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(5)ワリオバ判事の反対意見
 ワリオバ判事の反対意見では、ギニアにおける石油密輸の問題が取り上げられ、サイガ号の洋上補給が、単なる排他的経済水域における漁船への補給行為としての性質を持っているだけでなく、密輸と深い関わりがあることが指摘されている。ギニアは本件で、一貫して、洋上補給がおよぼす沿岸国の財政に対する影響を強調してきたが、ワリオバ判事の反対意見では、排他的経済水域における沿岸国の権利を沿岸国の財政と関連づけた次のような議論が行われている。
 
 ギニア関税圏はギニアの関税法によって設置された機能的な区域であり、慣習法に基礎を置く関税保護区域である。サイガ号はギニア関税圏内でのギニアの関税法違反で拿捕されたのであり、ギニアがこの区域に領域的管轄権を行使することを主張してはいないため、同船が領海に入らなかったことや、洋上補給行為がギニアの接続水域内で行われたことは問題にならない。
 裁判所は、セント・ヴィンセントの、ギニア領域内に軽油を持ち込んでいない、という主張を認めたが、ギニアは、公益を守るために密輸取締りを行ったことを一貫して主張してきた。この点について、裁判所は、沿岸国は関税関係の法令を排他的経済水域に適用することはできない、と結論づけたのみであった。しかし、ギニアが本件で適用した法94/007/CTRNは、燃料の輸入のみを対象としたものではなく、配送、貯蔵、売買をも規制対象とするものである。裁判所は、そのような広い規制範囲を持った法令のうち、セント・ヴィンセント側が主張する輸入についての側面のみをとりあげて判決を下しており、ギニア側の主張についての評価は行っていない。問題となる法令は、排他的経済水域でのギニアによって許可された漁船による密輸を特別に規制対象としているものである。(paras.63-70)
 ギニア側の主張によれば、ギニア沿岸で行われている軽油の密輸の多くは漁船によるものであるため、ギニアは、それを防止するために、認められた給油所以外での漁船への給油を禁止した。国連海洋法条約では、排他的経済水域における沿岸国の主権的権利の1つとして、漁船に対して操業許可を行う権利が認められている。沿岸国は、漁業を許可する際に、条約と両立するいかなる条件をも課することができる。ギニアは、公益を守るために、操業許可条件の1つとして燃料の洋上補給を禁止していると主張している。
 国連海洋法条約上、排他的経済水域における操業条件に、関税に関する事項を含めることは禁じられてはいない。条約第62条によれば、沿岸国は、操業許可およびその報酬についての法令を制定することができ、特に発展途上国の場合、そこに財政、設備、技術の分野における十分な補償を含めることができる。このことは、排他的経済水域で収益を得ることに関する法令を制定することが禁じられていないということである。
 さらに、条約第62条4項(h)では、漁獲物の全部または一部を沿岸国の港に陸揚げすることを求めることができる。もし、漁獲物を沿岸国の港に陸揚げするとすれば、関税法を含む税法の対象となる。このことから、ギニアのように漁船による密輸によって収入源が脅かされれば、それに応じた必要な法令を制定する権利を沿岸国は有しているとみることができる。(paras.75-76)
 ギニアのような発展途上国にとって、燃料に対する付加金や税の収入が財政に占める割合は非常に大きいため、この収入を守るための方策は重要である。全体として、漁船が使用する燃料に対する課税を含めた、ギニアの排他的経済水域での活動から発生する収益の額は非常に大きいため、ギニアにとっては重大な公益であるが、このことは他の発展途上国についても同様である。
 しかし、裁判所は、そのような経済的な公益の原則を認めることは、沿岸国に、沿岸国の排他的経済水域での経済的な公益に影響を与えたり財政的な損失を招くような活動をすべて禁止することを許すことになり、海洋法条約第56条と第58条の規定と相容れないとする。(paras.77-80)
 排他的経済水域概念の根底にある価値観は、沿岸国の経済的な利益にある。国連海洋法条約第56条はこれを体現した規定である。海洋法条約の排他的経済水域制度は、領海の幅の制限や国際海峡、群島国家の制度などを認めた際の妥協として、沿岸国の経済やその他の利益を、他国の当該水域における権利に優越させるために形成されたものである。そのことからみて排他的経済水域の概念に含まれる沿岸国の経済的利益には、財政的利益も含まれるのであり、裁判所がこれを認めないのは、時代を逆行するものである。(paras.80-81)(16)
 
 他の判事の分離意見が、洋上補給に対する沿岸国の管轄権行使を条件付きで認める場合でも、あくまで排他的経済水域における漁業に対する主権的権利の行使に付随する取締りの一環として認める可能性があるという姿勢であったのに対して、ワリオバ判事の反対意見は、沿岸国の財政的な利益まで、排他的経済水域制度が保護の対象としている沿岸国の経済的利益とみることによって、沿岸国の排他的経済水域における権限の拡大を容認するものであるといえる。








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