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プロローグ――ブッシュの外交革命と日本
●アラン・トネルソン
序論
 ジョージ・W・ブッシュ大統領はエリート家族出身という生まれ育ちや、中道路線を好む政治的性向から考えれば、とても革命家になりそうには見えない。しかし、九月一一日の同時多発テロのずっと以前、つまり彼が大統領選挙キャンペーンを開始して以来、事態は大きく動いた。その強力な流れに押され、ブッシュ大統領は任期中を通じて、米外交政策の革命的変化を方向付け、さらには、そうした変化を自ら生み出さざるを得なくなりつつある。もし、そうであれば、日米関係もその影響を免れないだろう。さらに言えば、ブッシュ大統領が革命を起こそうと望むか否かにかかわりなく、革命のための素地はそろっている。とりわけ以下の四つの要因が挙げられよう。
 まず指摘しなければならない何よりも明白な要因は、同時多発テロ攻撃である。これは米外交史上、かつてなかった重大な出来事と言えるかもしれない。このテロ攻撃は既に、米国の政治を変え、クリントン前政権の終盤から長期間にわたって続いてきた激しい党派対立に、少なくとも短期的には終わりをもたらした。また、経済政策を取り巻く状況も変えた。米経済はよくても景気後退に近い局面にあることが明白になり、巨額の連邦財政黒字をどう維持すべきかといった心配などは吹き飛び、大規模な景気刺激計画を求める声が一斉に上がり始めた。
 テロ攻撃は米外交・国防政策にも変化をもたらした。テロに対する闘争は今や、米国にとって何よりも重要な国家安全保障上の最優先課題となった。大規模な財源が新たに、対テロ闘争はもちろん、国防支出全般にも振り向けられよう。テロに焦点を合わせることで、既に始まっている国防戦略そのものの変化も一層加速されるだろう。公表されたばかりの「四年ごとの国防計画見直し」(QDR)で述べられているように、国防総省は、米軍が冷戦の開始以来追求してきた「脅威に基づく」戦略を放棄する方針を固めた。新たな戦略は「能力に基づく」戦略とされ、それについては後段において論じたい。
 外交面では、米国は友好国に対しても敵国に対しても、テロとの闘争に協力する意思を示すかどうかによって、それぞれの国と米国との関係は大きく左右されるとの立場を伝えた。同時に、ブッシュ政権は強固な国際的反テロ同盟を構築する決意を固めており、そうした国際的支援を維持するためなら、米国として、一定の戦略上、戦術上の問題では妥協することがあるかもしれない。
 テロとはほとんど、ないし全く関係のない分野でも、米政府が国際的な関心を有し続ける問題はある。だが、新たな戦略はそうした分野の多くにも影響を及ぼすだろう。例えば、ブッシュ政権は既に、インドやパキスタンとの協力を進めるため、核兵器拡散に対して一貫して取ってきた反対姿勢を弱めている。現在の世界的な景気減速の打撃を受けている開発途上国には、米国を外交面などで支援するならば、その見返りとして、新たな援助や貿易上の恩恵措置が供与されるだろうといった話が伝えられている。
 ブッシュ政権下における外交政策の革命的変化の第二の要因は冷戦の終結である。冷戦は過去五十年近くにわたって、日米関係の枠組みを規定してきた。さらに、やや驚くべきことではあるが、一九九〇年代の大半を通じても、米政府の基本方針を引き続き形づくってきた。米国の指導者は大変な苦労をしながら、米国として東アジア前方展開兵カを冷戦時代と同じ水準に保つと宣言してきた。だが、そうした兵力展開を必要とし、東アジア防衛を米国の国家安全保障上の最優先課題に位置づけるもととなってきた軍事的脅威は消滅しており、それは恐らく、米国の戦略に今後も影響を及ぼさずにはいないだろう。
 米外交の革命的変化の第三の要因は、外交政策に関する共和党の顕著に保守的な価値観、考え方である。しばしば過激なほど保守的な下院指導部には同調しなかったとはいえ、ブッシュ大統領は驚くほど一貫して、共和党の保守的な考え方を外交政策に適用してきた。クリントン外交のかなりの部分も民主党のリベラルな価値観によって説明できるが、共和党の価値観はそれと大きく違うだけでなく、一般に認識されているよりもずっと深いところにルーツを持っているのである。その結果、ブッシュ外交に長期にわたって影響を与える公算が大きい。
 最後の要因としては、国際政治の新たな枠組みがはっきりと姿を現し、いかにも共和党的な外交政策の主張に合致している点が挙げられる。ブッシュ大統領は既に、そうした外交政策を実行し始めているのかもしれない。多くの重要な面で、現在の国際政治は一九世紀末から二〇世紀初めごろと驚くほど似通った様相を呈している。当時、米国の国際的な役割はずっと選別的であり、国土防衛といった伝統的な国益に焦点を合わせていた。また、「もつれた同盟関係」に巻き込まれることは何としても避けたいという立場を取っていた。こうしたアプローチは、九月一一日以前から既にブッシュ外交に見られていた特徴と似ており、しかも、その類似は偶然がもたらしたものではない。こうしたアプローチを支持する動きは今後、さらに強まるだろう。
 にもかかわらず、強力な経済的、政治的制約によって、ブッシュ大統領の革命的な動きは引き続き、足かせをはめられざるを得ないだろう。現在の政策を続けようという惰性の力も制約として働こう。また、ブッシュ大統領が革命を望んでいるとしても、全く新しい別の外交戦略はまだ形づくられていないのが現実であり、この点も制約要因となろう。つまるところ、反テロ闘争によってある程度、焦点が絞られるとしても、米外交の動きが統一した方向性を持つに至らなければ、ブッシュ政権時代およびその後を通じて、米国は過去の長期間にわたる外交政策が及ぼす強力な影響を受け続けることになるだろう。
それゆえ、日米関係の前には混乱の時代が待ち構えているように思える。
 将来を予測するのはしばしば怪しげな仕事ではある。だが、政権発足時にブッシュ大統領が直面していた国内および国際環境が、その前任者の時とどう違っていたのか、また、その間の変化がいかにして、新大統領に幾つかの大きく異なった選択肢と限界をもたらしたかを検討するのは有益だろう。
 








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