日本財団 図書館


4.判決の問題点
(1)ベリーズの旗国としての地位
 まず、9名の裁判官がその反対意見で提起した問題は、今回の管轄権なしとの判断に至った裁判所のアプローチについてである。フランスが訴訟手続の過程で、ベリーズの船舶の旗国たる地位を争わなかったにもかかわらず、ITLOSがこれまで関係船舶の国籍が争われなかった3つの事件でとったアプローチから、今回離れたことに疑問を呈するのである(41)
 反対意見は、多数意見はベリーズ外務省の駐エルサルバドル仏大使への口上書を重視するが、その口上書はベリーズ当局がグランド・プリンス号の登録抹消過程にあることを示していると読まれるべきだというのである。さらに、ベリーズからフランス当局に提出された後の証拠はすべて登録抹消手続が停止されていることを示しているとする。要するに、提出された文書に基づけば、グランド・プリンス号の登録は、多数意見が述べるように、ベリーズ当局によって取り消されていたと結論し得ないというのである。反対意見は、サイガ号(第二)事件の判決に依拠しながら、この点を補強しようとする(42)。すなわち、
「裁判所は第91条を引用する機会をもち、第63項で次のように述べる。
 第91条は、船舶に対する国籍の許与に関して各国の排他的管轄権に委ねている。この点に関して、第91条は一般国際法の十分に確立した規則を法典化している。本条に基づけば、船舶に国籍を付与する条件、みずからの領域における船舶の登録条件及び国旗を掲揚する条件を定めるのはセントヴィンセントである。これらの事項は、国内法によって規律される。第91条2項に従えば、セントヴィンセントは、その旗を掲げる権利を許与した船舶に対してその旨の文書を発給する義務を負う。かかる文書の発給は、国内法により規律される。
さらに、第65項で次のよう述べる。
 船舶に対する国籍の許与と取消のための手続の基準と設定に関する決定は、旗国の排他的管轄権内の事項である。
そして、第66項では次のように述べる。
 裁判所は、船舶の国籍は、係属する紛争における他の事実問題と同様に、当事者の提出する証拠により決定されるべき事実問題であると考える(43)」と。
 こうして、反対意見は、海洋法条約の解釈として、原告は条約第292条の下で申立がなされた時点で旗国でなければならないことを要求されるのみであるとする。即時釈放制度の下では、抑留の時点で旗国であり、釈放に関する条約の不遵守が疑われた時点で旗国であれば、申立を行なう時点でも依然として旗国であると解されるべきだというのである。同船がベリーズに登録されていたとの権限あるベリーズ当局の声明は、ベリーズの立法が暫定航行免許の期間を超えて暫定登録の有効性を延長しうる手段を規定していたことに鑑みれば、なおさら同船の国籍を証明する最初の責任を十分に果たしているというのである。
 ところで、この旗国の地位の確定という問題は、そもそも即時釈放制度をどのような性格の制度と捉えるかという点にも関連してくる。同制度の捉え方次第では、異なる結論がでる可能性もある。その意味で、その結論の当否は別として、トレベス裁判官の個別意見は注目に値する。トレベス裁判官は、「船舶の旗国としての地位を決定する時点の問題は、第292条全体に照らして考慮されなければならない」との立場から、その個別意見の中で次のように述べる。すなわち、
 「第292条は、限られた目的のために、外交的保護の一形式を定めている。旗国は、釈放の申立を付託するにあたって、船舶の国籍によって結びつけられた私人の請求を取り上げる。このことは、申立が旗国に「代わって」関係のある私人により直接付託されることに鑑みれば、より一層明らかになる。
 外交的保護の場合、国籍の要件は、少なくとも請求が付託される時点及び違法行為が行なわれた時点に満たされなければならない。…判決は、第66項で、第292条2項に言及することにより、決定的時点は申立の付託の時点と考えているように思われる。
 違法行為が行われた時点に関して、サイガ号(第二)事件の判決において、裁判所は船舶が拿捕された時点でのサイガ号の国籍を考慮したことが留意されなければならない。実際、それはセントヴィンセントが拿捕は海洋法条約に違反して行われたと主張するところの、違法行為の主張が行われた時点であった。
 しかし、船舶の即時釈放につき裁判所に付託された事件において、主張される違法行為は、船舶の拿捕ではない。それはむしろ、合理的な保証金の支払い又は合理的な他の金銭上の保証の提供に基づく抑留船舶の速やかな釈放という条約規定の不遵守である。したがって、決定的時点は、そのような条約違反が生じたと主張されうる時点である。この時点は、船舶が拿捕された日の後にくる。それは、合理的な保証金の支払いが行われた後にもかかわらず抑留国が船舶の釈放を拒否する日、そのような保証金の提供が拒否された日、釈放が速やかに行われていないと主張されうる日、保証金が決定されそれが合理的でないとみなされうる日、例えば第73条2項の規則の違反が生じたと主張されうるような日である。
 本件においては、この日は大審裁判所が船舶の釈放のために先の形式及び額を決定した2001年1月12日よりも早くなることはなく、また、遅くとも大審裁判所の裁判官の命令により保証金の支払いが却けられた2001年2月22日までであると思われる(44)
というのである。しかし、トレベス裁判官のように、即時釈放制度を外交的保護権の行使の一形態と理解することが、その制度の趣旨に沿っているといえるかどうか疑問なしとしない。なぜなら、即時釈放制度は、ITLOSを介在させることにより、「船舶の旗国等が金銭を担保にして沿岸国の国内法上の手続から船舶の所在場所を切り離して、船舶の航行の自由を回復すること(45)」をその目的とするものであり、その意味では、沿岸国裁判権行使の完了(換言すれば、国内的救済の完了)を待たずして、抑留船舶の即時釈放を命ずる制度である。領域主権を尊重し、その行使の前提として国内的救済の完了を求める外交的保護権とは、性格を大きく異にしている。その意味で、外交的保護権における自然人や法人の国籍と同じ発想で、即時釈放制度における船舶の国籍の問題を考えることはできないように思われる。
 いずれにしても、多数意見も反対意見も、第292条の解釈として、申立の時点で抑留船舶の旗国であることが証明されなければならないという点では同じ立場に立っている。両者を分けたのは、ネルソン裁判所次長の宣言にあるように、ベリーズ外務省の口上書にある「ベリーズ当局により科される罰則は、本日2001年1月4日より有効となる登録抹消であります」という文言を明確なものとみなすかどうかという文書の評価の問題であった(46)。多数意見は、これを肯定し、フランスが提出した文書の解釈により、グランド・プリンス号がみずからの違法操業により暫定航行免許記載の罰則により登録抹消がなされたと解するのに対して、反対意見は、ベリーズ提出の文書は登録抹消の手続が停止されている状態を示すに過ぎないとして、依然としてベリーズが旗国であると解している。この提出文書の評価あるいは解釈の相違が、両者の結論を隔てることになった。
 しかし、冷静に考えてみれば、ジャン=ピエール・コット特任裁判官の指摘にあるように、国家間の訴訟であるこの即時釈放の事例において、ITLOSが、請求の対象となっている船舶の国籍に関して不完全かつ矛盾した情報で満足しなければならなかったのはなぜかという問題に、もっと注意が払われてもいいように思われる(47)。ベリーズには酷かもしれないが、個人の弁護士を国家の代理人とした「つけが回った」ともいえよう。裁判所側に、同人により旗国の法的地位について与えられる情報の信憑性や信頼性に対する懸念がなかったとはいえないからである(48)。実際、アンダーソン裁判官は、その個別意見の中で、「ベリーズにより任命された代理人は、スペインで個人開業しているベリーズ人でない弁護士であり、ベリーズのさまざまな政府部局及び機関の声明における文面上の非整合性を、ITLOSに説明するのに十分な地位にある者ではない(49)」と率直な批判を加えている。なお反対意見は、前述したように、抑留の時点、すなわち違法操業を行ったとされる時点の旗国は申立の時点でも旗国と解されるべきだとの立場を表明している。
 いずれにしろ、今回の事件は単純な事実問題とみられがちな船舶の旗国という問題が、案外に制度の根幹にまで遡って考えるべき事柄を内包していることを示したものとして注目される。ITLOSが示した結論の当否はともかく、大型漁船に顕著な昨今の便宜置籍や用船関係の複雑さも相まって、即時釈放制度における抑留船舶の旗国の地位の決定という問題は、今後とも議論が生じる余地が十分にあり、注視していく必要があるように思われる。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION