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2-4.都市公共交通の整備上の問題点と教訓
1)マニラ首都圏の都市公共交通整備上の問題点
(1)激しい道路混雑
 都市人口の増加によるトリップ増加により、道路整備が自動車の増大に追いつかず、市内の主要道路は依然として混雑が激しい。このため移動に伴う時間損失,大気汚染の悪化,騒音等の問題が解消されていない。マニラ首都圏では今後も人口増加が見込まれていることから、自動車だけで対応するには限界がある。
 一方、既に開業しているLRT1,3号線は1日数十万人が利用する等、定時性に優れる市民の足として定着しつつある。
 このことから、今後は自動車と軌道系システムのそれぞれの特徴を活かしつつ、流動量の多い幹線軸上では、道路上空を活用し、大量性に優れる軌道系システムの導入推進が有効である。
 
(2)導入システムと需要のミスマッチ
 LRT1号線においては、市内中心部を通る路線形態,バス等に比べて定時性,速達性に優れる等のため、平日・休日を問わず混雑しており、開業以来、50%輸送力増強工事,100%輸送力増強工事(事業中)が進められてきた。
 これほどの需要があると予測されていれば、当初からLRTを選定せずに、在来型都市鉄道を導入すべきだった。恐らく建設費用でも両者はそれほど大きな差はなかったものと思われる。当初から在来型都市鉄道を導入していれば、増加する需要に対しても柔軟に対応でき、16年間において2度にわたって輸送力増強をする必要はなかったはずである。
 このことから、軌道系システムの導入時には、将来の需要をよりきめ細かく予測し、これに対応可能なシステムを選定する等、F/S,機種選定の精査を慎重に検討することが重要である。
 
(3)駅周辺における交通処理が不充分
 LRT1号線では交通結節点の整備計画もなく建設されてしまった。ターミナル駅を中心に、集客にくるバス,ジープニー,トライシクルによる混雑,露店の出店等のため各駅における交通は一層混雑してしまった。もし駅前広場などが計画されていれば、今日のような混雑した交通にはならなかったと思われる。
 今後、既成市街地に新しい交通機関を導入するには交通結節点についての十分な検討が必要である。特に駅前広場などの交通結節点を十分に考慮しておくことは、将来の都市計画においても交通計画においても都市形成の上、重要な位置を占めることになる。
 
(4)LRT同士の結節性が低い
 LRT1,2,3号線の計画に当たっては十分なマスタープランが策定されておらず、路線単位でプロジェクトが進んだため、路線間の乗り継ぎ時の移動抵抗が大きい,運賃制度が異なる等、LRT同士の結節性が低い。また、システムも異なる部分があるため将来的な直通乗り入れ等に支障がある等の問題もある。
 もし、マニラ首都圏の交通マスタープランが長期的展望にたって策定されていれば、現在のような各LRT1号線,LRT2号線,LRT3号線などがバラバラな仕様にならず、全て互換性のある統一したシステムが確立したはずである。
 そればかりでなく、各システムの乗り換えなども考慮して駅やターミナルが計画されたはずである。特に1号線と3号線の交差駅(EDSA駅)、2号線と3号線の交差駅(Cubao駅)では乗客に不便な駅となっている。自動改札機器(AFC)の導入に当たっても同じようなことがいえる。
 このことから、軌道系ネットワークをより有効に機能させるため、駅舎の接続,相互乗り入れ等を考慮した、長期的な視点にたったマスタープランの検討が不可欠である。
 
(5)鉄道施設の老朽化,不法占拠
 PNRの鉄道施設は、郊外部は休止・廃止区間が多く、また都心部でも財源不足のため十分なメンテナンスが行われていない等、鉄道施設の老朽化が著しい。
 またPNRの鉄道路線は、中心部から南北方向に市街地内を貫き、都市の骨格をなす軸線上に位置し、都市交通上の利用価値の高いロケーションにあるが、鉄道用地の多くがスコッターに占拠され、十分に活かされていない。
 このことから、新規路線の整備を検討する上で、イニシャルコストを低減して、より効率的にプロジェクトを推進するため、PNRの有する既存施設の活用が望まれる。
 
(6)新しい軌道系システムの厳しい収支状況
 既に開業している1号線,3号線は、多くの利用者数を確保しているものの厳しい収支状況にある。
 1号線では、営業損益ベースでは黒字であるが、年間の営業収入に匹敵する利息支払いが大きな負担となり、最終損益ベースで赤字に苦しんでいる。これは全工事費の約4割を占めるバイヤーズクレジットの金利が7.8%と高い水準にあること,残りの資本を民間,債券から調達していることが要因と考えられる。
 一方、BLT方式を採用した3号線では行政(DOTC)から民間(MRTC)に支払うリース料(年額1億ドル)が行政にとって大きな負担となっている。これは、需要の変動に対するリスクを民間側がもたないこと,MRTCのROE(資金回収率)が15%と高い水準に設定されていること等が要因と考えられる。
 このことから、新しい軌道系交通システムを導入する際には、需要確保とともに、有利な資金調達を行うことが収支バランス確保に不可欠である。
2)開発途上国における都市公共交通整備の留意事項
 マニラ首都圏における都市公共交通の整備事例の整理を通じ、開発途上国において都市交通整備を推進する際の留意事項を以下に考察する。
 
(1)軌道系システムの必要性の明確化
 人口増大,モータリゼーションの進行等が見込まれる開発途上国の主要都市では、自動車,バス等の陸上交通だけでの対応にいずれ限界がくると思われる。
 このため、都市交通の現状及び将来予測を行うためのパーソントリップ調査等を実施し、そこから得られる都市内流動等のデータから軌道系システムの必要性,導入すべき路線等を明らかにしていくことが必要である。
 
(2)マスタープランの策定
 軌道系ネットワークを構築し、有効に機能させる上で、路線相互の連携を図ることが重要である。このためには、路線同士の互換性,駅舎の位置,交通結節点の整備等を計画段階から十分に考慮して検討するとともに、マスタープランとして策定し、政府としての整備の方向性を明確に打ち出すことが必要である。
 
(3)既存施設の有効活用
 主要都市においては、過去に鉄道や路面電車のあった用地,十分に活かされていない鉄道施設等、利用価値の高い既存施設がみうけられることもある。
 都市交通整備は既存市街地で行われるプロジェクトであり、導入空間の確保,プロジェクトコストの低減,潜在需要への対応等の面でメリットの多い既存施設を有効活用すべきである。
 
(4)需要に見合うシステム選定
 軌道系システムの機種選定は、プロジェクトコスト,ランニングコスト,拡張性,他路線との互換性等に関わる重要な検討項目のひとつである。万一、需要を過小に見込んだ場合、輸送力増強工事等への追加投資が生じる,拡張性に限界がある,システム全体としての統一感に欠けて運用しにくい等、ライフサイクルコストでみた場合に割高になる可能性もある。
 このことから、長期的な視点に立った需要予測,マスタープランの策定にもとづく、需要に見合うシステム選定を十分に検討する必要がある。
 
(5)路線相互の互換性(ハード,ソフトの両面)
 軌道系ネットワークを構築する上では、利用者の利便性を図るため、乗り換え駅の設置,直通乗り入れ化,運賃制度の統一等、シームレス化を推進することを念頭に置いて計画することが重要である。
 このため、車両性能,軌道条件(軌間,勾配),電圧,建築限界等のハード面、及び運賃制度,運営主体,案内表示等のソフト面の両面から路線相互の互換性について十分検討する必要がある。
 
(6)資金調達先,事業スキームの慎重な選定
 建設資金調達先の金利が高水準のため、営業損益が黒字でも、最終損益の赤字に苦しむプロジェクトがある。また民間資本を活用したBLT方式は契約内容次第で政府側の負担が過度に大きくなる等のデメリットもある。
 またプロジェクトの安定性,発展性を確保するためには実現した路線の収益性確保が必要な条件と考えられる。
 このことから、新規プロジェクトを立ち上げる上で、資金調達先,事業スキーム等の慎重な検討が必要である。








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