日本財団 図書館


選考委員長ご挨拶
Address by the Chairperson of the Award Screening Committee
z0006_01.jpg
 本日は、常陸宮同妃両殿下のご臨席を賜り、社会貢献支援財団より平成13年度の社会貢献者の方々を表彰し、日本財団賞を贈呈させて頂けることを心から光栄に思い幸せに感じております。ご来賓の皆さまもご出席ありがとうございました。
 思いがけない9月11日の米国の同時多発テロ事件以来、世界は動転し、迷い、平和を打ち立てるための深い苦悩の中に落とされましたが、人間の本質というものは、長い歴史の間にそうそう変わったとは私は思えないのです。もし人間の、残酷で醜悪な部分があらわになったというなら、その要素は私たちの中にも長い年月ずっと存在していたものでしょう。一方、人為的な戦乱や自然の災害の中にあっても、勇気を持って生命を慈しみ、人の心を励ます人たちがい続けてくださったというなら、それは人類の歴史の中で昔から流れ続けていた偉大な人間の証が再び立証されたことだ、と私は感じています。
 この緊迫した時に、本年この賞が贈られることには、また特別な意味があるように私は思います。私たちは安易に、喜ぶことも絶望することもない、滔々たる日常性の中に生きています。たとえいかなる社会状況になろうと、私たちは自分のでき得る範囲で小さな灯火を灯し続け、力ない肩を傷ついた隣人に貸して歩むことを命じられています。共に転ぶこともあるでしょう。しかし人間の尊厳というものは、むしろ社会の悲惨と暗黒の中でこそ輝いて見える場合が多いのです。
 聖書は「友のために命を捨てる。これより大きな愛はない」とさりげなく書いています。山岳捜査活動の中で雪崩のため命を捧げられた浅井乙一さん、強盗を取り押さえるという市民の自然な正義感に殉じられた川原浩志さん、暴走する電車を止めようとして最期までその任務を離れなかった佐々木忠夫さんのご遺族に、私は改めてこの言葉を捧げたいと思っております。それがお悲しみを取り去ることにはなりませんが、私たちが三人の方々の命を懸けた行為から深く教えられましたこと、その姿に人間の偉大さを改めて発見したことをご報告させてください。
 今日の受賞者は、黙々と生涯を掛けて仕事を続けてくださった方々ばかりです。そうした生き方が、私は特に好きでした。この上は、尚も長生きをして頂いて、最期の日まで働いてください、と強欲なお願いをしたいのです。しかし毎年お願いすることですが、賞金は気楽にお使いください。多分いつもいいことのためにお金をお使いになっているのでしょうから、この賞金は、そうですね、たとえば好きなお酒を肝臓とご相談の上でお買いになる、とか、温泉に行くとかいうことにお使いください。
 若い受賞者の方たちに申しあげます。
 あなたがたの存在が、この暗い世相の中にあって、明るい話題であったことに感謝しています。しかしここにいる誰も、未来を予測したり保証したりすることはできません。大きな不幸も幸福も共に視野のうちにおきながら、これからの人生を歩いて行ってください。それが人間的である、ということです。私はあなた方のささやかでむしろ平凡な幸福と健康をお祈りするつもりです。
2001年10月29日
曽野綾子
(拡大画面: 51 KB)
z0008_01.jpg








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION