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高度の海洋情報・データ管理への新しい取組 -海洋情報研究センターの活動と狙い-
永田豊/ながたゆたか:(財)日本水路協会海洋情報研究センター
 データ管理の仕事は,それ自体が研究の対象である.また,海洋データの品質管理・データプロダクツの作成等に際して海洋学的知識が不可欠である。JODCの活動を補佐し,研究的側面を担当する海洋情報研究センターは,世界でも他に類を見ない組織である。その活動状況を報告する.
1. はじめに
 全ての分野の研究あるいは開発において,関連するデータ・情報の収集は不可欠なものである.特に観測に際して,多大の労力と費用を要する海洋において,データの収集・管理を担当する組織は非常に重要である.また,ほとんどの海洋は複数の国家に囲まれており,データ管理も国際的にならざるを得ない.ユネスコ政府間海洋学委員会(IOC/UNESCO : Intergovernmental Oceanographic Commission)では,1961年に海洋データの収集と国際的な交換を目的として,各国に国立海洋データセンター(NODC : National Oceanographic Data Center)を設置することが決められた。これに基づいて,加盟各国において,先進諸国を中心にNODCの設置が計られてきた.わが国でも,1965年に日本海洋データセンター(JODC : Japan Oceanographic Data Center)が海上保安庁水路部内に設立され,活動を続けている.一般に天気予報等に用いられるようなリアルタイムの情報収集は主として気象庁が担当しているが,1ヶ月以上遅れて収集されるディレードモード(歴史的データとも呼ぶ)の海洋データはJODCに収集・保管されることになる.この集められた海洋データは, IOCの国際海洋データ情報交換システム(IODE : International Oceanographic Data and Information Exchange)に基づき,JODCから米国にある世界データセンターA(WDC-A : World Data Center A)あるいは米国NODCに送られて,まとめて保管される.このデータは,海洋アトラスや海洋データベースの作成に用いられ,データ提供機関を中心に,非営利機関に対しては,無料で配布される仕組みになっている.現在,最新のものとして1998年度版の世界海洋アトラス(World Ocean Atlas, 1998:WOA98)と世界海洋データベース(World Ocean Database,1998:WOD98)が利用できる.なお,データ・情報の伝送・整理・管理には若干の時間がかかるので,最新の日本近海を含む西部北太平洋の海洋データについてはJODCのデータベースを利用すべきであろう.
 しかし,海洋データの蓄積が膨大なものとなり,多様化して,国際的にも国内的にも,現存のデータの収集・管理組織において十分対処できない点が生じている.また,個々のユーザーの多様化する要請に,きめ細かく対応することは, IOC関連の国際機関や政府機関であるJODCにとっては不可能である.このため,JODCの活動をサポートし,補完するため,日本財団の援助のもとで,(財)日本水路協会の中に,1997年5月に海洋情報研究センター(MIRC : Marine Information Research Center)が設立されるに至った(永田, 1997,1999).ただし,国内外からのデータの収集や基本的な管理は,JODCの任務であり,MIRCの役割は各種の海洋データの品質管理手法の開発等であり,得られたノウハウをJODCに還元することである.もちろん,JODCやMIRCのようなデータ管理機関において,誤りあるいは疑わしいデータが発見されても,それを訂正することは事実上不可能に近く,種々のグレードに応じたエラーフラグを付けるのが精一杯である.データの訂正が可能なのは,野帳等の元データを保有するデータ取得機関においてのみである.真にデータの品質向上を図るためには,データ取得機関との密接な連携が必要であるが,JODCの現状では実施は非常に難しい.また,上で述べたように, JODCが多彩なデータユーザーに木目の細かいサービスを行うことは事実上不可能である.MIRCの役割はユーザーのニーズに応じてデータプロダクツを作成することにある.MIRCはJODCとデータオリジネーターおよびデータユーザーとの間のインターフェイスの役割を引き受けようとしている.
 ここで強調しておきたいのは,データ管理の仕事が決して技術的な側面だけでは実行できないことである.品質管理方式の開発のような問題はもとより,データベースの管理そのものが,極めて研究的側面を持つことであり,現実の海洋現象の特性との係わりは常に考慮されなければならないことである.MlRCの名称に研究(Research)という言葉が含まれているのは,MIRCの活動の基本姿勢を示しているのである.
