日本財団 図書館


第5章 横須賀らしい景観形成に向けての課題
1 景観構造に基づく景観的特質の変容のまとめ
 横須賀らしい景観形成に向けての一つの拠り所として、本調査研究では、横須賀の本来的な景観的特質を明らかにすることを目指してきた。そのため、あえて、現在の横須賀市の景観的な姿だけではなく、地形が造りだしている空間の形のその意味、かつての集落・都市が有していた地域の景観と暮らしとの関わりに着目し、それらを空間モデルとして示してきた。
 それぞれの空間モデルが有する景観的特質は、本来的な景観構造に基づくという意味で、それぞれ固有で、他の場所では得ることの出来ない唯一無二のものであり、これを尊重し、生かすことが、横須賀らしい景観形成につながるといえる。
 もちろん、変ってしまった景観を、ただやみくもに、かつての景観の姿に戻すという議論はほとんど意味を持たないし、現実性にも乏しい。
 重要な点は、横須賀らしい景観形成を進めていく上で、横須賀を特徴付ける景観構造の何が大事であるかを見極めることにある。そしてその上で、これからの景観形成にあたって、何をこれからも大切にして守っていかねばならないのか、変ってしまったものをどう再構築していくことができるのかを探ることにある。
 ここまでの調査、分析を踏まえると、横須賀市の沿岸部における景観構造の変遷には、大きく次の2つの特徴的な点がある。
 一つは、市街地開発が埋め立てという、空間そのものの変化を伴うかたちを含めて進んできたことである。この変容は、景観構造自体の変化を引き起こす可能性もあるという意味で非常に大きな変容である。
 もう一つは、これは我が国の多くの都市にも見られることであるが、時代、生活様式の変化に伴い、景観構造と生活との関わりが、より具体的に言えば海、丘陵地との関わりが薄れてしまったことである。
 このような点に着目し、各空間モデルの景観的変容の特徴を整理すると以下のようにまとめることができる。
(1) 岬モデル
 岬モデルにおいては、海岸部の埋め立てにより、空間形状自体がかつての岬モデルとは異なってしまった場合と、海岸部の埋め立てがほとんど進行せず、かつての空間構造が比較的保たれている場合の2つのケースが見られた。
 前者の、埋め立てが進行している場合の変容への対応に対しては、岬モデルには本来的になかった、埋め立てにより生まれた海岸部の平坦地を、どのように新たに位置付け、岬モデルに新しい魅力を付加することができるかどうかが大きな課題となる。具体的には、跡地利用も含めた埋立地の再整備により、岬モデルの本来的な特徴である丘陵上部の空間と埋立地という海岸部の平坦地という新しい魅力空間の可能性をどのように結び付けるかが、良好な景観形成に向けての課題になると考えられる。
 もちろん、海岸部の埋め立てが進行しておらず、岬モデル本来の景観構造が保たれている場合においては、これからもそれを維持・保全し続けることが重要な課題となる。
(2) 磯浜モデル・丘陵迫り型
 磯浜モデル・丘陵迫り型においても、海岸部の埋め立てにより、空間形状自体がかつての磯浜モデル・丘陵迫り型とは異なってしまった場合と、海岸部の埋め立てがほとんど進行せず、かつての空間構造が比較的保たれている場合の2つのケースが見られた。
 しかし、磯浜モデル・丘陵迫り型の場合に特徴的な点は、いずれの場合においても、市街地の建築物の高層化・稠密化が進行していることである。
 そのため、磯浜モデル・丘陵迫り型の変容に対しては、埋め立てにより拡大した海岸部の平坦地を、どのように位置付けし直すかということに加え、高層化・稠密化により大きく変容してしまった丘陵部と海岸線との関係に対してどのように対応を図るかが大きな課題となる。具体的には、市街地と海との結びつきの再構築を図ることに加え、丘陵迫り型の特徴であった、丘陵端部や坂道から海への眺めを、より直接的にどのように保全再生していくかが課題となっている。
