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4.国際的な組織犯罪に対する現行法の解釈論一密輸罪の成立時期をめぐって
 国際的な組織犯罪に対する現行法の解釈・運用上の問題として、薬物・銃器の密輸入罪の成立時期が、特に海上の取締りに関して近時話題を呼んでいる。そこで、これらの事件と裁判所の判断を紹介しつつ、問題点を指摘することにしたいと思う。
(1)ヨット「悠々」けん銃密輸事件第一審判決
 まず、ヨットでけん銃を密輸しようとする事件が近時発生しこれに対する有罪判決が出されたので、この事件を紹介することにしたい。事件の概要は次の通りである。被告人3名は、Mらと共謀し、先にフィリピン共和国内で入手したけん銃及びけん銃実包を輸入しようと企て、法定の除外事由がないのに、営利の目的で、2000年(平12)9月19日頃、フィリピン共和国カラヤン島沖に停泊していたヨット(帆船「悠遊」号)内にけん銃86丁及びけん銃実包1107個を積載した上、同船を本邦に向けて航行させ、同月21日午後9時36分頃、北緯24度4.5分、東経123度22.5分の沖縄県八重山郡竹富町中御神島西端から真方位238度12海里付近に当たる本邦領海内に同船を到達させて同けん銃及びけん銃実包を本邦内に搬入させた。
 9月22日午前10時15分頃、石垣海上保安部巡視船が、石垣島御神崎沖合で不審なゴムボートを曳航するヨット(帆船「悠遊」)を発見し追跡したところ、ヨットの乗務員がゴムボートの積載物を投棄のうえ同乗組員がボートで逃走するのを現認したため、船長を確保すると共に、海中の投棄物を捜索し、投網様の袋4袋を発見回収の上、船長に在中品を確認させたところ、上記のけん銃及びけん銃実包があったので、船長を銃刀法違反(けん銃所持罪)で緊急逮捕した。その後、逃走していた共犯者を同日午後7時35分石垣島内で発見し緊急逮捕した。事件の通報を受けた沖縄県警では、石垣海上保安部等と合同捜査を開始し、その後の捜査により、2000年(平13)1月9日、営利目的のけん銃及びけん銃実包輸入罪で2名を再逮捕し、那覇地方検察庁は1月31日にけん銃等の輸入罪、所持罪でこの2名を含む合計3名を那覇地裁に起訴した。
 那覇地方裁判所は審理の末、けん銃は陸揚げ前に海に投げ込まれたためにけん銃輸入罪は既遂に達していないとして輸入予備罪の成立を認め、船長に懲役13年、罰金80万円、他の被告人には懲役7年を言い渡した(14)
 この審理の過程で、裁判所側は「領海線突破だけではけん銃拡散の現実的な危険に達しない」として検察側に訴因の変更を勧告したが、検察側はこれを拒否しあくまでも輸入既遂罪の成立を主張していた。そこで、検察側は一審判決を不服として控訴した。
 本件は、瀬取り方式による薬物密輸の事案である玉丸事件第一審判決と輸入の対象物、輸入の形態こそ違いがあるが、そこで問題とされている法的問題は、薬物・銃器の「輸入」概念であり、輸入罪の既遂時期をいつとみるかという点である。営利目的のけん銃輸入罪の最高刑が無期懲役であるのに対し、輸入予備罪は懲役5年となっておりその法定刑には著しい格差がある。そして、最近の密輸の手口として、本件事例のようにヨットを使用するなどして直接、仕出国から搬送するやり方や、外国の大型貨物船で本邦近海まで運搬し、荷受け人である我が国の暴力団等と示し合わせ、洋上でけん銃等を海上に投げ込み、これを漁船で回収するという新たな方式もとられている今日、これらの事態に的確に対応して密輸入事件を水際で検挙するためには、日本の領海内に入り、外国の貨物船から日本の漁船に積み替えた時点、ヨットなどで外国から直接搬送する場合には日本の領海内に入った時点で輸入罪が既遂に達したと考える検察側の主張にもそれなりの理由があるように思われる。しかしながら、玉丸事件第一審判決も覚せい剤営利目的輸入罪は成立せず、輸入予備罪が成立するにとどまると判示しており、本判決もほぼそれと同旨の判断を示している。本件の特徴は、輸入の対象が(玉丸事件の薬物とは異なり)けん銃であるため、その存在自体が危険であるという点にある。検察側はその点をも強調し、領海内に搬入された時点で直ちにけん銃存在の危険性が我が国内で発生すると主張しているが、裁判所はこれを認めなかった。輸入予備罪に固執する裁判所の判断が実際的にも理論的にも果たして妥当であるかについては慎重に検討されなければならないであろう。








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