2. MIRCの事業の沿革
 現在までのMIRCの活動を支えてきているのは,日本財団からの補助事業「海洋データ研究」であり,1997年度から始まる5ヵ年計画のもとで実施されている.データーベースの更新・維持あるいはメタデータ(属性データ)の付加等ルーチンベースの仕事の他に,現在までに実施し,また実施しつつある研究・技術開発項目は
1)海洋物理学データ(水温・塩分等)
2)水深関連データ
3)海流データ
4)潮汐・潮流データ
である.これらはそれぞれ3年間でまとまった成果を上げることを前提にしたもので,1997年に開始した1)海洋物理学データ(水温・塩分等)から順次1年遅れで開始されてきている.したがって,最後の4)潮汐・潮流データは2000年度に開始されたばかりである.それぞれの3年間の研究・開発のスケジュールは,項目により若干の違いはあるものの,
1年次:品質管理ソフトの設計・制作
2年次:ソフトの改良・データの管理処理,データセット作成
3年次:アトラス等のデータプロダクツの作成
を基本としている.
 現在,「海洋データ研究」4年次に入ったところであり,一応の終結を見ているのは,1)のみであるが,それぞれについてかなりの成果を得てきているのでその概要を報告したい.
 また,日本財団からの補助事業「海洋データ研究」には,これらの研究開発事業の外に,国際関連活動や普及啓蒙活動も含まれており,これらについても,国内外から高い評価を受けているので,その主要な成果も紹介したい.
 MIRCは,これとは別に科学技術庁の科学振興費「北太平洋亜寒帯循環と気候変動に関する国際共同研究」の一翼を担うと共に(吉岡ら,1999),全日本トラック協会,JAMSTEC,国立環境研究所,海上自衛隊等から受託研究・業務を行ってきている.日本財団からの補助事業は,2001年度で終結することになっており,それ以降はMIRCが独立して研究開発業務を継続することになる.現在,それに備えて種々のデータプロダクツの製品化に努めており,受託研究事業の数も増加させていくように努力することになる.
3. 水温・塩分等基礎的海洋物理学データの品質管理
1) 現場機関で容易に適用しえる品質管理ソフトウエアの開発と応用
 誤データを全く含まないデータセットは先ず考え難いが,可能な限り誤データを除去することが望ましいことは言うまでもない,JODCでは,少なくとも各層系データについては,基礎的な品質管理を行って来てはいる.しかし,MIRCで改めて水温・塩分のJODCデータベースの品質チェックを行って見ると,かなりの数の誤データが検出された.一般に,JODCのようなデータ管理機関に集められたデータを,基の野帳や原レコードと対照して修正する作業は,事実上実行不可能である.
 そこで,明らかに間違った(観測点が陸上にあるといった)データ,疑わしいデータについては,それにエラーフラグ(印)をつけてユーザーの注意を喚起することになる,そこでMIRCでは, JODC/MIRCに流入してくるデータそのものの質の向上を目指して,都道府県水産試験研究機関を直接の対象として,現場機関においても容易に適用できる品質管理ソフトウエアの開発を行った.この作業と平行して,和歌山県水産試験場と岩手水産技術センターの研究者の協力を得て,誤データの発生状況と,その原因について観測表あるいは野帳に戻って検討した(永田ら,1999;小熊ら, 1999).その結果,多くの誤りが,データセット作成時のタイプミス,使用したデータシートの不整合性等から発生していた.これは水産庁あるいはJODCへ送付するデータの作成が,当該機関での漁海況速報の作成等の本来業務が終了してから,いわばボランティア的に,時にはアルバイトの学生に任せるような形で,行われていることに起因している.そこで,開発した品質管理ソフトウエアには,TSダイアグラムの作成,データの平面プロットや断面プロットを行う等の機能も持たせており,現場機関で実行されるデータ解析を助ける工夫がなされている.現場作業には必然的に対象海域を熟知した専門家が関与するから,データセットを現場作業に用いてもらえれば,自動的に品質管理がされることとなろう.また,使用に際して高い技術を必要としないことが,このソフトウエアの特徴である.
 海洋データの品質管理は,観測位置・時刻等の測点に関するヘッダー情報と各測定データに関するものに分けられるが,前者については引き続いた測点間の位置・時間から,測両点間を移動するに要した見かけ上の船速を計算して異常な速度を検出する船速チェックが有効である.このソフトウエアには,この船速チェックの他,実データ部に付いては,水温・塩分等やその鉛直勾配に,海域に応じて統計的な検討から可能存在範囲を設定しておき,これからはみ出たデータを排除するレンジチェックや,鉛直密度逆転の有無を調べる密度逆転チェック,一連の観測で得られた鉛直プロファイルを重ね書きして異常データを検出するチェック等の機能が備えられている.
 このソフトウエアを水産庁の協力の下でJODCに未収録の都道府県水産試験研究機関データに適用し,得られた品質チェック済のデータを水産庁に戻すと共に,JODCのデータセットに付加する作業を行った.これによってJODC保有の各層系データ数をほほ倍増することが出来た(図1参照).また,このソフトウエアを利用して,JODC既存データのデータベースの品質チェックを行い,データの訂正あるいは品質フラグの付加を行ってきた.これらのことは現在までに得られたMIRCの業績として大きく誇り得るものと考えている.
 このソフトウエアは,国際的にも高い評価を得ており,UNESCO/IOCのプロジェクトIODEの議長BenSearle氏の要請もあり,英語版を作成しアジアの海洋学的開発途上国を中心に提供を行ってきており,高い評価を受けている.これも誇るべき成果の一つである.
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図1 A:1998年末の時点での,JODCが収集・データベース化した機関別の各層系データの数.
 
2)高度品質管理への試み
 上記のソフトウエアでのレンジチェックには,現在の所,米国のNODCがWorld Ocean Database 98を編纂するに際して用いた閾(しきい)値をそのまま利用している.しかし,この閾値は赤道域を除く北太平洋全域を1つの海域とみなして設定されているので,局所的な海域を対象とした場合問題がある.岩手県水産技術センターの1971年から1995年までの期間に,三陸沖で観測した水温・塩分の値の全てをそれぞれ1枚の図にプロットしたのが,図2である.この図で縦横の折れ線はNODCで用いられたレンジの閾値を示すが,水温(左図)・塩分(右図)共に,データ点はこのレンジのかなり内側に集まっており,複雑な海況を示す三陸沖でも,地域を限定すればWOD98のレンジは広すぎることが分かる,NODCでも,さらに進んだレンジとして,平均値をm, 標準偏差をσとして,m±3σを閾値(50m以浅の表層面・沿岸近くではm±4σまたはm±4σを使用)としての検定を行っている.そこでこれらの値を求めて,平均値mを白三角の点で,m±3σの値を白丸の点で図2のそれぞれに示してある.もしも,データの分布が正規分布に近ければこの範囲に99.7%のデータが入る筈であるが,特に三陸沖の水温の分布は低温側ではずっと内側に集まっており,高温側ではこの閾値の外側まで連続して伸びている.図3に,この傾向が最も著しい300m層の水温についてデータ値の分布形状を示すが, m+9σを超える値にまで,データが連続的に延びていることが分かる.この様に歪んだ形状は,水温の下限が結氷点に限られる(三陸沖では事実上0℃)のに対し,高温側はかなり稀ではあるが純粋の黒潮水の進入により,相当な高温になるためである(永田ら,2000).m+9σを超すような値は,解析した25年間に,黒潮が岸沿いに三陸沖まで北上していた1972年8月の1例と,三陸沖の大暖水塊が岸に異常に接近した1979年7月の1例だけである.このような生起頻度の著しく小さい異常高温水を統計計算に加えるべきかどうかは議論が分かれるところではあろうが,これは明らかに真の値である.データ管理の面から見て,例え疑問と思われるデータでも,フラグを付すだけで消去しないことの背景は,このような異常な値でも真である場合がありえるためである.
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図1 B:MIRCが水産庁の協力の下で,都道府県水産研究試験機関のデータを品質管理,データベース化した後のJODC/MIRCデータベースでの各層系データ数.
 
 MIRCでは,日本近海を海域特性によって幾つかの海域に分けて,それぞれの海域で,季節変化(小熊ら,2000)も考慮して,きめの細かい閾値の設定を計画している.さしあたってはこの海域ではm-2σ,m+4σを適用して見ることを考えている.もちろん,データがこの範囲外にあっても,直ちに何らかのエラーフラッグ付けようと言う訳ではない.ただ,現場の研究者に一度野帳等に戻って真偽の検討をしてもらうことを薦めるためである.
 この結果が示すように,高度の品質管理手法を開発するには,対象海域の海洋学的知識が不可欠となる.しかし,世界的に見ても,データの品質管理の観点から海洋現象の解明まで行っている研究者は皆無に近い.データ値の分布特性の歪については,最近米国のNODCのSydney Levitus博士が,北部北大西洋での解析を進めている.以上の結果を,リスボンで開かれた10DEの総会でも発表したが,Levitus博士が強い興味を示し,非常に高く評価してくれたが,これはMIRCが行っているような「研究的な」仕事が,いかにデータ管理の社会で少ないかを示しているのであろう.
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図2 岩手県水産技術センターの1971年から1995年までの全ての水温塩分の観測値を縦軸に深さを取ってプロットしたもの.図で折れ線のグラフは米国NODCがWorld Ocean Database 98を編纂する時に採用した正常値の範囲を示す.また,それぞれの標準層での平均値mを白三角で,m±3σ(σ:標準偏差)を白丸で示す.NODCは赤道域を除く北太平洋を1つの領域として正常値の範囲を設定しているので,三陸沖のような複雑な海域を対象としても,その範囲は広すぎ,高度の品質管理には向かない(永田ら,2000).
