日本財団 図書館


4. それでも米国は世界に関与し続ける
●チャールズ・ボイド
 
米国二一世紀安全保障委員会とは
 九月十一日のテロ攻撃以来、米国で再び注目を集めている報告書がある。「米国二一世紀安全保障委員会」報告書。これは米国議会の委任に基づいて設置された委員会であり、ウォレン・ラドマン、ゲイリー・ハート元上院議員が共同議長を務めた。長期的展望に基づいた国家安全保障戦略全般の見直しを行い、その結果を三次にわたる報告書にまとめ発表した。最終報告書は今年四月に発表され、米国の本土防衛能力の脆弱性を指摘、国土防衛の包括的戦略の構築のために、国家安全保障政策に関連する行政機構や運営等の改革、インテリジェンス機能の強化、行政府と立法府の調整機能の強化など、五〇項目に及ぶ提言を行って一時注目を集めた。しかしその後、ブッシュ政権がさまざまな案件―米中軍用機衝突事件、ミサイル国土防衛計画や国防予算をめぐる議会との軋轢、中東和平交渉等々―に巻き込まれるにしたがい、その存在が忘れ去られてしまった。
 今回のテロ攻撃を受けて、ブッシュ政権は国土防衛戦略の見直し作業にようやく着手したが、同報告書はこのプロセスに今後大きな影響を与えるものと予想される。この委員会の理事長を務めたのが、チャールズ・ボイド元将軍である。
 
「マス・テラー」の脅威
―イスラム原理主義者のターゲットは米国であって民主主義や資本主義を基調とする国際社会などではない。東アジア諸国はイスラム原理主義テロとはあまり関係がないという見解があります。
ボイド 確かに今回のウサマ・ビンラーディンらによる米国へのテロ攻撃は、慎重に米国だけをターゲットにしたものです。日本を含む東アジア諸国にとっては米国ほど恐れるべき理由がないかもしれません。
 彼らの主な動機とは、グローバリゼーションの影響に対するフラストレーション、またグローバリゼーションという新しい現象にうまく適応できず調和できないことに対するフラストレーションの潮流を他のどの国々よりも象徴的に代表している国です。
 私たちの委員会メンバーは、日本、韓国、中国、東南アジア、そして南アジアをめぐりました。主な目的は、米国の太平洋における役割、日本・韓国などの戦略的同盟国の役割、朝鮮半島の統一やそれが日米安保関係に及ぼす影響などについての調査でした。現時点での日本におけるテロリズムの脅威に関していうならば、ウサマ・ビンラーディンの対米テロ攻撃のような脅威はないでしょう。しかし、インドネシアなどの国ではテロの脅威が出てくるかもしれません。
 また、日本だけでなく他のすべての先進諸国にも関係することで一つ重要な点を指摘しておきたいと思います。「マス・テラー(大衆に対して恐怖心を煽るテロ手法)」の採用は、いまだに数多くの国々やグループによって正当な政治的表現の手段とみなされています。これらの国々やグループが、「マス・テラー」を不法な手段と認識し、また政治的手段としても効果的ではないと考えるようになるまで、すべての先進諸国は少なくともこの潜在的脅威に晒されている点を忘れてはならないと思います。
 
米国は孤立主義を志向しない
―あなたの委員会のアジア調査旅行で、何か新しい発見などがありましたか。
ボイド 私たちは防衛庁、外務省、国会議員、ビジネス界のリーダーの方々などに幅広くインタビューしたのですが、日本の安全保障上の戦略的役割や、戦略上の問題などについて、世代間で考え方に明確な差異がありました。この点は非常に面白かった。
 年配の方々は、過去五十年間の米国人とよく似た考えをお持ちです。若年層の方々は、かなり違う見解を示されました。この世代間の断層は三十五〜四十歳ぐらいでしょうか。
 たとえば、六十歳の方に「石油供給路の確保について心配されていますか」とうかがえば、「それは米国に対処してもらうべき問題だと思います」という回答が一般的でした。「米国がいつまでもそこにいて、その種の問題を解決してくれる」という確信にも近い見解があるようです。しかし若い国会議員の方々にうかがうと、「それは究極的にはわれわれの責任において解決しなければならない問題です。現在は、国益を守るための軍事的能力をもっていませんが、将来、日本はそのような能力を確保しなければならないと思います」とおっしゃいます。
―実際に、今回の対米テロ攻撃によって、今後、米国の世界におけるリーダーシップ、またグローバルな関与政策に何か影響が出てくるとお考えでしょうか。
ボイド 「米国は自国内に引きこもるべきだ、世界の活動にそんなに関わるべきではない」と主張する人々もたしかに出てくることでしょう。ただそのような人たちはきわめて少数派です。米国が世界から撤退したり関与しなくなることなどまずありえません。経済的に見ても考えられませんし、世界中で米国のパワーやプレゼンスを維持することは必要不可欠です。米国がいなければ、世界で「パワーの真空状態」が発生して、世界中のあらゆる地域で不安定な状況が発生するでしょう。現実的に考えるならば、米国はこれまでそうしてきたように今後も世界に関与し続けなければならないと思います。
―世界、特に中東に対する米国の関与のレベルについても、さほど変化は予想されないということでしょうか。
ボイド 中東を含む世界中において、米国のパワーが減少したり、なくなってしまうことはありえないと思います。
―これまで、欧州諸国やアジア諸国は、中東地域の安定に向けて、米国ほど深く関与することは避けてきました。このままだと、もっぱら米国ばかりがイスラム原理主義テロの攻撃目標になってしまうかもしれません。米国国民はどこまでそのような状況を我慢できるのでしょうか。
ボイド もっともなご質問です。ただ私の判断では、もう一度繰り返しますが、世界への関与政策をやめようなどというコンセンサスは米国国内どこにもありませんし、今後も出てこないでしょう。
 
米国の軍事作戦はどうなる
―アフガニスタン山岳地帯に潜むテロ・グループに対して米軍が軍事行動を開始する場合、犠牲の伴う長期間の戦闘になることが予想されています。八○年代には当時のソ連軍もアフガニスタンでたいへんな痛手を負いました。米軍がソ連軍の二の舞を演じないことがはたして可能なのでしょうか。また、これまで「ミリタリー・トランスフォーメーション(二一世紀型の軍事戦略への変容)」という新戦略の下、新たな軍事技術や軍事ドクトリンが開発されてきましたが、これらには対テロリズム作戦上、どれほどの効力が期待できるでしょうか。
ボイド アフガニスタンにおける米軍の作戦行動が、ソ連軍の八〇年代のそれに類似したものになるとは考えられません。ソ連軍は、反体制派の協力も求めずに自力で領土を押さえたり反乱を鎮圧しようとしましたが、米軍にとってはそもそもそのようなことが目的ではありません。米軍がいかなる軍事作戦をとろうとも、ソ連軍とはかなり違ったものとなるでしょう。当時のソ連軍よりもかなり優れた偵察技術や精密誘導兵器を米国軍はもっています。また、米陸軍が長期間にわたって、アフガニスタン領土内で大規模な軍事作戦を展開することになるとは予想しておりませんし、まず考えられません。
―米軍単独の軍事行動となると思われますか。それとも多国籍軍になると思われますか。
ボイド われわれがアフガニスタンで軍事作戦を開始する場合には、間違いなく多国籍軍になると思います。
―アジア同盟諸国にも軍事面での期待など何かありますか。
ボイド 今回、日本は以前とはまったく違う、きわめて重要な軍事的協力を申し出てくれたと思います。これは従来ではまったく考えられないことでした。非常に大きな違いです。さらに韓国などの他のアジア同盟諸国からも、以前とは違うレベルの軍事協力の申し出があるかもしれません。
―ブッシュ政権は、国土防衛戦略の見直し作業を進めています。あなたの委員会の最終提言は、これにどのように組み込まれるとお考えでしょうか。
ボイド 私たちの委員会の最終提言には主に五十項目にわたる政策提言がなされております。もちろん、その大半は現在の危機とは必ずしも直接的な関係がない項目です。私たちは、これらすべての提言が取りこまれることを期待しています。提言内容は非常に慎重な討議や分析を経た上で、作成されたものです。
 最も重要なことは、仮に、ブッシュ大統領がほかに何もしなくても、とにかくわれわれの提言だけはすべて取り入れて、国家安全保障のために必要な行政機構改革を遂行してくれさえすれば、私はたいへん嬉しく感じると同時に、一人の米国人としてもかなり安心した生活を送れるようになると思います。
〔聞き手・翻訳 古川勝久(外交問題評議会研究員)〕  
 








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION