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3.3 漁船
3.3.1 漁船の重大海難
 漁船の海難事故は減少している(H12報告書の表2.2.3と図2.2.3)が、漁船の全隻数に対する要救助海難率は1985年以降約0.2%でほとんど減少していない(H12報告書の図2.2.4)。
 漁船の海難を原因別に調べた統計データは公表されていないようなので、重大海難(人身事故者10名以上又は特筆すべき海難)(H12報告書の附録1と本報告書の附録1)から死者・行方不明者の人数を原因ごとに集計した(表3.3.1、図3.3.1)。
 重大海難による死者・行方不明者の全人数は明らかに減少しているが、転覆は年ごとに大きな変動があり、減少傾向にあるとは断定しにくい。その他の原因による死者・行方不明者の数は減少傾向にあり、特に、行方不明、乗り揚げ、浸水は大きく減少している。
 行方不明の減少は通信手段と救助活動の進歩と推測される。乗り揚げ海難と衝突海難の減少は運航安全性の改善、浸水の減少は船体構造の改善と推測される。沈没は1980年以降ないが、浸水・沈没、転覆・沈没などは各々浸水と転覆に含めているためで、1980年以前のデータは沈没とのみ記載されているもので、直接の原因は不明である。
 着氷の重大海難は1970年代以降ないが、原因が着氷対策の向上か操業海域の変化かは不明である。また、機関・推進器の故障による死者・行方不明者は重大海難にはリストアップされていない。
表3.3.1 漁船・遊漁船の重大海難(人身事故者10名以上又は特筆すべき海難)
火災 機関・推進
器故障
原因
不明
乗り揚げ 衝突 浸水 沈没 転覆 行方
不明
着氷 その他 合計
1948             38         38
1949                 94     94
1950             66 42 21   115 244
1951       20     17         37
1952       66     26 21 31   20 164
1953     22           78     100
1954     20     25 395   41   111 592
1955       25 21   21   21     88
1956         37 43   22 40     142
1957                 21   24 45
1958           35 26 25 140     226
1959           20 25   120   50 215
1960           89   14 128     231
1961           15   34 88     137
1962           55     24     79
1963       11 21   167 15     19 233
1964         21   38   63 15 65 202
1965       1   80   45 417     543
1966     14         50 48     112
1967     17         76 16     109
1968       17 24 27   26 10     104
1969         11 14   62 73 45   205
1970 15     12 10 21   64 13 14   149
1971     15         20       35
1972 20     13 22     54 50     159
1973       22 10 12     46     90
1974         37 13   44       94
1975         10     17 13     40
1976       17   25           42
1977               12       12
1978             15 10       25
1979           16   58       74
1980           6   60 1     67
1981 7       12     28     6 53
1982         1     41       42
1983           7   25       32
1984         24     39       63
1985       3 5     59       67
1986               62       62
1987 3     1   10   21       35
1988         83     33       116
1989 16       1             17
1990         11     2       13
1991       1 14     5       20
1992         10     18 15     43
1993         10     21       31
1994               10       10
1995                       0
1996 2     2         9     13
1997       3 10     6       19
1998 6     3 2             11
1999               15       15
2000         1     1       15
合計 69 0 88 217   513 834 1170 1621 74 410 4996
 
 図3.3.1 漁船・遊漁船の重大海難(人身事故者10名以上又は特筆すべき海難)
3.3.2 漁船海難に関する研究と対策
【RR17:造研第17基準部会】
 報告書91R(昭和54年度)、99R(昭和55年度)、108R(昭和56年度)、120R(昭和57年度)、132R(昭和58年度)に従うと、漁船の転覆事故対策として、特に復原性基準が明示されていない20総トン未満の小型漁船を対象とした実験的研究が昭和54年度から56年度までの3年間実施され、実船への応用の適否を検証した上で、57年度と58年度に復原性基準案が作成された。
 
(1) 研究の背景と目的
 日本漁船の98%は20総トン未満の小型漁船で(昭和53年末現在)、同年の漁船海難1191隻の約70%(865隻)が小型漁船である。そのうち、転覆海難が70隻、死亡又は行方不明者が50人と多い。船舶安全法の小型漁船安全規則は20総トン未満の漁船を対象とするが、復原性の基準は明示されていない。
 200海里漁業水域での経営安定に対する操業合理化にも対処できるよう、小型漁船の復原性基準資料を作成するための研究を行う。
 
(2) 研究内容と成果
a) 操業実情ヒアリング:金沢、北海道道東、長崎、和歌山県勝浦の4地区
b) 横波中模型実験:ビルジキール、チャイン、スケグ、張り出し甲板の影響
c) 追い波中実験:転覆、波乗りなどと船体復原力との関係
d) 実船実験:模型実験との対比
e) 基準の適用実験:基準の適用性の検証
f) 基準案の作成:満載出港時を対象とし、ブルワークやライズオブフロアの効果を考慮した復原性基準の作成
 
 作成された基準案を94隻の漁船に適用したところ、横波基準不合格船は12隻、縦波基準不合格船は4隻(重複不合格を除くと合計13隻)であった。
 
【RR78:造研第7基準部会第8分科会】
 漁船の操業及び海難調査に基づいて、サバイバル対策が提案された(報告書153R、昭和60年度)。
 
(1) 研究の背景と目的
 海難及び海中転落等による死亡者は、毎年200名近くに達しており、このうち昭和58年度の統計によれば、漁船が6割を占めている。特に、60年に入ってからは、第71日東丸(転覆、13名死亡又は行方不明)、第16琴島丸(転覆、11名死亡)、第52惣宝丸(転覆、20名死亡又は行方不明)等漁船の転覆による重大な海難事故が相ついで発生した。これらの海難事故や海中転落事故の原因は徹底して解明されているわけではない。
 昭和60年4月末にサハリン沖で発生した北洋沖合底曳網漁船第71日東丸では、船側開口部の構造の改善、救命いかだ及びSOS発信器の搭載要件の見直し、安全操業のあり方、早期発見の重要性など多くの課題が指摘された。
 運輸省では当面の対応として昭和60年9月27日付け通達で漁船安全対策の強化を図るとともに、抜本的対策を立てるために、日本造船研究協会の基準研究部会RR78に有識者、水産関係者、造船関係者など多数の参集を得て「漁船安全対策委員会」を設立し、61年及び62年の2年間、「漁船実態調査委員会」、「漁船海難調査委員会」、「サバイバル対策特別委員会」の3つのワーキンググループで調査・検討を実施した。
 
(2) 研究内容
 「漁船実態調査委員会」では北海道での現地調査、アンケート調査、復原性解析等により、北洋海域で操業する沖合底曳網漁船について、その操業する海域の気象・海象、操業状況、船側開口を含めた漁船船体の復原性能・構造、救命設備等の実態を調査した。そして、安全対策確立のための資料を収集し、救命設備などに関して具体的提言を行った。
 「漁船海難調査委員会」では、海難審判裁決録など過去の漁船の海難事例資料を幅広く、克明に調査し、転覆・浸水・沈没あるいは海中転落などの人命損失につながる海難発生状況を分析し、船の大きさ、漁業種類、操業形態、気象・海象等と海難事故とのかかわりを明らかにした。そして、具体的な漁船海難事故防止対策を提言した。
 「サバイバル対策特別委員会」では、主に漁船乗組員に対する現地調査、アンケート調査などにより、漁船の海難、海中転落等の事故原因と事故時の対応等について主に乗組員の立場からの意見を分析し,具体的対策として救命設備の取り扱い、救命訓練のあり方等について検討を行い、このような漁船員のサバイバル対策の強化を図るために運頼省令等に盛込むべき内容の具体的提言を行った。
 
【RR31:造研第31基準部会】
 RR78の調査研究成果を応用し、北海道に多い沖合底引き網漁船の海難防止研究が行われ、報告書162R(昭和61年度)と報告書168R(昭和62年度)にまとめられた。
 
(1) 研究の背景と目的
 漁船の重大海難事故の原因は、単純に漁船の性能・構造・設備に関わるものと乗員の操船・操業・取扱いミスによるものがあるとともに、双方が複雑に係わっているものが大多数を占めているものと考えられた。第71日東丸等の事故を契機として、北海道で多数活躍している沖合底引き網漁船に焦点をあて、その転覆防止と事故発生後の人命救助対策の改善とを目的として調査研究が行われた。
 
(2) 研究内容
 漁船の復原性及び構造設備、漁船の救命設備、漁船の海難事故例の分析に分けて、事故原因の効率的解明と防止対策を図るとともに、過去の多くの事故の中から教訓を導出した。
 
(3) 研究成果
a) ガーべージーシユータ開口の危険性とその対策
沖合底曳網漁船の船側に設置されているガーべージーシユータの開口部が閉鎖されている場合には十分な復原性がある漁船でも、開口部が開いている場合には、僅か1分足らずの間に10トン程度の海水流入により、転覆に至る可能性がある。従って、ガーべージーシユータには水圧3m程度の下に有効に作動する緊急閉鎖装置が必要である。しかし、一般にガーべージーシユータは船員が常時監視出来にくい場所にあり、テレビカメラ等による船橋からの監視装置と遠隔操作による緊急閉鎖装置が必要である。
このような事実を漁船操業者に熟知させる必要がある。
b) 曳揚網時の復原性
沖合底曳網漁船では、いかなる状態でも30トンを越える重量の網(魚を含む)を上甲板上に乗せることは、船を転覆させる可能性が高いので、絶対に行ってはならない。それ以下の重量網であっても、上甲板上のインナーブルワークをこえて左右に移動する場合には船を転覆させる危険性があるので、同ブルワーク上にさらに網の移動抑えの構造物を設けることが望ましい。
曳網中旋回時等に生じ易い片舷への定常傾斜は、たとえ小角度であってもその船の復原力に及ぼす悪影響は極めて大きく、ガーべージーシユータからの海水流入可能性を著しく増大させるので、細心の注意を払う必要がある。
曳網状態の船の波浪中の運動とそれに伴う安全姓の確保は、今後なお検討を要する。
c) 船の操業限界
沖合底曳網漁船が、風速20m/sec以上、波高4m以上で操業することは危険である。
同じく、120トンを超える漁獲物を積載すると、復原力余裕が急激に減少することを十分に認識しなければならない。
d) 工場甲板の排水と検知
沖合底曳網漁船は、魚の処理をする工場甲板で相当量の海水を使用するが、その排水が不十分な場合には船内の自由水となり、船の復原性を著しく低下させる。また、船体傾斜により滞留水が片舷に集積すると、ピルジポンプで排水できなくなるため、工場内滞留水を検知して警報を発する高信頼性計器の開発が望まれる。
e) 追波中の高速航行
海難事故例の分析調査によると、荒天時に高速で追波または斜め追波状態で航行している際に針路が大きく振られ、大傾斜をおこして船が危険に陥る場合がある。その際の急転舵は、傾斜した側に更に傾斜を増す状態になる場合があるので注意を要する。
一般には、追波航行中に船が波に乗り、針路が大きく振られるおそれが生じた際には、直ちに主機関の回転数を下げ、波を船より先行させることが最も望ましい。
追波中を高速航行していると、船の動揺が比較的小さく安定しているように錯覚し易いが、船は安定性上危険な状態におかれているので、瞬時に生ずる大傾斜に備えて予め船の諸開口を出来るだけ閉じ、船内の自由水を減らし、重量物を固縛し、バラストタンクに注水して船の重心を下げる等の諸対策を行う必要がある。
 
【RR33:造研第33基準部会】
 イマーション・スーツの開発と実用化及びサバイバルトレーニングを実施し、その結果が報告書174R(昭和63年度)にまとめられた。
 
(1) 研究の背景と目的
 漁船員の災害死亡事故は海中転落および海難によるものが圧倒的に多く、これらの事故は昭和60〜62年度3ヶ年の全漁船員死亡事故の約70%近い。昭和60年度に多発した重大海難事故を契機に、事故時の生存技術を向上させるために、昭和61年度より3ヶ年計画で漁船員のサバイバルトレーニング及びイマーション・スーツ等の開発と着用の普及を図った。
 イマーション・スーツは、寒冷海域の漁労作業その他の甲板作業時等に着用する耐水防寒作業衣で、冷水中において人体の熱損失を防御する防護服である。
 セーフティ・スーツは、温海域の漁労作業その他の甲板作業時等に着用し、作業用救命衣の要件に適合したセパレート型の防寒作業服である。
 
(2) 研究内容と成果(イマーション・スーツ及びセーフティ・スーツ)
a) 昭和61年度から3ヶ年にわたり、イマーション・スーツ累計125着、セーフティ・スーツ累計310着を使用し、イマーション・スーツ延べ着用人員224人、ゼーフティ・スーツ延べ着用人員349人、各々の着用延べ3,780時間、10,825時間に及ぶ実船テストを行った。
b) イマーション・スーツ
漁船員のアンケートによると、スーツ着用によって機敏な動作が阻害され、疲労が増大するなどの意見が多く、冷水中で有効で実用的なイマーシャン・スーツの開発が求められている。
c) セーフティ・スーツ
セーフティ・スーツは概ね良好であったが、軽量化と防水化が求められた。
 
(3) 研究内容と成果(サバイバルトレーニング)
 次のトレーニングを座学と実技で実施した。
 a) 座学: 人命維持の概要
  船体放棄の注意
  膨張式救命筏による退船・漂流及び構造機能及び艤装品
 b) 実技: 膨脹式救命筏離脱装置操作訓練
  艤装品の使用方法の説明
  反転した甲種膨張式救命筏復正実技
  膨脹式救命筏の中へ漂流者を収容する実技
  落下傘付き信号、信号紅炎の取扱い方法及び実技
  膨脹式救命筏内の安全浮きナイフの確認
  イマーション・スーツの着用による海中浮遊の実技
  作業用救命衣の着用による海中浮遊の実技
 
 3ヶ年のトレーニング受講者は2618人で、受講前に
* 自船の膨脹式救命筏の種類、積み込み台数を知らない:47%
* 膨脹式救命筏の投下方法を知らない:52%
* 緊急時、どのようにして退船すればよいか知らない:54%
と約半数が必要な知識を持っていなかったが、訓練後、
* 新式架台,旧式架台から筏を投下できるようになった:78%
* 緊急時、筏を使用して生き抜く自信ができた:77%
* この研修を他の乗組員にも受講させたい:95%
* 研修会に参加していない他の乗組員に対してサバイバル教育ができる:77%
と回答し、サバイバルトレーニングは有意義であった。
 3年間のトレーニングに約3千人の受講者があったが,全国の漁船基地の数を考えるとトレーニングに参加する機会に恵まれなかった乗組員が多数存在するので、更に、全国の漁船基地で幅広く実施し、漁船に装備されている救命筏の正しい取扱いや各種救命器具のきめ細かな内容説明等を漁船員に周知徹底する必要がある。
 
【RR39:造研第39基準部会】
 長さ45m以下の漁船の国際的な(アジア地域の)基準を策定するための調査研究を行い、その結果が報告書217R(平成5年度)、225R(平成6年度)233R(平成7年度)にまとめられた。
 
(1) 研究の背景と目的
 漁船の安全性はS0LAS適用対象から除外され、各国が独自の基準に基づいて規制を行ってきたが、1993年「1977年のトレモリノス漁船安全条約」の議定書が採択された。同議定書は、長さ24m以上の漁船を対象としているが、長さ24m〜45mの漁船は技術要件が設定されていない部分が多く、当該漁船の操業形態等を考慮して各国主管庁が定める事としている。一方、同議定書には同一海域内で操業する漁船に対して、その地域の主管庁間で「統一した規則」を設定する努力を払う事を求めており、長さ24m〜45mの漁船について、早急に「アジア地域の統一規則(地域ガイドライン)」を策定するとともに、さらに24m未満の漁船も条約と一貫した思想のもとで国内基準を整備する必要がある。
 このため,平成5年度から3年計画により、トレモリノス安全条約議定書の非対象漁船を含めて漁船の実態を調査し、同議定書を導入する場合の諸問題を検討し、地域性及び操業形態を考慮しつつ、全体として整合牲と連続牲のある基準試案を策定する。
 
(2) 研究内容
a) アジア地域統一規則に関する調査検討
本調査研究開始以前に運輸省がアジア各国に対して行ったアンケート調査結果により「各国の漁船規則の現状」と「アジア地域統一規則に対する各国の考え」にっいて、機関・電気等、防火・消防等、救命、無線の項目別に整理・解析した。
b) 漁船の長さ及びトン数に関する調査
アンケートにより「わが国の漁船の長さ及びトン数に関する調査」を実施し、その結果を整理・解析した。
c) アジア地域安全基準の策定
安全基準案を2度にわたり作成し、各国の意見をアンケート・ヒアリング調査し、第3次案をまとめた。
d) 漁船関係現行各規則の対比表の作成
地域安全基準第3次案の策定のため、漁船関係現行各規則の対比表を作成した。
 
(3) 研究成果とその利用
 IMOのルールとして採択された。
 
第3章の参考文献:
1) 「洞爺丸等の転覆事件に関する実験的研究」加藤弘、佐藤正彦、元良誠三(昭和32年5月、造船協会論文集第101号)
2) IMOトピックス「エストニア号転覆事故とそれに伴う安全対策について」日本造船研究協会成果報告会、1996、運輸省船舶技術研究所(現海上技術安全研究所)渡辺巌
3) The Joint Accident Investigation Commission of Estonia, Finland and Sweden:Part-Report covering technical issues on the Capsizing on 28 September 1994 in the Baltic Sea of the ro-ro passenger vessel MV ESTONIA, April 1996
4) 「大型船の海難とその対策について」日本科学者会議船舶技術研究所分会、日本の科学者87.1975.34,Vol.10、No.4及び「同題」科学者運動創刊号、1974.5








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