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図3 図2で,データ分布の歪が最も顕著な100m層での水温の生起頻度分布.m±9σを超す値まで,分布は連続的に延びている(永田ら, 2000).
3)水温・塩分アトラス作成上の工夫
 海洋物理学データの研究・技術開発関連のデータプロダクツは,当然のこととして新しく充実させたJODC/MIRCデータベースを基にした日本近海の水温・塩分の詳細な(1/4度格子の)統計量(データ数・平均値・分散値を各標準層について,また年平均・季節平均・月平均値等について与えるもの)のアトラスを作ることである.しかし,このような標準的な取扱いだけでは,ユーザーのニーズを十分満足させることは出来ない.例えば本州南方海域では,黒潮の直進時と蛇行時では海況に大きな変動があり,この変化は季節変化よりもはるかに大きい.そのため,通常の平均場の海流は非常に平滑化されてしまい,漂流予測などで利用すると大きな誤差の要因となる,MIRCでは蛇行・直進の黒潮パターンが,沿岸水位のデータによってモニターできることを利用し,パターン分けした平均場を求めることも試みた.結果として,従来に見られないシャープな黒潮流路を表現に成功しており,これは海洋データを研究の対象とみなしてきているMIRCの誇るべきデータプロダクツの1つと考えている.この手法は,後の述べる海流場に関するデータプロダクツにも応用していくことを考えている.
4. 水深データ
 海上保安庁水路部においては,最近日本近海海域において500mメッシュの水深データJ-EGG500を作成した.この水深データは現時点では最も完備した水深データではあるが,最近のマルチビーム音響測深機で得られた精密な水深データは十分には利用されていない.この実状を踏まえ,このマルチビーム音響測深機のデータをチェックし,ファイル化するソフトウエアの開発を行った.対象の性質上,水路部の測深関連の研究者との共同作業を行ったが,完全に自動化することは避け,一部においては専門官の判断を導入できるように工夫されている.このソフトウエアは各種マルチビーム・データの品質管理に対応できるものを目指しており,従来水路部内で行われてきた作業を著しく効率化するものとして,高い評価を受けている.
 MIRCでは,このソフトウエアを利用して, MIRC自体で水路部が観測したマルチビーム測深機データの品質チェック,データベース化を行い,結果を水路部に還元した.このソフトウエアは,その後海上保安庁水路部に提供しており,今後東京大学海洋研やJAMSTECが取得したデータにも適用され,水深データの精度向上に資するものと期待している.
 水深データ関連のプロダクツとしては,海底地形に関する情報が一般のユーザーにとって直感的に捕らえ難い面があることを考慮し,水深データの表示技術の開発研究を実施した.これには静止画作成と,動画作成との2種類がある,前者は,対象海域を任意な位置から任意の俯瞰角度で見た鳥瞰図(静止画)を作成するもので,これはすでに製品化にこぎつけている.後者には,さらに2種類あり,1つは日本周辺に20数点の固定点を撰び,そこからのパノラマ画像を与えるもので,視点は水平方向に360°回転させることができ,仰角・俯角を変化させることができるようになっている.もう1つは,ウォークスルー方式で,あらかじめ設定したコースを通る潜水・飛行艇から地形(海水を透明にし,陸上地形を含める)を眺めていく動画である.これも,10数種類の場所・コースを設定したものを用意しつつある.この動画は,テストケースのものを見ても非常に印象的であり,これを見た海底地形の専門家のみならず,一般の方からも高く評価されている.現在のままでも,製品化することが可能と考えているが,将来はイラスト化した他の情報を加えて,教材になるものを作成して,普及啓蒙活動に用いたいと考えている.
5. 海流データ
 日本近海における海流の計測データは,音波流速計(ADCP)の普及により膨大な数に上っている.しかし,品質管理上の問題点等のために,そのデータベース化は非常に遅れている,JODCにも,海上保安庁所属の巡視船が計測したデータが蓄積されており,ファイル数で約6200(航海数で3500以上)のデータが96隻の巡視船から集められている.ただし,フォーマットが数種類あり,重複データ・一部重複データがあり,整理し直す必要があった.JODCあるいは水路部の海洋調査課との打ち合わせの中で,測器の選定への設置角度の誤差から来る測定誤差の管理が十分でないことが分かり,MIRCとしては先ず静水域での往復観測を前提として,その補正係数を計算し,それによる測定値の補正をおこなうソフトウエアを作成した.このソフトウエアは各管区海上保安本部に送付済みであり,1年に1回,できればドックでの整備作業終了直後に補正係数を求める往復観測を実施するよう要請していると聞いている.実際上の実施には,業務との関係で種々問題があるようであるが,このソフトウエアの作成は, JODCに流れ込んでくるデータの質の向上を目指す,MIRCの方針に従うものである.
 ADCPの測流データは,通常5分おきに得られるから,1つの航海での平均し千個を超える膨大なデータが得られる.そのため,品質管理作業は計算機を用いて,いわば機械的に行う必要がある. MIRCで開発したソフトウエアでは,先ずフォーマット上の不備,測器の故障,受信シグナルの異常,船速異常,海陸チェックの結果等からの基本的な誤記録を除いた後(別ファイルに保存),測定値の品質チェックには,船の進路あるいは船速の急変部を除去すると共に,異常な測定値(5ノット以上の測流値),相次ぐ測定値が急変するものなどに異常フラグを付加し,その後の解析からは省くことができるように工夫されている.また,より精密なチェックのため一連の測定値を図化する機能も備えている.
 伝送方法や,測器の種類によって種々のファイル形式があるが,巡視船データは比較的統一された方式で得られ,また質もある程度そろっている.しかし,非整合的なファイルや,重複ファイルの数も決して少なくなく,また船名を確定することが不能な場合もあった.これらをできる限り修復したが,最終的には疑わしいファイルを分離し,データベースの作成に取り掛かっているところである.また,これとは別個に,JODCに保管されている海上保安庁以外の船舶のADCPデータ,ドリフターによる測流値,GEKによる測流値等も一定の品質チェックを施して,データセット化している.これらの結果は,2000年度末までには整理の上,2001年度の日本近海の海流アトラスの作成に結び付けていく.この際,水温・塩分等のアトラス作成に用いた沿岸水位による海流のパターン分けの手法も適用する予定である.現在の外洋域での漂流予測においての最大のネックは,海流場の知識の不足であるから,ここでの成果は,学術研究上でも,水路業務を初めとする実用上でも,非常に大きな貢献を与え得るものと確信している.
6. メタデータとそのデータ管理への応用
 海洋データの集積が膨大なものとなり,また多様化するにつれ,海洋学の一般専門家にとっても,データベースの生のデータを自分で直接整理し,独自の目的に直すことは不可能になってきており,データ管理機関の用意した統計結果等を用いることが多くなってきている.そのため,正しくデータベースを利用するためには,データベースのデータ,すなわちメタデータ(属性データ)情報が不可欠なものになりつつある.また,生物・化学データについては,観測結果の数値だけでは不十分で,測器情報(例えばプランクトンネットの型,網のサイズ,牽引の仕方等々)や前処理や保存方法を含めた分析方法の詳細な情報が必要とされ,これも又,メタデータである,この他,航海報告や航海計画に関する情報や,データがどこにあるかの所在情報のような,インベントリー情報もメタデータと呼ばれることが多い.現在,国際的にも,国内的にもこれらのメタデータ情報の収集・管理が急務であることが指摘されてきている(世界の趨勢としては,インベントリー情報の収集整備の検討が現在の中心課題とされている).
 MIRCでもメタデータ情報の収集・扱い方について検討を加えてきているが,アンケート等の結果では,ユーザーがメタデータにこのような情報が入れるべきだという項目と,データ生産者がこの程度の情報なら提供に協力できるという項目の間に,非常に大きな較差が存在する.すでに, JODC既存のデータベース,新規収集のデータベースに対して,基本的なメタデータの付加作業を各機関の各観測船のクルーズごとに行ってきている.また,それの改良に利用すべく,船舶や測器についての情報のテーブル化に努めている.
 利用価値が十分に生じるほどのメタデータベースが完備されれば別であるが,限られたメタデータベースの場合には,それを利用するであろうユーザーの具体的なイメージは容易につかめないことが認識された.そこで現在は,メタデータ情報の最大のユーザーはデータ管理機関,すなわち我々自身であるとして考えている,上述のようにクルーズ別メタデータベースを備えれば,例えば観測船と観測期間を指定すれば,その時用いられた測器情報(機器の種類だけでなく製造会社名・型・測器番号・キャリブレーション情報)を容易に検索するシステムの構築が可能となるが,現在我々が最も期待しているのは,データの重複のチェックに関してである.JODC等のデータ管理システムには,種々のルートを通して,同一機関からも速報的なデータと品質管理を施したデータが,重複して送付されることが少なくない.また, NODCに集められたデータとJODCのデータを結合するときにも,数多くの重複データが生じ得る.複数のデータが完全に一致すれば,一方を捨て一方を採用すれば事足りるのであるが,一方にミスタイプがあったり,一方が品質管理や修正がされていたりすると,いずれを選ぶべきか難しい.岩手県水産技術センターの事例を検討しながら,重複チェックのやり方については,小熊ら(1999)に詳しく論じた.この重複チェックはJODCでも,米国NODCを初めとする諸外国のデータ管理機関でも苦慮しているところであるが,クルーズ別のメタデータベースに,すでに実行した品質管理の項目・内容を記録しておけば,データの取捨選択に大きな威力を発揮するものと期待している.もちろんクルーズ別にすることは,船速チェック等の品質管理上の便宜も考えている.
