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その意昧でケアは、新しく獲得されなければならない手段でもないし、特定の資格のように、後から習得しなければならないようなスキル(技術)でもありません。ケアとは、私たちが<そこに居ること>で身近な人を癒すことのできる、私たちの存在性に根ざした<関わり>なのです。私は本稿で、「ケアの倫理」の立場から、ケアが私たちの生(人生=life)を豊かにし、<幸福>にする実践であることを明らかにしたいと思います。そのために、次の4つの点をあらかじめ強調しておきます。

(1)ケアとは、そのつどつねに<ケアする人>と<ケアされる人>の関係が反転してしまう<動的な関わり>であること。(2)ケアとは、存在を肯定する<ねぎらい(compliment)>の実践であること。(3)ケアに関わる人は、人間として<傷つきやすい(vuknerable)>けれども、<もろい存在=フラジャイル(fragile)>ではないこと。(4)ケアは、<ケアする人>も<ケアされる人>もともに互いの<魂(spirit)>を尊重し、それに敬意を払うこと。これらの4つの基本的な考えが密接に関係しながら、ケアという実践をかたちづくっています。そして、私は、ケアを実践することを通じて私たちが目指しているものこそ、私たち自身の<幸福>であると考えています。

 

2 <動的な関わり>としてのケア

まず、ケアを考えるうえで重要なのは、ケアが、<ケアする人>と<ケアされる人>の<あいだ>に成立する関係性を基礎にしているということです。しかも、両者の関係は、つねに反転可能・互換可能な関係であることに注意しなければなりません。一方に<ケアする人>がいて、他方に<ケアされる人>がいるというように、両者の関係を一方向的で固定的な関係として捉えたり、一方的な関わりであると考えたりするのは、ケアの本来のあり方ではありません。

私は、ケアとは、<ケアする人>が<ケアされる人>をケアするという一方的な関わりであるように見えながら、ケアを媒介にすることで、両者がつねに<ケアする能動性>と<ケアされる受動性>とが入れ替わってしまうような、<動的な関わり>であると考えています。

 

 

 

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