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(2)両当事者の主張
 原告ベリーズは、まず、サンポール大審裁判所が命じた保証金総額は、条約第73条2項の意味での「合理的な保証金又は他の保証」には当たらないと主張した(14)。また、銀行保証の形式での保証金の支払いが認められず、現金又は小切手とされたことを非難した(15)。さらに、サンポール大審裁判所が保証金を命じた数日後に、サンデニ軽罪裁判所が即時釈放という緊急状態を避けるために船舶を没収する判決を下したことは、「策略("artifice")」にあたると主張した(16)。そうした判決は、「トリック」以外の何ものでもなく、たいていの国の法律では、「詐欺("fraud of law")」として取り締まられるものであると非難した。もし、この種の没収が認められるのであれば、条約第73条は「死文」化するであろうと主張した(17)。そして、その申立書において、
1 裁判所は条約第292条に基づき申立を審理する管轄権をもつと宣言すること
2 申立が受理可能であると宣言すること
3 グランド・プリンス号の釈放のために定めた保証は、その額、性質又は形式が合理的でないので、フランスが条約第73条2項を遵守しなかったと宣言すること
4 船舶が没収されたこと及び没収の判決が暫定的に執行されたと主張して、合理的な又はいかなる種類の保証の提供後にも当該船舶の釈放を許可せず、速やかな釈放の要求を回避したことにより、フランスが条約第73条2項を遵守しなかったと宣言すること
5 裁判所により決定される保証金又は他の保証の提供に基づき、フランスがグランド・プリンス号を速やかに釈放しなければならないと判決すること
6 保証金又は他の保証は、20万6千149ユーロ又はそれと同等のフランスフランの額でなければならないと決定すること
7 (省略)
8 保証金は銀行保証の形式であることを決定すること
9〜10(省略)(18)
を、裁判所に求めたのである。つまり、本件で、ベリーズは、条約第292条と併せ読む第73条2項による船舶の即時釈放という制度は、船舶の没収を命ずる刑事裁判所の判決にかかわらず、依然利用可能な救済であることの確認をITLOSに求めたといえるのである。
 他方、被告フランスは、意外にも、裁判所規則第111条4項に基づき応答の書面を提出する必要はないとの見解を示した。代わって、「フランスの見解」と題する文書の中で、フランスは、その理由として、次の2つを挙げた。第1の理由は、即時釈放手続の性質そのものに関わるものであり、第2の理由は、請求を取り巻く事情から発生するというのである(19)
 フランスの主張によれば、条約第292条に定める手続は、抑留国の管轄下にある船舶の船長又は所有者に対して提起された司法手続の完了の前に、合理的な保証金の提供に基づき船舶の即時釈放を確保するという唯一の目的をもつに過ぎない。したがって、国内裁判手続がその結論に到達したとき、第292条の手続はその存在理由を失い、即時釈放の請求はムートになる(請求目的を喪失する)というのである(20)。つまり、国内裁判所で結審している以上、換言すれば、第292条に規定される権限ある国内裁判所がすでに船舶の没収を命ずる本案判決を下している以上、この段階で第292条に基づく即時釈放手続に訴えることはできないというのである。主要な又は二次的な刑罰として国内裁判所により宣言された没収は、没収された財産を正式かつ最終的に国家に譲渡する効果をもつというのである。つまり、船舶の所有者は、当該司法判決によって、みずからの所有権を失うとするのである。したがって、救済を即時釈放手続に求めることはできないとする。なぜならば、当該船舶所有者はもはや船舶に対する所有権の保持者とはみなされないからである、というのである。また、万一、裁判所が申立を審理するのであれば、それは第292条に反し、本案について国内裁判所が下した判決に干渉する効果をもつことになるとも主張した。フランスは、その根拠として、「裁判所(ITLOS)は、…釈放の問題のみを取り扱う。ただし、適当な国内の裁判所に係属する船舶又はその所有者若しくは乗組員に対する事件の本案には、影響を及ぼさない」と規定する第292条3項の条文を挙げたのである。沿岸国の法令に違反した外国漁船の船長に対し提起された刑事手続において、適用可能な刑罰を決定し、それを科することは「本案(21)」の不可分の一部であるというのである。それゆえ、ITLOSは、即時釈放手続という手段を通じて、国内裁判所の行為又は結果(既判力をもつ本案に関する国内判決)に干渉することはできないと主張するのである(22)
 さらにフランスは、第73条2項の要件を避けるために「策略」を考案したと主張する原告の批判は全く支持しえないと反論した。ITLOSは、フランスにおける裁判所の手続的公平性や適正手続の否認の主張を審理する権限をもたないのであり、申立が即時釈放の問題を扱うのではなく、漁船の没収を問題にする限りにおいて、それはフランスの主権的権利の行使等に関係することになるとする。その際、フランスは、同政府が、第15部第2節の義務的手続の規定の適用からの選択的除外に関する第298条1項(b)に従って、第297条2項又は3項に基く主権的権利又は管轄権の行使に関する法執行活動に関する紛争に関して、条約第15部第2節に定めるいかなる義務的手続も受諾しないことを宣言していることに注意を喚起した。さらに、即時釈放を要請する船舶は、すでに権限あるフランスの裁判所の判決に従って没収されているので、申立は目的をもたないと主張したのである(23)。そこでフランスは、その最終申立において、
1 第1にベリーズの名において2001年3月21日に提出された速やかな釈放のための申立は受理し得ないことに留意し、いかなる場合においても、裁判所は申立を審理する管轄権を有さず、したがって却けられなければならないこと
2 選択的申立として、裁判所による合理的な保証金の提供後の速やかな釈放に関する判決の採択を通常規律する条件が、本事件の状況では満たされておらず、それゆえ、原告国による申立は却下されることを判決し宣言すること(24)
を求めたのである。
 以上のように、国内裁判所が保証金として課した金額の「合理性」やその支払形式をもっぱら争ってきたこれまでの即時釈放に関する事例とは異なり、ITLOSがどれだけ沿岸国裁判権に介入できるのかという新たな論点が、少なくとも申立段階では管轄権とともに争われることになったのである。その意味でも、裁判所の判断が注目されることになった。








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