 本当にメタデータが必要とされるのは,測定や分析方法等の条件等付帯情報が不可欠である化学・生物データである.その場合にはクルーズ毎のメタデータを選ぶべきか,プロジェクト毎あるいは機関毎のメタデータを選ぶべきか,個々の場合に検討する必要があろう.MIRCでは東北区水産研究所のプロジェクトによる動物プランクトン・データセットのCD-ROM化を図り,それに必要なメタデータを付ける試みを行った.化学データについてもメタデータ付加の検討も行ってきているが,この努力は国立環境研を中心とする海洋中の二酸化炭素の研究グループから高く評価されており,関連データの整理・データベース化に共同してあたる体制が構築されつつある.
7. 海洋データの収集とデータレスキュー
 海洋データセットの価値は,もちろんいかに多くのデータ・情報を集め得るかにかかっている. IODEにおいても,その中に世界海洋データ発掘救済プロジェクト(GODAR : Global Ocean Data Archaeology and Rescue Project)を走らせており,通常の収集活動に加えて,埋もれたデータの発掘作業を行ってきている.その問題に積極的に取り組んでいるのが米国のNODCであるが,冷戦の終結と共にロシアを初めとする各国の海軍関係の観測データがオープンになり,南太平洋やインド洋・南極環海等の従来のデータ空白域を中心に救済作業が進行中である.また,NODCは,この作業の一環として,ロシア等で過去の観測データの磁気化作業等に資金援助を行っている.
 わが国は気象庁,海上保安庁水路部,水産庁並びに地方水産試験研究機関のような現業官庁を有しており,世界で唯一といって良いほど,定期観測網が整備されている.従って,世界で有数の海洋データ輸出国であり,IODEの模範的な構成国である.しかし,現実には眠っているデータの数も決して少なくない,上述のようにMIRCでは都道府県水産試験研究機関のデータに品質管理を施した上で,データベース化を行ったが,これはデータ収集の迅速化であるが,一種のデータ救済ということもできる.また,これはわが国だけの問題ではないが,大学・研究機関からのデータ収集は非常に遅れており,各方面の協力のもとで収集し,データベース化する必要があると考えている.
 IODEで集められるべきデータは,水温・塩分・流れ等の物理データのみではなく,プランクトン等生物データ,汚染・化学データ等多岐にわたっており,WOD98でも水温・塩分の他,溶存酸素,栄養塩(燐酸塩・珪酸塩・硝酸塩・亜硝酸塩),pH,クロロフィル,アルカリ度等が扱われている.JODCが扱うものは,この他水深・地球物理学・地質学データ,及び波浪・潮汐データが含まれる,特にJODCは,ADCP(Acoustic Doppler Current Profiler)データについての責任国立海洋データセンター(Responsible National Oceanographic Data Center : RNODC)になっており,MIRCは, JODCとの協力の下に,ADCPデータの品質管理方法と収集方策の確立に努めているのは既に述べた通りである.しかし,現実に多くのデータが集められているのは,水温・塩分等の物理データであり,他のデータについては積極的なデータ救済措置を取ることが緊急の課題となっている.
 また,領海問題等に関連し,また国際観測プロジェクトヘの対処等から,現状では海洋データ収集の重点は外洋域に置かれているようであり,沿岸・近海域のデータ収集は遅れている.沿岸域については,局地的特性や季節変動のような時間特性を考慮しなければならないし,多くの場合,物理的データと汚染・化学データや,生物データと組み合わされた総合的データが要求される.しかし,汚染の広域化問題を初め,問題を国別に論じることが不可能になりつつある.この点において,国際的なデータベースの構築システムの確立が必要とされ,発展途上国援助を含めたデータ救済方策の確立が急務となっている.MIRCでは,その活動の一環としてIODEの活動をサポートすると共に,独自で研究者をアジアの開発途上国に派遣して,海洋データの重要性を宣伝し,海洋データ管理技術の指導を行ってきており,その一環として1999年11月にマレーシアで開催されたIODE/WESTPACの国際集会の普及・シンポジウム部分の開催を担当した.この会議でアジア地域においてデータ救済の活動を活発化する必要が認識され,Asian GODAR計画の提案がまとめられた.この提案は2000年11月にリスボンで開かれたIODEの第16回総会に提出され,その承認を受けた.MIRCとしても,JODCと協力して,この計画に参画していきたいと考えている.
8. データ利用の活性化とデータプロダクツ
 データベースはユーザーがあってこそ価値を生じるものである.しかし,MIRCはもちろん, JODCの存在自体が必ずしも周知されておらず,現実において多くの潜在的なユーザーが取り残されたままになっている.また,すでに述べたように,膨大な多様化した海洋データを一般ユーザーが容易に利用できるかどうかも問題であり,ニーズに応じたデータプロダクツの作成が必要である.基本的な統計値のようなプロダクツはJODCによって用意されているが,営利団体・機関へのデータの配布や,多用なニーズに対応するのはMIRCの仕事である,MIRCは日本財団の援助を受けてその基盤を整備中であるが,近い将来において自立することが求められている.海洋データに関する種々の受託業務や,各種のデータ加工・提供事業もすでに実行しつつある.例えば,海上保安庁水路部で用意した日本近海の500mメッシュ水深データをユーザーの要請に従って,切り出し・加工・図化して提供することを行っている.また,日本近海の1000mメッシュの海底地形デジタルデータや,日本近海100m間隔等深線データ,海岸線デジタルデータ等汎用性の高いものは, CD-ROM化して提供している.また,水路部の出している海洋速報・海流推測図の配布や独自で作成している相模湾・伊豆諸島近海海況速報の配布とCD-ROM化,あるいは一都三県漁海況速報や東京湾口海況図を集約したCD-ROMの作成販売を行っている.また,電子潮汐情報(予報ソフト)をいくつかの海域についてCD-ROM化して販売している.先に述べた海洋観測データの品質管理ソフト(基本セットは水産庁のPOD対応)や,海洋情報や海洋啓蒙出版物も用意している.非営利事業とはいえ,データの管理には多大の労力と費用を要するため,若干の代金を申し受けざるを得ないが,海洋データとデータプロダクツに興味ある方は,ご連絡いただければ幸いである.
9. 国際関連事業
 MIRCの活動の指針を得るための情報収集や意見交換のために,先進的なデータセンターである米国NODC・NGDC(National Geophysical Data Center:国立地球物理学データセンター),ハワイ大学にあるWOCE/ADCPのデータセンター,カナダ,オーストラリア,フランス,あるいはPICES(North Pacific Marine Science Organization:北太平洋海洋科学機構,通称Pacific ICES)のTCODE(Technical Committee on Data Exchange:データ交換技術委員会)等と密接な連絡を取ってきている.
 また,少なくとも海洋データ管理の面では開発途上国である中国,ロシア(ウラジオストック),ベトナム,フイリッピン,インド等のNODCあるいは関係機関を訪問してデータ管理についての啓蒙的講演を行うと共に,MIRCの開発した品質管理ソフトウエアの提供と使用法の解説を行ってきており,それぞれ非常に高く評価されていることは既に述べた.
 また,国際協力活動の一環として,1999年にマレーシアのランカウイで開かれたIODE/WEST-PACの海洋データシンポジウムや,2000年函館で開かれたPICES総会,その直前にPICESが共催したCO2に関するシンポジウム等に研究者の招聘を含めた貢献を果たしてきた.また,これらの会合を初めとする国際学会・国際集会において, MIRCの成果の発表を行ってきた.
 このような活動を通して,MIRCの名前は国際的にも知られてきている,11月にリスボンで開かれたIODEの総会の際に,IODEの議長であるオーストラリアのBen Searle氏から,MIRCの活動について高く評価すると共に,感謝もしていると言われた,「それなら,そのことを書いて,MIRCのニュースレターに投稿してくれないか?」と依頼したら,「喜んで書く」という返答を得,2001年2月発行予定のMIRCニュースレター8号に寄稿してもらえることになった.また,MIRCの研究成果について高く評価してくれている米国NODCのSydney Levitus博士は,その次の9号には私が投稿しようと約束をしてくれた.
10. 一般啓蒙活動
 MIRCでは普及啓蒙活動を国際的なベースでも実施してきているが,国内でも年1〜2回の割合で海洋データシンポジウムを開催している.いずれの場合にも,ほぼ満席となる盛況で,非常な成功を収めたと考えている.このシンポジウムの内容は,一般啓蒙図書としてMIRCサイエンス・シリーズとして刊行してきている.刊行物としては,この他に「海洋利用の手引き」等がある.
 MIRCの研究開発成果は,一部データプロダクツの形で製品化しつつある.これは,日本財団の直接援助5年経過後の,MIRC自立の柱の1つとして位置付けている.現時点では,まだ十分なものとは言えないが,製品プロダクツ・リストはかなり充実したものとなりつつある.日本海洋学会の大会時などで,MIRCの活動とMIRCプロダクツの紹介を行ってきている.
11. MIRCの活動の基本的な姿勢-総括に代えて-
 MIRCが他の海洋データ管理機関と大きく異なることは,その名の示すように研究面にも重点をおいていることにあるのである.このことは,ここで述べてきたMIRCの現在までの活動からも理解していただけるのではないかと考える.このことはまた,すでに発表された論文が,この4年間に現在までに22編に達しており,国内外の学会等での研究発表は毎年20編を越している研究業績にも表れている.MIRCの研究スタッフの数から言って,これほど多くの研究成果を上げている研究機関は,余りないであろう.われわれとしては,研究機関としての高い評価を受けることが,今後のMIRCの活動においても大きな支えとなるものと信じて今後も研究活動を継続していきたいと考えている.
 MIRCの開発した品質管理ソフトウエアは,もちろんJODCやMIRCのようなデータ管理機関自身にとっても有用なものである.しかし,その主要な目的は,データの第一次取得者である現場の試験・研究機関でも容易に使えるものとして,オリジネーター・フレンドリィなものとすることである.これによって,JODC/MIRCに流入してくるデータの質の向上が図れることになる.しかし,このことは決して容易なことではない.それを実行するためには,現場機関の実状を十分に把握し,エラーの生じる場所,原因を研究調査する必要がある.われわれは水温・塩分データに関しては,このことを和歌山県水産試験場と岩手水産技術センターとの共同作業として行ったが,このためには相互の人間的な信頼関係が不可欠であり,オリジネーター・フレンドリィであるためには,オリジネーターとの相互作用が必要不可欠である.このことは,データあるいはデータプロダクツのユーザーについても同様である.高度のデータ利用者は大学関係を初めとする「研究者」である場合が多い.したがって,ユーザーのニーズを正確に把握するためには,データ・データプロダクツの提供者側も必然的に「研究者」でなければならない.われわれとしては,データセット,アトラスのようなデータプロダクツ,データ管理のためのソフトウエア等,いずれの場合も「最初のユーザー」はMIRC自身であるべきだと考えている.ユーザーおよびオリジネーターの重視と相互協力,これがMIRCの姿勢である.
 世界における海洋データセンターの多くは,データ管理を技術的なものとして捉え,自分達を技術者集団とみなしているように思われる.高度の海洋データ管理を実行するには,対象とする海洋の構造,海洋の特性を十分に把握しなければならないのは,われわれが研究した三陸沖を対象とした高度品質管理方式の提案の場合を見ても明らかである.常に,最も根源的な「海洋現象」に立ち返ることが,データ管理の実施においても,本質的であるとわれわれは考えている.もちろん,狭い海洋データの管理問題に限っても,データの特質を究明する必要は常に存在する.われわれはデータ管理そのものが,優れて研究的業務でなければならないと考えているが,上記に述べた研究的アプローチは,直接的にこのことにも結びついていると考えている.
 このような研究的アプローチをデータ管理問題に結び付けて考えている数少ない「データ管理者」の1人が米国NODCのSydney Levitus博士であるが,MIRCの以上のような基本的姿勢が彼に評価されているのは,ある意味では当然であるのかもしれない.われわれは,このような基本姿勢をとりつづける限り,世界でのリーダーシップを取ることができると考えている.
参考文献
[1]永田豊(1997):海洋情報センターの開設,海の研究, Vo1,6,249-251
[2]永田豊(1999):海洋データの収集・管理とその問題点,第20回海洋工学パネル「海洋調査,計測,監視」,講演集,5-14.
[3]永田豊・岩田静夫・鈴木亨・小熊幸子・吉村智一・竹内淳一・三宅武治(1999):海洋データセット作成・管理に際して発生し易い誤りとその原因-I.和歌山県農林水産総合技術センターの事例から-,海洋調査技術,11,1-10.
[4]永田豊・小熊幸子・鈴木亨・渡辺秀俊・山口初代・高杉知(2000):三陸沿岸海域への黒潮系水の侵入について.月刊海洋,32,800-807.
[5]小熊幸子・鈴木亨・永田豊・渡辺秀俊・山口初代・高杉知(1999):海洋データセット作成・管理に際して発生し易い誤りとその原因-II.岩手県水産技術センターの事例と重複データの取り扱い-,海洋調査技術, 11,11-18.
[6]小熊幸子・鈴木亨・永田豊・渡辺秀俊・山口初代・高杉知(2000):三陸沿岸域の海況の季節変化について.月刊海洋,32,815-823.
[7]吉岡典哉・小出孝・高芝利博・永田豊(1999):亜寒帯循環データベースの構築と管理,月刊海洋,31,748-754








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