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III 海難調査委員会(Wreck Commissioner) (1995年商船法268条ないし270条)
1 海難調査委員会による海難審判
(1)海難審判の実施機関
 海難や危険な事件が発生した場合、大臣(the Secretary of State)は1995年商船法267条に基づきMAIBの調査が行なわれるか否かにかかわらず、当該海難等(accident or incident)につき、海難審判の開催を命ずることができる(1995年商船法268条1項)。
 海難審判は、次の機関により行なわれる(同条同項)。
 [1] イングランド、ウエイルス及び北アイルランドでは、海難調査委員会
 [2] スコットランドでは、州長官
 
(2)海難調査委員会の構成
 海難調査委員会の委員には、海事関係の法律業務に従事している海事裁判所の裁判官(Admiralty Judge)又は勅撰弁護士(Queen's Counsel)が通常任命される。
 1名以上の裁判所補佐人(Assessors)が海事協会の長老(elder brethren of the Trinity House)の中から大法官(Lord Chancellor)又は法務総裁(Lord Advocate,スコットランドの場合)により任命され、海難調査委員会を補佐(assistance)する。海技免状(officer's certificate)の停止(suspension)、取消(cancellation)等が問題になるときは少なくとも2名の裁判所補佐人が必要となる(1995年商船法268条2項)。各補佐人は海難調査委員会の報告書(report)に署名する必要があるが、もし、反対であればその理由を記載する。報告書は大臣に提出される(1995年商船法268条10項)。〔1985年商船(海難審判)規則13条=r.13、Merchant Shipping(Formal Investigation)Rules 1985 as amended by 1990 S.I. No.123〕
 審判で問題となる事項については、関連分野での専門家が補佐人として選任される例が多い。例えば、士官の海技免状の取消しや停止が問題となりそうな場合には、裁判所補佐人は同一の資格を有していることが必要であり、可能であれば当該海技免状に応じた経験を有していることが望ましいとされている。
 大法官は船長、機関長、漁船の船長、海軍士官、造船技師、その他特別の技術又は知識を有し管理者としての経験を有する裁判所補佐人の名簿を保管している。
 
(3)審判の客体
 審判の客体は、MAIBが行なう調査の客体と同じであるので、前記II「MAIB」第4項「調査の客体」に記載した(1)調査の対象となる海難関係船舶等(1995年商船法267条2項)及び(2)調査の対象となる海難の内容(1995年商船法267条3項、1999年商船規則2条)を参照されたい。
 
(4)審判の目的
 審判の第1の目的は、海上における人命と財産の安全についての合理的な基準(reasonable standard)の維持につき支援(assist)することであり、この点に関する海難調査委員会の機能(function)は、純粋に調査を実施することである。
 第2の目的は、何故事故が発生したかを決定することである。事故の原因を決定することは、一面において、査問(inquiry)の有する調査と懲戒的な機能(investigatory and disciplinary functions)とが重なる(overlaps)ことになるが事故の原因を確定する目的は、査問を受ける当事者間の民事責任(civil liability)を定めることではないことに留意すべきである。
 第3の目的は、事故が誰かの不正な行為(wrongful act)又は懈怠(default)によって発生したのか、もし、そうであれば、過誤(fault)を行なった者に海難調査委員会は懲罰を科すべきであるかということである。海難調査委員会が船長や士官の海技免状の取消又は停止につき審判を求められた場合には、最終且つ確定審判(a final and conclusive decision)を行なわなければならないが、これは、司法的性質(judicial in character)を有するものであるとされている。
 
(5)再審理手続(Re-hearing)
 大臣は、1995年商船法268条に基づき海難審判が行なわれた場合に、原則として事件の全部又は一部の再審理を命ずる権限を有している。そして、原審(the original hearing)で、提出されなかった新たな且つ重要な証拠が発見された場合や公正さに疑問があると思われるときは、再審理を指示することが要請されている(1995年商船法269条1項)。再審理は、原審を担当した海難調査委員会、若しくは、他の海難調査委員会、又は、高等法院(the High Court、スコットランドでは the Court of Session)でも開催することができる(同条2項a,b)。
2 海難調査委員会の海難審判とMAIBの調査
 海難調査委員会の海難審判は、1995年商船法267条によるMAIBの調査が実施されているか否かにかかわらず、大臣の指示により開催される(1995年商船法268条1項)。この場合、海難調査委員会が調査中であればMAIBの調査は原則として中止されることとなる(1999年商船規則6条3項)。
IV 海上保安庁
1 設立の経緯等
 海上保安庁(the Maritime and Coast Guard Agency(以下、「MCA」という。))は、1994年4月に設立されたthe Marine Safety Agency(MSA)とthe Coast Guard Agency(TCA)が合併して新たに1998年4月1日に設立された。環境・運輸・地域問題省は主として海上の安全に関する法令(Marine safety legislation)を執行する機関(Executive Agency)であるが、船員の海技資格や船舶検査も扱っている。
 MAIBと同じく環境・運輸・地域問題省に所属する独立した機関であり、本部はサザンプトンにあるがMAIBとは全く異なる組織である。
2 目的
 海上の安全と海洋汚染の防止、即ち、船員や沿岸利用者の人損の減少、船舶からの海洋や海岸線の汚染の最小限化を目的としている。
3 海技免状の発行等と船員の懲戒
(1)海技免状の発行と停止又は取消
 MCAは海技免状を発給する機関であるが、海技免状の停止や取消をする権限はない。
 海技免状の停止又は取消をするためには、大臣の指示により懲戒審問(Disciplinary Inquiry)手続を経なければならない(1995年商船法61条1項)。審問は大臣が指名した1人以上の者(同項、通常は現役又は退職した裁判官)が担当するが、1人以上の裁判所補佐人を選任して陪席させて行なう。
 
(2)船員の懲戒
 MCAには船員を懲戒する権限はない。
 船員を懲戒するためには原則として海難調査委員会の海難審判によらなければならない(1995年商船法268条1項、5項)。
4 刑事訴追手続
 イギリス船籍の船舶に雇用されている船長、その他の船員及び他の国籍の船舶に雇用されている船長、その他の船員で当該船舶がイギリスの港内又はイギリスの港から出港若しくはイギリスの港へ入港するためにイギリスの領海内に所在する場合に、当該船舶、機器類又は他の船舶、機器類を、滅失させ、重大な損害を与え、又は、人を死亡、重大な傷害をさせるなどを、故意又は過失により犯した場合には、罰金、懲役が科せられる(1995年商船法58,59条)。
 MCAは、捜査(調査)と告発手続きを行なうが、訴追手続を行なうのは検察官であり、判決を下すのは裁判所である。
 (注)イギリスの大手P&IクラブであるUKP&Iのヘリー・ローフォード氏によれば、1988年商船法が施行されてから、海難に関して船長(船員)のほか船主が刑事訴追されるケースがかなり増加しているとのことである(1988年商船法30,31条参照)。この背景になったのが、MAIBが設立される契機となったHerald of Free Enterprise号の1987年3月の転覆事故で、この事故により、イギリスでは、死亡や環境破壊を引き起こすような事件につき、人々が意識し始めると同時に許し難いという気持ちの高まりをもたらし、管理者である船主についても刑事責任をとらせようとする世論の意向が強くなったことによるものとされている。
 それまでには、海事面での刑事訴追は衝突規則違反による不安全航海を理由とする船長(船員)に対するものであり、多くの油濁事故でも、特に外国船船主が関わった場合には、船長に対する訴追のみで船主が刑事訴追を受けることはほとんどなかったとのことである。
5 MAIBとMCAとの関係
(1)協力関係
 MAIBとMCAとは、同じ環境・運輸・地域問題省に所属する機関であるが、それぞれ別個の組織を有する独立した機関である。
 海難の調査そのものは、MAIBの責務(responsibility)であるが、MAIBが、調査を効率的に進めるためには、MCAの協力を受けることが必要である。MAIBは、調査に際してMCAのうち海上作業局(Maritime Operations Directorate=MOPS)と接触することが多いが、特に、調査が行なわれる地域を管轄する地方海事事務所(Local Marine Office)のマネージャーやサーベアーに接触することが多い。その理由は、先ず儀礼的なものであるが、それは別として、[1]地方海事事務所は当該地域に関する貴重な資料や知識を有していることと、[2]地方海事事務所の設備を利用させてもらうためである。また、MCAから捜索や救助等の情報を提供してもらうことも重要である。例えば、ドーバー海峡における事故の場合、MAIBは、海峡通航情報サービス(the Channel Navigation Information Service)が保管している監視記録をしばしば貴重な資料として提供してもらっている。
 なお、前述のとおり、船長は、海難が発生した場合、MAIBの主席検査官に報告する義務があるが、事故が発生した当初はMCAの方がMAIBよりも事故に関与している場合が多いので、MAIBに対して調査を開始するか否か問い合わせしてくることが通常である。
 
(2)調査目的の異同
 MAIBの検査官は、調査に際しては、故意、過失、重過失等による違反を裏付ける証拠の取扱には注意しなければならないとされている。
 特に、検査官が調査の過程で、故意による法規違反があることを知ったときは(1995年商船法58条参照)、その取扱につき主任検査官と検討しなければならないが、主任検査官は、必要に応じて、主席検査官にその旨報告することになっている。主席検査官が、MCAに知らせた方が良いと考えた場合には、故意による法規違反(a deliberate breach of the regulations)のおそれがあることの他、船名、年月日、場所のみを知らせなければならない。
 MAIBは、MCAがどのような行動を取るかにかかわらず、自己の調査(investigation)を続けなければならない。即ち、MAIBの使命は、事故の原因を調査し、事故の再発防止のための教訓(lessons)を引き出すことにあり、科刑(apportioning blame)を目的とするものではないからである。
 MAIBが調査を継続中に、MCAが刑事訴追のための調査を進めることを決定したときは、直ちにMAIBに対してその旨通知しなければならない。
 MAIBとMCAとが、それぞれ調査を行なっているときには、前者の検査官と後者のサーベアーとは、夫々相手方に対して調査の対象者(供述者、証人等)と調査した理由を知らせなければならない。
 MAIBの検査官は調査の対象者に対して、調査の目的は事故の原因を明らかにすることであって、供述した内容が供述者の不利益な証拠として用いられることがないことを説明し確認しておくことが必要である。一方、MCAのサーベアーは、調査の対象者に対して、調査は刑事訴追の見地から行なうものであることを明らかにする必要がある。
 (注)MAIBの調査結果を用いて、MCAが訴追資料を作成することは固く禁じられている。一方、MCAの調査結果は直ちにMAIBにまわされ利用される。これは、MAIBが報告書を作成するに際してはあらゆる知識が必要とされるからである。けだし、MAIBは刑罰を課すためにあるのではなく、人命を助け、環境を保護するために収集した資料による調査結果を報告し周知徹底させることを目的にしているからである。
 以上
(参考資料)
1 MAIB, INSTRUCTIONS AND GUIDANCE(October 1999)
2 The Merchant Shipping Act 1999及びその他関連法令
3 Annual Report 1999
4 Report of the Inspector's Inquiry into the Sinking of the Fishing Vessel PESCADO PH409
with the loss of life of all six of the crew in February 1991
5 Report of the Inspector's Inquiry into the loss of the fishing Vessel“GORAHLASS”
with three lives on 11 March 1997 off Portreath , North Cornwall
6 Report of Inspector's Inquiry into the loss of the Fishing Vessel‘WESTHAVEN' AH 190
with four lives on 10 March 1997 in the North Sea
7 SAFETY DIGEST
Lessons from March Accident Reports 1/99
8 Report of Inspector's Inquiry into the Collision of mv SAND KITE
with the THAMES FLOOD BARRIER on 27 October 1997
9 Report of the Inspector's Inquiry into the Sinking of the Fishing Vessel Margaretha Maria BM148
with the loss of four crew between 11 and 17 November 1997
10 Report of the Inspector's Inquiry into the loss of my Green Lily
on 19 November 1997 off the East Coast of Bressay, Shetland Islands
11 Report of the Marine Accident Investigation Branch
Investigation into the Sinking of FV PESCALANZA(PZ744)
with the Loss of Six Lives on 2 November 1998
12 Report of the Inspector's investigation into the death of one person on the cruise ship
EDINBURGH CASTLE
while berthed in Southampton Docks on 3 May 1999
13 Report of the investigation of the foundering of the narrow boat Drum Major
with the loss of four lives at Steg Neck lock near Gargrave, North Yorkshire on 19 August 1998
14 Report of the investigation of the grounding of the Romanian registered ro-ro cargo vessel
Octogon 3
two cables south-east of Spurn Head at the entrance the River Humber on 22 October 1998
15 Investigation of the Capsizing of a Dinghy in The Sound of Iona
with the Loss of Four Lives 13 December 1998
16 海難審判制度の研究(森清 中央大学出版部発行)
17 海難審判法研究報告書(その1)−「グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国、アメリカ合衆国、ドイツ連邦共和国及びフランス共和国の各海難審判についての調査研究」(平成3年5月(財)海難審判協会発行)
18 外国の海難審判制度―英・米・独・仏の制度の現状(戸田修三)(「海難と審判103号」(財)海難審判協会発行)
19 海難審判法研究報告書―「海難及び海上インシデントの調査のためのコードについての調査研究」(平成11年3月)(財)海難審判協会発行
20 旅客船フェリー・ヘラルド・オブ・フリー・エンタープライズ号転覆事件の海難審判について(「海難と審判105号」(財)海難審判協会発行)
21 Marsden on Collisions at Sea 12thEd.(1998)
Sweet & Maxwell Ltd, London
22 UKP&Iセミナー ヘリー・ローフォード氏講演録「船主の刑事責任」(1)、(2)(海運2001年3,4月号(社)日本海運集会所発行)
 以上
 (峰 隆男委員執筆)








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