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(2)ヴカス判事の分離意見
 ヴカス判事は、判決が洋上補給についての判断を行わなかったことを批判して次のように述べる。
 
 セント・ヴィンセントが求めているのは、ギニアの行動からセント・ヴィンセント旗を掲げる船舶の航行の自由一般を保護することであり、サイガ号に対する攻撃とそれに関連する事柄はギニアの行動の例示に過ぎない。(para.7)
 セント・ヴィンセントは、国連海洋法条約第58条で保障されている洋上補給を含む航行の自由及びその他の自由が、ギニアの排他的経済水域で、関税や密輸取締法の対象とされてはならないことを求めている。セント・ヴィンセントは、排他的経済水域内で軽油を補給する権利はアプリオリに航行の自由の権利とその他の国際的に合法な行為の中に含まれており、海洋法条約とその準備作業においても、また、国家実行、学説においてもそれが認められていると主張しているが、その証拠は提出していない。航行の自由に関するセント・ヴィンセントの論点は唯一、排他的経済水域は国連海洋法条約第55条にいう特別の法制度であって、そこでは、洋上補給を含む公海自由にかかる既得権は、条約で明示的に限定されたもの以外は変更があってはならない、というものである。(para.8)
 これに対して、ギニアは、排他的経済水域で適用可能な公海自由には洋上補給は含まれてはいない、と主張して、条約が沿岸国に明示的に認めていない権利や管轄権が自動的に公海自由のもとに置かれることはない、としている。サイガ号の行った洋上補給については、ギニアの排他的経済水域内で漁船に対して行った補給は、条約第87条にいう航行の自由にはあたらず、通常の船舶の運航に伴う行為のような他のいかなる国際的に合法的な使用にもあたらないとし、本件で問題とされるのは、サイガ号の航行ではなく、同号が行ったギニアの排他的経済水域における洋上補給という商行為であるとしている。さらに、ギニアは当事国間に存在する相違点を明らかにするために、次のような2つの点を区別している。
 すなわち、まず、「航行するのに必須である燃料を得るという行為は、航行の補助あるいは航行に関連するものであると考えられるのに対して、燃料を補給する(与える)行為はそうではない。」とする。そのため、第三国の排他的経済水域内で洋上補給を行う船から燃料の補給を受ける行為は条約第58条1項を侵害してはいない。
 次にギニアは、漁船への燃料の補給と単に排他的経済水域を通航しているだけの船舶に対する燃料の補給とを区別して、漁船への補給のみを問題にしている。(para.9)
 すなわち、両当事国とも、漁船以外の単に排他的経済水域を通過しているのみの船舶に対する補給行為は合法的であることを認めている。そのため、裁判所の任務は漁船への洋上補給についての立場の相違の分析と調整に限定することが可能であった。(para.10)
 
 このように述べて、判決が漁船に対する洋上補給行為の合法性について判断しなかったことを批判する。しかし、結論については、次のように述べて、結果的に判決と同様の立場をとる。
 
 一方、ギニアは排他的経済水域における漁船への燃料補給の合法性を否定するが、その根拠を、条約第58条3項の、排他的経済水域の生物資源に対する沿岸国の主権的権利に対する他国の配慮義務や、第56条1項(a)の、排他的経済水域における一般的に認められている沿岸国の権利にその根拠を求めようとはしていない。(paras.11,12)
 ギニアが洋上補給を規制する理由としてあげたのは次の2つである。
 まず、洋上補給を受けることによって、漁船は港に寄港することなく漁場に長く滞在でき、より多量の漁獲を得ることができるため、沿岸国は漁業政策の点で排他的経済水域での洋上補給を規制する利益があること。
 次に、排他的経済水域の漁船から得られる関税の収益の重要性があげられている。すなわち、石油製品の関税収入は、ギニアの全関税収入の少なくとも33%を占めているが、排他的経済水域で操業するギニア漁船は全体の10%であり、排他的経済水域における外国漁船からの関税収入は、ギニアの重要な収入源となる。(para.12)
 このように、漁業との関連性は認めるものの、ギニアは、排他的経済水域での漁船への洋上補給は国連海洋法条約第56条1項(a)に規定されている漁業や生物資源の保存管理に関する沿岸国の権利にあたるものではなく、また、同条が規定するエネルギー開発等のその他の経済的活動とも異なるものとして、結果的に、漁船に対する洋上補給行為を、排他的経済水域における沿岸国の主権的権利を構成するものであるとは主張しない。(para. 13)
 ギニアは、漁船に対する洋上補給を規制する法的基礎を、排他的経済水域で沿岸国に認められている既存の権利とは結びつけずに、一般国際法の規則と原則に求め、「ギニアは、公益に重大な影響をおよぼす排他的経済水域での正当な根拠のない経済活動から自国を守る固有の権利を有する」と主張して、最終的には、海洋法条約第59条の、排他的経済水域における権利又は管轄権が沿岸国又はその他の国に帰せられていない場合において、沿岸国とその他の国との間に利害の対立が生じたときには、その対立は当事国及び国際社会全体にとっての利益の重要性を考慮して、衡平の原則に基づき、かつ、すべての関連する事情に照らして解決する、とする規則に依拠している。(para.14)
 
 以上のようにギニアの立場を分析して、ヴカス判事は、最終的には、このようなギニアの態度について、「公益」の概念は海の制度を樹立している規則から逸脱するための理由として用いることはできず、排他的経済水域の制度は第3次海洋法会議に参加した多数の国家の公益の上に成り立っているため、一国の財政上の利益をあらわすような例外的な観念ではないとして、結論としては、判決の結論と一致するとしている。(para.15)(13)
 
 ヴカス判事のこの分析に見られるギニアの態度は、洋上補給に対する沿岸国の管轄権行使の根拠を、排他的経済水域において沿岸国に認められている漁業やその他の資源開発に関連する既存の権利を援用することなく、沿岸国の財政上の利益に代表される「沿岸国の公益」というような別の概念によって洋上補給を沿岸国が規制することを認めさせようとしている点で、排他的経済水域における新しい権利の内容を創設しようとする論理が含まれていると思われる。
 ヴカス判事は、最終的には、排他的経済水域の制度は第3次海洋法会議の参加国の公益のバランスの上に成り立っているものであるから、一国の財政上の利益を理由として既存の制度を変更することはできない、という立場をとっているが、逆に言えば、多くの国の公益が洋上補給に対する沿岸国による規制を容認する方向に向かえば、洋上補給の規制について、排他的経済水域での沿岸国の権利内容に新たな権利を加えることも可能であるととらえることのできるものである。








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