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2) トルク法
 トルク法はトルクレンチを用いて締付けを行う方法で船舶用機関の締付けに最も多く一般的に用いられる方法である。しかし、このトルク法は前項で述べたようにねじ部および座面の摩擦係数によって締付力が90%近く支配されるという基本的な問題をかかえている。したがってトルク法によって精度の高い締付けを期待することは基本的に無理であるが、少しでも精度を上げるためにはねじ部および座面の加工精度を厳密に管理し、締付けに際して用いる潤滑剤を規定し、同じチャージのボルトについてあらかじめ充分締付けトルクと軸力の関係を把握しておくことが必要である。
 
3) 回転角度法
 この方法の欠点はスナッグトルク(肌付トルク)の確定が困難である点である。したがってこの方法で精度の高い締付けを得るためには降伏点を超えた塑性域で締付けを行う必要がある。
 もし弾性領域で締付けを行った場合には締付け精度はトルク法と変わらなくなる。また締付け精度を充分上げるためには補・6図より想定されるように相当深く塑性域に入るように角度を設定する必要がある。しかしこのようにするとボルトの再使用が極めて限られる点、および塑性伸びの限界管理が難しいなどの問題が起こってくる。また、この方法による締付け適用ボルトとしては回転角度が大きくとれる比較的長いボルトまたは細い幹部をもつテンションボルトに限られる点が上げられる。また、この締付け法の場合、接手側のばね常数が回転角度に大きく影響してくる点にも注意すべきである。
 このように締付力の精度を上げるためには伸び計測法以外はいずれも難点があり、伸び計測法も適用にはいろいろ問題があるために新しく考え出された方法としてトルク勾配法がある。

補・6図
4) トルク勾配法
 トルク勾配法は一名降伏点締付け法ともいわれ、金属材料が引張力を受けた場合、弾性限を超えると急激に引張力に対して伸びが増大(すなわち降伏)する性質を利用した締付け法である。この方法は既に古くからドイツの自動車用エンジン業界でボルト締付けの信頼性向上に実績を上げている方法で特殊工具を用いボルト締付けの際に感知される締付力と回転角の変化を電気的センサでとらえ降伏点直前で締付けを行う方法である。この場合の締付力のばらつきは同一組立ロット内のボルト材の降伏点のばらつきによって決まる。

補・7図
この方法によって締付けられたボルトに外力がかかった場合について検討してみる。
ボルトにトルクを与えて締付けた場合、ボルトには引張力とねじり応力が加わる。
前項で述べたように締付けトルクと軸力の関係は
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で与えられる。締付けトルクによってボルトにかかるせん断応力は
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一方軸力によってボルトにかかる引張応力は
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ボルトの材質は炭素鋼、合金鋼などの鉄鋼が殆どであるから、この場合せん断ひずみエネルギー説が適用されるのでボルトにかかる応力は
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降伏点まで締付けた場合は
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したがって単純引張応力より低い値でボルトは降伏する。
(2)(3)式を(5)式に代入すると
z1308_06.jpg
となる。したがってこの場合の締付応力は
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補・8図
 第1のケースは締付けを終了した段階で、ボルトのスプリングバックが座面の摩擦係数に打ちかってボルト内部のねじり応力が完全に消失した場合でこの場合、ボルトの降伏点は補・8図のAになりボルトの挙動は全て弾性限内のものとなる。
また、ねじり応力が部分的に残存する場合でも締付部に振動外力がかかると所謂セルフルーズニング現象によってねじり応力は漸次減少し、最終的には完全に消滅するといわれている。したがってこの場合σa=σ=Syとなり、弾性限度迄ボルト側に変動荷重がかけられるとするとボルト側に掛けられる最大許容変動荷重は
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となる(ボルト径20mm、ねじ部および座面の摩擦径数をμ=0.15とした場合、K=0.208、σb≒0.43Syとなる。すなわち降伏点応力の43%に相当する外力がかけられることになる。)
 第2のケースは、実際にこのようなことは有り得ないが100%ねじり応力が残留したと仮定した場合で、この状態で外力が加わるとボルトは塑性的に伸び、この間の冷間加工硬化によってD点が新しい降伏点となる。そしてボルトの外力が除去されると締付釣合三角形はD点に移動する。この場合、ボルトにかかる繰り返し外力はFb+△Fbとなるが残存締付力Frには変化が生じない。これと同様な仮定に立てば回転角度法によって塑性領域深くボルトが締付けられた場合も繰り返し外力がかかる度にD点が移動し、最終的には弾性域内締付けに落ち着くことになる。ただしこの場合ボルトの永久伸びfzの値が増すだけである。
1.4 ボルト締結の信頼性
 ボルト締結の信頼性を上げるための要因図を補・9図に上げる。

補・9図
1) 適正な寸法と形状の決定
 普通標準ボルトを締付けた場合、ボルトにかかる応力分布は補・10図のようになる。

補・10図
 したがってトルク勾配法または回転角度法などにょって降伏点または塑性域でボルトを締結する場合はボルト自体もそれに対応した形状にする必要がある。その一例を補・11図に示す。いずれにしても補・10図の集中応力のかかる部分の応力を緩和する設計上の対策が必要でボルト幹部で伸びが主として発生するような形状になっていることが肝要である。

補・11図
 また疲労強度を上げる対策として、ボルトヘッドを冷間打ち出しにする、ねじ部を転造ねじにする、幹部の表面粗さを小さくする、ボルトヘッド頸部にショットピーニングまたは冷間ロール加工を施すなどの対策も場合によっては必要になってくる。
2) 適切な締付け法と締付力
 締付け法については前項で述べたが、ここでは力の荷重点がボルトの軸心より大きく離れた補・12図のような場合の締付力について考えてみる。

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補・12図
 この場合の締付け釣合三角形は補・12図のようになり接手部合せ面が分離することによってボルト側にかかる繰返し力が大巾に増大することが分かる。連接棒大端ボルトがこのケースに該当する。すなわち補・13図のように連接棒大端部は内部にクランクピン軸受を内蔵し、ボルトを締付ける場合にはこの軸受にクラッシュを与えて締付けるためこの段階でボルト軸芯からずれた偏った荷重がかかる。また連接棒大端部側のボルト座面形状がボルト軸芯に対して左右非対称で有効座面面積が異なるため軸芯に対して左右の座側ばね常数も異なってくる。この様な状態で燃焼圧力と慣性力による合成変動荷重がボルト軸芯に対し大きな偏心荷重として加わるためにボルトの締付力が不適当な場合、大端部合せ面が開くなどしてボルトに曲げをともなった過大な繰り返し荷重がかかり大端部合せ面のフレッティング、ボルトの折損など大きなトラブルに発展する危険性が生じる。特に大端部が斜め割方式の連接棒の場合は更に左右ボルトにかかる変動荷重のかかり方が複雑になるのでボルトの締付力にバラ付きが生じない締付法で充分高い締付力を与えないと合せ面セレーションの歯の切損などのトラブルが発生する危険性が高い。
補・13図
2) ゆるみ対策
 ボルトの加工精度が標準精度に充分入っている場合でボルトに適当な長さがあり、外力に対する締付釣合三角形の残存締付力が充分確保されている場合はボルトは基本的にゆるまないので回り止めを用いる必要はない。むしろ回り止めを用いることによって締付面の数が増えることによって合せ面の直角度、平面度、表面粗さなどが複雑になり結果的に締付け精度の低下をきたすことになる。したがって重要な締付け部には座金など一切用いないで軸力にばらつきが少ない適正締付法で充分大きな締付力を与えることが最も確実な「ゆるみ対策」といえる。
 シリンダブロックにシリンダヘッドを取りつける場合、軟質ガスケットを使用している場合は所定運転時間後「増し締め」を行う場合もあるが硬質ガスケットを使用している場合、またはシリンダヘッド直付けの場合は増し締めを行う必要はない。
 ボルトおよび座側に設計上充分な長さ、または厚みがとれない場合に限り回り止めを使用する。この場合でも設計を工夫することによって回り止めを不用にする方法がある場合はなるべく回り止めを使用しない様な設計に変更すべきである。その一例を補・14図に示す。
補・14図
回り止めには色々の形状のものがあるが、ばね座金のように使用することによって座面を傷つけるもの、割ピンのように締付け角度に大きな制約を与えるものは避けるべきである。
3) ボルトの締付け環境
 ボルトの締付け作業を行う環境はなるべく埃の少ない、恒温防塵環境で行うのが好ましいが、実際上の機関室内の作業環境は必ずしも良い環境にない場合が多い。したがってボルト締付け作業を行う場合、ボルトねじ部、接手合せ面および座面は締付け前に充分清浄な状態にしておくべきである。さもないと、ねじ部、合せ面に介在するごみ、ほこり、金属粉などによって適切な締付力が確保されなくなる場合が考えられる。
 またハズミ車取付ボルトなど機関外部に用いられるボルトで海水などがかかる可能性のあるボルトの場合、発錆、電触などに充分注意すると共に高張力ボルトにたまに経験される遅れ破壊に対しても充分注意をはらう必要がある。
 遅れ破壊とはボルトを締付けてから、或る時間経過後に突然ボルトが脆性破壊する現象をいう。この遅れ破壊を起こす原因として金属またはその雰囲気に介在する水素が原因と見なされ、一名、水素脆性とも称されている。この遅れ破壊は一般に高張力合金鋼を使用した高張力ボルト程多く発生するといわれているので、水などのかかる可能性のある部品には高張力合金ボルトは避けるべきである。








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