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2000年(平成12年)

平成11年門審第56号
    件名
漁船第38對東丸貨物船フンア トウキョウ衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成12年2月25日

    審判庁区分
地方海難審判庁
門司地方海難審判庁

供田仁男、阿部能正、西山烝一
    理事官
千手末年

    受審人
    指定海難関係人

    損害
對東丸・・・右舷船首部を圧壊、船首部マストに曲損
フ号・・・右舷船首部外板に擦過傷

    原因
フ号・・・船員の常務(避航動作)不遵守(主因)
對東丸・・・見張り不十分、警告信号不履行(一因)

    主文
本件衝突は、フンア トウキョウが、漂泊中の第38對東丸を避けなかったことによって発生したが、第38對東丸が、見張り不十分で、警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年9月9日02時15分
福岡県沖ノ島北方沖合
2 船舶の要目
船種船名 漁船第38對東丸 貨物船フンア トウキョウ
総トン数 12トン 4,914トン
全長 19.00メートル 112.50メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 125キロワット 3,883キロワット
3 事実の経過
第38對東丸(以下「對東丸」という。)は、船体の中央部に操舵室を設け、いか一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で、船長A(昭和9年4月10日生、一級小型船舶操縦士免状受有、受審人に指定されていたところ平成11年8月19日死亡した。)が1人で乗り組み、操業の目的で、船首1.0メートル船尾2.0メートルの喫水をもって、平成10年9月7日14時00分山口県特牛港を発し、沖ノ島周辺の漁場に向かった。
A船長は、19時00分沖ノ島西方6海里付近の漁場に着き、漂泊して操業を行い、翌8日06時00分操業を終え、17時00分漁場を変えるため、移動を開始した。

19時00分A船長は、沖ノ島灯台から011度(真方位、以下同じ。)7.6海里の地点に至り、漂泊してパラシュート形のシーアンカーを投じ、船首から化学繊維製の同アンカー索を35メートル延出し、航行中の動力船の灯火のほか、甲板上に4キロワット3個及び3キロワット12個の各集魚灯計15個を点灯して、折からの海潮流で045度方向に0.6ノットで圧流されながら操業を行った。
やがてA船長は、平素は頻繁に漁場を通りかかる貨物船などがこの日は見当たらなかったことから、少しの間休息することとし、翌9日01時30分沖ノ島灯台から022度11.2海里の地点に達したころ、自動いか釣り機を運転したまま、周囲の見張りを行わずに操舵室内で仮眠した。
02時12分A船長は、ほぼ沖ノ島灯台から023度11.6海里の地点で、船首が315度を向いていたとき、左舷船首5度1,385メートルにフンア トウキョウ(以下「フ号」という。)の白、白、紅、緑4灯を視認することができ、その後同船が方位が変わらないまま接近するのを認め得る状況となったが、依然として仮眠をとり、見張りを行っていなかったので、この状況に気付かず、警告信号を行うことなく漂泊を続けた。

02時15分わずか前A船長は、フ号の機関音を聞いて目を覚まし、船首間近に迫った同船の船体を視認したものの、どうすることもできず、02時15分沖ノ島灯台から023度11.6海里の地点において、對東丸は、315度を向き、その右舷船首部にフ号の右舷船首部が前方から5度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は下げ潮の中央期にあたり、付近には0.6ノットの北東方に流れる海潮流があった。
衝突後、A船長は、フ号が関門海峡方向に走り去るのを見て、第七管区海上保安本部に通報するなど、事後の措置にあたった。
また、フ号は、専ら大韓民国の蔚山港、釜山港及び日本の静岡県清水港、京浜港の各港間に就航する船尾船橋型のコンテナ船で、船長B及び二等航海士Cほか13人の韓国人が乗り組み、コンテナ貨物2,110トンを積載し、船首5.0メートル船尾6.2メートルの喫水をもって、同月8日21時15分釜山港を発し、清水港に向かった。

翌9日00時00分C二等航海士は、長崎県対馬上島北東方沖合で、甲板手と共に船橋当直に就き、航行中の動力船の灯火が点灯していることを確かめ、引き継いだまま機関を15.0ノットの全速力前進にかけ、海図に記載された関門海峡に向かう針路線に沿って南下し、01時00分沖ノ島灯台から335度24.4海里の地点において、同針路線に船位を載せるため針路を130度に定め、折からの海潮流で左方に2.5度圧流されながら、自動操舵により同一速力で進行した。
01時59分C二等航海士は、レーダーでほぼ正船首4.0海里に對東丸の映像を初めて探知し、間もなく甲板手を甲板上での冷凍コンテナの温度測定に送り出して1人で同船の動静を監視するうち、明るい多数の灯火を肉眼でも視認し、02時07分方位が変わらないまま對東丸と2.0海里に接近したのを認めるとともに、そのマスト灯、舷灯及び集魚灯の点灯模様から、同船がいか釣り漁に従事する漁船で、漂泊していることを知った。

02時12分C二等航海士は、沖ノ島灯台から19.5度11.8海里の地点に達したとき、對東丸がほぼ正船首1,385メートルになり、その後も依然として方位が変わらないまま接近したが、十分に余裕のある時期に同船を避けることなく、その至近を航過するつもりで続航し、同時15分わずか前對東丸が間近に迫り、右舵をとって替わそうと操舵を手動に切り換えたものの、時すでに遅く、フ号は、原針路、原速力で前示のとおり衝突した。
衝突後、C二等航海士は、停船することも、B船長に報告することもせずに南下を続け、04時00分一等航海士に当直を引き継いで降橋した。
B船長は、04時05分VHF無線電話による第七管区海上保安本部の呼び出しを受けた旨の報告を一等航海士から得て昇橋し、同本部と交信してその指示に従い、05時20分福岡県六連島沖合で投錨し、衝突したことを知って事後の措置にあたった。

衝突の結果、對東丸は、右舷船首部を圧壊したほか、船首部マストに曲損を生じたが、のち修理され、フ号は、右舷船首部外板に擦過傷を生じた。

(原因)
本件衝突は、夜間、沖ノ島北方沖合の日本海において、南下するフ号が、前路で漂泊中の對東丸を避けなかったことによって発生したが、對東丸が、見張り不十分で、警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。


よって主文のとおり裁決する。

参考図






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