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3. 海水中POPの超微量分析
 海水中POPの報告が少ない一因は、存在濃度が極端に低いため、従来の採水方法で捕集可能な数十リットル(L)の試料量では精度のいい分析が不可能であるためと考えられる。
 例えば現在、ダイオキシン類の分析に使用される高分解能ガスクロマトグラフ一高分解能質量分析計(HRGC-HRMS、日本電子製・micromass製)の感度は、一般的に、個々の異性体の絶対量として50fg前後を要求する。最終溶液量を20ul、機器注入量を1ulとし、スプリットロス他を考慮すると、各々の異性体について、およそ1pgの絶対量が必要である。
 検出限界以下のデータを防止するため、試料濃度によって必要な試料量は図1のように変化する。東京湾内湾のように、PCDD総濃度が0.5pg/L以上の場合は50L程度の試料で測定が可能である。一方、外洋海水のようにPCDD総濃度が0.1pg/L以下になり、個々の異性体が10fg/L以下の場合は数百Lから1000L以上の試料が必要である。
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図1
 これだけ多量の試料を採集するには大きく分けて三種類の方法がある。まず、最近までは、大型の採水器を使用することで、対応してきた。写真1は200リットルのバンドン採水器の例である。これは採水後、採水器を船上まで引き上げ、ホースで一時保存容器へ移すため、二次汚染の可能性が高い。同様にGO-FLO採水器を装備し、各層採水が可能なロゼット式採水器(写真2)も多用されるが、採水器内壁をテフロンコーティングし、金属類の吸着を防止する仕様の採水筒もダイオキシン類等、疎水性物質は逆に吸着する可能性がある。同様な採水器としては、ナンセン型、ニスキン型が代表的である。また、樹脂容器やOリングからの溶出の可能性も無視できない。
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写真1
 
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写真2
 もう一つは、海水中に沈めたポンプ等で船上に汲み上げる方法である。船底に分析用海水を採取する金属製のチューブを装備し船底及び表層水の汚染を低減させる方法は1970年代から一般的に使用されている。また、磁気駆動式で有機素材が海水に接触しない水中ポンプを沈め、試料を船上に汲み上げる試みも行われている。両者とも船上に汲み上げた時点で二次汚染の可能性が高くなるため、ダイオキシン類分析に適しているとは言えないが、ポンプと吸着剤の間を閉鎖系にし、極力汚染を低減させたオンラインろ過法も一般化してきた。ただし、この手法ではポンプの揚程高さ等の問題があり、水深数百m程度までしか適用できないため、中層水・深層水の捕集には適用できない。また、表層海水を対象とするため、船底塗料、浮遊物質からの二次汚染を十分考慮する必要がある。
 三つ目は、二次汚染の原因となる船上作業でのろ過/濃縮作業は行わないという前提にたち、測定対象である海水中に捕集装置を沈めて、微量有機物質を選択的に採集する現場ろ過吸着装置(in-situ filtration /extraction water sampler)である。これに関しては後で詳しく説明する。
 
 上記のように、深層海水を非汚染状態で採取するのは非常に難しいため、現在の環境モニタリングで対象とされるのは表層海水がほとんどである。この場合は、数十L程度であれば、船上から直接、試料瓶中に採取することが可能であるが、低濃度環境水については数百L程度の試料量が要求されるため、現実的ではない。また、表層数メートル以深の試料についてはバンドン採水器、GO-FLO採水器等を用いる必要がある。後者は沈降後に採水栓を開放するため、表層起源の汚染を防ぐことが可能である。バンドン型はこれが不可能なため、最近では使われることが少ない。この場合、採水器自体の二次汚染を防ぐのはもちろんであるが、採水器を固定するロープまたはワイヤー経由で表層由来の汚染(浮遊物質、調査船の船底有機物・排気ガス等)が混入する可能性も無視できない。
 特に、表層にはマイクロレイヤーと呼ばれる有機化合物に富んだ疎水性膜が存在すると考えられており、通常採取される表層海水には必然的にマイクロレイヤーが混入する。PCB等の脂溶性化学物質では極端な場合には、表層1mの海水中の8割以上が0.5mm以下の厚さのマイクロレイヤー中に存在する事も報告されている。問題を複雑にしているのは、このマイクロレイヤーは表層に均一に存在するのではなく、偏りがある点である。特に、表層循環層での生物生産や界面活性剤(しばしば、調査船自体が放出源である)等の影響を顕著に受けるため、海域間変動だけではなく、時間的な変動も大きい。従って、将来的にはマイクロレイヤーと表層海水(水深1m前後の海水を指すことが多い)を分別して試料採取を行う必要が生じると予想される。この目的で開発された採水器にはMICROS他の装置があるが、現状ではマイクロレイヤー測定を一般化するための基礎データが不足している。
 表層循環層(通常は水深200m以浅)よりも深い、中層水、深層水、底層水の採取には前述のようにバンドン・GO-FLO等の採水器か、現場ろ過/吸着装置を用いるかの二種に限定される。
 しかし、前者で必要となる、汚染度の高い船上での抽出作業では甲板作業時の二次汚染、大気中PCBsの影響、有機溶媒の二次汚染等により信頼性の高い分析を行うことは不可能に近いことがわかっている。従って、現状では現場ろ過/吸着装置が環境水中の超微量ダイオキシン類の捕集には最も適していると考えられる。しかし、この方法は後で説明する問題点を有するため、あらゆる環境水試料に適した万能の採取方法とは言えない。実際に試料採取を行う前に、本節で概説した注意点を考慮し、試料に適した採水方法を検討するべきである。
 
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写真3








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