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一章 ドラヴィダの基層文化と思想
 カルナータカ州のドラヴィダ(非アーリアン)の文化とその思想は、外面的にはヒンドゥそのものとして映る。しかし、地域フィールドワークを通して見出される内実は、アーリアン・ヒンドゥイズムとは異質な基層がある。ここでは、異質な宗教、異質な共同体がひとつの社会を形成している姿を捉えてみる。ひとつは現代の様相であり、ひとつはヒンドゥ思想に抗い、戦い、そして受容した歴史について記す。
 カルナータカ州は宗教の坩堝である。もともと多様なインドの宗教状況の中でも特にヒンドゥ教のシェアが高くないことがその特徴である。以下に表示してみる。
カルナータカの宗教
宗教・宗派 カルナータカ人口比率% 全国人口比率% 摘  要
イスラム教  35  20 カルナータカ、特に南部沿岸では60%を越す地域もある。ほとんどがスンニ派だがケララ州北部、カルナータカ南部沿岸にはシーア派も少数いる。内陸伝播型とイラン・イラクからの海路伝播が、その歴史上にある。定住する原理主義者はいない。
キリスト教  10  5 ほとんどがイエズス会カトリックである。沿岸部にはシリアンカトリックと称するキリスト復活の頃、12使徒のひとりが伝えたという伝承をもつ宗族もいる。マンガロールでは4、5世紀には教会が存在したという欧州旅行家の記述がある。
ジャイナ教  3  1 カルナータカ北部山岳域には、遺跡となったジャイナ寺院が多くある。古代、ラジャスタン、マハラシュトラから辿りきた宗族が定着し、地域土豪となっていった。布教することより、地域性を受容することで地域に勢力をもつ、という特徴がある(注)。
ゾロアスター教(パーシー)  1  1 ペルシャ域(主とイラン)から移住してきた宗族で、マハラシュトラ、ムンバイを拠点にしている。現代、インド最大の企業TATA(タータ)は、ゾロアスター、インドではパーシーの一族による。今日、印僑と呼ばれる海外進出のビスネス集団も、核はパーシー宗族である。
 カルナータカでは山岳地域マディケリに珈琲園、紅茶園、香辛料農場を経営している。
仏 教  1  1 仏教発祥の国でありながら、インドに育まれた教義はすでに失われている。例外的にコルコット(カルカッタ)などに仏教寺院が活動している。現在、仏教徒は、ほとんどチベットからの難民である。カルナータカには二ヶ所のコロニーがあり、約一万人のチベット人が自立した生活を営んでいる。ラマ仏教のすべての宗派の寺院を建立し宗教コロニーを形成している。
ヒンドゥ教  50  72 国教であるヒンドゥ教は貪婪で許容力のある宗教である。各地域の民俗信仰、儀礼を取り込み、ヒンドゥとして消化してしまう。そして歴史上、常に上位に位置する。バラモン教以来カースト最上階級であるブラーミンは、責務として社会のリーダーであることを任じている。
しかし、地域によって、そのシェアは大きくばらつきがあり、同時に地域的階級制度を受容しながら国教である立場を守っている。(次章ならびに「民俗信仰」の欄を参照)
 
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英雄神信仰 信仰地域 神  格 摘  要
マイラーラ 北部バラリ郡 牧民マイラーラ トリックスターである。そのリックを駆使し、三人の妻を得る。上部から最下層の女性までを籠絡する。階級を破壊し地域アイデンティティを勝ち取る。
クマーララーマ 北部ライチュール 王子クマーラ クンピーラ王国の悲劇の王子である。ムガル帝国崩壊以後、北インドからの侵略に対抗した南インド藩王国の美丈夫。父王の若い側室に片想いされたのが悲劇のはじまり。祭礼は通過儀礼の意味をもつ。地域によっては若者が柱登りをおこなう。クマーラの首を掲げて砦遺跡で魂鎮めの儀礼をおこなう。御霊信仰と視ることができる。
コーティチャナヤ 南部沿岸 双子の武神 南部カンナダ・トルー王国の兄弟神である。武術ガラディの名手で沿岸の女性の崇敬を集める。地域母神とも習合して、母神には豊穣を託し、英雄神コーティチャナヤには地域アイデンティティを見出す。
地母神信仰      
エルランマ 北部ウブリ 母 神 すべての者たちの母、という意味の母神である。カルナータカ最大の女神で、北部一帯にフリガンマ、ホスランマなどの姉妹神を従えている。ウブリ、サウァダテの森に鎮座し、デヴァダシ、聖婚する巫女がいることでも知られている。現在、売春行為とみなされて禁じられた存在だが、法を超えて活動している。
バカヴァティ 南部沿岸ウララ 地母神 南部沿岸域に強い信仰をもつ姉妹神で、北部ケララ州から伝播したという伝承がある。漁民、下層農民の信仰を集め、モスリムを許容している。その伝承は母系性を示唆するものがある。
マリアンマ 全域に点在 地母神 カルナータカ一帯、各地域に信仰を集める母神で、天然痘除去の利益を持つものが多い(疱瘡神)。村の地母として豊穣を司る。
 
クマーララーマの祭礼に集まった若者たち
今日が彼らの成人式だ
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動物神・憑霊 信仰地域 神  格 摘  要
ナーガ(蛇神) 全 域 延命・息災神 インド各地に蛇神信仰は根強くある。カルナータカでは、生命力を表徴するリンガ信仰と関連し、蛇を司るブランマ神信仰と重なって、強い信仰を集めている。二通りの儀礼があり、ひとつはナーガ・パンチャミと呼ぶリンガと蛇塚にミルクを注いで祈るもの、もうひとつはナーガ・マンダラ(曼荼羅)といい、植物粉で描いた蛇神曼荼羅の周りを徹夜で舞い祈るものである。女性の信仰に支えられている。
ブータ(御霊) 南部沿岸地域 御霊信仰 下層、不可触民による儀礼で、怨念を持って死んだ者の御霊鎮めであり、動物供養でもある。下層の者が祭礼に侵犯し、御霊に憑依して立場を逆転させる、という祝祭的なダイナミズムを発揮する。死と再生、癒し、清め、などの意味を持つシャーマニズムである。
 
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ナーガ・マンダラ 極彩色の曼陀羅絵と舞の饗宴
 
以上の列挙から、
1. カルナータカ・ドラヴィダが多彩な宗教環境にあり、それぞれの宗族共同体を、受容しなければ社会を形成できない。
2. 民俗信仰は、階層固有のものと、階層を越えて地域社会に定着しているものとがある。
3. 民俗信仰は、ヒンドゥイズムを装っている。その儀礼、祭礼には地域ブラーミンがなんらかの関与をしている。彼らは、ヒンドゥイズムの論理、たとえば、母神には、デービーやドゥルガーの神話を重ね、あるいは言い替えて理論化している。
4. 教義(既成)宗教と民俗信仰は、交差し消化されて社会に定着している。ときに異教を受け入れ、階層を越えて参加を促し、お互いの異文化性を包み込む。
といったことが見えてくる。
次に、具体的な信仰と共同体について、英雄神マイラーラを事例として叙述する。
 
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門付けの唱導芸人ゴロウァマイラーラの物語を語る








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