 埋め立てがほとんど進行していない場合においても、市街地建築物の高層化・稠密かは進行しており、丘陵端部や坂道から海への眺めを、どのように保全再生していくかが課題となっていることは同様である。
 一方、海岸部の埋め立てがほとんど進行していない場合においては、空間モデルの有する景観的な特徴が比較的保たれている、これをこれからも維持・保全し続けることが課題となっている。
 この場合に重要な点は、磯浜モデル・丘陵迫り型が有していた景観的特徴は、密接な丘陵と海岸線との関係から成り立っていると言う点である。そのため、維持・保全にあたっては、後述する浦モデルと同様に、一律的・画一的な対応ではなく、よりきめの細かな対応が求められるといえる。
(3) 磯浜モデル・丘陵離れ型
 磯浜モデル・丘陵離れ型においては、市街化の進展を受け止める海岸部の平坦地が比較的存在する空間形状であるため、海岸部の埋め立ては殆ど進行していないこと、また、空間モデルの特徴としても、丘陵と海との景観的な関係は本来それほど緊密ではないため、市街地の高層化・稠密化も、景観構造に大きな影響を与えるほどのものにはなっていないことが特徴である。
 このような磯浜モデル・丘陵離れ型においては、丘陵端部や坂道から海への眺めという景観的な観点よりは、より直接的に、丘陵斜面の緑を保全し続けることが、良好な景観形成に向けての課題としてあげられる。
(4) 浦モデル
 浦モデルにおいては、海岸部の埋め立ての進行と市街地の高層化・稠密化が変容の大きな内容である。その度合いは、磯浜モデル・丘陵迫り型でみた程には著しくはないものの、浦モデルの景観構造が、丘陵端部や坂道、海岸沿い道路から内水面越しの対岸の丘陵へという、非常に小スケールで緊密な景観関係から成り立っているため、非常に大きな眺めの変化として顕在化していることが特徴である。
 浦モデルにおいては、このような緊密な景観関係をべースにしていることから、良好な景観形成に向けての対応に対しても、一律的・画一的な対応ではなく、よりきめの細かな対応が求められるといえる。
 なお、もう一つの大きな特徴である、「時代、生活様式の変化に伴い、景観構造と生活との関わりが薄れてしまったこと」については、具体の景観現象として明示することは難しいが、上述のような景観現象を引き起こしている背景にあって、各空間モデルに共通する課題であると考えられる。
2 景観形成に向けての課題のまとめ
 各空間モデルごとに見てきた景観的な課題を総括的に整理すると、横須賀らしい景観形成に向けての課題は、大きく、以下のように整理することができる。
 横須賀市の景観構造の変容の大きな特徴の一つは、市街地開発が埋め立てという、空間の形そのものの変化を伴うケースを含めて進んできたことである。そのため、磯浜モデル・丘陵迫り型や、岬モデル、浦モデルでは、空間構造そのものの本質が変化してしまったと考えねばならない場合もみられる。この変容は、空間の形そのものに影響を与えるという意味で非常に大きな変容である。このような変容に対しては、これからの景観形成の目標とすべき、空間構造自体を模索することから始めねばならない必要がある。
 しかし、幸いにも、横須賀市の景観構造の変容は、海岸部の埋め立てはかなり進行しているものの、目標とするべき景観構造を新たに構築する必要があるほど根本的に変化してしまったものではないと考えることができる。最も顕著な磯浜モデル・丘陵迫り型についても、類似した景観的特質を有する磯浜モデル・丘陵離れ型への変化とみることで、磯浜モデル・丘陵離れ型をこれからの景観形成の規範として捉えることができる。
 その意味では、かつての空間構造を規範としたかたちで、横須賀らしい美しい景観形成に向けての取り組むことがまだ間に合う段階であるといえる。
 これらの認識に基づき、横須賀らしい美しい景観形成に向けての課題を、横須賀の沿岸部の空間モデルを規範とした景観形成の観点から整理する。
 空間モデルを景観形成に向けての規範として捉えると、横須賀市の景観形成に向けての課題は、大きく次のようにまとめることができる。
 
