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遠野市の観光施設における高齢者の参加活動とその意義
李 杰宰
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KEYWORDS:遠野市高齢者、観光施設での活動観、活動満足、自尊感情
1. はじめに
(1)研究の背景と目的
 1997年度高齢者対策総合調査として、高齢者一般及び現在社会参加活動を行っている高齢者の社会参加活動の実態及び意識等の調査の結果からみると健康な高齢者は、健康づくりや社会貢献、生きがいなどの理由から、地域や社会への高い参加意識を持っていた。これは、高齢者の知識、経験を生かし、地域や社会に積極的に参加できるようなシステムづくり、支援が求められていた(総務庁高齢者対策室、1997)。
 これは観光分野でも同様である。特に、過疎化や高齢化が進んでいる地域においては、地元高齢者のこれまで培ってきた経験や能力を活かした積極的な参加が求められている。例えば、愛知県足助町の町営施設「百年草」でハムやパンづくりをする高齢者、「足助屋敷」で炭焼きやわら細工を実演・製作している高齢者、埼玉県川越市「蔵造りのまち小江戸」のシルバー観光ガイド、屋久島のエコガイド、沖縄西海町のグリーン・ツーリズム展開における地元高齢者を中心とした名人制度、京都府宮津市のふれあい朝市の地元高齢者などがあげられる。活動の内容としては、現役時代と同じ仕事もあれば、全く異なる分野で活躍する者もいるなど「人生二毛作、三毛作の時代」ともいえよう。このような施設で活動している高齢者は、経済的な理由だけではなく、健康や生きがいのために働くことを希望する人もいる。すなわち、高齢者社会において観光がもつ意味は、ゲスト社会の高齢化によるマーケットとしての高齢観光者だけではなく、ホスト側の観光事業の担い手として高齢者も同時に考える必要がある。また、観光開発の際に、観光事業がもたらす地域の経済的効果や雇用の効果だけでなく、その構成員の生きがいづくりに対する観光事業の役割も考慮すべきである。しかし、既存研究では高齢者社会における観光のあり方に問われた時、その規模が増えつつあるゲストとしての高齢者だけを捉えるケースが多く、ホスト社会の担い手として重要な役割をもっている高齢者を捉えた研究は少ない。さらに、観光施設で活動している高齢者に対する概念すら定立されていない状況でもある。
 そこで本研究は、今までゲスト社会を中心に捉えて高齢者社会における観光事業のあり方に対し、ホスト社会の高齢化の進展においての観光事業のあり方を模索する研究として位置付け、次のような目的で研究を進めたい。
 [1]<観光事業ではどのような高齢者の活動があるのか>、[2]<なぜ、高齢者達は観光施設で活動しているのか>、[3]<その人たちはどのような人なのか>、[4]<活動している高齢者達は、その活動に対して満足しているのか>、[5]<その活動は彼らにとって有効な活動なのか>などの研究課題を解明しながら、高齢者社会における観光事業の持つ意義を問うことが本研究の目的である。
(2)調査の設計
 対象地域の選定において、日本には高齢者の経験や能力を地域の観光づくりに活用した事例は様々にあるが、その中で本研究では、岩手県遠野市を調査の対象地域として選定した。その理由は、地域が高齢者の参加を中心とした観光施設を地域振興の施策として扱っていること、観光事業との関わりを持っている地元高齢者の数が多いこと、また、その活用の内容が多様であることから、高齢者参加型観光施設の地域社会の発展にもたらす効果を明らかにするのに適した事例であると判断したためである。本研究は、遠野市における観光施設と高齢者とのかかわりの現況を考察した第1次調査と、観光施設で活動している高齢者に対し、活動の目的や活動の満足度を問う第2次調査で構成される。
 第1次調査は、遠野市における観光事業の動向や観光事業における高齢者の参加現況を把握するため、1999年8月1日から15日まで観光事業関係者や観光施設に参加している高齢者を対象にヒアリング調査を中心に行った。
 第2次調査は、2000年3月1日〜4月30日まで行った。第2次調査でとり上げた変数は、参加者の観光施設の活動観、活動満足度、自尊感情である。観光施設の活動観は、観光施設における活動の意義を問うものであり、自尊感情は、well-beingの指標として、自己概念の重要な構成要素であるためである。これらの参加者側の変数の分析を通して、観光施設への参加活動が高齢者にとって、人生を豊かに過ごすための有効な活動であるかを明らかにし、その意義を問う。
 なお、「高齢者」の定義において社会的背景や時代によって年齢を基準で定義するのは難しいが、本研究では、調査の便宜のため「高齢者」を豊富な人生経験を有し、仕事や家事・子育てから解放されつつ次の生活スタイルを模索する65歳代以上の年齢層を想定する。アメリカでは「マチュリティ層」などと呼ばれ、同じ中高年層でもより、積極的な生活スタイルや消費行動をとるといった点が指摘されている。いわば“元気な中高年齢層”といった意味あいで用いることにしたい。
2. 遠野市の観光と高齢者参加観光施設の現況
(1) 遠野市における観光の現況
1) 遠野市の観光資源の特徴
 遠野市は、岩手県東南部に位置する盆地の町で、1951年12月に1町7ヶ村が合併、市制施行している。面積は、市としては岩手県内最大の660.38km2であり、人口は、1961年の3万8千余人を最高に、近年は2万8千人台を推移している。高齢化率は、1995年の国勢調査によれば、岩手県内の平均が18.9%に対し、22.4%となっている。また、個性豊かな地域で語り継がれてきた素朴な民話は、柳田國男の名著「遠野物語」として結実し、日本民俗学発祥の基礎となり、今日では「民話のふるさと遠野」として全国的に知られている。
 主な観光資源としては、自然観光資源である国定公園早池峰山をはじめとする地域の文化をテーマにした観光資源があげられる(表1参照)。特に観光施設としては、従来の遠野観光において中心となった「遠野市立郷土博物館」がある。同施設は、遠野の歴史以外にも、遠野市全ての情報発信の役割をしている。また、民俗学の創始者といわれる柳田国男が著した「遠野物語」の舞台でもあることから「民話のふるさと」として知られ、毎年1月中旬には、「昔ばなしまつり」も開催される。「伝承園」や「とおの昔話村」といった「遠野物語」誕生の経緯、昔話やその背景を広く紹介したり、今後の伝承活動のあり方を考える施設も設けられている。
表1 遠野市の観光資源
区分 内容
観光資源 早池峰山、カッパ淵、南部曲り家、貞任水芭蕉、続石、五百羅漢、大工町通り、民話通り、福泉寺
観光施設 遠野風の丘、遠野市立博物館、とおの昔話村、伝承園、たかむろ水光園、遠野ふるさと村

 加えて、遠野市の観光コンセプトには、このような施設を民話や民俗文化の伝承活動の場とする以外に、「遠野型グリーン・ツーリズム」を展開したいという目的もある。
 「遠野型グリーン・ツーリズム」とは、観光地を慌しく移動するのではなく、自分のペースで観光し、かつ、自分の気に入った場所を探し出してもらう、という観光地のことである。そのような目的を達成するために、遠野における古くからの農村景観や田園風景を持ち合わせて、1996年には、山里の生活や文化を紹介しながら、農作業や工芸などの体験プログラムを提供する「遠野ふるさと村」や、道の駅機能をも併せ持った施設「遠野風の丘」が開設されている。
図1 遠野市における観光資源の分布
 また、遠野には温泉がないが、これを補足するものとしては、「たかむろ水光園」がある。これは、県の上水道施設「高室浄水場」を母体に建てられた温泉の代替施設である。この他、遠野市は厳しい寒さが故に冬季における観光が課題となっていることから、大規模なホテルが少なく、小規模な民宿が主力であり、最近マスコミにも取り上げられた「かっぱのおじいさん」がいる「かっぱ淵」なども遠野市の観光特色とも言える。
2) 遠野市における観光客入込み数と経済的効果
 遠野市を訪れる観光客は、年間553,276人にもなる。自然観光資源である早池峰国定公園より遠野市内を訪れる観光客が何十倍もいることは特筆される(表2参照)。しかし、宿泊観光客が少ないのが、一つの特徴である。2000年3月遠野地方振興局の報告からみると、遠野地域における観光旅行者の観光施設への入場料や飲食、お土産購入、宿泊など約13億2800万円の観光旅行者の消費は、関連産業への波及も合わせると約19億7500万円程度(波及倍率1.487)の県内生産を誘発するものと見込まれている。また、各事業所における原材料の地域内調達率の推計から、県内の生産のうちと遠野地域にかかわる分は少なくとも16億9200万円程度はあるものと見込まれ、すなわち、遠野地域を訪れた観光旅行者の消費によってさらに地域内他産業に3億4600万円程度の生産が誘発されるものと推計された。また、雇用面をみると、これらの関連事業にかかわる雇用者数は440人程度と見込まれた(遠野地方振興局、2000)。
表2 年間観光者入込みとその内訳
単位:人
区分 観光対象地 観光者属性 観光者出発地域
遠野盆地 早池峰国定公園 日帰り 宿泊者 県内 県外
入込み 521834 31442 489531 63745 230744 322532
553,276
注1)遠野市の統計資料(1999)により著者作成
(2) 地域高齢者の観光施設参加実態
 遠野市の観光施設のうち、特に地域の古くから伝承された文化や生活様式をテーマとした施設では、地元高齢者とのかかわりが非常に高いということが指摘される。その例としては「遠野ふるさと村」、「とおの昔話村」などで、民話や昔話をしてくれる「かたりべ」と「遠野ふるさと村」で炉端や土間、縁側などでわら細工や木工づくりなどをしながらそこを訪れる観光客などに販売したり、そば打ちやわら細工などの体験のお手伝いをする「まぶりっと」と呼ばれる地元高齢者があげられる。
 このようなタイプは、観光客とじかに接する機会が多く、「観光客と話をして楽しい」、「作業を通じて生きがいを感じる」、「遠野の良さを観光客にアピールしたい」などという気持ちを植え付ける役割ももたらしている。その一方で、観光地に草刈や掃除活動を行ったり、特産品の製作などというタイプもある。観光客とじかに接するタイプがいわゆる「表舞台」の仕事とすれば、観光地を「陰で支える仕事」という捉え方になるだろう。どちらの仕事をするのかという問題は人それぞれによって選択は異なるが、いずれにしても、活躍できる場が幅広く用意されていることは注目に値する。
 一方、「遠野型グリーン・ツーリズム」の展開においては、携わっている年齢層や性別、出身といった属性は様々である。しかし、共通している点は、「遠野に愛着がある」ということで、それは民話や民俗文化伝承の場にも言えることである(表3参照)。
表3遠野市の主要観光施設と高齢者参加活動
施設名 施設属性 活動内容 参加者数* 活動度 参加者のコメント**
遠野風の丘 道の駅 農産物の仕入れ 多数  
水光園 休養施設 風呂掃除 1人 「定年後にも仕事ができる」
遠野ふるさと村 農村交流体験施設 農作業・指導、民芸品(菓子)の制作、曲がり家の管理 154人 「若い人と話ができた」、「ボランティアとして表彰された」、「余暇時間を有効に使う」
市立博物館 博物館 活動が見られず 不明    
とおの昔話村 伝統文化展示・実演施設 昔話の語りべ 7人 「私に会うために遠くから訪れる人がいた」、「私の昔話がテープになった」、「観光客にサインをお願いされた」、「遠野では私の名前を知らない人がいないぐらいだと言われる」
伝承園 伝統文化展示・実演施設 伝統民芸品の製作実現 15人前後 「民芸品の販売額は小遣いにもなる」
注1)◎:高齢者の参加が活発である、○:高齢者の参加がある、△:高齢者の参加が活発ではない。
注2)*:参加者の人数は、1999年度8月現在
注3)**:参加者コメントは、第1次ヒアリング調査で被験者になった高齢者の声から抜粋したもの。
(3) 高齢参加者のコメントから捉えた活動の意義
 第1次ヒアリング調査の中で、実際に観光施設で活動している高齢者と直接話ができたのは9人であった。その人達の活動に対するコメントをみると、まず「伝承園」では「草刈りをして収入があった(男性、シルバー人材センター)」、「民芸品の販売額は小遣いにもなる(女性、老人クラブ)」など、少なからず多からず老後においての経済的収入源に活動の意味をおいている参加者がいた。また、「遠野風の丘」では、販売している農産物が地元高齢者農家からの仕入れということで、観光交流事業を通じての農家収入の増加も図っていた。「遠野ふるさと村」では、特に「若い人との交流ができて嬉しい(男性)」とか、「農閑期の余暇時間を有効に使うことができる(女性)」、「外部の人がくることによって、自分も知らなかった遠野の良さを分かった(男性)」などのコメントがあった。これは、「遠野ふるさと村」で活動している高齢者が、遠野の伝統家屋である南部曲がり屋にいながらにして観光客に声をかけたり、子供に施設内の畑で農作業を教えたりなどにより、気楽に観光者とのふれあいや同僚とのふれあいができるといった環境が生み出したことによる評価であると思われる。また、「とおの昔話村」で活動している女性の高齢者からは「私に会うために遠くから訪れる人がいた」、「私の昔話がテープになった」、「遠野では私の名前を知らない人がいないぐらいだと言われる」などのコメントがあった。語り部といわれる「とおの昔話村」の高齢者は、「遠野昔話研究会」の講師としても活躍している高齢者がほとんどであり、地域伝統の伝承者としての役割をもつことで、地域文化に対する誇りや自分自身の能力に対するプライドの高さが感じられるコメントが多かった。
 遠野市の観光施設で活動している高齢者に共通したコメントとしては、「社会に対し貢献しているというプライドを感じる」があり、その中で特に、「遠くから来てくれる自分のファンがいる、自分の話が話題になっている」などのコメントから、今まで農業従事者としてしか自分自身を考えていなかったのが、観光事業に参加することによって、高齢者自身が自分の能力や技術に確信をもち、新たな“生きがい”の創出につながっているケースもあった。同時に、単なる余暇の一環としての活動ではなく、より生産的な活動に結びついていることがわかった。
3. 高齢者の観光地活動の意義に関する調査
 第2次調査では、ヒアリング調査の結果に基づいて、高齢者の活動に対する意識を問うアンケート調査を行った。その内容は以下の通りである。
(1) 調査対象と調査方法
 2000年1月から5月にかけて、同市でアンケート調査を行った。調査の対象は、「遠野ふるさと村」、「とおの昔話村」、「伝承園」などで活動をしている55歳以上の人と遠野市老人クラブ会員として上記の観光施設で定期的な活動を行っている人に対して実施した。
 標本抽出の方法としては、多段階抽出法(2段階抽出法)を用いて200サンプルを抽出した。アンケート調査は、訪問郵送法を使って、200部を送付したが回収できたのは120サンプルであった。有効回答率は60%である。調査対象者の内訳は、「遠野ふるさと村」87人、「とおの昔話村」3人、「伝承園」30人である。また、男性39人、女性81人であり、年齢は、55歳から81歳まで平均69.5歳(S.D=9.05)である。
 観光施設での活動内容は、「観光施設の掃除」、「草刈り、花植え、花木の手入れ」、「餅つき、団子づくり」、「わら細工」、「炭焼」、「ドン菓子づくり」、「機織り」、「かたりべ」、「伝統人形づくり」、「農産物や特産物の直販」、「農作業のインストラクター(指導)」、「事務関連」などである。しかし、データの分析のため、「観光施設の掃除」、「草刈り、花植え、花木の手入れ」、「農産物や特産物の直販」、「農作業のインストラクター(指導)」、「事務関連」は「施設管理・農作業の指導形活動」として分類した。また、「餅つき、団子づくり」、「わら細工」、「炭焼」、「ドン菓子づくり」、「機織り」、「かたりべ」、「伝統人形づくり」、「獅子踊り」は、「伝統文化披露および伝統文化体験学習の指導形活動」として分類した。
 「学歴」は、「旧制中学」、「師範学校以上」の学歴と「その他」に分類した。「地域行事への参加」は、コミュニティヘの参加の度合いを知るための項目であり、「お住まいの地域で行われている町会やイベントなどの活動へのどの程度参加されますか」という設問である。対象者の基本属性は表4に示した。
表4 被験者の基本属性
年齢 地域行事への参加 活動内容
55〜65歳 24(20%) よく参加する 54(45%) 施設管理・農作業指導 48(40%)
65〜75歳 78(65%) ときどき参加する 63(52.5%) 伝統文化披露・文化指導 72(60%)
75歳以上 18(15%) あまり参加しない 3(2.5%)  
性別 学歴
男性 39(32.5%) 旧制中学、師範学校以上 39(32.5%)
女性 81(67.5%) その他 81(67.5%)
配偶者 職業
独身 30(25%) あり 57(52.5%)
夫婦 90(75%) なし 63(47.5%)
n=120
(2) 調査項目の構成
 調査項目の構成は、「観光施設での活動観」、「活動の満足度」、「自尊感情」、「基本属性」からなっている。
 「観光施設での活動観」では、観光施設で活動している高齢者の活動に対する意識に関する質問である。まず、評価項目の設定には、既存研究の考察から選定した指標や第1次ヒアリング調査において観光地で活動している高齢者から得られたコメントをKJ法によってグループ化した項目を用いた。
 既存研究では、安立、やHedleyとSmithの研究で用いられた中高年者のボランティア活動への意識に対する13項目1)を分析の対象項目として用いた。
 また、これを補助的に検討するKJ法のグルーピングでは、「交流」、「金銭」、「余暇」、「貢献」などのキーワードとしてグルーピングした。実際の調査では、既存研究と重複している部分や被験者にとって質問の意味がよく伝わらない可能性が高い項目などの修正を行い、最終的に高齢者の観光地活動に対する意識に関する11項目を本研究では尺度として用いた(表5参照)。評定は、「かなりそう思う」、「そう思う」、「ややそう思わない」、「まったくそう思わない」の4件法で構成される。
 「活動に対する満足」は、現在の観光地での活動に対する参加者の評価項目であり、質問は「現在、あなたは観光施設へ出って活動することに対して満足していますか」であった。この項目について「非常に満足」から「かなり不満」までの5件法で問い、それぞれ4点から0点まで得点化した。
 心理的変数としての「自尊感情」については、Rosenbergの10項目2)の尺度を用いて測定を行った。








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