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4. 過去の日本海における海水循環
 1989年,国際深海掘削計画(ODP)は,掘削船ジョイデスリゾリューション号を用いて日本海海底の掘削調査を実施した.その結果,日本海堆積物には奇妙な黒白模様の繰り返しが,過去120万年にわたって続いていることが明らかになった(Tada et al., 1992).
 黒い部分は有機物に富み,一方白い部分は有機物をほとんど含んでいない.この縞模様は,堆積物が生成したとき日本海がどのような環境であったか(酸化的だったか還元的だったか)の指標と考えられている.すなわち,日本海の深層水が酸化的な条件にあるときは,海洋表層から降下する有機物は海水中で酸化分解を受けるため,堆積物は白っぽい無機物の色となる.一方,還元的な環境(無酸素状態)で有機物が沈積すると,分解を受けることなくヘドロとなって海底面を覆い,そのまま海底下に埋没していくので堆積物は黒っぽくなる.つまり第四紀後期の日本海は,酸化的な環境と還元的な環境との間を行ったり来たりしていたことになる.堆積物に年代軸を重ねてみると,黒っぽい層(長さ1m位にわたって続く)の出現する時期は氷期に,また白っぽい層は,氷期と氷期に挟まれた間氷期にほぼ対応している(多田, 1997; Tada et al., 1999).
 われわれからみて最終の氷期は約1万年前に終了し,現在の地球上は比較的温暖な間氷期の気候条件に支配されている.日本海では,その最深部まで酸素が行きわたっており,海底にヘドロが溜まることなど想像もできない.しかし氷期の日本海の海底付近は,現在の黒海と似たような死の世界であったらしい.氷期にはなぜ「高密度水形成機構」がうまく働かなくなったのだろうか?
 地球規模で氷河が発達すると,海から陸に水が移動するために,海水準は低下する.今から約2万年前の最終氷期極相期には,海水準は現在よりも約120m低かったと考えられている.これだけ水位が下がると,先に述べた日本海の4つの海峡は陸化するかそれに近い状態になる.対馬暖流はほとんど日本海に流入しなくなり,それに代わって,中国大陸の河川水の影響を受けた低塩分海水が日本海に流れ込むようになる.海水準が低下したために東シナ海のかなりの部分が海面上に顔を出し,黄河や長江の河口が現在よりもはるかに九州西岸に接近していたと考えられるためである(大場, 1983; Oba et al., 1991).
 このようにして,氷期の日本海では表面海水の密度が大きく低下した.その結果,表層から深層にかけての密度成層が強化され,それを突き破る表面水の沈み込みが起こらなくなってしまった.当然深層水への酸素の供給はストップし,ついには無酸素状態に至った.海底には分解されない有機物がヘドロとなり,黒い堆積層が形成されていった.
 氷河が衰退し,海水準が上昇するにつれて対馬暖流の影響が強まってくると,「高密度水形成機構」にスイッチが入り,深層水に酸化的環境が戻ってくる.このような繰り返しによって,日本海の海底には,黒色と白色の縞模様が記録されていったと考えられている.








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