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2.2 既存の知見の概要
(1)ヨシの生理・生態
[1]生物学的分類
 ヨシはイネ科のヨシ属に分類される大型の抽水〜湿生の多年草である110)。立花52)によれば、日本にはヨシ、ツルヨシ、セイタカヨシの3種のヨシ属植物が分布するが、かつて琵琶湖の湖岸にも見られたこの3種のうち、セイタカヨシは1999年現在、琵琶湖岸には発見できなくなったと述べている。このため、セイタカヨシは、もし生育しているとしてもごく稀と思われる。ツルヨシは各河川の沿岸や北湖地方の湖岸に散見でき、ヨシは湖岸各地に見られる。
 ヨシ属各種の学名は次のとおりである。
  ヨシ Phragmites australis  
  ツルヨシ Phragmites japonica  
  セイタカヨシ Phragmites karka  
 ヨシの学名は、以前はオーストラリア産のものをPhragmites australis、北半球温帯以北のものをPhragmites communisと称したが、両者に差のないことが明らかとなり、先取命名規約により、現在ではPhragmites australisが一般学名とされている106),107)
 また、一般に、湖水の水位が平常のとき抽水状態にあるヨシ群落を「水ヨシ」、陸地状態にあるものを「陸ヨシ」と呼び、生態的にその中間のものを「水際ヨシ」と呼ぶこともある94)
[2]生活環と生理特性
 ヨシの成長期間は通常5月〜10月である111)
 桜井21)は、ヨシの成長は4月末に始まり、7月末まで続き、それ以降10月まで開花と結実及び地下茎の新芽形成が行われるとしている。
 ヨシは種子または根茎で越冬する112)。地下茎は地中(1mくらいまで)を横走し、地上茎は地下茎の節から分岐して桿状円柱形に伸びる110),113)。地上茎は中空・硬質で直立1〜3m(1〜4m113)または2〜3m111))、径は5〜20mmである110)。花期は8〜10月110)・112)で、茎先に2〜4花からなる小穂を密につけた長さ20〜40cmの円錐花序をつくる113)
 三浦ら114)は、ヨシの成長期間を大きく2つに区分し、4月上旬に始まる地下茎の出芽から7月末までの急速な成長期を第1期、その後、成熟期に入り、穂を形成して9月末までに枯死する間を第2期とした。
 ヨシの地下茎は毎年新しく伸びるが、3〜6年の寿命があり、典型的ヨシ帯では2〜4年目の地下茎が多いとの知見がある114)
[3]ヨシの刈り取りと生長
 生活環に関連して、ヨシ刈りがヨシの生育に及ぼす影響について調査した事例が何例かある。
 永谷12)はイカダ栽培条件下で10月、11月、12月に刈取りを行い、翌年の生育状況を調べた結果、刈取り時期が遅いほど翌年の植物体の草丈が高くなることを示した。
 また、武田ら85)は、6〜8月に刈り取りを行うと翌年以降のヨシ地上部重量が減少し、9月以降の刈り取りでは逆に増加したと述べている。
 ヨシ刈りによって系外に持ち出される物質量について、細井ら71)は、刈り取る時期によって除去される栄養塩量の異なることを示しており、7月末に中途刈取りをすると、刈取りを行わなかった区域より窒素で約1.6倍、リンで約2.1倍の年間除去量の違いが見られたことを報告した。
 山田29)は、ヨシ刈りという行為が他の植物に与える影響を調べ、7月にヨシ刈りをすると、ヨシ以外の植物の出現種数が増加することを示した。
 これらのことを総合すると、栄養塩の除去を目的にヨシ刈りを行う際は、地上部の影響栄養塩濃度が高い夏期前後に刈取りを行うのが効果的であるが、翌年の成長を維持し、他の植物の侵入を防止する目的では、刈取り時期は遅いほど良好であることが示唆される。
 一方、原ら15)は刈取り位置の高さを変えた場合のヨシの生長に与える影響を、地盤高の高低2カ所において調査し、刈取後冠水することにより成長が悪化することを示した(図2.2.1)。
 刈取りを行う際は、刈取後の茎が冠水しないことに留意が必要である47)
 
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図2.2.1 刈取り高さの違いがヨシの生長に与える影響15)
[4]物質代謝
 ヨシの物質代謝に関しては、ヨシ内の物質量の通年変化を扱った文献があり、細井ら37)は、休耕田に生育しているヨシ群落においてヨシの現存量と栄養塩含有量を測定し、ヨシの現存量は1月まで増加し、それ以降は減少していく傾向のあること、栄養塩含有率は、窒素、リンとも成長初期をピークに減少し、7月頃からほぼ一定の値になることを示した。
 また、永谷ら12)は10月刈取りの植物体による栄養塩含有量を測定し、ヨシの植物体全体に対する地上部のN含有量は59%、P含有量は63%であることを示した。
 ヨシの分解過程の検討として、伊田79)は、様々な大きさにカットしたヨシの分解実験を行い、初期の溶出期間は比較的短く約5日でピークを超え、2週間経過すると低下し安定化すること、カットの程度が激しい場合ほど初期濃度が高いこと、生ヨシは枯れヨシより初期値で約5倍高く負荷量でも数倍多くなることを示し、これらの実験結果から、ヨシの負荷量が対象とした自然公園のBODよりも実際に高いことを踏まえ、環境への影響が大きいと述べた。
 このほか、ヨシの生長、物質代謝及び分解過程をモデル化する試みもあった37)63)
[5]ヨシの生育密度、サイズ
 ヨシの生育密度やサイズを測定した例は多く、他の実験目的の基礎的調査として行われているものもかなりある3)12)14)15)など
 琵琶湖及び周辺のヨシについて測定した事例では、琵琶湖研究所1)が1982年(昭和57年)7月19〜21日に琵琶湖を取りまく13地点において、稈数、茎径、草丈の調査を行った例がある。この調査では測定されたヨシの形状特性値(生育密度平均49本/m2等)等を報告しているほかに、生育密度をSn、草丈をH、太さをDとすると、D2×Hが乾重(Wg)と正の相関にあることが示された。
 また、滋賀県115)では、琵琶湖周辺167サンプルのヨシの生育特性を調査した結果から、ヨシ茎個体数密度が、平均31.1±19.6本/m2であったこと等を報告した。この調査では、ヨシ草丈で最も多かったのは200〜225cm、茎径で最も多かったのは6.5〜7.0mmであったことも示されている。
 さらに、滋賀県では、琵琶湖赤野井湾のヨシ群落を対象に調査した報告書の考察において、既往の文献に報告されるヨシ茎個体数密度の数値を多数収集し、整理・比較を行っている116)。先の琵琶湖研究所1)の報告でも文献引用によるデータ紹介がなされており、両者の引用を合わせて琵琶湖のヨシ個体数密度データの一部を下記に整理した。
〈単位:本/m2
◇生嶋 1966 普通60〜100(北湖)
平均240(早崎内湖)
 
◇根来他 1966 平均62.7(琵琶湖)  
◇三浦他 1977 平均142±70(南湖)  
◇高橋他 1979 平均37〜49(安曇川・姉川等)  
◇水資公団他 1979 9〜72(平均30)(西ノ湖)  
◇小山 1980 平均40(草津川南部)  
◇前田 1982 平均30〜300(50〜100が多)
水ヨシ20程度(西ノ湖)
 
◇水資公団 1982 (未発表)平均12〜72(尾上)  
◇立花 1983 24〜101(平均49.2)(琵琶湖)  
◇桜井他 1985 44.2(矢橋)  
◇倉田 1988 平均52(西ノ湖)  
◇新井 1990 50〜60(矢橋)
20〜30(草津川河口)
 
◇滋賀県 1992 平均31.1±19.6(琵琶湖)  
◇生嶋他 1993 91〜182(近江八幡牧地先)  
◇鈴木他 1993 平均81.8(琵琶湖31カ所)  








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