[1] 各空間モデルを特徴付ける空間構造の変化を回避する
 各空間モデルを特徴付ける空間構造の変化を回避することが最も基本的な課題である。何故なら、空間構造の変化は規範とすべき考えそのものの喪失を意味するからである。
 具体的にいうと、一つは、海岸部における埋め立て開発のさらなる進行をできるだけ抑えること、新たな埋め立てに対しては、その規模、形状に格段の配慮を行うことが特に重要となる。
 もう一つは、海岸線とともに空間モデルの空間構造を規定している市街地背後の丘陵地の開発を抑えることであり、これに関しては、特に地形の改変を抑えることが重要となる。
 
[2] 空間モデルの有していた特徴的な景観的関係の保全、新たな再生を図る
 空間構造の変化を回避し、それを守ることで、空間モデルの有する景観的関係の基本的な枠組みは保たれる。
 しかし、横須賀市における景観構造の変容のもう一つの大きな特徴は、海岸部と丘陵部との間に位置する市街地の建物の高層化と密集化であり、これにより、物理的に、海から丘陵斜面地への、丘陵端部から海への眺めが損なわれてきていることにある。
 海辺から丘陵斜面地への見返り景、丘陵端部から海への見晴らし景、丘陵端部から市街地に至る坂道から海への通景など、各空間モデルにより、具体の眺めは異なるものの、それぞれのモデルには、そのモデルを特徴付ける眺めがある。
 これらの眺めは、「海」と密接に結びついていたかつての生活の中では、社会の暗黙のルールにより保たれてきたものであり、建物の高層化、密集化には非常にもろい面を持っている。
 現在、かろうじて保たれているこのような特徴的な眺めをこれからも守り続けていくとともに、これからの再生を図るためには、その意味をあらためて人々に問いかけていくことを通して、その存在を今の生活の中に位置づけていき、空間モデルが有する特徴的な景観的関係を保全、再生していくための新たなルールづくりが求められる。
 幸いにも、丘陵端部の高台などから眺める海への眺めは、現在でも多くの市民に愛され、大切にしていくべき眺めとされている。この市民意識を足がかりに、空間モデルに対応した横須賀ならではの特徴的な眺めに対する市民の共有財産として意識を高め、景観形成のための新たなルールづくりに結びつけることが望まれる。
 
[3] 空間モデルの有していた市街地と海との関わりの保全、新たな再生を図る
 横須賀市における景観構造の変容のもう一つの側面は、時代、生活様式の変化に伴い、景観構造と生活との関わりが、より具体的に言えば海、丘陵地との関わりが薄れてしまったことである。
 「海」との関わりは、横須賀市の社会的特性の原点とも言えるものである。近年においても、海岸部の良好な自然景勝地や海辺の公園などは、多くの市民から愛されている存在となっている。
 しかし、市街地周辺では、埋め立てに伴う海岸線の前進(市街地からの離れ)や、沿岸部の土地利用の変化によって、市民の日常生活と「海」との関わりは疎遠・希薄なものになってしまったことも事実である。そして、この疎遠化・希薄化が「海」に対する景観の問題に対する無関心化の一因ともなり、「海」と生活との関係をますます疎遠・希薄なものにしていると言うこともできる。
 これらのことを考え合わせると、「海」と市街地・生活との新しい関わりのあり方を市民、一人一人の意識レベルでの改革も含めて、多層的に模索し、新しい形で再構築していくことが、これからの景観形成に向けての重要な課題であると考えられる。
3 求められる対応の基本的方向
 横須賀らしい美しい都市景観の形成に向けての課題は、前項において整理したように、ただ単に、現象として良好な景観を生み出すことに留まらず、市街地と海との関わりの在り方、ひいては日々の生活と海との関わりの在り様まで含めて考える必要がある。そのため、その対応についても、多様で多面的な対応が求められる。
 これらの項目・内容を景観形成との関わりの観点から整理し、その基本的な方向性を示すと次のように考えることができる。
《景観のコントロールに関わる事項》
 良好な景観の創出、保全に直接的に関係する事項であり、最も基本的な対応である。横須賀市の沿岸部の景観構造に根ざした特徴である、「沿岸部丘陵地端部からの市街地、海への眺望景観」「丘陵斜面樹林を背景とする市街地あるいは海上からの見返り景観」の2つの景観に対応したコントロールが必要であると考える。
 
 「沿岸部丘陵地端部からの市街地・海への眺望景観」に対応して
●丘陵端部の主要視点場における海への眺望の確保
・水平線の見えをまとまって切らないための建物の高さと連続度のコントロール
・水面の見えの確保に配慮した埋め立て整備
 
 「丘陵斜面樹林を背景とする市街地あるいは海上からの見返り景観」に対応して
●丘陵斜面樹林の保全と再生
・斜面樹林の緑地指定
・斜面保護工の緑化修景
●丘陵斜面部における面的な開発の抑制
・丘陵斜面部の用途地域の見直し
・開発要綱、届け出制度の見直し
●沿岸部市街地における建物コントロール
・丘陵スカイラインをまとまって切らないための建物の高さと連続度のコントロール
 
《水辺との関わりの再構築に関わる事項》
 近年の都市開発や生活様式の変化により希薄になった水辺との関わりを新しいかたちで再構築するための対応である。再構築により水辺・海を身近に感じることにより、水辺・海への関心を高め、ひいては海への眺望の大切さに対する共通認識を育むことにつながる。
 大きくは、直接的な水辺との関わりの場となる「沿岸部におけるパブリックスペースの充実」と、より広い意味での「都市と水辺との結びつきの強化」に関わる、2つの対応が必要と考える。
●沿岸部におけるパブリックスペースの充実
・水辺の公園・プロムナードの整備と有効活用(定期的なバザーの開催など)
・不特定多数の人々が利用する沿岸部の施設に対する海との関わり空間
  (海の見えるレストラン、水辺へのアプローチなど)の創出に対する要請
・飲食店などが立地できる都市計画用途地域の柔軟な運用
●都市と水辺との結びつきの強化
・海を取り込んだ街区、街路設計(水面の見える通景の確保)
・海への見晴らしを楽しめる眺望点の整備と充実
 
《景観形成に対する意識づくりに関わる事項》
 横須賀市の特徴的な景観が市民の共有財産であることに対する認識と理解を高め、景観形成の推進を根底で支えるための対応である。
 具体的には、まちづくりの様々な局面での「景観への関心を高める機会の充実」を図ることが必要であり、長期的なスパンで考えた場合には、「子供達に対する景観教育の充実」を図ることが特に有効であると考える。
●景観への関心を高める機会の充実
・景観に関するシンポジュームの開催
・景観コンテストなどのイベントの開催
・横須賀市の景観に関するパンフレットなどの作成
●子供達に対する景観教育の充実
・横須賀市の景観に関する内容の小中学校副読本への記載
・総合教育の教材としての景観への取り組み
図表5-1 空間モデル別にみた景観課題に対する対応方向のまとめ
(拡大画面: 260 KB)
※今後の建物高さの指針づくりに向けて
[1]良好な眺望を確保すべき特定の地区においては、眺望を遮らない建物高さとすることを景観コントロールの原則として位置づける。
[2]高さのコントロールは、用途地域制度や今後取り組む高度地区の指定、市街化調整区域内形態規制などをもって担保することが望ましい。
なお、市街地高度利用誘導制度により建物の高層化を図る場合は、海への眺望や緑のスカイラインをまとまって遮らないなど、高さや形態等に関する考え方を取り入れておくことが必要である。
[3]特に良好な眺望等を確保すべき特定の地区については、風致地区、地区計画などの制度を活用することが望ましい。
 
※景観の良好さ、大切さに対する意識を高めるための事例
  ・風景探勝会、写生会、沿岸部のパブリックスペースを活用したイベント、バザーの開催、旧町名・地名・由来の表示、通景の得られる坂道などへの地域レベルでの愛称付けなど








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION