後で、澄夫に、
「なぜ、両親に話す気になった?」
と問うと、
「1年たって、やっと僕の手や顔が臭くなくなったから…」
あの小便の匂いが、1年も続いたはずはない。しかし、心に染み付いた匂いが消えるまでには、1年の時間が必要だったのであろう。
親が育んだ澄夫の優しさ
澄夫の示した優しさは、どこで獲得したのだろう?その答えは、母親が大事に保存していた作品が示していた。
父さんのいびき 5年 澄夫
新聞を読んでいた
父さんが
ストーブのそばで
寝てしまった
すごい いびきだ
母さんが
「つかれているんだね」
といって 毛布をかけた
ぼくはテレビの音を低くした
母親が、疲れている夫をいたわって「疲れているんだね」と毛布をかけたことが、澄夫の「テレビの音を低くした」との、優しい行為を導いたに違いない。こんな時、母親の言葉が「うるさいね」だったら、「ぼくはお尻を蹴とばしました」となったであろう。
澄夫の優しさはこうした温かさの中で育てられたと確信できた。
澄夫は高校生活を送っているが、成績表から2が消えて、生まれて初めての4があるそうだ。
おわりに
今日まで多くの子どもたちに巡り会ってきたが、どの子もすてきで、「だめな子」には一度も遭遇したことがない。すべての子どもたちが、基本的にすばらしい人間的なものを秘めているが、それを表出しきれない、育ちそびれているに過ぎないのだろうと思う。そうした子どもたちを励まし、援助していくのが、子どもを取り巻く社会・大人の役割であろうと思う。