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3. 研究の内容
3.1 COT内の環境調査
3.1.1 COT内のガス成分分析結果
 材料の腐食問題の論議には、材料が曝されている環境(ガス成分、温度、圧力、流量等)を明確にする必要がある。しかし、COT内ガス成分を示した資料、文献が無いため実測を行った。表1に分析結果を示すが、主要ガス成分としてH2S,CO2,O2,H2O,SOxが存在する。また、各ガス濃度は原油の産地、原油積載量等によって変動することが分かった。
 
COT No. 3S 4C 4S 5C 5S
原油 A B C D D(空)
積載量(%) 93 89 92 31 0
H2S(vol.ppm) 2790 1330 498 817 550
SOx(vol.ppm) 1.3 3.9 1.6 2.7 0.7
H20(vol.%) 4.9 3.9 5.3 2.5 3.2
H2(vol.%) 0.24 0.27 0.24 0.26 0.22
02(vol.%) 1.65 2.52 1.80 3.88 4.48
N2(voL%) 32.93 45.01 25.67 62.00 69.54
CO(vol.%) 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00
CO2(vol.%) 3.73 4.00 2.24 10.93 13.16
CxHy(vol.%) 54.93 42.36 62.15 14.99 4.40
表1 実船COTガススペースに存在するガス組成の詳細分析結果の一例
 COTの防爆用IGS(Inert Gas System:エンジン燃焼排気ガスをタンク内に導入)中には5%程度のO2が含まれている。また、H2Sは原油中の揮発性ガス成分と共に放出される。一般に、油井腐食環境ではH2S,CO2,H2Oの共存状態はあるが、ここにO2が共存することは、従来の腐食化学では経験の無い環境となる。自然環境ではH2SとO2が平衡論的に共存しえないので、両者が共存するCOT内部は特異な腐食環境であるといえる。
3.1.2 COT内の付着物分析結果
 就航前のCOTでは検出されなかった元素が、原油を搬送したタンカー(S/H,D/H共に)では検出された。すなわち、タンク底板ではNa+、Cl−が、タンク内構造表面ではSが多量に検出された。また上甲板裏面ではSの凝縮が確認された。タンク底板のNa+、Cl−は原油中の濃海水の析出であり、上部のSは同じく原油中のH2Sの影響を表わしている。
3.1.3 輸入原油の動向
 VLCCの積荷である原油がその腐食発生原因になる可能性があると考え、中東から日本に輸入されている原油の動向を調査(1973〜1999年)した。国内景気によりS含有量の増減が多少(1.2〜1.5wet.%)あるが、最近の原油のS含有量が特に多いとは言い難い。
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図3 日本に輸入された原油中に含まれている硫黄成分の比率推移
3.2 上甲板裏面の腐食に関する調査結果
3.2.1 実船調査による板厚計測結果
 比較的船齢の若い、TMCP鋼を用いたS/HとD/HVLCCにおける上甲板の板厚計測結果を表2に示す。計測値には板厚公差、計測誤差等が存在するが、船型による大きな腐食速度の違いはなかった。また、最大腐食速度は0.09mm/yearであった。
表2 実船における上甲板の平均腐食速度の計測結果
船型 平均腐食速度(mm/year) 船齢(year)
S/H 0.09 7.0
0.06 5.0
D/H 0.06 5.0
0.02 2.6
0.04 5.0
 
 一部の船主から、「航行時に上甲板に負荷される荷重がタンク毎に差があり、COT位置で腐食進行速度が異なる」との声があった。そこで、S/HとD/Hの各船型に対し、上甲板全域の板厚を実測した、その結果、タンク間での腐食速度の差はなかった。これは、日本海事協会(NK)殿が所有されている板厚計測データ(S/H主体)とも良い一致を見ている。
 NK殿が所有されている52隻のS/Hタンカーの板厚計測データを、検査時船齢と平均減肉量の関係により整理した結果を図4に示す。その際、TMCP鋼の市販時期と建造時の年代とを照合し、MS/CR鋼とTMCP鋼を表示した。図から分かるように、上甲板の減肉量には鋼種による差は無かった。なお、これらのプロット点は、ある船舶での同一箇所の船齢毎の計測ではないので、減肉量の経時変化を表わしているのではないことを念頭に置いて図を理解する必要がある。ただし、この結果からマクロ的な平均腐食速度は、検査時船齢20年で2mm以上になるケースは非常に少ないと言うことができる。
 以上の結果から、上甲板の腐食速度は、船型(S/HとD/H)や鋼種(TMCP鋼とMS/CR鋼)で、差異は無いことが明らかにされた。
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図4 上甲板裏面の腐食量に及ぼす鋼種、船型の影響
3.2.2 上甲板の腐食発生状況
 実船調査時に撮影した上甲板裏面の外観を図5に示すが、上甲板裏面は、調査船毎で異なった様相を呈した。一般的に灰(銀白)色の物質を人為的に剥離させると黒色の原油分が見られる場合が多かった。また、剥離現象の有無により外観は異なり、剥離面の色も黒色から赤色まで様々な色であった。入渠時検査時にはCOT内は海水張りや海水洗浄されるために、外観から腐食を論じることは判断を誤る恐れがあり注意を要する。図5からわかるように、上甲板裏面では腐食生成物の剥離が頻繁に起り、落下した腐食性生物がタンク底板に層状に堆積した船もみられた。
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図5 実船上甲板裏面での典型的腐食発生状況(VLCC)
 上甲板から剥離した腐食生成物の厚さは1mm程度であり、断面をEPMAで分析した典型的な結果を図6に示す。腐食生成物は、固体Sと酸化鉄が交互に積層された混合物であり、定量分析結果では固体Sが60wt%を占めることが判明した。当初、「剥離落下する錆の量が非常に多く、急速に腐食が進行している」との憶測がなされた。しかしながら、H2SとH2Oを含むガス環境条件下で、酸化鉄(FeOOH)表面が存在すると、鉄表面上に固体Sが析出する(H2Sガスの脱硫手段である「ボックス法」)ことは知られており、この固体Sの析出反応は鉄の腐食とは無関係であるので、上甲板裏面からの腐食生成物の落下量と腐食速度とは直接結びつかないことが明らかになった。
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図6 上甲板裏に生じた錆の断面EPMA分析結果の一例
3.2.3 実船における暴露試験結果
 上甲板タンククリーニングホールを利用し、MSとTMCP鋼を溶接した試験片を取り付け、0.5〜2.0ヵ間COTで暴露することにより、腐食状況を調査し、減肉量計測等を行なった。
 この結果から、腐食状況ならびに腐食の状態に鋼種の影響は無く、実船計測板厚結果と一致していることが確認された。また、錆厚さは暴露期間に無関係にほぼ一定であることが判明した。図7に試験完了時の試験片の外観を示す。
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図7 実船(上甲板裏面)暴露試験片








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