP号の韓国人一等航海士から事情聴取した結果、P号の船内では2日、ポリネシア諸島付近の太平洋上を航行中に乗組員同士で騒ぎが起き、この際、韓国人7人、インドネシア人3人、中国人1人の計11人が死亡したという。P号はホンジュラス船籍で、韓国の水産会社の用船。7月14日に韓国・釜山港を出港した。P号は25日夕現在、鳥島西北西約40キロ付近を漂流している。国連海洋法条約では、海上での捜査権の範囲は自国の領海内(12カイリ)で、公海上での捜査権は所属する船籍の国に帰属することを定めている。P号のケースでは第一次的に船籍国に捜査権があるが、運行は韓国の水産会社のため、韓国側と協議して捜査するものと見られる。事件が起きた後、鳥島付近を漂流していたP号は近くの客船から目撃されていた。24日午後3時ごろ、客船で通過した都内の会社員(48)によると、P号に漁業指導船「みやこ」が近づき、P号はやや傾いているようにも見えたという。会社員が客船の乗組員から聞いた話では、漁船から「燃料がない」などと救助を求める無線が入ったため、客船は30分間ほど現場近くで待機していた。双眼鏡で見ても、漁船の船上に人影は見えなかった。」としている。
 次いで、8月26日付、韓国の東亜日報は、小見出しで「なぜ日本が先に調査するのか不満」としつつ、「事故情報が伝えられ、釜山海警は日本の海上保安庁警備艇により発見されたP号を釜山に曳航するため、通常休日に出勤しない職員を緊急に呼び出し、警備艇と職員を編成し緊張感が高まったが、日本でまず調査を行うという情報が伝わるや若干力が抜けた模様。しかし釜山海警はP号の出港地が釜山であり、船舶内の司法権を有する船長が韓国人であり、また韓国船員がもっとも大きい被害者である点を考慮し、船舶と加害者を引き渡してくれるよう日本側に要請。」と報道した。
 27日の韓国海洋警察庁発表では、救難艦を派遣したことと同時に、「同事故船舶が通信途絶下3日より、所在確認と捜索救助のため「捜索及び救助に関する国際条約」に基づき、関係国家と継続して協力してきたところであります。同事件はいくつかの国家と関係した複雑な事件ですが、船舶代理店と船長を含めた乗組員全員を我が国において管掌し、また被害船員の大部分が韓国船員であるため、我が国の海上警察において積極的に救助し捜査することが、国連海洋法条約にも則り、国内外の感情にも最も適するものと判断します。本件を効率的に収拾するために、海洋警察庁に対策本部を設置し、関係部署を通じて関係国との緊密な協力体制をとっており、海洋警察庁で状況をすみやかに把握し、刑事管轄を確保し、事件の真相を解明する方針です。」という内容であった。
 この件で海上保安庁が行ったのは事実関係の調査と事情聴取、巡視船による監視警戒であったと報告されている。8月24日には韓国海洋警察庁から海上保安庁に対し、「P号と乗組員全員を、日本と韓国の中間海上で引き継ぎ、引き受けることを希望する。引渡位置と日にちを通報してくれるように。」との連絡があったとされる。これに対し、日本側は、「P号については日本領海内で救助要請があり、日本国海上保安庁が先ず調査をすべきと考える。P号の船籍がホンジュラスであることから、本件の処理については外交的に解決が図られるべきであると考える。」と返答をした。
 25日午後、P号の旗国であるホンジュラス及び事実上の船主国と考えられる韓国に対し、外務省を通じて、海上保安庁が調査した事実関係を通報すると同時に、船体及び乗組員の取扱等に係わる今後の対処方針について早急に回答するように申し入れを行ったが、25日午後の段階でホンジュラス大使館とは連絡はとれていなかった。
 26日午前、在東京韓国大使館員が外務省を訪れP号の引渡を要請した。
 日本側は本件の事実関係について説明し、「引き続き判明した事実関係については連絡する。P号の船体、乗組員の引渡については内部でよく検討したい。」旨回答。
 この時点で我が国がP号の船体、乗組員を韓国政府に引き渡すについての考え方は次のような内容であったとされている。すなわち、8月26日現在において、韓国政府がP号の便宜置籍国であるホンジュラスからの同意をとりつけることを前提条件として、公海上においてP号を海上保安庁巡視船より韓国当局の船舶に預けることとし、この場合に韓国側より何らかの要請があれば、我が国としては側面的な支援を行うこととされた。そのような考えは、おそらく次のような事情と配慮からであろうと思われる。
[1]本件事件の発生が公海上であったと考えられること。
[2]我が国は、あくまでも最寄りの国であったため、漂流中のP号より救助要請を受け、緊急事態への人道的見地からの対応として事実関係の把握を行ったものであって、我が国のそれまでの対応はP号に対する捜査管轄権行使によるものではない。
[3]P号は引き続き領海外にあることからみて、逃亡犯罪人引渡法を適用して引き渡すことは適当ではない。それゆえ、P号用船者の国籍国である韓国側が引渡を求めるのであれば、船籍国であるホンジュラス政府の同意のとりつけ等の諸措置は韓国政府の責任において行われるべきものと考えられること。同様に、関係国である中国、インドネシアに対するしかるべき措置も、引渡を求めている韓国政府が行うべきものと考えられる。我が国は、在東京関係国大使館へ、事実関係につき情報提供を行うにとどめるべきと判断される。
[4]韓国政府がホンジュラス政府の同意をとりつけるとの前提条件が満たされるならば、法的に問題はない。また手続を複雑にせず且つ迅速を要するなら、公海上で引き渡すのがベターである。
 ところが、8月28日に、本件事例に対する対処方針が、ホンジュラス政府の同意が未だとりつけられてはいないけれど、韓国からの要請があって、公海上で韓国海洋警察庁救難艦「太平洋」が現場に到着しだい韓国側に引き継ぐことにするものとの変更がなされた。
 それは、理論的には、我が国としては、公海上にあるホンジュラス船籍のP号に対して、管轄権を有さず、当事国でない我が国が、韓国の要請を拒絶する法的な理由がないということ、そして実際的な理由として、P号のそばで、海上保安庁巡視船と韓国海洋警察庁救難艦が対峙するのは好ましくないと考えられたのであろうと思われる。
 なお、このような措置をとることに対し、最終的にホンジュラスは同意をしたということである。韓国政府は外務部より中国政府に、「朝鮮系中国人船員等を国内法に準じて捜査し、その結果を中国に通報する」という立場を中国に伝え、中国側から別段の異議の提起はなかったと、9月1日付の韓国東亜日報は伝えている。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION