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第2章 イギリスの海難調査
 イギリスにおける海難の調査や審判制度は、1836年に当時頻発した海難の原因を調査させるため、同国の庶民院が、ヨーロッパ諸国に先立ち、特別調査委員を選任してこれにあたらせたことに起源を発するといわれている。
  この特別調査委員会は、海難の原因として、
 [1] 船舶の構造上の欠陥
 [2] 艤装の不備
 [3] 修繕の不完全
 [4] 積付の不良または過載
 [5] 船舶の形状の不適当
 [6] 船長、航海士の技能上の欠陥
 [7] 船舶職員及び一般海員の乱酔
 [8] 海上保険運営上の欠陥
 [9] 避難港の不足
 [10] 海図の不完全
 などを指摘した。そして、審判所(Courts of Inquiry)を設置して海難発生の原因を探究させ、その結果を公表して一般の注意を喚起し、また、過失ある船舶所有者や船長を懲戒し、且つ、一定の期間免許を停止する権限を付与し、また、過失のない船舶所有者、船員に対しては名誉の回復をなし、更に、船舶及び人命の保全に功労のあった船員を表彰すべきこと、また、一定の試験による海技資格を制定することなどを勧告した。
 この特別調査委員会の勧告に基づき、イギリスでは、1846年に、海難の原因調査に関する法律として汽船運航法(Steam Navigation Act)を制定した。
 1846年の汽船運航法は、1850年の商業海事法(Merchantile Marine Act)により廃止されたが、同法は海難原因の調査制度の他に、あらたに海員審判制度を創設した(同法28条)が、この規定はイギリスの海員審判制度の基礎となり、その構想はわが国の旧海員審判所の審判と軌を一にしていたといわれている。
 さらに、1854年には従来の法をすべて廃止するとともに、これに一大改修を施して統合し、あらたに1854年商船法(Merchant Shipping Act 1854)を公布し、第8部「海難及び海難救助」の第1章「海難審判」(Inquiries into Wreck)に海難審判の制度を規定した。海難審判の制度は、1854年の商船法により、殆ど現在の形式を備えるようになったが、その後も数次の改正を経て1894年の商船法(Merchant Shipping Act 1894)となり、ほぼ現行の海難審判法の基礎を備えるようになった。
 その後も、商船法(Merchant Shipping Act)はしばしば改正されたが、1995年に統合的法律(Consolidating Act)として1995年商船法(Merchant Shipping Act 1995)にまとめられた。
 1894年から1995年までの間に28の商船法(Merchant Shipping Acts)が存在するといわれているが、1995年商船法は、現在、海難調査および海難審判の基本法(Principal Act)となっており、それに関連する商船規則(RulesまたはRegulations)として、1999年商船(事故報告と調査)規則(Merchant Shipping〔Accident Reporting and investigation〕Regulations 1999、1997年商船(63条審問)規則(Merchant Shipping〔Section63 Inquiries〕Rules 1997)及び1997年商船及び漁船(職務上の健康と安全)規則(Merchant Shipping and Fishing〔Health and Safety at Work〕Regulations 1997)などがある。
 一方、1989年に運輸省(Department of Transport)の外局として海難調査局(Marine Accident Investigation Branch=MAIB(以下、「MAIB」という。))が設立され、イギリスの海難調査制度は大きく変わるとともに、同局により海難調査の国際協力の実現がはかられるようになった。
 現在、イギリスにおいては、海難の調査は、1995年商船法(Merchant Shipping Act 1995)の下で、次の4種の形式により行なわれている。
(1) MAIBによるいろいろな種類の事故(various types of accident)についての調査(Investigation)(1995年商船法267条)
(2) 海難調査委員会(Wreck Commissioner)又は州長官(Sheriff・・・スコットランドの場合)による海難審判(Formal Investigation)(1995年商船法268条)
(3) 懲戒審問(Disciplinary Inquiries)による士官等の適格性についての調査(1995年商船法61ないし63条、1998年商船法61条ないし69条)
(4)イギリス籍船舶における人の死亡事故又は外地におけるイギリス船の船長その他の船員(seamen abroad)の死亡事故に関する調査(Death Inquiries)(1995年商船法271条)
 これらのうち、イギリスにおいては、(1)のMAIBによる調査(Investigation)と(2)の海難調査委員会の海難審判(Formal Investigation)における調査とが海難の調査の上で重要であるので、以下、これらの制度につき述べるとともに、関連機関である海上保安庁の捜査や刑事手続などについてもふれ、更に、海難調査の国際協力につき述べることとする。
 なお、(3)の懲戒審問は、大臣が、士官等の適格性等について問題があると考えたときに、1人ないしそれ以上の者(通常は現役又は退職した裁判官)を指名して調査(inquiry)させる制度である(1995年商船法61条1項)。調査の結果士官の海技免状の行使が停止された場合は、当該士官は高等法院(High Court,スコットランドではCourt of Session)に申立て停止の解除を求めることができる(同条2項)。
 また、(4)の死亡事故に関する調査(Death Inquiries)は、死亡事故の原因を調査するもので、原則として死亡後最初に入港した港において警視(superintendent)又は資格のある警察官(proper officer)により行なわれる(1995年商船法271条1項)。
II MAIB
1 設立の経緯
 海難調査の所管は、商務院(Board of Trade)から商務省(Department of Trade)、それから運輸省(Department of Transportation)に移ったが、当初は一課の一部門が担当するような状態であった。運輸省では船舶の安全を統合的に管理する海事局(Marine Directorate of the Department of Transport)が担当していたが、後述のとおり、イギリス船籍の旅客フェリーHerald of Free Enterprise号の転覆事故を契機として、政府の同一部局(the same branch of Government)が一方で政策や規則の立案・施行を担当するとともに他方で海難の原因調査を担当することは利害関係(関心事)の衝突・矛盾をもたらすことになるとの見地から、1989年7月に海事局から分離独立し、運輸省の外局としてMAIBが運輸大臣に直結した独立の海難調査機関として設立されたのである。
 
(1)The Herald of Free Enterprise号の転覆事故の調査と海難審判
 The Herald of Free Enterprise号(総トン数7,951.44)は、旅客459人、乗用車等131台を乗せて、1987年3月6日午後6時5分(世界時)、ベルギーのジーブルジュ港をイギリスのドーバーに向けて出航した。しかるに、船首部の扉を開放したまま外海に出たため、同船の速力が増加するに従い海水が大量に車両甲板に浸入して同船は復原力を失い、同港外防波堤を通過した直後に、急速に右回頭しながら左舷に傾き横転した。その結果、150人以上の乗客と38人の乗組員が死亡したほか、多数の負傷者が出るという大きな海難が発生した。
 運輸省海事局は準備手続(Preliminary Investigation)を実施して運輸大臣に報告した。
 運輸大臣は、1970年商船法55条に基づき海難調査委員会に命じて海難審判を開催することを指示した。海難審判は5名の審判官で構成され審判長に判事、審判員には造船技士、海軍中佐、船長らが就任し、1987年4月7日より同年6月12日までの間に29回開廷して審議した。審判の結果、本件事故は、甲板次長が出港する前に閉めておくべき船首部の扉が、同人が寝過ごしてしまったため、開いた状態のまま出港してしまった結果、そこから海水が浸入したことにより発生したことが明らかになった。
 審判の結果、本件事故は、同船の甲板次長、一等航海士及び船長らの重大な怠慢と船舶所有者の陸上管理部門が適切且つ明瞭な指導をしなかった過失により発生したことが指摘された。そのため、扉開閉の責任者である一等航海士は海技免状の行使を2年間停止され、また、船長は海技免状の行使を1年間停止された。
 
(2)MAIB設立の理由
 The Herald of Free Enterprise号の前記事故の審判を契機として、政策(policy)を決定し、法規を制定・実施し、取締り等の権限(regulatory authority)を有する機関である運輸省海事局が、一方において、事故の原因を調査し(investigation)、事故の再発防止につき関係機関に対して勧告する立場につくことは、制度的に、利害関係(関心事)の衝突・矛盾(conflict of interest)をもたらすことになることが明らかになった。
 そこで、この衝突・矛盾を解決するために、法規を制定・実施し、取締り等の権限(a regulatory authority)を有する機関である運輸省海事局から独立した機関として、航空機事故の調査機関として既存の航空機事故調査局(the Air Accident Investigation Branch=AAIB)をモデルに、1988年商船法33条(現1995年商船法267条)が制定され、1989年7月に運輸省(Department of Transport)の外局(独立機関)としてMAIBが設立された。そして、MAIBは、運輸省が所在するロンドンから離れたサザンプトンに所在することとなった。
 運輸省は、1998年に、現在の環境・運輸・地域問題省(Department of the Environment,Transport and the Regions)に組織変更されている。MAIBも現在、環境・運輸・地域問題省の外局(a separate branch)として完全に独立した機関(a totally independent unit)として位置づけられており、環境・運輸・地域問題省の大臣直轄の機関として、同省担当の大臣(以下「大臣」という)に直接報告、助言する権限と義務を有している。
 後述の海上保安庁(the Maritime and Coastguard Agency)も、MAIBと同様に、本部はサザンプトンに所在し、環境・運輸・地域問題省に所属しているが、両者は全く別の機関であって組織上も異なっている。
2 MAIBの構成
 MAIBは、現在、主席検査官(Chief Inspector of Marine Accidents)を含め、大臣により選任された5名の検査官(Inspector)と管理マネージャー(Administration Manager)により構成されている。
 主席検査官はMAIBの責任者(Head)で、検査官の中から大臣により選任され(1995年商船法267条1項)、MAIBの運営・管理につき責任と権限を有する。従って、予算の作成や経費の処理についても責任と権限を有している。
 主席検査官は、事故発生の都度、当該海難の調査を行なうべきか否かを決定し(1999年商船規則6条1項)、直接大臣に対して事故の調査結果を報告しなければならない。
 1999年11月現在のInspector等の員数と職務の内容は次のとおりである。
Chief Inspector of Marine Accidents(1名)・・・John Lang(Rear Admiral)
Deputy Chief Inspector of Marine Accidents(1名)
Principal Inspector Engineering(1名)・・・Inspector Engineering(2名)
Principal Inspector Nautical(1名)・・・Inspector Nautical(4名)
Principal Inspector Naval Architect(1名)・・・Inspector Naval Architect(2名)
Administration Manager(1名)
 ここで、副主席検査官(Deputy Chief Inspector)はChief Inspectorを補佐し、同人が不在の際には、同人に代わってMAIBの目的を達成する。
 また、主任検査官(Principal Inspector)の主たる職務は、大きな海難(major accident investigation)の検査官を務めるとともに、調査の全般にわたり指揮し(monitoring)、最終報告書(Final Report)を予定された期間内に主席検査官に提出し、配布するまで責任を負うことである。なお、予定した期間内に進捗しない場合には、遅滞なく副主席検査官に報告しなければならない。
 教訓(Lessons)を記載したSafety Digest(事故防止要録)案を作成するのも主任検査官の仕事である。
 各主任検査官は、交代で主席検査官及び副主席検査官とともに当番コーディネイター(Duty Co-ordinator)となる。
 管理マネージャーは、MAIBの管理事務所の効率的な運営につき責任を負っている。
 また、MAIBの中心となる業務である海難報告書の作成、出版等の財政面の責任者でもある。
3 海難調査の基本目的(Fundamental Purpose)(1999年商船規則4条)
 海難の調査を規則(1999年商船〔事故報告及び調査〕規則)に従って行なう基本目的は、海上における人命の安全の向上と将来の事故(Accidents)の再発を防止するために、事故の状況(circumstances)と原因(cause)を明らかにすることである。
 責任の割合を定めたり(apportion liability)、基本目的達成に必要な場合を除き、非難を課す(apportion blame、科刑)を目的とするものではない(1999年商船規則4条)。
 MAIBが掲げるこの基本目的は、「海難及び海上インシデントの調査のためのIMOコード〔決議A.849(20)〕」をそのまま踏まえて規定したものということができる。
4 調査の客体
 調査の対象となる海難(Marine Accidents)については、1995年商船法267条により、船舶と事故の態様に応じて規定されている。具体的には、同法同条に基づき、1999年商船(事故報告及び調査)規則2条に規定されているが、主な内容は、次のとおりである。
 
(1)調査の対象となる海難関係船舶等(1995年商船法267条2項)
MAIBが、調査の対象とする海難関係船舶等は次のとおりである。
[1] 海難発生当時、次の船舶又はボート(救命筏を含む)が関係している場合
 ア. イギリス籍船舶(漁船を含む。以下同じ)又はその船舶に搭載されていたボート
 イ. イギリスの領海内にいた船舶又はその船舶に搭載されていたボート
[2] その他の海難で大臣が指定した船舶又はその船舶に搭載されていたボート
 
 調査の対象となる事故(accidents)及び主要な傷害(major injury)と重大な傷害(serious injury)は次のとおりである。
[1] 1999年商船(事故報告及び調査)規則2条規定の事故
 事故とは、次のような不慮の事故(contingency)をいう。
ア. 船上における、人の死亡、主要な傷害、重大な傷害又は船、船のボートからの人の転落による死亡、行方不明
イ. 船舶の、又は、船舶による
(ア)人の死亡、重大な傷害又は重大な損害
(イ)滅失又は推定滅失
(ウ)放棄(abandoned)
(エ)火事、爆発、天候その他の原因による重大な損害
(オ)座礁(grounds)
(カ)衝突
(キ)航行不能(disabled)(12時間を超える故障か港に向かうのに救援を要するような故障)
(ク)環境に対する重大な危害
ウ. その他次の事項が発生した場合
(ア)圧力のかかっている船(any pressure vessel)、パイプライン、バルブの圧壊(collapse)又は爆発
(イ)吊上設備(lifting equipment)、出入設備(access equipment)、ハッチ・カバー、足場、ボースン・チェアー(staging or boatswain's chair)又はアソシエイテッド・ロード・ベアリング・パーツ(associated load-bearing parts)の圧壊又は破損(failure)
(ウ)貨物の圧壊、船体を傾斜させるような故意によらない貨物又はバラストの移動、又は貨物の船外流出
(エ)船舶を危険な角度まで傾かせるような漁具の倒れ(snagging)
(オ)防護服が裂けた場合を除き(except when full protective clothing is worn)、綻びたアスベスト繊維をつけている人(a person with loose asbestos fibre)との接触
(カ)有害な物質又は作用物が流出したことにより、人の健康に重大な危害や損傷が生じたかもしれないような場合
[2] 主要な傷害
 骨折(指を除く)、手又は足の全部又は一部の損失、肩、腰、膝、又は脊柱の転位、失明等
[3] 重大な傷害
 主要な傷害を除く一定の傷害
[4] 危険な事件(hazardous incident)
 船舶の運航に伴ない発生する事故以外の事件で、船舶や船舶上の人の安全が阻害されたり、環境を損なうような事故が発生する可能性が極めて高い、いわゆるニヤミスを含むようなインシデント
5 調査手続
 MAIBの海難調査の手続(procedures)は、主として1995年商船法267条に基づき制定された1999年商船(事故報告及び調査)規則(以下「1999年商船規則」という)及び1997年商船(第63条審問)規則などのいわゆる行政機関の制定する規則・命令などにより規定されている。
 主な手続は次のとおりである。
 
(1)船長の主席検査官に対する通報義務(Reporting)
[1] 通報義務等
 船長は、海難及び主要な傷害については、原則として、事故発生後24時間以内にMAIBの主席検査官に対してその旨報告しなければならない(1999年商船規則5条1項)。但し、船舶が滅失(lost)、滅失とみなされた(presumed loss)とき、又は、放棄されたときは、船舶所有者、船長、又は、上級生存士官は可能な限り速やかに通報しなければならない(同条2項)。重大な傷害が発生した場合には、14日以内に通報しなければならないが(同条3項b)、危険な事件については報告義務は定められていない。
 なお、イギリス国内の事故であっても、港内での荷役労働者や造船所内での事故については、通報義務はない(同条4項)。
[2] 通報事項
 船長などからMAIBの主席検査官に対する通報すべき事項については、1999年商船規則5条1項に規定がある。
 書式としてはMAIB Incident Report Form(IRF)があり、そこに通報すべき事項が記載されている。
[3] 罰金(Penalties)
 船長、船舶所有者及び士官らが、1999年商船規則5条に定める通報を正当な理由なく怠ったときは、陪審によらない有罪判決(summary conviction)により罰金・科料(fine)に付される(1999年商船規則14条1項a)。
 
(2)調査の指示(Ordering of investigation)
 主席検査官は、船長や船舶所有者から1999年商船規則5条の通報を受領した後、28日以内に調査を行なうか否かにつき決定しなければならない(1995年商船規則6条1項)。
 主席検査官は、調査を開始するか否かを決定する前に、船長、船舶所有者、その他の関係者又は団体から、彼らの最善の能力と知識により(to the best of their ability and knowledge)、事故に関する情報を得ることができる。これらの者が正当な理由なく情報の提供を怠った場合には、陪審によらない有罪判決により罰金・科料に付される(1999年商船規則14条1項b)。
 大臣が、1995年商船法268条に基づき、海難につき海難審判を開催することを指示した場合は、1999年商船規則に基づき行なわれた如何なる調査も、海難審判(Court)、司法長官(Attorney-General)又は大臣を補佐する場合を除き、中止される(1999年商船規則6条3項)。
 
(3)証拠の保存(Preservation of evidence)
 船長、船舶所有者及びその他の関係者又は関係団体は、実行可能な限り、全ての、海図、航海日誌、機関日誌、航海その他の記録、電子及び磁気の記録、ビデオテープ、事故と関連があると考えられ且つ1999年商船規則5条により通報すべきとされている全ての書類は保存されなければならない(1999年商船規則7条1項)。また、これらのものについては、記録、記入等により変更を加えてはならないものとし、また、事故の調査に関連があると考えられる全ての機器は実行可能な限りそのままの状態で(undisturbed)主席検査官の指示があるか、主席検査官が事故の報告を受けてから28日間を経過するまで保存しなければならない(同条同項)。
 船長、船舶所有者及びその他の関係者又は関係団体が上記1999年商船規則7条1項に違反した場合には、陪審によらない有罪判決により罰金・科料に付される(同規則14条2項)。
 検査官は、調査中、事故に関係する船舶、船舶のボート又はその他の機器に立ち入ったり、妨げたりすることを禁止することができる(同条2項)。
 
(4)記録の公表(Disclosure of records)
 調査の報告書の文章以外には(Except within the context of a report of an investigation)、検査官に証拠を提供した者の氏名、住所その他の詳細な事項は公表してはならない(1999年商船規則9条1項)。
 下記の記録は、高等法院(High Court、スコットランドではCourt of Session)が決定した場合を除き、調査の目的以外に提出を求めることはできない(同条同項)。
[1] 検査官が調査の過程で作成した全ての供述調書(a declaration or statement)で、本人の書面による同意がない場合(同項a)
[2] 船舶の運航(operation)に関連する関係者間の通信(同項b)
[3] 海難又は危険な事件に遭遇した者の医学的又は機密の情報(medical and confidential information)(同項c)
[4] 全ての航海その他の記録、電子及び磁気記録(録音、ビデオテープ、それらの写し)(同項d)
[5] 1999年商船規則5条に基づき作成された通報書(any report)(同e)
[6] 情報を解析した意見書(同項f)
[7] 1999年商船規則10条2項a及び10条9項の場合を除き、最終報告書以外の報告書の写し(同項g)
 
(5)調査結果の報告書(Reports of investigation)
 主席検査官は、イギリス以外の国のための調査を除き、原則として、1999年商船規則6条1項に基づき実施した海難の調査についての報告書(a report)を、遅滞なく公表しなければならない(1999年商船規則10条1項、例外同条2項)。
 なお、大臣は、報告書の内容が国の安全上の機密に触れると考える場合には、公表をしないよう指示することができるし、また、その部分を削除することを指示することができる(同条7項)。
 また、MAIBの報告書は、大臣が海難審判の開始を命じた場合、又は、刑事訴追や懲戒手続が検討されているような場合には、発行しないこともある。
 MAIBは報告書の形式(Format)を下記のとおり定めているが、1999年商船規則4条に規定する調査の目的に関する文言を必ず記載することにしている。
 〔Format〕
 [1] Contents
 [2] Glossary of Acronyms and Abbreviation
 [3] Synopsis
 [4] Vessel and Accident Particulars
 [5] Section1・Factual Information
 [6] Section2・Analysis
 [7] Section3・Conclusions、 Findings、 Causes
 [8] Section4・Recommendations
 [9] Annexes
 
(6)勧告(Recommendations)
 MAIBの調査の最終目的は海上安全の増進と海洋汚染の防止である。この目的を達成するためには、海難とインシデントについて組織的・系統的な調査を通じて安全性を妨げるものを特定し且つ改善することを勧告し実施することである。
 主席検査官は何時でも勧告をすることができる(1999年商船規則11条1項)。主席検査官は、最も勧告を履行するに相応しい者又は団体に勧告し、且つ、勧告の内容が、安全性又は汚染防止に有益と考える場合には、勧告の内容を公表する(同条2項)。
 報告書に勧告を記載する場合には、安全性に関する勧告(Safety Recommendation)のみを記載することが方針(policy)になっている。懲戒的な勧告(disciplinary recommendation)を行なう場合には、報告書には記載せずに、勧告の対象となる者に対して直接書留便で親展書として通知する。なお、海上保安庁には、別途、内密に(under seperate cover)通知する。
 
(7)調査の再開(Reopening of investigation)
 主席検査官は調査の全部又は一部につき次の場合には調査の再開をすることができる(1999年商船規則12条1項)。
[1] 調査の完了後であっても、主席検査官が新たな且つ重要と考える証拠を発見したとき、
[2] 主席検査官が調査の再開をしないと公正さが失われる虞があると考える場合
 調査が再開された場合にも、1999年商船規則に基づき調査は行なわれる(同条2項)。
 
(8)出版物
 MAIBは、毎年海難に関する年報(Annual Report)と海難報告書から得られた教訓(Lessons from Marine Accident Reports)を纏めた事故防止要録(Safety Digest)を出版している。
6 海難調査の国際化と外国船の調査に関するMAIBの方針
(1)イギリス船と外国船とが関係する場合
 イギリス船舶と外国船舶とが衝突した場合のように、海難に外国の船舶が関わっている場合には、MAIBは当該外国船舶が所属する国の政府と共同で調査することを予定している。
 その場合、MAIBは次のように取り扱うことにしている。
[1] 両国の検査官が一緒に調査する場合には、主な供述調書は両国検査官の面前で取るようにし、その他の作業については迅速性を考慮して分担することが望ましい。
[2] 調査が進展するに伴ない、内密に、資料(書類)と情報を交換し、また、結論が記載された報告書を交換する。これらは慣習的に行なわれているが有用と考えている。
[3] 供述調書が共同で取られなかった場合には、供述者の同意を取った上で相手方の検査官に対して写しを渡しておくべきである。
 但し、口頭による同意も取れない場合には、供述者の意思を尊重してファイルにその旨注記し供述調書は外部に出さないようにしなければならない。
 
(2)外国船舶の調査と手続
 海難に関係した外国船舶の調査は、当該外国による調査手続とは別に、MAIBにより独自に行なうことになる。
 主任検査官又は担当検査官は、旗国の内閣に対して直接又は当該国の在ロンドン大使館を経由して、次の定型文言(Pro-Forma Text)による通知をしなければならない。
 定型文言(Pro-Forma Text)
 「船舶の名前・・事故の種類・・事故の場所・・事故の年月日
 (記入欄)
 IMOの決議A637(16)〔現在ではA.884(21)になると思料する。一筆者注〕「海難における協力」に従い、MAIBは、1995年イギリス商船法に基づき、上記事故の調査を行ないます。
 調査は、1999年商船(事故報告及び調査)規則に基づき行なわれます。
 調査の報告書が完成したときは、貴国に写を送ります。」
 なお、報告書には供述調書を添付しないこととしている。
 
(3)海難調査の国際化の事例
 「MAIB Annual Report 1998」15頁の「INTERNATIONAL CO-OPERATION」欄には、「海難の調査の国際協力は一般的に優れた制度ではあるが、法制度の違いが、困難な問題についての迅速な解決を妨げている。IMOの決議A.849が1997年11月27日に採択され国際間の調査の協力が促進されるようになったが、実際問題としては調査の達成には限界がある。
 例えば、1997年12月、巡航定期船Island Princessがイタリアの領海で海上試運転中に、同船内でボイラーの爆発事故が発生したが、MAIBは12か月以内に調査を完了することができたにも拘らず、イタリア当局が無能で詳細な検査のための安全弁(safety valve)の開放ができなかったためいまだ調査続行中である。
 また、1998年6月、Mallaig(漁船 Silvery Seaとして登録)はドイツの貨物船とデンマークの海岸沖で衝突して沈没し5名が死亡した。MAIBは調査の一部を担当して迅速に完了したが、ドイツの審問委員会(German Board of Inquiry)が開催されるまで報告書を完成することは出来なかった。当局(Board)は1999年9月まで招集される予定はない。
 これらの指摘は、他国で採用している手続を批判するものではない。しかしながら、国の制度と法律の違いが、イギリスの調査を適切な時期に完了させることを遅らせた(lead to delays in the timely completion of a UK investigation)例として示す。」旨の記載がある。
 これらの記載から、イギリスにおいても、使用する言語は別として、他国との間の制度や法律の違いが、海難調査の国際協力を困難にしている様子が窺われる。
 この点は別として、これまでに、イギリスのMAIBが他国と協力して海難の調査をした例として特に記載すべき事例はない。








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