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水深データとその管理
谷 伸/たにしん:海上保安庁水路部 GEBCOディジタル・バシメトリ小委員会
 水深データは測定方法及び測定目的により性格が異なっている.また,水深データが管理される方法によってもデータは異なった性格を持つ.本稿では,水深データを使用しようとする際に知っておくべき水深データ及びその管理について解説する.
1. はじめに
 水深データについて議論するとき,意外と水深データそのものの性格が知られていないことに驚く.どこに行けばどのような水深データが手に入るかを知りたい読者諸兄の気持ちは重々承知しているが,正しくデータを理解していただきたい気持ちから水深データの性格について稿の前半を汚す.水深データがどのようなものかを既にご承知の方々は第3節からお読み下さい.
2. 水深の測定方法とデータの信頼性
 そもそも,水深とは何か.水深は,海面から海底までの距離を指すが,では海面とは何か.また,海底とはどこを指すか.距離とは,どの程度の精度で測られているのか.
1)潮高改正
 海面は,海水と大気の境界ではあるが,潮汐による予測可能な変動に加え風や気圧による上下変動があり,また,海流によっても変化する.潮汐は,カナダのファンギー湾,韓国の仁川港のように10mを超える場合があり,海流に関しては,例えば我が国周辺では黒潮の陸側縁の両側で水位は1m程度異なる.
 国際水路機関では,水深200m以浅については潮高改正,即ち,測定時の海面の高さの補正を実施するよう義務づけている.補正は,最低低潮面,即ち,干潮の中でも最も海面が下がった時の海面が基準となるように行うこととされている.
 最低低潮面としては,小潮平均低潮面,大潮平均低潮面,略最低低潮面(インド大低潮面),天文最低低潮面等各種存在し,我が国では,過去の国際水路機関の勧告に基づき,略最低低潮面(主要四分潮の和)を水深の基準面に採り,これを基本水準面と呼んでいる.基本水準面の位置は,水路部の刊行物に示されている(海上保安庁,2000).略最低低潮面は,定点における1箇月以上の潮汐データが得られれば算出が可能である.一方,現在,国際水路機関は,より低いLAT(天文最低潮)を水深の基準面として使用することを勧告しているが,どの低潮面を使用しているかは各国水路部によりまちまちである.一回の測量の間で基準面を変えることはないが,潮汐データの集積にともない,同じ海域の基準面が変化することもある.なおLATは18.6年を周期とする太陽の黄道面移動が加味された最低潮で,我が国周辺では,略最低低潮面とLATでは約20〜50cmの差がある.
 黒潮の流軸による海面位置の補正は,島嶼周辺を除き行われていない.これは,黒潮の流軸周辺たる外洋の水路測量については,水深の測得精度,位置精度とも,黒潮に起因する1m程度の変化を議論するには十分ではなかったため,また,そのようなエリアの測位誤差がもたらす水深の差が1m程度では済まなかったためである.なお島嶼周辺では潮位を水路測量と同時に観測することにより補正を行っている.
2)水深の精度
 ここで,水深の精度について述べておきたい.国際水路機関では,21m以浅の水域については海図上の水深を10cmの桁まで,31m以浅では50cmの桁まで記載することを求めている.これを受け,我が国では水路測量の際には31m以浅では水深は10cmの桁で読み取っている.10cmのオーダーで読み取るためには,海面の形状,即ち波浪が問題になるが,現実には船底乃至船側に装備された送受波機の上下振動,即ち船体動揺が問題になる.送受波機と海面の位置関係は出港前に静水域で精密に計測され,海底に対する船体の動揺はヒーブセンサーで補正されるか,アナログ記録の場合には目視で平滑化される.いずれにせよ,波浪が激しい場合には良い記録を採ることが困難であることは言うまでもない.なお,浅海用の音響測深機は数センチメートルの精度/分解能で水深を測得することができる.31メートル以深は,1mの刻み目で表示される.
3)直下
 ここまでの議論で,水深とは,海面(浅所ではその地点の最低低潮面)から直下の海底までの距離であることが前提である.しかしながら,ナロービームを鉛直下方にスタビライズして発振することができるようになるまでは,音響測深機が発振した音波のエコーのファーストリターンが本当に直下からのものであるという保証はなかった.海底が傾斜していれば,直下ではなく測深機からの直近点(斜め下方)からのエコーがファーストリターンとなる.古典的な音響測深ではこれを直下からのエコーと解釈するしかなかったのである.また,直下の海底が水平であったとしても,音波が届く範囲内にがけやピナクル(尖塔)があり,ここからのエコーが直下からのエコーより先に戻れば,これを直下と解するしかなかった.これは技術的な限界であるが,このような実際の直下水深と異なる水深は,実際の直下水深より必ず浅いものとなるため,水路測量が水深に関して安全サイドの値(浅い方)を採用する必要があることと調和的であり,敢えて問題とされてきていない.ナロービーム測深機の代表例であるマルチナロービーム測深機が登場してからは,直下ビームによる水深が直下水深を示しているが,直下ビームのフットプリント内(直下ビームの音波が海底に当たるエリア)では,量的には極めてマイナーではあるが同様の問題が依然として存在することは了知されたい.
4)海底とは
 海底についても述べておく必要がある.音響測深以前,我が国では明治以来昭和20年代まではレッド(測鉛)を使用して水深を計測していた.レッド(測鉛)による水深測量の場合,海底とは,錘鉛の重量に対して有意な反力を発生する箇所である.レッド測深では,錘鉛を下げるワイヤーの張力の減少を着底と見做し,この瞬間のロープ長を読み取っている.したがって,張力が減少したと船上の作業者が認知できるだけの反力を海底が発生するまでは着底とは見做されない.例えば錘鉛がヘドロに接した段階では未だ十分な反力がへ








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